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魔王に転生させられた俺氏、なぜか異世界で神と崇められる

作者: りったん



 異世界ガルアデラは有史以来、神と魔族が争いを繰り返す混沌とした世界である。

 神の加護を受けた人間たちは魔族の王、大魔王グリヴァルドを追い詰め、北方の湖に魔王を封印することに成功した。


 だがしかし、残された魔族は数百年かけて復活させるための素材を集め、見事グリヴァルドを蘇らせたのである。


 聖都ミネルディナで聖女メアルダは魔王の気配に血相を変え、魔法省で星見ほしみをしていた賢者グルネスが世界の危機を嘆いた。

「こうしてはおれん。すぐに皇帝ゼンデルト陛下にご報告し、急ぎ対策を練らねば!!」

  グルネスは大慌てで王宮に知らせた。



 魔王復活の知らせは王宮を恐怖のどん底に陥れた。

 なにしろ、当時の魔王討伐で兵の八割を失い、英雄王デリメルは相打ちである。


 現皇帝、若きゼンデルトは端正な顔を顰めた。

「ようやく平穏が訪れたというのに、魔族どもは何度我々を苦しめば気が済むのか!! 俺に力があれば、魔族どもを一匹残らず滅ぼしてやるのに!!」

「陛下、お嘆きはごもっともですが、今は防衛を固め、戦略を練らなければいけません。復活した魔王は必ずやここ聖都に向かい、聖女メアルダ様を奪おうとするでしょう!」

 魔王が聖女を欲するのは、聖女の力を得ることでさらにパワーアップできるためである。前回もギリギリのところで勝てたのは、聖女イスルが魔族の手に渡らなかったためだ。彼女は寝食惜しまず祈り続け、最後には喉から血を吐いて倒れた。

 英雄王も聖女も命を懸けて世界を守り抜いたのである。


「お前たち、聖女を魔族の手に渡すわけにはいかない!!至急、北方に兵を集め、非戦闘民の避難を開始しろ。世界の存亡をかけた戦いになる、お前たち、心してかかれ!」


「御意!!」

 居並ぶ臣下の声が広間にこだまする。

 誰も彼もが険しい顔だが、そのうちの一人レヴァーズ領の侯爵ルンブは腹の中で笑っていた。

『ふははは。玉座でふんぞり返っていられるのも今のうちだぞ青二才め! いまに魔族が都を攻め落とし、この世は魔王が支配する魔都となるのだ!!』

 ルンブは性根の曲がった悪徳領主である。


 民に苦役を課し、牛にも馬にも窓にもカエルにも、あらゆるものに税金をかけて搾り取った。見目良い少年少女は片っ端から館に入れて放蕩三昧に明け暮れた。

 年二回、聖都から訪れる監査役人は表向きに作った荘園に案内し、ゼンデルトの目をかいくぐっていた。


 悪は悪に引き寄せられるのか、復活の儀式に使う素材を集めをしていた魔族の参謀ヴァルズに出くわし、意気投合した結果、ルンブは魔族の協力者となったのだ。



 魔王復活の知らせが国中を駆け巡り、人々は恐怖におののいた。誰もかれもが辛い顔で騎士や兵たちは従軍準備に勤しんだ。


 暗い雰囲気が漂う都でただ一人、ルンブだけは元気だった。

 前祝いだとばかりに秘蔵のワインを開け、グデングデンに酔っぱらい、なんだったら鼻歌まで歌った。


 それから暫くして魔族から『聖女誘拐』の依頼が飛び込んできた。


 ルンブの重要な役どころは聖女誘拐である。

 強力な聖魔法保持者の彼女は並みの魔族は近づけないが、人間相手となると別。彼女は全くの無力なのだ。


 ルンブはさっそく傭兵に聖女の誘拐を命じた。魔族に対する警戒は最高潮に達しているだろうが、人間に対してその限りではなかった。

 

『フフン。今頃、傭兵が聖女を魔王城へ送り届けていることだろう。これでワシの魔族への株はさらに上がる! いずれは魔王の補佐となってこの世の栄華を極めるのじゃ!!  魔王復活バンバンザイじゃわい。あー魔族が聖都を蹂躙するのが待ち遠しいのう。ドゥッフッフ』

 腹の中で笑いながらルンブは王宮を後にして、王都に構えるタウンハウスで愛飲のホットチョコレートのハチミツがけをガブ飲みしていると、側近が血相を変えて部屋に入って来た。

