第1話「平澤唯」
平澤唯はプロレスラーの両親から生まれた生まれつき図体の大きい女子だった。父はアニマルズ平澤といい、変態プロレスラーやら鬼親プロレスラーなんていう肩書きを持って一時期面白可笑しくテレビタレントでいたりもした。
唯はその父が彼女の物心つかない時からレスラーとしての特訓を受けさせられ、テレビの出演もしていた経歴を持つ。しかし彼女が中学生になった時、その特訓の最中に大怪我をしてしまう。その時に「違うことをしてみたい」と父親に告白したが、彼はそれを受け入れず「怪我の治療に専念だ! 治ったらまた特訓するぞ!」と一方的に諭してくるばかりだった――
その頃の彼と言えばテレビ出演もなくなり、彼の奇抜なパフォーマンスも観客から飽きられ、プロレスラーとしての需要がまるでなくなっていた。だがたまに我が娘の事を思いだしたようにしてローカルのテレビ番組が我が娘に出演させて欲しいと頼み込んでくる――
ジュニアの試合で毎年のように全国大会に出場する唯はプロレスラーとしての彼にとっての命であった。だけどその彼女も中学生になって地元の試合で負けるようになり、本人の表情も曇るようになる。彼の必死さはどこか空回りしているようだった。
一方で唯の母である曄子は唯を出産してから女子レスラーを引退し、唯が酷い大怪我をする頃には社会福祉法人でのビジネスに着手していた。唯の酷い怪我を見兼ねて彼女は旦那と離婚することを決意、唯の親権を巡って裁判も起こそうとした。
ところがそうなるとお金のないアニマルズは潔く諦め、唯とも別れを告げた。それから彼はパチンコ中毒になったとか、アルコール中毒になって夜の街を漂う浮浪者になったとか噂されるように。でも誰もその行方を知らない。
父親から涙の別れを告げられた唯も。
それでめでたしめでたしとなればいいのだが、そううまくもいかない。曄子は離婚から1年経ち、一緒に事業を手掛ける初老の男性と再婚をする。しかし僅か1年もしないうちにまた離婚。ビジネスパートナーとしても見切りをつけた。
この目まぐるしい環境のなかで唯は「勉強しなさい」と曄子からひらすら学に励む事を奨められた。しかしいくら勉強をしても彼女の学習能力は伸び悩んだ。テストで悪い点数をとれば、父親以上にキツい言葉で母から叱咤を受ける――
一体どうすれば自由になれるのか?
一体どうすれば納得ができるのだろうか?
答えなんてどこにもないような気がした。
しかしそれがどうだろうか。いま、この第2音楽室に集まった面子は明らかに「おかしいヤツら」の集まりだ。そのおかしい奴らが集まったからこそ、彼女は何かができる気がした。そして自然とこう吐いていた。
「私、入部できないかな?」
周りにいる面々がポカンとした。隣にいる律さえも。
「いま、なんて?」
「入部希望します」
「えぇ……」
「あの、私も入部したいのだけどイイ?」
「えっ? えっ?」
唯に続いての軽音部入部希望者。それは唯たちの後ろから入ってきたミオタニアンこと山田美桜だった――
∀・)本作主人公のゆいまーること平澤唯さんのおはなしでした。本日はまた1時間後に更新します。