06.全裸と半裸は大違いじゃ ★
「あらら……人肉、起きちゃったし」
「じんにく? って……俺のこと!?」
黙って頷きながらケープの中に手を突っ込むと、裾から手斧を引き抜いて入り口脇の壁にバスンッと突き立てる狼少女。
「またルプスったら……そんなところに刃物を出しっ放しにしないでください。危ないです」
「出しっ放し違う。ここに刺しておけば、出かけるときにすぐ取れて楽。壁の穴も、抜けば塞がるからへーき」
――また、変なのが増えたぞ……。
と思っていると、ルプスと呼ばれた狼少女が深紅の瞳でギロリと俺を睨み、クンクンと鼻を鳴らしながら近づいてくる。
「この人肉、失礼なこと考えてる気がする……」
「え? お、俺? なんで?」
「そんな匂いがする」
――そんなことまで匂いで分かるのか!?
「いや、えっと、獣人を見たのは初めてで、しかも一度に二人もだろ? なんかおとぎ話の世界に迷い込んだような気分だなぁ、って……」
「ふん! 現実とファンタジーの区別くらい、ちゃんとつけろ」
「そんな、ファンタジー感溢れる姿で言われても……」
「まあ、二人と言ったから、許す」
「え?」
思わず室内を見渡したけど、コン以外はサクヤしかいない。
「だって、獣人は二人だよね?」
「そういう意味じゃない。普通の人間はボクたちのことを一匹二匹って数える。もしそんな生意気な口を利きやがったら、今ごろ斧で首を刎ね飛ばしていたところだ」
言いながら、立てた親指で自らの首を掻き切るような仕草を見せるルプス。
――っぶねぇ……。さっきのコンみたいに、動物の姿だったらヤバかった……。
「それで、頼んだものは買えたのかい?」
サクヤの問いに頷いたルプスが、ナップサックの口を広げて中から次々と男物の衣類を取り出してゆく。
「とりあえず、古着屋でこれを買ってきたから、着ろ」
下着に、ワイドカラーの黒シャツと黒い皮ベスト、スリムボトムに二本のベルトとロングブーツ……すべて身に付けるとすっかりどこにでもいる街の青年風に。
「すごいね。ぜんぶサイズがぴったりだ」
「神様が、そろそろ人肉が目覚めそうだと言うので、買出しの前にすみずみまで寸法を測った」
「隅々まで?」
「隅々まで。手足の長さ、指のサイズからチ〇コサイズ――」
「わああああああ!」
「どうした?」
「い、いや……なんでそんなとこまで?」
「美味そうだったし」
「えっ!?」
思わず自分の股間を押さえる。
――あ……あった……よかった……。
「でも、怪我もすっかり治ったみたいだし、残念」
「残念て……。でも、そう言えば……」
記憶が戻る前にいきなり動けてしまったので忘れていたけど、よくよく考えてみれば、あれだけ河岩にぶつかりながら急流に流された後だ。
肉が裂け、骨の砕かれる感覚も残っている。
かなりの大怪我だったはずなのに今はなんともない。
――い、いや、そもそも俺はアントニーに足の腱をっ!?
履いたロングブーツをまた脱いで足首を調べてみたけど、傷一つ残っていない。
これも、サクヤの起こした奇跡というやつなのか?