「ルンブさま! 大変です!! お屋敷が魔族に襲われているとの報せが来ました!」

「アホかお前は。魔族とワシは協力関係にあるんじゃい! 屋敷に魔族がいてなんの問題がある。この話はもう二度とするな!!いいな!」

 リラックスタイムを邪魔されたルンブは側近の話を最後まで聞かず、シッシと手で追い払った。


「フーまったく!折角のいい気分が台無しじゃわい!! 飲みなおしじゃ!!」

 ルンブはさらにお代わりをし、グビグビを飲んでそのまま寝た。



 真夜中、ルンブは叩き起こされた。


 暴君を地で行くルンブは不機嫌さが最高潮に達し、命知らずの狼藉者を怒鳴りつけた。

「きっさまー!! よくもワシの安眠を邪魔しおったな!! 獄門の上、苦役に就かせて死ぬまでこき使ってやる!!」

 寝ぼけているルンブは支離滅裂な怒号を飛ばした。獄門は処刑である。その後に苦役などできるはずもない。

 そんなルンブをレンズ越しの冷ややかな視線が刺す。


 内務府次席のジェルカ・フォストン。若いながらいくつもの難題を解決してきた秀才で皇帝の無二の親友でもあり、宰相フォストンの愛息子である。

「……ルンブ殿。色々言いたいが今は時間がありません。単刀直入に聞きます。聖女様の誘拐はあなたの仕業ですね? 悪党だ悪党だと常々思っていましたが、まさか魔族と手を結ぶとは人間の風上にも置けません!! 一緒に来ていただきましょう。聖女様の居所を吐いてもらいますよ!!」

 ジェルカはルンブの肩を掴むと思いっきり引っ張った。

 顔面蒼白になるルンブはブルブル震えて動かない。

 なにしろ叩けばホコリどころか、もはやホコリの塊である。

「ヒェ……ヒョエエ」


 外に出ると武装した聖騎士が一糸乱れず整列し、金色の鎧をまとったゼンデルトがいた。

『ぐぅ……。さすがに聖女誘拐とだけあってゼンデルトも動くか……。神聖クレイデロスを扱うコイツは厄介じゃ、どうしてくれようか……』

 神聖剣クレイデロスは大昔、神が人間に与えたもうた剣である。

 初代皇帝はこの剣を振るって魔族を蹴散らし、人間の国を作ったのだ。


『そうだ!!魔族に貰ったドラゴンで都ごと吹っ飛ばしてやればいい!! この魔獣石でドラゴンはわしの意のままに動く。空飛ぶ相手に神聖クレイデロスなんぞクソの役に立たんわ!!』

 ルンブは首からぶら下げたロケットを握り締めると不敵に笑うと声を高らかに叫んだ。


「出でよドラゴン!! その力を持って聖都を蹂躙しろ!!」

 ルンブの声と同時に爆風がその場を襲った。


 耳をつんざくような絶叫が響き、人々は突如現れた真っ赤な身体なドラゴンに言葉を失った。


「こ、これは……ドラゴン……!?」


「ルンブ……貴様っ!!! ここは戦場じゃないぞ!! 一般市民が暮らす場所でなんてことを!」

 ゼンデルトの怒声にルンブは鼻で笑う。


「フン。だったらなんだというんだ。お前の天下ももはや終わりだ! これからは魔王が君臨する新しい時代が来るのだ!! さあ、ドラゴンよ! 思うままに暴れまくるがいい!!」

 ルンブの声にドラゴンは応え、大きく開いた口から閃光を繰り出した。

 幾つも降り注がれる火球は建物を破壊し、人々を恐怖の渦へと陥れた。

 黒煙が立ち上り、至る所で絶叫が聞こえる。


「弓兵隊! ドラゴンの翼を狙え!! 地に叩きつけて沈黙させるんだ!! 歩兵はルンブを捕縛しろ。その奇妙な石を取り上げるんだ!」

 ゼンデルトが叫ぶ。

 兵士たちはすぐに動いた。

 危機感を感じたルンブはドラゴンを呼ぼうとするが、ジェルカが投げたナイフがルンブの手の甲にあたり、魔獣石が地面に転がった。

 ルンブは腕をひねり上げられ、地面に押し付けられた。

「猿轡を噛ませろ! ドラゴンに命令できないようにするんだ!」

 ゼンデルトの指示でルンブは言葉一つ上げられなくなった。


 一瞬だけ、ゼンデルトの緊張が途切れた。

 若い彼はドラゴンの脅威が完全になくなったと油断してしまい、神聖剣クレイデロスの柄を握る手が緩んだ。


 次の瞬間、一面が閃光に包まれた。爆音が響き、ゼンデルトは強く体を地面に打った。ピクリとも動かない体、霞む目に映る血を流したジェルカの姿。

 そして口から火を噴くドラゴンの姿。

『おのれ……魔族……』

 ゼンデルトは掠れる声で友の名を呼び、息絶えた。



 ■



 俺の名前は茂山凡太。

 影の薄い陰キャの高校生である。



 至って平凡を地で行く俺だが、どうも神様目線では違ったらしい。

 最近、肩が重いと友人に相談したら「悪霊でもついてんじゃねーの?」と言われ、モノの試しに神社に行ったら、ものすごい勢いで社務所に連れて行かれ、「どえらいもん持ってんね。キミ」と感心された。


 何も知らなかった俺はてっきり悪霊でもついているのかと思い、ガタガタ震えながら聞いた。

「あ、あのっ。これって祓えるんですか? ずっと肩が重くて、朝起きるのも辛いんですよ……」


「無理無理無理。神の御遣い、神猿まさるを祓えるのはこの世界どこを探したっておらんよ」

 神主さんは豪快に笑う。

 というかサラっとすごいことを言ってなかったか?


