僕と人外とヤーさんと
そろそろ残暑も終わり秋に移り変わる頃、まだ必要ではないような気温なのにマフラーに手袋をつけている少年が居た。
年齢は15~17くらいに見える。体型は少し痩せ気味のように思える。
「寒いなぁ、早く春が来て欲しいよ、ねえ?シルフ」
(あのねえ、まだ秋なりかけだよ?それなのに何で冬すっ飛ばして春なのさ)
はたから見れば独り言を呟いている若干危ない少年に見えるのだが、少年だけには返事が聞こえた。
「おーい、ぶっきー君、何独り言呟いているんだ?より一層気持ち悪いぞー」
などなど周りのクラスメイトがからかいながら通り過ぎて行った。
ぶっきー君というのは自分が不気味なのでぶっきーと呼ばれていたりする。
(ホラ、こっちに話しかけなくてもいいから、とりあえず変だと思われないようにしてもらいたいね。今この世界で唯一の召喚出来る人間なのにさ)
「とは言われましてもね、仕方ないでしょ。昔から君等みたいなのが見えてずっと気味悪がられてきたのにさ、今更イメチェンしても逆に評価下がるだけだって」
昔から妖精やら精霊やらそのテのものが見えるので困っているのだ。
この付きまとっているのはシルフという精霊だ、この名前を聞いたことのある人も少なからず居るのではないだろうか?結構有名な精霊だ。ちなみに男はシルフで女の場合はシルフィードと呼び分けられる、コイツの場合は男なのでシルフだ。
(でもね、このままじゃ恋愛の無い灰色の青春になっちゃうよ!とりあえず、からかわれない程度にはならないとさ、唯一契約してる精霊として恥ずかしいよ)
恥ずかしそうに両手で顔をキャッ!と覆う、男のくせに何がキャッ!だ。
「…………善処するよ、灰色の青春とか不名誉な青春は送りたくない。せめて普通の……普通に告って振られる程度には青春を送りたい」
(そーそー、応援するし色々手伝うから頑張って!)
普通に励ましてくれたりする分には嬉しいんだが、結構キツイ言葉を吐くのがたまに瑕。
「……はぁ」
少年は励ましてくれるシルフに対して、頼もしく思えばいいのか心配をすればいいのか複雑な感情を抱いているようだ。
「あ!おはよう!」
一応クラス委員長なので挨拶をしてくれるクラスの少年。可愛い顔して腹黒いことを考えるもんだ。次の生徒会長に立候補するらしい、そのための点数稼ぎやイメージアップのためと言ったところか。
「…………おはよう……………………」
「!!」
自分で挨拶をしておきながら驚いている、ちゃんちゃらおかしい。驚くくらいなら挨拶なんてしなければいいのに、と少年は思っていた。まあ驚いているのは少年が何時もは全くといっていいほど挨拶を返したことが無いからだ。少年に自覚はないのだが、先ほどのシルフのキツイお叱りによりやる気を出したようだ。
(そうそう、その調子!)
横でシルフが応援している、その様子は明らかに楽しんでいるようにしか見えなくて、つい少年は。
「…………………………いい加減にしろ」
と呟きシルフをガシッと掴んだ。
(うわっ!?ちょっとギブ、ギブアップ!)
手を離してもらい、シルフはふぅとため息をつき
(いいの?周りの注目集めちゃってるけど)
言われてハッ!?として周りを見ると教室内の視線の大半がこちらを向いている。
思わず少年は
「パントマイムの練習だ……………」ダッ!!
