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第12話「タマシイレボリューション」

 田中律は広島を離れて北九州の中華料理店で見習いとして居候した。



 彼女は非行に走る逃げ癖のある少女だったからか、働きだして間もなく家出を繰り返した。近所の河川敷で野宿をしようとすると、その区域のホームレスらが彼女を警察につきだすこともあった。また万引きや食い逃げをしようとする事も何回か見受けられた。



「店長、ありゃあもうまともに生きていけるガキじゃないですよ?」



 店で働く土倉はにやけながら店長の段田暖子に話しかける。



 段田は溜息をつきながら「あぁ~わかっているさ」と答える。問題児だと聞くには聞いていたが彼女の想像を遥かに超えるものだったのは確かだ。



「ちょっとタバコ吸って来るわ」



 段田はそう言って店の物置にしている地下室へ向かった。



 土倉が調理器具などを洗って、片づけをしているとドンドン! と戸を激しく叩く音がした。戸をあけるとヨロヨロと倒れ込むようにして律が店内に入った。



「お~おかえり。今日は交番じゃあないのか?」

「腹が減った。腹減ったの。なんか食わせろよ」

「おめぇ、何様だよ? ここにきて何したの?」

「勝手につれてこられた。私だって生きている」



 土倉は「店長! 店長!」と地下室へ呼びかけるが全く返事がない。



「しゃあねぇな。ほら、俺の残りチョットだけどやるよ」



 彼は残りわずかとなった食べかけの弁当を律へと手渡した。彼女は貪るようにしてそれを一気食いした。



「野獣かよ?」

「ババァは?」

「店長だろ?」

「どこにいる」



 土倉は溜息をついて「おめぇな、おめぇの為にこの家の一部屋を空けているのだぞ!? ちったぁ礼儀ってヤツを身につけたらどうだ!?」と怒鳴った。



 しかし食い散らかすだけ食い散らかして律は眠りについた。



 そこで段田が地下室から戻ってきた。



「今日は交番じゃないのかい」

「ああ、もう警察からも睨まれているのでしょうね」

「まったくどうしたらいいものか……」

「俺も問題児だったけど、ここまでじゃなかったぞ」



 土倉のぼやきに対して「よく言うよ」と返事した段田はその瞬間にふと想った。



 自分たちも根っからのワルだった。



 それこそ強靭な男並みに恰幅のいい段田は女子にして男相手に殴り合うことも日常茶飯事だった。しかしそれでは世の中を渡っていけないと悟り、中国人夫婦らが経営する店で修業を重ねて自分の店をだす今に至った。



 そんな若かりし不良少女だった自分と律を比べ妙な事に気がついたのだ。彼女は悪行に染まっているが、他人に暴力を奮うことがないのだ。ただ盗んでは逃げ、盗んでは逃げを繰り返す臆病な不良なのである――




「ん……」



 律は目を覚ます。そこに大きな図体の段田が胡坐をかいて座っていた。



「目が覚めたかメス猪」

「ババァ」

「ああ、何とでもいいやがれ。今日はお前に話しがある」

「この家を追い出すの? 追い出せば? 望むところよ」

「違う。お前はもう働かなくていい。この部屋でじっとしていろ」

「え?」

「それだけで朝昼晩の飯はやるよ。おとなしくしてくれりゃいい」

「本気で言っているの?」

「これが本気じゃなきゃ何が本気だっていうのさ?」

「………………」

「お前さんが町中に迷惑をかけて、ウチの商売駄目になるよりかよっぽどいいさ。余裕ができたらテレビやラジカセぐらいは買ってやるよ? どうだ?」

「……わかった」



 この翌日から律の家出や近所での迷惑行為はおさまった。彼女は出勤初日から段田や土倉に怒鳴られて落ち込んでいるときがあった。その翌日に最初の家出をしたのだ。ならば怒るまい。ただの居候として面倒をみる。それでおさまるのであればそれに超した事はないが、その対処を施してわずか数日で変化があった。



 律が部屋からでてきて店の様子をじっとみているのだ。何かをする訳ではない。ただじっとラーメンを作る段田や土倉、そしてラーメンを食べるお客さん。



「店長、あのガキ、今度は何なのです?」



 店も閉まって静かになった真夜中、土倉は我慢ならずに切りだした。



「退屈だから私達をみているだけさ。平和だろ?」

「そうだけど、俺なんかは気味が悪くて悪くてさ」

「お化けじゃないのだからビクビクするなって!」



 さらに数日して律は洗濯や掃除など手伝いをするようになった。



 相変わらず口数は少ない。それでも何かが変わっていた――




「あぁ~りっちゃん! 豆腐が切らしたわ! 近くで買ってくれる?」

「あいよ! いってくるね!」



 半年経つ頃には中華料理屋「ダンダン!」の店員にすっかりなっていた。



 その夜、律は自転車に乗って買い出しにでたところ、自転車を蹴とばされた。それは地元で暴漢として目立ちだした不良少年たちの仕業だった。



「何するの!? 自転車壊れたじゃない!?」

「ここ近辺で色っぽくて可愛い女がいるって聞いたものでなぁ~」

「うへへぇ。倒されるオメェが悪いのよぉ~」



 やっと真面目に生きていけるようになったのに。



 律は目を閉じてこの理不尽な現実に唇をかみしめた。



 その時――



「ウチの看板娘に手をだすのじゃねえええぇぇぇええぇぇえぇ!!!!!」





 鉄パイプを持った段田が大型バイクに乗って勇ましく現れた!