彼女が裸で寝ていたことと何か関係があるんだろうか。
「ブーツなんか脱いで、どうした?」
「え? ああ、いや……そ、それにしても、よくこれだけの物がその小さいナップに入ったね。服はともかく、こんなロングブーツまで……」
「これは、神様からもらったナップサック。ボクの身体より小さい物と生き物以外なら、なんでも小さくなるし」
「え? 本当に!?」
「ルプス、嘘つかないし」
「ち、ちょっと見せ――」
ガルルルル! と、ルプスがナップサックを抱えて唸りだしたので、伸ばした手を慌てて引っ込める。
――物が小さくなるところを見てみたかったんだけど……今は危険だな……。
「ふむふむ。似合っておるじゃないか」
サクヤが俺の全身を見てほくそ笑んだあと、ルプスに向き直り、
「買い物は上手にできたようじゃな」と、フードの上から頭を撫でてやる。
「うん。ボクもう、おつかいはカンペキだし」
「うむ。……じゃが、余計なものも連れてきてしまったようじゃのぉ?」
サクヤが、撫でていた手で今度は拳骨を作り、ルプスの頭をコツンとやると、紅い瞳を左右に躍らせて明らかに動揺する狼少女。
「よ……余計な、もの?」
「外にいる連中じゃよ」
「外に……あ、ああ! あいつらかぁ!」
ルプスが手で槌を打つ。
「とぼけるでない。あれくらいの連中を撒くのは、おぬしなら造作もないじゃろう?」
「まったくだ! ……あ、で、でも……そうでもないかも……」
「わざと尾けさせて来たな?」
目を逸らし、ヒュ~ヒュ~と鳴らない口笛を吹き始めるルプス。
――分かりやすいにもほどがある……。
サクヤの口ぶりから察するに、尾けてきたのはあまり歓迎したくない連中のようだ。
「まったく、仕方がないのう」
「あいつら、悪いやつら! ここで、まとめて殺す」
「ふむふむ……いや、待つのじゃ」
と、顎に手を当てて何かを考え始めるサクヤ。
しかしすぐに、
「じゃが、もしかすると何か企んでおるやもしれぬぞ? そうじゃ! 試しに、こやつに探ってもらおうかの!」
そう言うと、視線を俺に転じて唇の端を跳ね上げる。
「え? まさか、探索でもしろと? さっきも言ったけど、俺のスカウトなんて半径一ポイル(※約一・六メートル)程度しか――」
「まあよい。ものは試し……やってみるのじゃ」
「そう言われても……」
仕方なく目を瞑って神経を集中させてみたけど、感じられるのは幼女三人……つまり、この室内の気配だけ。
「やっぱり俺じゃ無理――」
「目を開くでない! スカウトには高い地属適性が必要じゃ。魔素を使おうとするのではなく、地の精霊を思い浮かべ、彼らに助けてもらうつもりで語りかけるのじゃ」
――思い浮かべろ、つったって、見たことないし……って、あれ?
「――!?」
「どうじゃ?」
「なんだか急に、感覚が広がっていくような……」
「それを、放射線状ではなく、前方へ集中させてみよ」
「そんな急に言われても……って……ん?」
……ここは、森?
男が、一、二、三人と、女が……一人。
真ん中に二人と、両脇の茂みに一人ずつ……。
な、何これ!?
――こ、怖っ!!
感覚の、未知の暴走感に恐怖を覚えて思わず目を開くと、目の前には――。
「……!! さ、サクヤ!? な、なんでおまっ……は、はだ、はだっ、裸!?」
「いい大人が子供の裸くらいで狼狽えるでない。それに、下着は着けておろうが。半裸じゃ半裸」
「そこはどっちでも――」
「全裸と半裸は大違いじゃ! この世界の穢れた布を纏ったままでは、上手く恩恵が発現しなくてな。本当は下着も脱ぎたいくらいじゃ」
サクヤによれば、彼女もまた、この世界にいる間は精霊の力を借りているらしい。
恩恵とは、彼女の周囲に発生する精霊たちの活性結界のようなものみたいだけど、全裸じゃないとうまく形成されないのだとか。
「じゃあ、さっきのスカウトも、そのアガペーの効果?」
「うむ」
目覚めた時に妙に感覚が鋭敏になっていたのも、もしかするとそのおかげだったのかもしれない。
サクヤが続ける。
「心を乱すな。アガペーはおぬしの特性を後押ししてやってるに過ぎん。あとはおぬしのセンス次第じゃ。目を瞑って、もう一度やってみよ」
「あ、ああ……」
言われた通り、再び神経を集中させる。
白黒の森の中に浮かび上がる、色彩を持った塊。
――人間だ。
さらに意識を近づけてみると、道の真ん中に立つ二人の会話が聞こえてきた。




