12.どこ触ってるですか
こうして、俺の地獄の訓練が幕を開けた。
と、思っていたんだけど……。
――あれ? 昨日と比べると……意外と付いていけてる!?
コンにボロボロにされた初日から一夜明けた二日目。
あれだけ電撃を喰らっていては服がすぐダメになると言うことで、今日は上半身裸で特訓に臨むことに。
正直昨日は『なんでこんなこと始めちまったんだろ……』という後悔の念で、すぐに投げ出したい気持ちなっていた。
それでも俺が特訓を続けた理由は、俺を小馬鹿にするコンになんとか一矢報いたいと言う思いと、それ以上に、アントニーやクリスティナに対する鬱屈した反骨心が大きかったように思う。
別に、二人に復讐してやりたいとか、そんな風に思っているわけじゃない。
婚約と言っても、クリスティナと二人で内々に交わした約束に過ぎなかったし、男女の気持ちの変化などというものに善悪はないのだから。
ただ、あの二人が自分たちの人生から排除した男も、この世界のどこかで一角の者となり、それなりに幸せな人生を送っているのだと知らせてやりたかった。
二人に対して俺が今どんな気持ちでいるのか……自分でも心の整理はまだついていない。ただ、今はとにかく目の前のことをこなしながら足掻いていれば、その先で自分の気持ちにも名前がつくんじゃないか……。
そんな心持ちでコンと対峙した二日目だったのだが。
「ありゃ……今日は、多少はマシになってるですね?」
俺に攻撃を打ち込んだコンが、早くもその変化に気づいたようだ。
コンの動きが見えているわけじゃないけれど、なんとなく軌道の予測ができている気がするのだ。
サクヤじゃないが、上半身裸になったことで精霊に対する感度のようなものが上がったのだろうか?
相変わらずコンは変幻自在だし、慣れというのとはまた違う、もう少し対症的な変化のような気がするけれど、とにかく、攻撃の来る位置がなんとなく分かるのだ。
予測できるということは即ち、カウンターで捕まえにいけるということでもある。自ずと、自由奔放だったコンの攻撃に慎重さが加わるようになった。
もちろん、まだ攻撃を完璧にかわせるわけじゃない。
最低でも掠る程度の接触はあるし、五回に一回はクリーンヒットもある。
それでも、もろに電撃を食らう場面はかなり減った。
「雷属性のせいじゃな」
僕の動きを見ながら、サクヤの口角が上がる。
「コンと対峙することで、ワシの恩恵がなくとも雷属性の活性化が進んでいるようじゃ。思考加速において雷は、動作予測を担っておるからの」
「活性化してる属性なんて、見ただけでわかるのか?」
「探索器を通せばの」
「スカウターって……それ?」
両手の人差し指と親指でそれぞれ輪っかを作り、眼鏡のように両目に当てながらこちらを見ていたサクヤが頷く。
「そうじゃ。裸になればこんな面倒なことせんでも見えるんじゃが、おぬしの気が散ると悪いからの」
「いちいち服を脱ぐより、そっちのがよっぽど楽だろ……」
「ちなみに、雷属性が活性化することで電撃の威力も緩和されているようじゃ」
「そうなのか。道理で、昨日ほど痛くないと思った」
ちなみに地属性は視覚強化、光属性は動作加速、闇属性は思考加速を担っているらしい。
精霊との交信というのはよく分からないが、とにかく、これまでの人生で経験したことのない〝目に見える成長〟と言うものに、正直俺は浮かれていた。
「よぉ~し、そういうことなら、もっとギアを上げていくですよ!」
コンの、両手足の帯電部分がバチバチッと明るく光り、より多くの電気を帯びたことが分かる。
が、サクヤがそんなコンを手で制して、
「今度は、ルプスと交代じゃ」
隣で見ていた狼少女の肩をポンと叩く。
「コンとの特訓で雷属性が活性化したなら、ルプスとやることで闇属性も活性化するかもしれん」
「ボクも人肉を切り刻んでいいの?」
「切り刻むのは禁止じゃ。斧は置いていけ」
つまらなそうに唇をツンと立て、壁に手斧を突き立てるルプスとは対照的に、俺がホッと胸を撫で下ろしていると、再びサクヤがこちらへ顔を向け直し、
「安心した顔をしておるが、ルプスのスピードも打撃も人間の格闘家を遥かに凌ぐ。半端なガードをしようものなら骨を砕かれるぞ」
「ほ、骨を? 嘘だろ? ……骨を?」
こうして、コンとルプスが代わる代わる俺の鬼ごっこの相手をし、サクヤがボロボロの俺を回復。残りの時間は探索を繰り返して地属性の活性化に努めた。
そして、さらに二日後――。
その時はやってきた。
「むぅ~、なかなかすばしっこくなったですね」
「ハァ、ハァ……だいぶ動きが読めるようになったし、身体も反応するようになってきたからな」
「でも、避けるのが上手くなるだけじゃコンのことは捕まえられないですよ」
「分かってる。もう少しで、何か掴めそうな気がするんだけど……ハァ、ハァ……」
「息が上がってるですね。回復するならお待ちしま――」
「大丈夫だ。来い!」
サクヤに回復してもらった直後より、ボロボロな状態で余計なことを考えられなくなった時にこそ、何かを掴めそうな予感があった。
それに気づいてからは、立ち上がれなくなるギリギリのところまで自分を追い込むようにしていたのだ。
「そうですか。……でも、コンを舐めないでくださいよ!」
言うや否や、一直線にこちらへ向かってくるコン。
しかし、数ポイル先で突如軌道を変える。
電気の力を使った予測不能の方向転換。
いつもここで視線を切られ、次の瞬間には肉薄したコンからの攻撃に対処を迫られる……ということを繰り返していた。
しかし、今回は違った。
最初に身体を右に振り、直後、その倍の速度で左へ反転するコン。
奇怪なフェイントの連鎖を、しかし今回はしっかりと俺も目で追うことができた。
――来たっ! あの時の感覚!
あの大男を相手にした時のように、すべての歯車が噛み合い、自然と足が前に出る。
そんな動きに驚くコンの表情までも、俺の網膜がはっきりと捉える。
さらにフェイントを繋いで加速し、俺の背後に回りこもうとするコンを、逆回転でカウンター気味に捕捉。
あわてて、弧を描くようにバックステップに切り替えるコン。しかし――。
――逃がすかっ!
俺も、三日間の鬱憤と共に両膝に力を込めた。
コンの、円の動きに対して俺の描く軌跡は直線。
交わった瞬間、渾身の力を込めて目の前の華奢な胴体に食らいつく。
「っしゃあああ――っ!」
ようやく標的を捉えた確かな手応えと共に、俺は床に転がった。
「捕ったぞぉぉ――っ!」
「どっ、どこ触ってるですか……」
「……へ?」
「どこ触ってるかと訊いてるでずっ、エロ人間!」
コンの涙声に、俺も思わず手を動かして確認すると、掌全体にポニョンポニョンとした独特の反発。
さらにその中心には、葡萄のようにポチッとした感覚も……。
見れば、コンの背後から抱きつくように回した右手が着物の襟から侵入し、彼女のやや小振りな、しかし、数年後の大輪を予感させる左乳房を鷲掴みにしていた。
「え~っと、これは……おっぱ――」
すべてを言い終わる前に、コンの最大出力の電撃で俺の視界はホワイトアウトした。




