第10話「あ~よかった」
唯はそのまま地元が近い比治山大学に入学した。高校の軽音部退部から彼女は母が運営するNPO法人のお手伝いに勤しんだ。その中で障害者支援、とりわけ障害者児童支援に興味を持ち、学部学科もそうしたことを学ぶところを選んだ。このまま母が営む法人の職員となるのだろうか?
ぼんやりと考えていた。
実は答えが簡単にでそうになかった。周りにはそう言ってなかったけども。
そんな日々を送っていた中、自身がボランティアで関わる障害者施設にとある演歌歌手がライブパフォーマンスでやってきた。
美咲‐Misakⅰ‐という演歌界のホープと謳われる歌姫。
当時は頭角をだしてきたという段階でまだ全国的に知られてはなかった。
それでも何故だろうか。彼女がステージに立つと施設の職員のみならず利用者たちまでも自然と歓声をあげていた。その小さな身体から滲みでるオーラが皆をそうさせていたのだ。
彼女は3曲の出番でステージを去った。しかしアンコールが鳴りやまなくて、フロアに設置した小さな会場で再びひょこっと姿を現した。
『皆さん、ありがとう。せっかくの機会なので誰か私と一緒に歌いませんか?』
マイク越しに彼女がとんでもない提案をしてきた。このパフォーマンスは全国活動を展開する彼女が独自にやっているもので、誰もステージにあがらない事も珍しくはなかった。
唯は胸がドキドキした。彼女は歌を歌う事ができる。この場で名乗り出たってイイものだが……
「美咲さん! この子! この子が歌えます!」
唯の母親が唯の手を持ち上げた。
「ちょっ!? お母さん!?」
「歌を歌う事が好きなのでしょ? いってきなさい!」
「でもプロと歌うってさ!?」
美咲はマイク越しに『あぁ~よかった! ここへおいで!』と唯を呼びかける。
唯はおどおどしながらもステージに立った。観客はざっと30人はいる。これまでに体感したことのない機会だ。
『何を歌う?』
『あ……え……あの……演歌を知らなくて』
『演歌じゃなくていいよ! あなたが歌える歌で!』
『え……えっと……』
しっかりとした着物を着た演歌歌手を前に唯は頭を真っ白にしながら言った。
『翼をください』
この時に唯はほんとに「翼をください」と言いたくて言ったと言うが、美咲は『お~いいね~みんなも一緒に歌いましょう!』と快く反応してくれた。
普通ならば平凡な歌唱を美咲の圧倒的な歌唱でサポートする形になるのだが、この時は違った。唯も美咲の歌唱に引けを取らないパフォーマンスをしたのだ。
まるで2人の歌手のデュオ。会場は最高潮にヒートアップした。
「歌が上手いのね! その気があればあなたは歌手になれるわ!」
「アハハ……どうも……あの……いいですか?」
「ん?」
「サインとか貰っても……」
「勿論いいよ! どうぞ!」
この時、傍に母がいたからか本当に聞いてみたいことを聞くことができなかった。
どうやったら歌手になれますか?
あの日に美咲から貰ったサインを取り出してテレビに映る彼女を眺める。
「うまいなぁ」
カップラーメンを啜りながらぼやいた。うまいのはカップラーメンのほうじゃない。でも、それを今の自分が言ったって、只の素人の感想に他ならない。
その時に電話がなった。
「もしもし」
『富沢です。平澤さん、見つけましたよ』
「本当ですか!?」
『ええ……でも本当にお会いしますか?』
「どういうことですか?」
『お父さん、意識がもうほとんどないみたいで……』
彼女は大学3年生のときにバイトで貯めたお金をはたいて探偵事務所に父親を探させた。母親には内緒で。しかしその結果はなんとも皮肉めいたものだった――
∀・)はい!物語が唯サイドに入ってきました!そして歌手になろうフェスV.I.P.江保場狂壱さまの美咲さんが登場です!いやぁ~この回を書きたくて書きたくてうずうずしていました(笑)美咲さんは今後登場するんでしょうかね?どうでしょうかね?お楽しみに。次号。
江保場狂壱様
『とある動物園にて』
本作本話の関連作品になりますm(_ _*)m




