第33話「ドロップ」
進刻高校でおこなった伝説的なライブはSNSでその模様が話題になった事もあり、しばらく若者の間で語り広がっていく。その結果として、アルバム「犯行声明を」はそのリリースから数週間を経てオリコン1位に躍りでた。
多くの音楽ファンが歌ウ蟲ケラの解散撤回を求めた。
しかし歌ウ蟲ケラの4人が揃う事はそれからなかった。
唯は解散より間もなく長いこと更新していなかったユーチューブチャンネルをリニューアルした。そしてそこで歌を通じた社会福祉法人を立ち上げる事を発表。律もこのプロジェクトの役員として唯とともに活動をしてゆく事となる。
梓はそのままLUST BULLETSのレーベルに残留。
美桜も梓と同じ方向性を当初考えていたが、バンドを解散してから楽曲製作の仕事が頻繁に入る。ジストペリドに提供した曲が大ヒットを納めたことでそんな活動の軌道にのった。そこで思いもよらない形となったのだが、ヴィベックスの役員として昇格した諸伏の懇願を受けてヴィベックスに再入社することに。
「歌ウ蟲ケラの不仲説って何よ? これ?」
「美桜さんが我が社に再入社することで色々妄想を掻き立てたのでしょうね」
屋内プール付きの豪邸を購入した美桜はハンモックで寛ぎながら、音楽雑誌に目を通して諸伏に話しかける。
プロデューサーとして瞬く間に成功を納めた美桜とその成功に携わった諸伏は2人ともヴィベックス内で山里が担っていたクラスの役職に就いた。
「またバンドをやりたいって思います?」
「ん? まさか私と一緒にやりたいの?」
「まさか。でも歌ウ蟲ケラのマネージャーなら喜んでしたいかも」
「バカ言いなさいよ? 今の立場のほうが遥かに優雅でしょうが」
「あはは、それはそうと面白いところから楽曲製作の話がきているそうですね?」
「ん? 面白いところ?」
同じ頃、梓は刑務所の面会に来ていた。
「よぉ、元気にしていたか?」
ガラス窓越しに顔を合したのは人気ロックバンド、緑の妃の川相杏里だった。彼女は薬物使用の罪で有罪判決を受け、懲役刑を言い渡された。
すっかりやせこけた彼女の顔立ちは人気ロックバンドでメディアにでていた頃と全く違うものになっていた。
「生きてはいるよ。何しにきたの? 笑いにきた?」
「アホぬかせ。心配だからに決まっとる」
「あなたに心配されるなんて皮肉ね」
「何年やったかな?」
「3年」
「そうか。それで出てきたらまた一緒にするか?」
「何を言っているの?」
「ウチの社長さんがお前もバンドを組めとうるさいのよ」
「それで私を使いたい?」
「お前以外にいま、俺が一緒にバンドしたい奴がいると思うか?」
梓の思わぬ言葉に杏里は俯いていた顔をあげた。彼女が知る梓ではなくなっているのだ。こんなに優しい顔をする人間ではなかった。彼女は自然と涙を零して頷くしかなかった――
夜の東京、その夜景を眺めながら唯は久々に会う人物を待っていた。
「お久しぶり。元気にしていた?」
「お久しぶりです。はい。歌ってはないですけども。元気です」
高層ビルの最上階ちかくにあるバーにやってきたのは唯の尊敬する美咲だ。
「こないだの紅白みましたよ。美咲さんは相変わらずうまいなぁ」
「アハハ、仕事ですもの。あなたは? 順調?」
「ええ、無難に生きていますよ」
「ふうん」
美咲は目を細める。唯はチビチビとカクテルを飲んでいた。
「お忙しいなかで恐縮です。康さんは?」
「外にいるよ? 今もアンチはいるから」
「そうですか。でも歌手って大変ですね」
「うん、でも私は好きでやっているけど。あなたはまたやりたくないの?」
「歌うことですか?」
「ううん、歌ウ蟲ケラ」
唯はカクテルを一気に飲む。そして近くの店員に「これ、もう一杯」と頼んだ。そしてこう続ける。
「今は考えてないですよ。やりきったから」
夜の広島、律は妹の未来と散歩にでていた。
「オネェちゃん! 星空が綺麗!」
「え? ああ、綺麗だね~」
「本当にそう思っている?」
「お、思っているよ!」
「ホント~?」
妹の未来はもう成人にもなるが知的障害が濃い障害者だ。その面倒を唯の法人「ユイマールの輪」でみている形になる。なんの皮肉か法人の職員として彼女の親族らが多く就職している。唯の計らいによって為された事だ。
しかし世の多くを知れない未来は自分にないピュアさがある。
「星が綺麗かぁ」
飴を未来に渡して、自身も飴を舐める。
甘いドロップの味がときに苦く感じる事がある。
甘い筈なのに。
それはきっとそれだけ自分が大人になったという事なのだろうか?
飴を「美味しい! 美味しい!」と舐める未来をみてそっと微笑む。
律にとって今目の前にある現実こそが現実に他ならないと思ってやまなかった。夢をみるのは夢をみられる時だけの話だ。充分に夢をみられたならそれでいい。
でも、本当にそうなのだろうか?
そう、この物語はまだまだ続くのだ――
∀・)読了ありがとうございます♪♪♪ミッシェルガンエレファントの「ドロップ」を聴きながら書きました♪♪♪なのでミッシェルガンエレファントの「ドロップ」を聴きながら読むとより楽しめるかもしれません(笑)そう、物語はまだまだ続きます。次号も楽しみに☆☆☆彡




