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第16話「ラストチャンス」

 伊藤梓は進刻高校を卒業して美桜と同じく軽音楽の専門学校に入学した。彼の学校は大阪にある小さな学校で彼はベーシストとしての腕をそこで磨いていった。



 特定のバンドには所属せず、バンドのサポートとして主な活動を展開した。



「あぁ~すいません。寝過ぎちゃって」

「お前また遅刻か。どれだけ俺らが困ったか分かっとんのか!?」

「だからすいませんって……」

「このオナベ野郎!」

「…………」



 梓は専門学生となって遅刻をする癖をつけるようになった。



その癖はバンドマンとしての活動だけでなく学業でもアルバイトでもだ。



「ええ加減にせぇ! 明日からここにくるな!」



 警備員のバイトからガソリンスタンドのバイトまで様々なアルバイトを3年のうちに30はやってきたという。仕事内容そのものは問題がないのだが、遅刻を繰り返す事や怠そうな勤務態度をとることが目立つせいで長続きがしなかった。



 ベーシストとしては尚更そんな彼でもあった。



 彼がサポートとして入ったバンドはその学生時代で40を超えていた。正式なメンバーとしてオファーがかかる事もあったが、その翌日のライブで遅刻をする事もあれば、メンバーと喧嘩をすることでおじゃんになった話ばかりだ。



 ただ彼の腕は確かなものがあった。故に見捨てられる事はなかった。



「アズくん、またバンド加入の話を蹴ったの?」

「アイツらが悪いわ。僕が10分遅刻しただけで血相なんか変えて」

「そりゃあアズくんが悪いんとちゃう?」

「僕はネェさんのバンドのベーシストがええ。そこならずっといる」

「もうウチはやってないのにな」



 梓は定期的に行きつけのクラブに通っていた。そこで働くホステスの紀藤梢は進刻高校軽音部の先輩だった。



「あのな、アズくん、ベースゆうのはバンドに2人もおらん。1人でええのよ」



 梓は好物のウィスキーを飲んで「ほな、僕はネェさんが空けた穴に入るよ」とケラケラ笑ってみせる。彼女は幼い。梢はいつも毎週来る彼女をみてそう思った。



 しかしそんな幼い梓も1年の留年を経て専門学校を卒業した。



 そこから彼女は「緑の妃」という3ピースバンドに加入する。大阪での活動を主体にしたガールズバンドだったが現地でのウケがよくメジャーデビューの話が舞いこんできた。学校を卒業してからというもの、彼は遅刻をする事もなくなり、だいぶ人間的にも社会に順応してきたなかでの出来事だ。しかし――



「性転換手術?」

「そうや。その為に一生懸命お金を貯めてきたんや」

「マジでそのつもりなの?」

「なんや? 僕がそういう奴なのは知っとるやろ?」

「梓、今私達がどこのステージに立っとるか解る?」

「他のインディーズバンドよりか大きい」

「そういう話やない! まともに聞け!」

「まともにきいとるわ! 話しとるわ!」

「なぁ……ウチらは杏里のヴォーカルとガールズバンドだから成り立っているの。ウチらのバンド名とモットーはわかっているやろ? アンタ、杏里の歌詞を読むことすらしてないの?」

「ベースの演奏に集中。それで問題なかった筈や?」

「確かに梓、貴女のベースの技術は認める。それがあるから私もバンドに誘った。貴女が特殊な個性を持っている事も承知していた。でも私たちは世の中で頑張る女性に向けて全ての歌を作っている。わかる? 貴女が男性になるって言う事は私達のモットーと反する。貴女が本気ならでてゆけ。でてゆけ!! 今すぐ!!」



 梓は杏里と睨みあい、ドアを叩きつけるようにして部屋を出た。



 緑の妃は梓の急な脱退を受けるもメジャーデビューを果たす。その半年後にはベースの新メンバーを加入させた。何の皮肉か男性から女性の性転換手術をしたベーシストの加入だった。



「なんや。くだらん。同じことやんけ……」



 緑の妃が写る音楽雑誌をちらっと読んで梓はゴミ箱に投げ捨てた。



 梓もまた性転換手術をおこなった。




 そして彼女は彼になった。




 しかし緑の妃を脱退してからというもの、彼の活動はよりパッとしなくなった。アーティストのバックバンドのサポートメンバーとしてたまに採用される仕事を何とかしているぐらい。しかしそれでは生活していける筈もなく引っ越し屋の非正規労働を始めた。遅刻もしなくなった。怠い態度もみせなくなった。なのに何故かしょぼい人生を過ごしているように感じて他ならない。



 気がつけばもう20代中盤、30代もそんなに遠くない。



 そんな彼に思わぬ吉報がまいこんできた。



「ネェさん! 俺! Benzaiのライブのサポートメンバーに抜擢されたで!」



 梢の働く店でウィスキーに酔いながら喜々とその報告をしたものであった――



∀・)読了ありがとうございました。梓のおはなしでございました。緑の妃、読んで貰ってなんとなくわかって貰えたと思うけど「フェミニズム」を象徴した音楽グループなんですよね。そこに何の偶然か加入していた梓。これって彼にとってすごい皮肉な出来事だったんですけど……まぁ書いている僕も相当な覚悟で書きました(笑)でも緑の妃も杏里さんも別に悪いワケじゃないと思います。それが彼女たちの信念なだけ。


∀・)次回如月文人さまの「再結成」に登場するSuperiorityのBenzaiが登場します!お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで読ませて頂きました。 たとえ楽器の演奏技術が高くても、性格が合ったとしても、方向性や信念が相容れなければ一緒にやっていくことは難しいですよね……。 「方向性の違い」で解散するバンド、…
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