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第11話「愛をこめて花束を」

 病室にいた父親は呼吸器をつけて弱っていた。



 そこからアニマルズ平澤としての面影を感じる事なんてない。



 唯は小さな声で「お父さん……」と呼び掛ける。もっと大きな声で言いたいものだが、内心がそれを拒む。



 それは憎しみというべきか。慈しみというべきか。



 彼女は気がつけばポロポロと涙を零していた。



「ゆ……ゆ……」



 父が目を閉じたまま何かを言おうと口を開く。思わず「お父さん!」と大きな声が出て唯は彼の手をとった。



「ゆいか……だいぶ久しぶりだな……」

「お父さん、ごめんなさい! 今まで会いに来なくて!」



 彼の目がゆっくりと開く。



「おおきくなったなぁ……」



 彼の表情は和らいでいた。少なくとも今はもう鬼のような男ではない。



「お母さんと……仲良く……しているのか?」

「うん。お母さんの会社を通じてボランティアをしているよ」

「そうか……れす……りんぐは……もうしてはいないよな……」

「うん。ごめん。ごめんね」

「あや……まることはない……俺も愚かだ……バチが当たって……こんな病気に……かかって……しまったものだ」

「お父さんが悪い事じゃあないよ」

「ふふ……ふふふ……でも……いいさ……なぁ……1つ……お願いが……ある」

「何?」

「あの“掛け合い”を死ぬ前に……できないか……?」



 唯の脳裏に地獄だと感じる特訓の日々が浮かんだ。



 汗水垂らして息を切らす。へこたれると怒鳴って竹刀で背中を叩く父親。



 本当なら思いだしたくもないし、その溜まりに溜まった積年の怨み辛みをこの男にここでぶつけたい。



 でも今は違う。彼と寄り添いたいのだ。



「きあ……いだ」

「気合いだ!」

「きあい……だ」

「気合いだ!」

「きあ……あぁ」



 アニマルズは力を振り絞ってその声を張り上げるように出した!



「「気合いだ! 気合いだ! 気合いだあああぁぁああぁあ!!」」



 唯はレスリングの練習が「嫌いだ」と本音で叫んでいた幼き日を思いだす。



 しかしこの時は違った。



 唯との掛け声の合唱を終えるとアニマルズは激しい咳き込みをしだした。



「平澤さん!」



 すぐに看護師がアニマルズの元へ駆けつける。唯はそれから何かできることもなく病院を去っていった――



 父の訃報を富沢から聞いたのはその数週間後だ。



 彼の葬式には参列できなかった。母の意向もあって。



 それでもこの頃から唯はスポーツジムへ通うようになった。



 まるで何かを思いだすように。一方で何かを遠ざけるように。




 気がつけば彼女は大学4年生になっていた。



「どうするつもりなの?」

「色々考えたの」

「そう、それで」

「お母さんの会社で頑張る」

「それで本当に満足なの?」

「え?」

「私は貴女の本音が聞きたいの。あの男が死んでからというもの、貴女って何かこれまでと違う感じがするもの。彼が死ぬ前に彼と会ったのかしらね?」

「どうしてそれを……」

「あなたのお母さんだから、それがわかるの」



 曄子の目つきはいつになく真剣だ。これまで「どうしてこんな簡単なテストでこんな点数をとるの!?」と怒鳴りつけてくる彼女とはまた違った凄みがある。



「会ったらいけなかったの?」

「………………」

「わかったよ。それがいけなかったと言うのならこの会社の一員になりません」

「それって本気?」

「この法人のモットーは『その人の可能性を決して捨てない』だったかと。その法人の職員が自分の父親が死ぬかもしれないのに、自分の父親をほっておく人間だとしたら、私はその職員も法人も疑う」

「そう。それで? あなたはそのモットーを以てして何を成し遂げるの?」

「まだまだ勉強したい。学生じゃなくて社会人として。将来はお父さんを超えるプロレスラーになるワケでもなければ、お母さんを超える社会福祉実業家になるワケでもない。ただ1人の人間としてお父さんとお母さんを超えたい」



 最後の文言を言い放った時、唯の眼はいつになく真剣だった。



 曄子は微笑む。そして続けた。



「いいわ。合格よ。娘としてじゃなく『ふれあう会』の職員として」



 スーツ姿の親子は握手を交わして抱き合った。



 平澤唯はその面接に至るまで10社の内定をとって臨んでいた――




∀・)唯さんが社会人になるの巻でした。こうしてみるとそこまで波乱に満ちた人生ってワケでもないんですよね。ただ母親の会社を受けるまで10社内定とっていたというのは親子で交わしていた「条件」だったのかもしれません。ともあれ社会人になった唯さん。これから彼女の人生はどのようになっていくのでしょうか。また次号。

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