「聞き間違えじゃなかったら神とか聞いたんですが……」


「そう。神様だよ。君の背中にはね。真っ白なお使いサルがぶら下がってるんだよ。君に気づいて貰えなくて泣きそうな顔をしているよ。よしよし、いいこいいこ。もう大丈夫だよ」

 神主は目を細めて笑う。


「……えっと。そのなんで俺、サルに憑かれているんでしょう。サルに恨みを買った覚えもありませんし、バチあたりなこともした覚えがありませんが」


「あっはっは。君は何も悪くないよ。たんにお使いサルが君を選んだだけだからね。よくわからないけど、何か事情があるんでしょう。奥のお堂を使っていいから一対一で話してみなさい。神域に近いから、君の目にも神猿まさるが見えるでしょう」

 神主さんに言われ、俺は流されるままお堂に入った。

 すると背中にフサフサの感触が広がった。


「よかったウキッ!! このまま一生気づかれないかと思ったあああウキッ!!!!」

 声がしたかと同時に背中がフっと軽くなり、俺の目の前に真っ白なサルが現れた。


「ええと。初めまして? その、なんで君。俺の背中にぶら下がってたの?」

 俺が尋ねるとサルは大きな目をキラキラさせて答えた。


「凡太に白羽の矢がたったからだウキ! 」

 

 話を聞くと、俺たちがいる世界は全次元の中でトップレベルのクオリティらしい(神様調べ)。なので後進の神育成及び補助のため、適性のある人間が選ばれて異世界転生をするのだそうだ。


 転生先は聖女や勇者など、行き先の世界の重要人物に生まれるらしい。

 

「異世界転移って、一体何をやればいいの?」


「自分が住みよい世界を作ればいいんだウキ! この世界の普通が異世界で価値が出るんだウキ! あ、もちろんタダとはいわないウキ! 神様への願い事、何か一つ叶えてあげるウキ。一つだけだからじっくり考えるウキよ」

 猿が子供に説明するように念を押す。


「いやー。俺みたいな凡人に異世界転生なんてキツイからいいよ。悪いけど他を当たってくれ」

 そう言うとサルは大きな目をウルウルと揺らした。

 泣きそうな猿に俺は胸が痛くなる。しかし、どうすることもできない。


 もし俺が学園一の秀才だったり、剣道の天才だったり、カリスマ生徒会長みたいなタイプだったら自信満々で引き受けただろうが、普通オブ普通の俺がそんな大それた任務を全うできるわけがない。


 それに願い事を一つ叶えるったって、身に過ぎた欲は身を亡ぼすのを良く知っている。おとぎ話でよくあるパターンだ。


「いやほんと、申し訳ないけど、本当に。ごめんなさい。もっといい人に巡り合えるよ」

 俺が慰めるようにいうとサルは項垂れた。


「ハァー。この手だけは使うまいと思ってたウキが、仕方がないウキ……」

 心なしか猿の声は低い。


 俺はゴクンと唾を飲み込んだ。


「新発売のゲーム機プレゼントでどうだウキ。徹夜で並ぶ人間もいる中、君は学業がある上にお小遣いもピンチ。今なら限定コントローラとお好きなソフト十本、さらに加えてスマホゲームで必ずSSRが当たるようにしてやるウキ!!」

 きらんと猿の眼が光る。


「乗った!!!」

 俺は思わず叫ぶ。


 何しろゲーム機はクソ高い。

 お年玉もすでにマンガと課金で消えていった今、サルの申し出はまさに天の助けである。俺が満面の笑みを浮かべるとサルも嬉しそうにウキキと笑う。


「良かったウキー。交渉成立ウキね!」

 にっこり笑って握手を求める猿に俺も手を差し出す。


「あ、そういやなんで俺がそれ欲しがってるってわかったの? やっぱり神様パワー?」


「そんな大層なもんじゃないウキよ。ボクがずーっと君にぶら下がっていたウキから、君の欲しいものが分かったウキよ。ただまあ、君の趣味嗜好や癖も知っちゃっていたたまれなかったウキよ。内緒にするから安心するウキよ」

 猿の言葉に俺は顔から火が出る思いをした。

 個人情報保護法って神の眷属には関係ないのかよおお!!!


というかやってることまんまストーカーじゃんかあああ!!!!


 俺は涙目で叫んだ。


 叫び終えたころには猿は消えており、俺の肩は軽くなった。

 夢か?と思いながらお堂を出て神主さんにお礼を言ってから家に帰り、母ちゃんのごはんを食べて寝た。


 

 

……。


…………。



 次に、目が覚めるとそこは化け物の巣窟でした。



 ふざけんじゃねえええ!!! なんでしょっぱなからゲームオーバー寸前なんだよ!!

 勇者とか聖女になるんじゃないのかよ!! サルの奴―!!! そういや猿蟹合戦で猿は悪玉だったな。くっそー。猿なんて信用するんじゃなかった!!! 俺に石臼と栗と蜂と牛糞の友達がいれば復讐してくれるのにい!!! 