言ってからどれだけくだらない言い訳なのかに気づいた少年は走って教室を飛び出した。
(あーあ、人前であんなことやっちゃって。これでさらに評価が不気味から気持ち悪いに落ちていくね)
走っている少年の横に浮いたままシルフはついてきた。
屋上に着いて
「大体お前はなぁ!!」
と声を荒げて喧嘩をしばらく続けていた。
「それにしても、屋上は気持ちがいいねー!」
シルフは姿を見えるようにした、少年に対してはその能力も意味を為さないのだが。
シルフやシルフィードは姿を自由に消したり出来る、そのおかげで少年に付いていっても他の人にはバレない、先ほどのような事をしない限りは。
「話を誤魔化すな!!お前さ、家でテレビとか見ていていいから学校にはついてくるな、色々と面倒だから」
「やだよ、家に居たってつまらない。それに前みたいにショウ君がカツアゲにあったらどうするのさ、困るでしょ?」
ショウ君、それは俺の名前を軽く縮めて呼んだもの。本名は彰吾、崎田彰吾だ。
「その時は他の奴を呼ぶから良い」
そう言うとエェェェ!!と文句を言い始めた。
「僕って者がありながら他の奴らに浮気だなんて」
よよよと袖で涙をぬぐうような仕草をする。
「ざけんな!大体契約している奴はお前だけじゃないし、他の奴らは大抵がでかすぎたりするから召喚しないだけで、むしろお前の方が戻っているべきなんだよ」
そう、他の奴らには姿を消せない者が多い。その上やたらとでかかったり気持ち悪かったりするのであまり召喚できない。
「えー、酷いなぁ。一番身近な僕を使ってくれなきゃ」
「………強制送還しようかな………またはヘルハウンド呼ぶとか」
そう言うとシルフは顔を真っ青にして
「お願いだから、静かにしているから今のは両方ともやめてください!お願いしますショウ君、いや彰吾様ー!!!」
もはや土下座の勢いである。
ヘルハウンドとコイツはまさに犬猿の仲、まあ羽生えた小さな人間みたいな容姿のコイツと犬みたいな気性の荒いアイツでは………なんて言えばいいんだろ?
「分かった、ただしこれから分別って物をわきまえろ、じゃないともっと変な目で俺が見られることになる。今までの理由の大半がお前ら関連なんだが………」
「うん、それは僕としても嫌だから。承知したよ」
「なら良い」
何とか話は纏まったようだ。
「ところで……」
「何だ?」
シルフが不安げな顔で自分のマスターに尋ねる。
「授業どうするの?」
シルフの言葉に一瞬唖然とした後
「あああああああああああああああああああああああ!!!」
という絶叫が屋上に響いたそうな。
「ショウ君、帰りにちゃんとインスタントラーメン買っといてよ!ちゃんとチキチキラーメンでなきゃだめだよ、あれはそのまま食べても大丈夫だからいいの、お湯沸かさなくても食べられるし」
肩に乗ったまま俺に耳打ちしてくる、言いたいことを言い終えたあとカバンにそそくさと入っていく、今日は新学期の初日だったから午前中で終わり、あとはカバンの中で昼寝するそうだ。
カツアゲがどうとか言ってなかったか?護衛のつもりなら寝たら駄目だろ、寝たら。
それはともかくとして今日の昼飯はチキチキラーメンで決定だな。
そんなことを考えながら俺はコンビニでファンキーな鳥のキャラクターが描かれたラーメンの小袋をカゴに入れた。
タマゴは家にあるから大丈夫だ。これで準備万端!
「シルフー、チキチキラーメンがのびるぞー。早く起きろー」
カバンのチャックを開け、寝ているはずのシルフに呼びかける。
「シルフー?」
どうしたんだ?大好物のチキチキラーメンが出来上がっているというのに………。
……あ!
俺はガサゴソとカバンの中の物を取り出していく………やっぱり居た。
「ショウ君~」
カバンの中の教科書や携帯に押しつぶされたシルフがフラフラとした飛び方でカバンから出てくる。
「危うくチキチキラーメンに押しつぶされるトコだったよ……」
コイツ寝ぼけている、教科書に押しつぶされそうになっていただけなのに、チキチキラーメンに押しつぶされそうになったと思っているみたいだ。
「とりあえずそのチキチキラーメンが出来たから早く食おう、麺がのびる」
お~~、といまだ寝ぼけた様子のシルフがドンブリに向かって飛んでいく…………あ、ドンブリの中に着水した。
「あっつーーーーー!!!!!?????」
状況を把握していないままシルフがドンブリの中から飛び出してきた、とりあえずチキチキラーメンシルフのダシ入り出来上がりだ。
「大丈夫か?とりあえず水浴びろ、ホラ、お前のコップに漬かれ」
シルフ用のコップを差し出す。ふぅ~と息をつく、まるで風呂にはいっているようだ、氷水なのに。
「とりあえず、今日の晩飯は隆さんとこだ!喜べシルフに座敷ちゃん」
座敷ちゃん、それは我が家に住み着く座敷童ちゃんのことである!