「段田さん!」

「律! 乗りな! 逃げるよ!!」



 律はすぐさま後部座席に乗ってバイクとともにその場を逃げ切った――



 その日、出前に出ていた段田が襲われそうになった律とたまたま遭遇し、近くの鉄パイプを拾ったというが真偽は定かでない。この頃この一帯では婦女暴行の事件が多発しており、警戒感を持っていたのは確かだったが……。以降なるべく律一人での外出は控えるようにした。




 年月は経ち、流された非行少年や非行少女が「ダンダン!」に入職する。その面倒をすっかり一人前になった律が自らみた。また料理の腕前もあがり、評判の高い「リッチャンラーメン」「リッシャンチャーハン」「リッチャン餃子」などのメニューも作るようになった。そんなある日のことだ――



 段田は店を早めに閉めて律を呼んだ。



「どうしたの? 段田さん?」

「あぁ、話したい事があって」

「段田さんから話だなんて珍しい」

「ははは、柄じゃないよな。まぁ相談みたいなお願い事さ」

「お願い事? お金は私も大して持ってないよ?」

「いやぁ……私には夢があってね、もう一度その夢を叶えたいって思うのさ」

「夢!? バイクで世界一周とか!?」

「ブー! それもいいけどそれよりね」

「何なのよ? 勿体ぶってさ」



 段田は「ついてきてくれ」と地下室に律を案内した。「私は不良だった頃からね、煙草は苦手だったの」と階段をくだりながら話す。その先にあったのは――




「ウンタン!?」

「ん?」



 そう。ドラムセットであった。



「私はね、仲間達とかつてロックンロールしていたものでね。仲間達は死んだ奴なんかもいれば、ヤクザになった奴もいるし、平凡に生きている奴なんかもいる。そいつらと組むことが叶わなくとも、新しい友達とまたバンドができればいいなって思っていつも時間が空いたらココで練習していたのさ」



 しみじみと語る段田を傍に律は泣いていた。



 段田の話に感動しているからではない。



 それは彼女の吐きだす言葉に表れていた。



「段田さん、私、久しぶりにウンタンを叩いてもいい?」



 涙をとめどなく零す律に段田はポカンとした。



「お前、ドラムやっていたのかい?」

「ずっと昔、やっていたの」

「何だいこの展開?」

「あの、せっかくのところ悪いけど、段田さん、叩いてもいいかな?」

「え? ああ、いいよ?」



 律は涙を流しながらドラムを叩く。それは叩けば叩くほど溢れていた。



 その感動。その涙。その才能。



 段田は呆気にとられるばかりだったが感じていた。嫉妬を覚えるぐらいに律はドラム叩きの技術があって、それは経験者だからこそ分かるもので。




 段田は本当はその日、数年後に店長引退することを告げるつもりでいた。後継者には律を推薦するつもりで。しかし思ってもみない事実に度肝を抜かれて何も言えず。律がドラムを叩き終えるのをただ見守った――




 それから3年経ち、律は博多駅から新幹線に乗ろうとしていた。



 見送りには段田と土倉と見習いの少女が来た。



「ごめんなさい。本当は店に残るべきなのかもしれないのにね……」

「いいのさ! 私は律がドラマーとして成功する姿を見たいのさ!」

「ぐっ……野獣だなんてよう……お前を馬鹿にした俺を呪うぞ……」

「私も田中さんみたいに美味しいラーメンが作れるように頑張る!」

「うん、未来ちゃん、頑張って! 私の妹にも未来って名前の妹がいるけど、あなたも私にとっては可愛い妹! 私は有名なウンタナーになって、ここ福岡に戻るよ!」



 爽やかな別れの時間はあっという間に過ぎる。



 新幹線が駅をどんどん離れていくなか、ずっと手を振るダンダンのメンバーが何より愛おしくみえた。



 さらば北九州。いざ広島と胸に想いながら――



∀・)いやぁ~書き応えのある話になりました(笑)段田さんのモデルは漫画アニメ「ワンピース」のダダンだったりします。なのであのイメージでいいですね。奇跡的な更生を果たした律さん、広島で何をするのか?また次号です。

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