 俺は心の中で絶叫し、死を覚悟した。



 拝啓、お父さんお母さん。

 ポチの散歩に行けなくてごめんなさい。

 あと、お父さんのプリンを勝手に食ったのは俺です。「お父さんさっき食べてたじゃんwww」とか言ってごまかしたけど、本当は俺が食べてました。


 いっぱい、いっぱい伝えたいことがあるよ。父さん母さん、ポチ。大好きだよ。

 ずっとずっと大好きだ。がんばれなくてごめん。


 俺、今から化け物に食われます……。


 

 心の中で最愛の家族にメッセージを残しながら、俺は目の前の恐怖に気が狂いそうになる。

 巨大な牛とトカゲの怪物がゆっくりと近づき、鋭い牙が並んだ口が大きく開く。


「魔王様! ご復活おめでとうございます!! 臣下一同、この日を一日千秋の思いで待ちわびました」

「にっくき人間どもに魔王様を封印されて以来、我ら魔族は砂を噛む思いで生きてまいりました。今こそ人間どもに悪の鉄槌を下しましょうぞ!!」


「へ?」

 俺が思わず聞き返すと、怪物二匹はキラキラした目で俺を見つめた。


「ああ、数百年の眠りから覚めたばかりですからな。混乱されるのも無理はありません。何かご入用なものはございませんか? ご所望のものがあればすぐにお持ちいたします!!」


 怪物たちのナリは怖いが、その眼は敬意に溢れていた。

 ポカンとする凡太に彼らは利口な犬のように指示をひたすら待っている。


 実家の犬を思い出して凡太は思わず可愛いと思ってしまった。

 

『よくわからないけど、危害を加えてこなさそうだしとりあえず情報収集するか』

 凡太は怪物たちにそれとなく世界のことを聞いた。

「起き抜けでよくわかってないんだけど俺って魔王なの?」

「はい!さようでございます!! 魔王様は我ら魔族の長! あなたさまなくして我らは生きていけません!!」

「俺は何で寝てたんだっけ?」

「それはにっくき人間どもがあなたさまを封印したからでございます!! 今思い出してもはらわたが煮えくり返ります!! あなたさまがいない数百年、我ら魔族は火が消えたようでございました。復活の素材を集め終え、こうして再びお会いできることができ、これ以上ない喜びでございます」

「なるほどなるほど……」


 うれし泣きする怪物たちに凡太は若干引きながら、頭の中で整理する。


『うわぁ……俺、異世界転生しちゃったよ。しかも魔王! それに話を聞いてると人間の敵じゃん。マジかよ……』

 凡太は手のひらで額を覆う。

 そこで違和感に気づく。


 まず肌……松の幹のようにザラザラしている。

 凡太は手でアチコチを触った。どこもかしこもザラザラゴワゴワ、カチンコチンで人間要素がまったくない。


 慌てふためく凡太に怪物たちは心配した。

「どうかなさいましたか!」

「もしかして体調でも!?」



「い、いや大丈夫だけどさ、鏡ってある?」

「鏡でございますか? 人間どもから奪った財宝の中にきらびやかなものがございました。至急持ってこさせましょう」

 牛の怪物が手を叩くと、数匹の怪物が動いた。しばらくして立派な鏡が運ばれてきた。

 大きさは三十センチくらい。金色に輝く地金に色とりどりの宝石があしらわれ、日用品じゃ絶対使わなさそうな見た目だった。


『これ絶対、飾る用だよな……』

 と凡太は思いながら、その鏡を覗いた。



「ギャァァァァ!!!!」

 凡太の悲鳴に魔族たちはパニックになった。



「魔王様! どうなさいました!!」

「鏡に何か仕掛けでもありましたか!? おのれ人間ども許すまじ!! 髪の毛一筋残さず焼き払ってくれる!!」

 荒ぶる魔族たちに凡太は待ったをかけた。


「いやごめん。なんでもない。ただちょっと……うん、ほんのちょっと自分の姿に驚いただけなんだ」

 もちろん嘘だ。

 ちょっとどころか心臓が飛び出しそうなほど驚いた。


 なにしろ頭部からニョキっと二本の角が伸び、顔は毛の薄い山羊。

 胴体はかろうじて人間っぽいが、強烈なお尻の違和感がトカゲの尻尾として存在していた。


『ギョエエエエ!!! 魔王だから異形は覚悟してたけどさああああああ!! 山羊の顔に人間の身体にトカゲって失敗作のキマイラみたいじゃん!! 魔王ならせめてもっとカッコよくさああ!!』

 凡太は嘆いた。

 せめて異世界転生したのだからそれくらいの夢があってもいいじゃないか。



 『もういやだ。こんな世界嫌だ。絶対、日本に帰ってやる!!!てか、どうやったら日本に帰れるんだろう。あの猿、肝心なコト言ってないじゃんか。 成功報酬のゲーム機だって帰れなくちゃ意味ないじゃん!!』



 凡太は猿の口車に乗るんじゃなかったと激しく後悔した。


『こうなったら日本に帰る方法を探そう。魔族は無理でも人間の知恵なら何とかなるかも。まずは人間と魔族の争いを終わらせないとな……』

 凡太は果てしない道のりを考えてため息を吐く。

 そんな凡太を怪物たちは心配した。

 口々に温かい言葉をかける怪物……魔族たちに、凡太はなんとなく情が移る。

 奇妙な姿形だが、詐欺師の猿に比べれば実に可愛らしい。


「アハハハ。なんでもないんだ。ただちょっと久しぶりだから慣れないだけ。しばらく挙動がおかしいけど、心配しないでね」

 