家を何時幸せにしてくれるのかワクワクしつつ同居をしているのだ、そしてシルフとは相性が良くないっぽい。
「隆君とこ行くのはいいけど、こんな外国産と行くつもりはないわよ」
外国…確かにシルフは外国産だな、うん。
「外国産って食べ物とかじゃないんだから!それに純和風ならいいってものでもないよ!」
最近は国産と偽る業者が増えているそうだ、大人気だな日本。というより国産でないと日本人が安心しないからか?そんな人が多いようだ、我が家は安くて安全なら何処のでもオッケーだ。好き嫌いしてたらいかん、金が無くなるから。
「とにかく今日は隆さんのとこ行くぞ、隆さんは太っ腹だからな。主に金銭的に」
「身も蓋も無い本音を出さないのショウ君、昔は見た目的にも太っ腹だったらしいけども」
「そういう外国産のほうが身も蓋も無いでしょ」
とまあそんなカンジに午後を過ごしていたわけだが時間はあっという間に過ぎて夕方。
「さあ、隆さんとこに飯集りに行くぞー!」
「「おー!」」と気張る2人。
でも隆さんところまで行くのには距離がある、そこで隆さんに電話だ!電話って便利だよな。
「もしもし、隆さん?」
『お?その声はショウさんか!どうしました?金が必要ならいってくだせぇ、無利子無担保で差し上げますよ。なんなら返さなくてもオッケー』
非常に魅力的だがそれはなんかプライドを傷つけられた気になるので却下する。俺はしぶとく生きていくのだ。
とりあえず用件を言うとしよう。
『ああ、飯ですか。分かりました、迎えをそっちに向かわせます。ご馳走しますから楽しみにしててくだせぇ、シル坊に座敷ちゃんも来るんでしょう?』
「はい、いつも通りなんでまあお気にせず。と言っても騒がしいでしょうけど、見える人にとっては」
シルフや座敷ちゃん達のことを見える人がたまに居る、僕の場合はそれを意図的に呼び出すことが出来るというだけ。
「ていうか敬語はいい加減にやめてくださいってば、こっちが恐縮しちゃいますから」
『そういうわけにゃいきません、こっちはあんなこと仕出かしたのにショウさんはそんな俺を助けてくれた。お恥ずかしい限りです』
「ご飯をかなりご馳走になっているのでおあいこですよ、それにたまに手伝ってもらってますし、色々と」
『そうですかい?まあ何かあったら気軽に言ってくだせぇ、手助けします』
ヤクザさんの隆さんがこんなに下手な感じなのは昔に俺の両親を自殺に追い込んだのが隆さんというだけ、いや、正確には父さんの親友というべきか。
まあよくある話で親友の保証人になったら親友が逃げ出したというわけだ。隆さんが金貸しで、結果的に間接的に隆さんが追い込んだ状況になってしまった。隆さんとこは闇金みたいな真似はせずCMもやってるような大手の会社と同じようなことをやっているので。
それで父さんは一家無理心中を計ったわけだが、僕だけはなんとか助かった。かなり幼かったのでよく覚えていない。だから多少思うところはあるものの、ある程度昔のことは水に流して隆さんと友達として付き合っているわけだ。ちなみに隆さんとこは詐欺紛いの金貸しではない、自殺に追い込むような金額になったのは父さんの親友の怠慢の結果。
隆さんが言っていた助けた、というのは、隆さんがシルフや座敷ちゃん関連の出来事に巻き込まれた時に助けてあげただけ。でもなぜかそのことにすごい感謝してくれているんだ、隆さん曰く縁がない人にとってはすごく恐怖を感じるのだそうだ。
「とりあえず家で待ってますんで、出来れば和食が良いです。鍋とか、今日は寒かったですから」
『へ?そんなに寒かったですかい?そこまででは無かったように思ったんですが、まあ暖かいものにしておきます。楽しみにしておいてくだせぇ』
