07.ぶっつけ本番です
「どうじゃ?」
「う……うん……人間が四人見えるけど……でも……」
「どうした?」
「これって、俺の妄想かも? やけに全員の位置が低いんだけど……」
「なら合っておる。ここは木の上じゃからな」
「――木っ!?」
この広い空間がツリーハウスだって?
携帯できるとは言ってたけど、この大きさを木に載せられるものなのか?
それに、さっきから揺れもいっさい感じないけど……。
「内訳と、詳しい配置はどうじゃ?」
「えっと……男が三人、女が一人……十ポイル(※約十六メートル)ほど正面に二人、そこから両側に五ポイル(※約八メートル)ずつ離れた脇の茂みに、一人ずつ隠れているっぽいな」
「なるほど……正面の連中が主力で両翼が後詰めといたところか。伏兵を使うということは待ち伏せ作戦じゃな」
「あと……」
――正面の二人が、何か話している?
《なあ? 俺の言った通りだろ、ダニエル? ガキのくせに、あんなところに棲みつくなんて、人間のはずがねぇ》
《うむ……そうだな》
《手配書の似顔絵に似ているとは思ったが、念のため尾けてみたらやっぱりだ……間違いねえ、ブラッスールの旦那んとこから逃げた狼の小娘だ》
《確か、別の獣人が手引きした可能性があると聞いたが?》
《ああ……。小娘のものとは別の、狐の毛みてぇなのが落ちてたらしい。うまくすりゃあもう一匹、獣人を捕まえることができるぜ?》
《大丈夫なのか? やつらの身体能力はかなり高いと聞くが》
《心配すんなって。さっき、辺りにたっぷりアルコールを撒いただろ? 連中は人間みてぇにアルコールを分解できねえから、すぐにふらふらさ》
ダニエルと呼ばれた男が、くんくんと鼻を鳴らしながら首を回す。
《とは言え、戦闘不能になるわけではあるまい?》
《十分さ。両脇には潜伏の魔鉱物を持たせた剣士も二人控えてんだ。旦那の希望は〝生死を問わず〟だ。間違っても遅れを取ることはねぇよ》
《殺せば報酬は半減するがな……》
《旦那も、あの小娘にはご執心だったみてぇだからな。……ま、もちろん生け捕りが第一目標だが、命あってのものだ。万が一の場合は、ってことよ》
《ふむ……》
《心配すんなって。獣人てなぁ、身体能力は高ぇが頭はからっきしだからよ。こんな単純な罠にも簡単に引っかかるって寸法よ》
「……だそうだ」
目を瞑ったまま聞こえた通りに伝えると、サクヤが頷いてる気配が伝わってくる。
「どうやら、ルプスを捕らえておったブラッスール男爵の手の者らしいの」
「マクシ……グルルルル!」
と、ルプスの唸り声。
さらに、コンの説明も続く。
「マクシ・エル・ブラッスール……この辺境地を治める貴族です。村で気に入った娘を見つけては、別荘で奉公させてお手付きにしているクソペドいんぽ野郎です」
「え? じ、じゃあ……」
ルプスも? と聞こうとして、慌てて口を噤む。クリスティナのことを思い出して、胃液が逆流するような思いに駆られたからだ。
ただ、クリスティナの場合は、援助目的であったとは言え、結局は彼女自らの意思でアントニーに抱かれたのだからまだいい。
でも、ルプスは違うだろう。
こんな幼い女の子を館に閉じ込めて無理やり犯していたのだとしたら……。
それこそ、貴族と言う立場を悪用した、天誅にも値する許すまじき行為だ。
「それにしても、人数と位置取りだけでも分かればと思ったのじゃが、この距離から会話まで探索できるとは予想以上の精度じゃな」
「そうなんだ……って言うかサクヤ? そろそろ服を着てもらっても? 目を瞑り続けてるのも結構疲れるもんなんだけど……」
「開ければよかろう」
「そういうわけでもいかないだろ! 年頃の女の子に下着姿でいられたら目のやり場に困るって」
「言い忘れておったが、さっきブラとパンツも脱いだ」
「おぉ――いっ!」
「まあ聞け」
「そっちが聞け!」
「まず最初に、おぬしがやつらに突っ込んで囮になれ」
――無視かよ。
「突っ込むって……ここ、木の上なんだろ? のんびり梯子なんか下りていったら恰好の標的じゃん」
「飛び降りて、風の精霊に助けてもらえばよかろう。着地のショックを和らげるもよし、落下速度を抑えるもよし」
「そんなことできるわけないだろ! さっき、コンにくしゃみよりショボいって言われた俺の風魔法、見てただろ!?」
「誰が風魔法を使えと言った。風の精霊に助力を請えと言ったのじゃ。おぬしの場合は、ゆめゆめそれを忘れるでない」
「い、いや、そんなこと急に言われても……」
「今のおぬしならできる! ワシが裸のあいだはな!」
「どんな縛りプレイだよ……。そもそも、そんなのぶっつけ本番で……って、あ!」
下の状況の変化に気づいて、俺は言葉を切った。
「なんじゃ?」
「下のやつら……木の根元にアルコールを撒き始めた……」
「この高さまではアルコールも漂ってこんじゃろう」
「違う……火を点ける気だ!」
「ふん。魔法でも撃ってくるかと思ったが、物理職しかおらんのか、つまらんの」
「だとしても、十分厄介では?」
「そうじゃな。か弱き乙女が三人、暴漢に襲われようとしているこの状況、おぬしは男としてどう思う?」
「お、男として? そ、そりゃ、なんとかしたいとは思うけど……」
「そうじゃろそうじゃろ。……おい、コン」
「やるですか?」
サクヤに声を掛けられて立ち上がったコンが隣室へ行き、すぐに戻ってきて目を瞑ったままの俺に何かを握らせる。これは……。
――剣?
そのまま、コンにベルトの後ろ辺りを掴まれて、出入り口の方へ連れていかれた。
「お、おい! なんだ? どうする気だ!?」
「決まっているです」
扉の開く音。
すぐに、万緑の香りを孕んだ風が俺の頬を撫でつける。
「待て待て待て! まさか、ほんとに飛び降りろってんじゃ……」
「男には、無茶だと分かっておっても進まなければならぬときがあるのじゃ」
「あるです」
「い、いや、そうかもしれないけど、それは今じゃないだろ!?」
「つべこべ言っとらんで、覚悟を決めよ」
「決めるです」
直後、コンに背中を蹴られ、俺の身体が宙に舞う。
――あの狐! ほんとに蹴りやがった!
思わず両目を見開いたその先には、コンと、全裸で仁王立ちのサクヤ。
俺を睥睨してニッと笑う二人が、
「ぶっつけ本番じゃ」
「ぶっつけ本番です」
異口同音に呟く声を聞きながら、俺の身体は落下に転じた。