「わ、わかりました!! 魔王様が完全復活されるまで人間界への総攻撃はやめると致しましょう!」

「ささやかながら復活の宴を用意しておりますが、そちらは取りやめて魔王様がゆっくりお休みになられるよう、取り計らいましょう」

 魔族たちの気遣いに感謝しながら凡太は豪華な寝室に案内され、ふかふかの寝台でグースカピーと寝た。


 その姿を見た魔族たちは、「やはり古傷が堪えてお疲れなのだ。魔王様には療養に励んでもらおう」と考えた。




 次の日、凡太は豪華な朝食でもてなされた。

 朝からヘビーである。いくら育ちざかりとはいえ、数十人分のメシは食えん。

「悪いけど、食い切れないから次はお皿五枚程度に抑えてくれ。あと、調理法を教えるからそれを真似て欲しい」

 適度に母の家事を手伝う凡太はそこそこ料理ができる。


 塩味オンリーの食事に辟易し、凡太は自ら厨房に立って油で『揚げる』調理を披露した。それにとどまらず、魔科学者に研究させ、元居た世界とそん色のない環境を作り上げた。

 魔族の町に街灯がつき、温泉が湧き、下水道や道路は整備され、学校や病院が建設されてかなりの文明都市になった。工事期間、約一週間である。


 短期間でこれらを成せたのは無尽蔵にある魔王の魔力でサンプルを生み出せたことと、勤勉な魔科学者のおかげである。レンガやランプを魔力で生み出し、それを魔科学者が研究して量産した。


「さすがにマンガやゲームは無理だけど、ポテチを食える生活は何物にも代えがたい。ポテチ最高!」

 凡太はふかふかベッドでポテチをパリパリ食しながら、グータラする。


 なにしろ、魔王が不調と信じてやまない魔族たちは「お疲れでしょう。魔王様は休んでいてください」と上げ膳据え膳のパラダイスなのだ。


 欲しいものがあれば伝えるだけで持ってきてくれる。

 存在しない物は魔科学者たちが知恵を振り絞り、試行錯誤をして作り上げてくれるのだ。



 グータラと日々を過ごす凡太を魔族たちはその姿を宝物のように見つめる。

「ああ、なんと幸せなことか。魔王様が目の前にいらっしゃる……それだけで心が洗われるようだ」

「そうだな。グルドス。しかし、魔王様の不調は由々しき事態。きっと聖女めが何か魔王様に呪いでもかけているに違いない。ルンブに頼んで聖女を攫ってきてもらおう」

 グータラ中の凡太を『不調』だと勘違いした魔族たちは気を利かし、聖女誘拐をルンブに依頼したのだった。





 紆余曲折を経て連れてこられた聖女は凍てついたような表情で魔族を睨みつけ、聖なる結界で小物一匹寄せ付けない。

「わたくしはお前たちに決して屈しません! 神に仇なし、人を襲うお前たちが息絶えるまでわたくしは聖なる祈りを唱え続けます!! 聖女イスル様のように!!」


「へっ。そうはさせるかよっ! 神聖呪文は俺たち人間には効かねえからなあ。お前が唱える前に俺たちがその細っこい首を締め上げりゃあ、魔族の旦那方に何も出来ねえよ」

 荒くれどもが下卑た笑いを浮かべる。


 聖女メアルダは悔しそうに唇を噛み、男たちを睨んだ。

 しかし、爪と牙を抜かれた彼女などもはや子猫の威嚇程度でしかない。


「さて、魔族の旦那。この女をどうする? 金さえくれりゃあなんでもやるぜ!」


「おお、心強い。さすがルンブ殿が選んだことだけのことはあるな。よし、魔王様のところへ運んでくれ。その女の魂を得られれば魔王様は本来の力を発揮できるだろう!」

 魔族の幹部の指示に男たちは従い、嫌がる聖女を引き摺って魔王の部屋へと連れて行った。


 眠りこける魔王……凡太の部屋に聖女メアルダは縄でぐるぐる巻きにされて転がされた。猿轡を噛まされた彼女は聖魔法を繰り出すことも、呪文を唱えることもできない。


『クッ……魔王が起きる前になんとかここから逃げなければいけないわ! わたくしの力が取り込まれてしまえば、神聖剣クレイデロスをもってしても魔王を倒せなくなってしまう』


 しかしあがいてもあがいても、手首の戒めはきつくなるばかりで痛みが増していく。

 メアルダが精も根もつき始めたころ、ようやく凡太が目覚めた。


「ギャアアア!!! 何々、なんで女性が縛られてるの!? やだこの世界怖い!!」

 あまりの異常に凡太はパニックになった。

 頭を抱えて絶叫する凡太にメアルダは驚くしかない。

『こ、これが魔王? 文献にあるような恐ろしさはまったく感じないわ。それより、縛られているわたくしよりも、魔王がなぜ悲鳴をあげるの……』

 何ともいえない気分になったメアルダは魔王を観察した。


 頭を掻きむしったり、おいおい泣く姿は人間味がありすぎてメアルダはなんとなく可笑しくなってくる。緊迫感などどこへやら、笑いたいのを必死でこらえ、メアルダは奇妙な魔王を目で追った。