「お願いします、ではまた後で」
『あい~』
プツ……ツーツー
電話は切れたようだ。
「もうすぐ隆さんとこから迎え来るってさ、何か暖かいものにしてもらった」
「えー、そんなに寒かったかなぁ?まあ流石に夜は冷えるからいいけどさ」
「これだから外国産は、鍋を食べたいのよ、ショウ君は。主であるショウ君の希望を叶えようとも思わないのね?外国産は」
座敷ちゃん毒舌が炸裂、まあ相性が悪いといってもシルフがほぼ一方的に弄られてるだけなんだけども。
「お迎えにあがりやしたぁー!」
そんな声が玄関から聞こえてきたのは毒舌が炸裂した10分程経った後のこと。
「お疲れ様です、お腹空いたので早速お願いします!」
お腹をグゥ~と鳴らしながら挨拶をしたためか、少し哀れみの視線を頂いた、そこまで貧乏ってわけじゃなくて今日は夕飯遅いだけなんだけど。
「シルフ~、座敷ちゃ~ん。準備は出来たかー?」
俺が呼びかけると返事がする、お迎えの人は怪訝そうな視線で見ている。
まあ部下の人には見えないんだろうな、隆さんが見えるだけで。
シルフと座敷ちゃんが僕の鞄に入り込む、重くなるなぁ。
「それじゃあ準備も出来ましたんで、お願いしまーす」
「へぇ(さっきの独り言は一体?ハッ!それを哀れんで会長はこのガキの世話をしてやっているのか!?)」
な~んか本音が駄々漏れな表情をしているお迎えの人。
まあいいか、新人さん来ると毎回こうだから。
とりあえず僕等は車に乗り込み、いざ隆さんのとこへ!お腹空いた。
「隆さーん、今回のご馳走はなんですか?」
「結局しゃぶしゃぶにしやした!」
「しゃぶしゃぶだと!なんの!?」
「もちろん肉ですよ、急だったもんでスーパーで大量に買ってきた安物ですが、調理したてならうまいはず!とあっしは思っています」
僕達は日頃からチキチキラーメンが主食なんだ!肉を食う機会、逃がすべからず。
「それでは早速!」
「「「いただきま~す」」」
ぶっちゃけシルフや座敷ちゃんは僕等人間の食うお椀一杯分で十分、というかそれだと多すぎるくらいかも。例えるなら分厚いステーキの中を食い進めることが出来る程度。
でも僕はムリしてでも食う、ガッツガッツ食う。これで数日分は食費を浮かせて見せる。
「ショウさん、流石にそんな食い方だと体に悪いですよ?それにそんな食い方だとおいしくも思えねぇ。肉は逃げないですから、もうちょっとゆっくり食ったらどうです?」
隆さんが僕の胃のあらぶる食欲を宥めた、驚きだ。僕の食欲が少しだけ収まった。
「いつもチキチキラーメンしか食べてなかったもので、貴重な蛋白源なんですよ。此処で摂取せねば何処で摂る!?ってカンジなくらいに」
「そうそう、ショウ君はケチだからチキチキラーメンにも偶にしか卵を入れてくれないの」
「そればっかりは外国産と同意見だ、我らが主とあろうものが……卵くらい毎日出せなくて何が主か!」なんかそれっぽい喋りになる座敷ちゃん。
「あのなぁ、週に1回しか1パック12個入りの卵が、他の商品を500円分買ったら1円になる機会はないんだぞ!毎食1人1つずつ出してたら1日で半分以上が消え去るわ!
そのパックはお1人様1パックまでだしさぁ、それにいろいろ変装してもう1パック買おうとしても売り場の主任さんが怖い目で睨んでるんだよ、堪ったもんじゃないよ。まったく」
その後も彰吾は肉を食いきるまでブツブツ愚痴を言っていたそうな。何を言っても反応は無く、ただ淡々と肉をしゃぶしゃぶしていた。
後でなぜか肉を食った記憶が無いと彰吾が騒ぎ立てるのはご愛嬌。
そんな僕と人外とヤーさんのほのぼのな日常。