11.コンと鬼ごっこ ★
「どうなってんだよ、いったい……」
「いちいち驚くな。次元クレバス内に形成した空間を繋ぎ合わせているだけにすぎん」
「な、なるほど……」
――まったく分からん。
「で? いったい、ここで何を?」
「最初は、コンと鬼ごっこをしてもらう」
「鬼ごっこ!?」
「この〝社〟から落ちる時、それに、下で大男と戦った時もじゃが、時の流れがゆっくりになったように感じはしなかったか?」
「あった! あれはなんだったんだ?」
「あれはじゃな――」
生命の危機に瀕したとき、脳が五感――とくに視覚情報に対して〝精緻な情報処理〟を求めることにより、実際の時間とずれが生じることがある。
サクヤたちの言葉で〝脳内の時間現象〟と呼ばれているそれは、しかし、感覚が加速するだけでそこに身体がついていくわけではない。
しかし、俺が体験したあれは、闇・光・地・雷の四属性が共鳴して起きる受動スキルだというのが、サクヤの説明だった。
「もちろん、この世界の人間に四属性を操る者などおらんだろうし、完全におぬしの固有スキルと言っていいじゃろう」
「固有スキル……な、なんか、急に強くなった気分に……」
「実際、強いぞあれは。とりあえずワシは〝思考加速〟と名付けたが、要はワシの恩恵がなくとも、あれを自由に使えるようにするのじゃ」
「思考加速を、自由に……」
「うむ。さすれば理論上、物理戦闘に関しておぬしは無敵になれる」
――無敵!? この俺が!?
「当然、四属性を活性化させることは魔物使い査定の合格にも繋がることじゃからな。一挙両全というわけじゃ」
あの時は、サクヤの超回復で光属性が。
コンやルプスと関わったことで雷と闇属性が。
そして〝探索〟を行ったことで最後のパーツ、地属性が活性化し、そこからサクヤが恩恵と呼ばれる力で発動を促してくれたのだと言う。
しかし、外部要因による活性化状態は長くは続かない。
自らの意思で必要な時に発動できるよう、精霊との交信力を高めておくことが必要となるらしい。
「今のところ、生命の危機という極限状態においてようやく発動しておるだけじゃが、それを繰り返すことで精霊と交信する〝型〟を身体に覚えこませるのじゃ」
「かた?」
「一言で精霊と交信と言っても、さまざまな方法があるのじゃ。かなり感覚的なものじゃから、こればかりは他人が教えることはできん。しっかりと基本の型を身体に覚え込ませたその後にこそ、型破りが生まれるのじゃ」
「……で、そのために必要なのが、なんで鬼ごっこ?」
「それはじゃな――」
鬼ごっこと言っても子供の遊びとは違い、俺を襲ってくるコンの攻撃をかわして捕まえる、というのが目的のようだ。
感覚的には素手の模擬戦に近いかもしれない。
「コンは、両手を帯電させて、ノエルのタックルをかわしながら電撃を撃ち込むのじゃ」
「そんなこと、ほんとにやるですか? ノエル、死ぬですよ?」
「そこは適当に弱めるのじゃ。それくらい、言わんでも分かるじゃろ」
「あ、なるほど、そういうことですね! 最大出力でやるところでしたよ」
――だ……大丈夫かよ?
不意にサクヤが俺に近づき、両手を背中に回して抱きついてくる。
「え、な、なに? さ、サクヤ!?」
「じっとしておれ。病み上がりで立て続けにいろいろなことが起こっておるからな。気力を充填しておるのじゃ」
寸刻そうしていると、確かに気力が漲ってくる感じがする。
決して、美少女に抱きつかれて高揚している……という類のものではない。
「よし、こんなもんじゃろ……。では、始めっ!」
サクヤの掛け声と共に、少し離れた場所で待機していたコンが、両手両足をバチバチさせながら一気に間合いを詰めてくる。
――は、速っ!
あの珍妙な履物でどれほどの速度が出せるのかと侮っていたけど、とんだ過小評価だった。
恐らく十ポイル(※約十六メートル)以上はあった彼我の距離が瞬時にゼロになり、コンのボディーブローが俺の脇腹を穿つ。
「うぐあぁぁっ!」
打撃自体は大した威力ではない。
が、同時に撃ち込まれた電撃により、まるで全身の血液が沸騰したかのような激痛に襲われた。
思わず倒れこんだ俺から一旦距離を取りながら、
「ありゃ……少し強すぎたですか?」
ケロリとした声で呟くコン。
――電撃の威力も然ることながら、なんだよあの動き!
足に帯電させた電気の反発力なのか、宙に浮かびながら滑るように近づいてきたかと思えば、貴族が氷上で楽しむダッチロールのような動きも見せる。
そのすべてが高速で変幻自在。
――あ、あんな動き、どうやって追えば……?
「この部屋は、特に精霊との交信力を高めやすい構造になっておる。動体視力に頼らず、精霊の声に耳を傾けよ」
サクヤのよく分からないアドバイスを聞きながら、ヨロヨロと立ち上がる。
「せ、せめて、あの電撃をなしにしてもらうわけには……」
「ダメじゃ。クロノスタシスを発動させるには、今はまだ強制的に、ある程度の危機的心理状態を作り出す必要がある。コンが嫌なら、ルプスと交代してもよいぞ?」
瞬間、あの鮮血に染まった手斧を思い出してふるふると首を振る。
「いえ、コンが、いいです……」
「あわわ……ノエルは、コンが好きですか!?」
と、六本の尻尾をフリフリする狐娘。
「い、いや、ただの消去法というか……」
「仕方ないですね。もしコンのことを止められたら、なんでもしてあげるですよ」
「な、なんでも?」
「なんでもです。エロいこともし放題です」
おいおい、とサクヤがコンを嗜める。
「あまりノエルを舐めるなよ、コン。そう言うのはフラグと言うんじゃぞ?」
「神様が何を期待してるか知らないですけど、あれでは一生コンは止められないですね。なんだったら、コンを捕まえられたら結婚してあげたっていいですよ? どうですか? ヤル気が出たですか?」
「いや……どうだろうか……」
「では、行くですよぉ――っ!」
再び、文字通り電光石火の動きで肉薄するコン。
反射的に拳打の軌道を予測して、偶然にも右肩でのガードに成功する。
……が、その上から容赦なく俺の全身を喰らい尽くし、床に抜けてゆく電撃。
眼球の毛細血管が切れたのか、視界がピンクに染まる。
「ありゃりゃぁ……遅すぎて、話にならないですね。コンへの気持ちはそんなものですか? ノエルじゃなくて、これじゃあノロルです、ぷぷぷっ♪」
膝から崩れ落ちる俺の頭上で、コンの楽しそうな声が響く。
――こんの、やろぉ――っ!
身体が突っ伏す前に両膝に力を込め、思いっきり声のした方にタックルを試みた。
……が、伸ばした両手は空しく虚空を掴み、標的を見失った身体が地面に向かってもんどり打ってしまう。
顔を上げると、すでにかなり離れた場所で、コンがはしゃいだように飛び跳ねながら両手を振っていた。
「ぷぷぷのぷぅ~♪ いいですね! 必死ですね! 早く立ってくださぁ~い! 次行くですよ~!」
最初の嫌々モードはどこへやら、すっかり鼠を弄ぶ猫……いや、狐状態だ。
こうして、俺の地獄の訓練が幕を開けた。