 ひとしきり騒いだ魔王は不安そうに胸の前で手を組み、メアルダを見た。

「あ、あのー。つかぬことをお聞きしますが、こちらで何をなさっているのでしょうか?」

 実に滑稽な質問だが、その眼は愚直だった。

 しかし、猿轡のせいで話せない。それに気づいた魔王はおそるおそる近寄って戒めを解いた。


「コホン。わたくしは聖女メアルダ。あなたの贄として連れてこられたのですが、あなたはわたくしを屠るつもりがなさそうですね」

 メアルダが魔王に尋ねると、魔王は首をブンブンと振った。


「ないですないですないです!! というか攫ったんですか!本当にごめんなさい!!! すぐにお返ししますので!!」

 魔王はペコペコと頭を下げた。 

 腰の低さにメアルダはますます驚く。


『これが……魔王? 文献の記述とまったく異なるわ。一体どうなっているのかしら……』

 困惑するメアルダに魔王はますます謝罪を繰り返し、様子を見に来た魔族が止めるまで魔王の謝罪は続いた。


「魔王様……? 一体何が?」

 思わず声を上げる魔族に凡太は戸惑う。


『あーどうしょう。魔族にとって人間は敵だものな。急に人間と仲良くって言われても混乱するだろうし……。でもここで止めなきゃ後々面倒くさいことになりそう』

 うんうん悩んだ結果、人間への敵対行動を阻止することにした。

 魔王の力は無尽蔵にあるし、もしもの場合は転生特典の神様への願いがある。


「あのさ、俺が説教するのもヘンなんだけどさ、悪いけど今日から人さらい禁止ね」

 魔王の言葉に魔族は言葉を失う。


「へ?」

 戸惑う魔族だが、魔王の言葉は変わらない。


「驚くのも無理はないと思う。方針を変えるのも楽じゃないと思うけど、とりあえずそういうの禁止で。他に捕らえられている人間はいないよね?」

 魔王の言葉に魔族の一人が答える。


「魔王城にはいませんが、人間の協力者、ルンブ侯爵の館に大量の少年少女がおります」


「それはマズイ! きちんと親元に送り届けて。もし、帰る家がない場合は……うーんと、どこか環境のいい建物で人を雇って面倒を見させて」

 魔王の指示に魔族たちは動揺するが、魔王の言葉は絶対である。逆らうなんてもってのほか。それに魔王の指示の元大幅に生活環境がアップしたため、『魔王様の言うことに間違いない!!』と彼らは機敏に動き、ルンブの館から少年少女を解放して親元に返した。


 孤児の少女たちはひとまず魔族の町のホテルに匿い、三食オヤツ風呂付きでもてなした。

 この世界、風呂を堪能できるのは王侯貴族だけである。甘いお菓子も庶民にとって夢のまた夢、しかしここでは豊富にあり、お代わりもできる。 

 それまでルンブの館でこき使われていた彼らは驚嘆し、魔族を見直した。

「もしかしてルンブのような悪い奴が魔族を利用していたのかも……」

「きっとそうだ。そうでなければ、つじつまが合わない! あんな醜悪なルンブが人間で、こんなに優しい人たちが魔族として嫌悪されているなんておかしいよ!」

 凡太の知らないところで魔族の株が上がり始めていた。



 聖女メアルダも同じだった。

 ボロボロだったメアルダは魔王の厚意で温泉リゾートに案内された。全身がツルスベになる石鹸、ぬっくぬくのお湯。湯上りにはスーとする不思議な飲み物を貰い、見た目も鮮やかな美味しいお菓子をごちそうになった。

「これぞ極楽と言うものですわ……ああ……癒される……。ああ、なんてこと。わたくしはずっと魔族の方々を誤解していたのですね」

 メアルダは目がトロンとした。聖女として引っ張りだこの彼女は休暇などもってのほか、睡眠など移動の中でしか取れず、食事を抜くこともしばしばだった。


 生まれて初めてメアルダはリラックスできた。

 なお、念のため聖魔法は張っているのだが、世話役の魔族たちに敵意など見当たらず、魔王の指示(というかお願い)を忠実に聞き、メアルダをもてなしている。


  世間話でメアルダが魔族の町の成り立ちを尋ねると、魔族はキラキラした目で答えた。

「すべて魔王様がお作りになられたのです! 水も井戸まで汲みに行く必要がなくなり、毎日、美味しい食べ物と温かいお湯で日々を暮らせるのです!」

 堂々と言い切る魔族の眼は魔王への愛に溢れている。

 メアルダはそれを微笑ましく思い、また魔王への興味が増した。


「山羊の頭、トカゲの尻尾……。見た目は奇妙なお方ですけれど、叡智溢れ、民を慮る素晴らしい方ですのね」

 メアルダはもっともっとと魔王の武勇伝をねだった。

 気を良くした世話役はいかに魔王が凄いか熱心に語り始め、最終的にメアルダは魔王を完全にいい奴だと判断した。

『善人を装う悪人は山ほどいますが、あの魔王からはなんの悪意も感じません。むしろ人間を仲間とすら考えている……。もしかして、ルンブのような悪党が善良な彼らを利用していたのかもしれません。ああ、こうしてはいられない、ゼンデルト陛下に報告して魔族と人間の争いを止めなければいけない!』

