第9話「さよなら大好きな人」
律はその高校生活の裏で家出を繰り返し、親の帰らない友人宅で未成年飲酒や未成年喫煙をしていた。その所以はこれまでに話してきたとおりのものだったが、その悪友からある儲け話を持ち掛けられた。それは俗にいう援助交際というものであった――
律はそれが無理な事だとわかっていても、自身のドラムセットを欲していた。高校やライブ会場で叩いている物は借り物だ。それも質のいいものでない安物。高価なものを入手してドラマーとしてさらに飛躍することを想うようになった。
振り返る事、1年前に梓に迫られたときに進刻軽音部に対して少しずつ嫌悪感のようなものが湧いていた。優秀な諸伏が「律の引き抜き」で入ってきた時は受け入れる気持ちに正直なっていた。しかしその諸伏が律の嫌悪している姉の繭と接触してまで引き抜きを果たそうとしていた事、さらに諸伏のバンドのレベルがあまりにも低かった事で彼女はそれを拒んだ。
ならば気持ちよく進刻高校軽音部に戻ればいいのではないかと思うが、そんな簡単な話ではない。彼女は家に帰らないことが常習化して遂には援助交際にまで手をだした。そこで獲た大金に目がくらみ、遂には妊娠までしてしまった。
彼女は「姉と比べたらマシ」という考えがあった。
彼女の腹違いの姉である繭は薬物中毒者であった。暴力団と繋がりを持って、逮捕されるのも時間の問題と思われた。しかし両親は地域の政治家。その事実が浮き彫りになっては困るという事でその事実を包み隠したのである。
薬物にハマっている姉と比べたら私なんてまだ許される。
その認識が甘かった。
妊娠が発覚し中絶をしようとしていた時点で親にばれて制裁をくらったのだ。
高校の退学。そして現代版の島流しだ。
田中家は一斉に粛清をかけた。姉の繭と兄の葉は薬物所持及び密売関与の件で逮捕。少年院に統監される事となった。諸伏含む彼女のグループもこれに関与していたとして一斉検挙された。
その流れで律は親戚の家に籍を送られる事が決まったのだ。
律が頼りにしていた悪友もその悪事が摘発されて学校を退学する事となった。それどころかその原因を律のせいだと一方的に訴え絶交を申し出たぐらいだ。
律は自宅の大きな大広間で数年ぶりに大学生の長男、蝶と会話を交わした。
「いやぁ~お前らみたいな馬鹿がいなくなるからスッキリするよ」
「お兄さんなの?」
「あ?」
「私たちを悪者にしてこの家から追い出したのって」
「俺じゃないよ? 父さんと母さんの総意だよ。お前、何考えているの?」
「未来は?」
「あ? お前が心配できる立場にあると思っているのか? 心配なんかするな。未来は俺達の家族だ。お前はここから出てゆけ」
律は親戚が住むという北九州にその身を送られる事が決定した。どこかの飲食店で面倒をみて貰うことが決定したらしい。もっとも律の意思は何も聞かれず。
広島を離れる時、携帯電話も没収される事となった。
最後に律は電話をかけようした。
今まで何度も電話をかけてくれた唯に。しかし彼女は何も話さずにいつも軽音部のなかの律を演じていた。今さら本当の事が話せるか?
震える手が電話のボタンを押させなかった――
「さぁ? 先生は彼女と同じ学年を持ったことがないし、この部活でも話した事がほとんどない。あの子とよく話していたのは平澤さんじゃないのか? 僕も噂で退学したって耳にしただけだよ」
佐久間はデリカシーのない男であったが事実しか話さない男でもあった。
梓が卒業し、佐久間が退職して唯と美桜は3年生になった――
顧問の沢佐和子は吹奏楽部との兼任で軽音部に関する知識はほとんどなかった。たまに第2音楽室に来ては適当に雑談して帰っていくだけだ。春の新入生歓迎のアトラクでSuperiorityのカバーを唯と美桜でやったのが盛大にウケたが、そこから入部した生徒は一人もいなかった。
静寂に包まれた2人きりの第2音楽室で唯と美桜は語り合った。
もうすぐで夏休みにもなる。
「あとちょっとすれば私達も卒業か」
「そうね。ミオタは進路決めたの?」
「専門学校に入ろうかと。やっぱり私は音楽が大好きだし」
「そう。偉いね」
「ゆいまんは?」
「私は歌う事もギターを弾く事も大好きだけど。音楽は大嫌い」
「えっ?」
「でも、レスリングよりかだいぶマシ」
「えっ? レスレリングしていたの?」
「ふふふっ、ねぇ美桜さ、いいかな?」
「ん?」
「私ら、充分頑張ったと思う。だから」
唯は何もない天井を見上げた。そして少し考えてこう言った。
「もうここで私たちの軽音部は一旦終わりにしよう」
それから唯と美桜は軽音部の退部届を生徒会室に提出した。
これが彼女達の言う「歌ウ蟲ケラ、1度目の解散」であった――
∀・)次週で高校編完結の予定です!次号!