 聖女メアルダがそう勇んだ。



 その頃、グータラしていた凡太のもとへ、聖都でドラゴン出現の報が届いた。

「ドラゴン?!!!! そりゃあ異世界だからいるだろうけどさ、一体なんでまた現れたんだ!? もしかしてウチを攻撃目標に定めてんの!? 長年の仇敵とかだったりする?」

 慌てふためく魔王に魔族は首を振る。


「何をおっしゃいます。ドラゴン含め、魔獣、伝説獣はすべて魔王様の傘下。聖都で暴れている奴は使役ドラゴンですな。おそらく協力の見返りにあげた魔獣石をルンブが使用したのでしょう」

「魔王様、水晶で状況を見たところ、にっくきゼンデルトともども人間の軍勢を殲滅できたようです。神聖剣クレイデロスの使い手がいなくなった今、恐れるものは何もありません!! 魔王様もゆっくりと療養できますな!」

 魔王が不調と信じてやまない彼らはそう言って良かった良かったと安堵し合う。


 しかし黙っていられないのは魔王の凡太である。

 生来、暴力と無縁の生活を送って来た彼は自分の眷属が原因で大量虐殺が起きたと知り、卒倒しそうになった。


「ヒエエエエエ!!!! それだめ! それだめ!! 場所どこ!? すぐに行くからあ!!」


 パニックになった魔王は側近から場所を聞き出し、超高速で聖都についた。

 暴れ狂うドラゴンは魔王の気配を察知すると猫のように大人しくなった。


 しかし、グチャグチャになった建物、倒れた人々を目にして魔王凡太はむせび泣いた。

「うわあああ!!! 俺がグータラしていたばっかりに、とんでもないことが起きちゃった!! ほんとごめん!! ほんとごめん!! 世界を救うためにこっちに来たのに、俺、何もしなかった!!」

 意外と真面目な凡太は、破壊された現状を己のせいだと悔やんだ。


 凡太は何かできないか、一生懸命考えた。


「……ここに来る前、猿が願いを一つ叶えるとか言っていたな。神様お願い!! ここをドラゴンが襲う前に戻して!!」

 魔王凡太が天に向かって叫ぶと、虹色の光が天から注がれた。都全体を光が覆い、潰された家屋がみるみるうちに修復されていく。


 そしてそれは人命も然り。

 人々の顔に生気が戻り、傷が塞がっていった。


 光に包まれ、癒されていくのを見て、魔王凡太は安堵から涙を溢した。

 良かった。本当に良かったと倒れた人を抱きかかえる凡太。



 異形の……魔王の姿をしたものが涙する姿を目覚めたジェルカやゼンデルトたちは驚いて見ていた。


 また運よく助かって一部始終を見ていた賢者グルネスが顔をくちゃくちゃにして泣きながら説いた。

「あの方が神に祈りを捧げ、ゼンデルト陛下たちを蘇らせたのでございます!! 荒ぶるドラゴンをしずめ、破壊された都に涙を流して下さいました……。陛下、われわれはとんでもない過ちを犯していたのかもしれません。魔王は悪ではなく、神の御使いなのではないでしょうか。おそらく、ルンブのような悪党が、悪事をなすりつけていたのです!!」


 賢者グルネスがまるで見てきたように話す。

 また、見事復元された街並みがそれを裏付けていた。


 ゼンデルトは魔王に跪き、「今まで申し訳ありませんでした。魔王様、これまでの非礼、深くお詫びいたします!」と謝罪した。

 ジェルカや他の人間もそれに倣う。


 魔王はポロポロ泣きながら、「へ?」と声を上げた。



 なにいろ自分の不手際で町を破壊したのである。

 非難される覚えはあっても感謝されるいわれはない。


 

『やべえ。なんかめっちゃ感謝されてる……。でもどうしよう。本当のこと言ったら袋叩きに合うよな……』

 魔王は明言は避け、あいまいに笑った。

 しかしそれを「なんて謙虚な方だ!」と誤解され、ますます尊敬のまなざしを浴びた。


 いたたまれなくなった魔王は超高速で魔王城に戻り、聖女メアルダを都に戻そうとした。聖女メアルダは名残を惜しみながら帰路に就き、聖都でゼンデルトたちと再会するといかに魔族の都が素晴らしかったかを語った。

「好きな時にお湯が出て良い香りの石鹸があり、飲み物も食べ物も豊富でまさに天国でした。賢者グルネスの言葉通り、悪事を働いた誰かが、魔族に罪を擦り付けたに違いありません。我々は神の御遣い、魔王様に忠誠を誓い、かの都のように素晴らしい街を作ろうではありませんか!」

 聖女メアルダの言葉と、魔王の奇跡を目の当たりにした国王ゼンデルトは一も二もなく頷いた。


 ゼンデルトの行動は素早く、広く世界に魔王の偉大さを知らせた。賢者グルネスは魔王の奇跡を人々に説き、聖女メアルダは魔族の都の素晴らしさを語る。そしてルンブの悪事を公にし、裁判を経て監獄に入れた。今では反省の毎日である。


 また、聖女メアルダが親善大使として名乗りを上げ、魔族の都にやってきた。

 驚く魔王凡太にメアルダはキラキラした目で言う。

「わたくしは神に仕える身。神の御使いであるあなた様に侍ることこそ我が使命ですわ!」

 すっかり魔王に傾倒した彼女はお世話係を志願し、また魔王の偉大さを褒めたたえる彼女にすっかり気を良くした魔族たちは喜んで彼女を迎え入れた。


 魔族の技術は人間界に潤いをもたらし、世界は平和になった。

 魔王城で改めて魔王復活&世界平和の宴が催され、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎとなった。


 酒が飲めない魔王は早々に部屋に戻り、ふかふかベッドにダイブする。


 そのとき、凡太の前に猿が現れた。

「お疲れ様ですウキ! ミッションコンプリートですウキ!! 今までお疲れ……でもないウキね。上からみてたウキが、グータラしているダケでウキ」


「ぐ……! そりゃそうだけど結果的に良くなったからいいじゃん!! でもさ、なんで転生先が魔王なんだよ。てっきり勇者とか賢者とかそういう正義の味方の役どころだと思ってたのに」

 凡太がブツクサいうとサルがケロっとした顔で言う。


「凡太みたいなタイプが剣を振るって魔王退治なんて土台無理な話ウキ。この世界の魔族は魔王の影響力を強く受けるウキから、凡太の凡人っぷりを魔族に伝搬させるのが目的だったウキよ」

 つぶらな瞳で猿が言うが、言っていることは中々酷い。


「はあふざけんなっ!! 異世界で一人頑張った俺にひどい言い草じゃんか!! あークソッ !!もういいや。さっさと日本に帰してよ」


「……」


「なんでそこで沈黙するのさ!」


「いやその……凡太が戻るとモノホンの魔王の魂が復活してしまうウキ。そうすると世界は再び恐怖のどん底に陥るウキ。人々の幸福度が神の力の源ウキだから……つまり……」

 猿は目を反らす。


「もしかして俺帰れない……?」


「まあ、その。はいウキ。代わりの魂が見つかるまでは……」


「俺みたいな平々凡々な人間探せばいるだろ!!」


「いないウキ!! ゲーム機につられてホイホイ契約してくれる単純野郎はキミくらいなんだウキ!! 最近は警戒心が強くて中々捕まらないウキ!!!」

 しまいに猿は逆切れを起こした。

 貶された上に帰れない凡太は涙目で猿に食って掛かる。

「ふざけんな!! 一生懸命頑張った俺に終生異世界で暮らせって言うのかよ!! そりゃあ一日グータラできる環境だけどネットも漫画もゲームもない世界で過ごせるほど俺はできた人間じゃないんだよ!! はよ帰せ!!」

「無理いうなウキ!!」

「神の御使いの癖に無理とかいうな!! くっそーこうなったら絶対に帰ってやる!! 魔王復活の魔導書があるなら異世界転生の魔導書も探せば絶対あるはずだ!! 草の根分けても探し出して日本に帰ってやるからな!!」


 キャンキャン吠える二人の会話はお世話をしにきた聖女メアルダ、魔族の世話人、伺候にきたゼンデルトやジェルカに聞かれていた。


「く、詳しい話はわからないが、魔王様が神の御使いであることは間違いがなかったな」

「ですが、今の話からすると魔王様は元の国へ帰りたがっているようです。代わりの魔王様など必要ありません。わたくしがお慕いしているのは今の魔王様なのです!!」

 聖女メアルダの顔が険しくなる。

「おお、聖女メアルダ。我も同じ気持ちだ!! ここは力を合わせ、魔王様の帰国を阻止するぞ!!」

「僭越ながら、このゼンデルトも力を貸そう。魔王様はこの世界にいなくてはならないお方だ!!」

 人間と魔族は結託し、魔王の帰国を阻止すべく動いた。



 なお、本物の魔王は凡太の潜在意識の中でこっそりと住んでおり、『こいつが帰れば我が完全復活できる!! 応援するぞ凡太!! なんなら我の知恵も貸してやる!!』とエールを送っているのだが、凡太は『なーんか、頭の中がなんかうるさいな。疲れてんのかな……』とまったく気づかず、帰還手段を自ら無視しているのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 題名がすでに答えになっているとはいえ、序盤のシリアスかつ緊迫した状況からの異世界転生、そしてそこからの実際に凡太が魔王になったあとの優しい世界というジェットコースター並の展開が爽快で面白い…
[一言] 魔科学者にゲーム等の娯楽品開発させれば何とかしてくれるよ 短時間であんだけの物造り出せるんだしイケル!イケル!
[一言] 「〜グチャグチャになった建物、倒れた人々を目にして魔王凡太はむせび泣いた。凡太は、破壊された現状を己のせいだと悔やんだ。〜」←最近ウクライナで起きたばかりの凶行を連想しました。でも、自分を含…
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