01.思い……出した! ★
ん……なんだか、良い匂いがする……。
もう食事の時間か?
でも、これは……食卓に、皿を並べる音?
野営食とは違う、もっと懐かしい……お袋の作った朝食のような……。
「神様ぁ、用意ができましたよ」
この声は、女の子?
カラン、コロンという聞きなれない足音。
音の軽さから判断すると体重は三十クポーム(※約三十九キロ)くらいか。
足音を聞いただけでそこまで分かるなんて……自分でも不思議だが、五感がかなり鋭敏になっているようだ。
食卓の用意の音が途絶えると、今度は同じ人物の足音が近づいてくる。
「神ふぁま! 起きれくらはい。ごはんれふよ」
何か、つまみ食いをしたのか?
神様と言うのは……まさか俺のことか?
そこまで崇められる覚えはないんだが……。
それに、今気づいたけど、俺、裸じゃないか!
肌触りから、薄い毛布のようなものは掛けられているみたいだが、全裸であることには違いはない。
――なんだ? どうなってる?
確か俺は、シャントゥール地方の魔物討伐に参加していて……。
そうだ! 乾いた薪を集めるために野営地から出ようとして……そこで婚約者に呼び止められて……。
その後、何かとてつもなく忌まわしいものを見たような気がする……。
ま、まさか、本当に出たのか!? シャントゥールの魔女が!?
この地方には、森に迷い込んだ人間を取り殺すという魔女伝説があると聞いたけど、まさかこの声の主が?
「起きないなら、勝手に食べちゃいますよ~」
寝ている俺の傍らで、足音が止まった。
空気のわずかな揺れから、目を瞑ったままでも声の主がこちらへ手を伸ばしてくるのが分かる。
人間の少女……とはまた別の、決して嫌ではないけれど、どこか獣のような野性味のある香りが俺の周囲に加わった。
まさか、食事というのは俺のこと?
魔女と言うのは食人鬼のことを指していたのか!?
だ、ダメだ! ごちゃごちゃ考えている時間はない!
――動け、俺の身体!
カッと両目を開き、掛け布を外套のように纏って声の主の背後に素早く回りこむ。
「きゃああああっ!」
聴覚と触覚で把握していた場所と、ほぼ違わぬ立ち位置、そして背格好。
年端もいかない少女相手の不意打ちとは言え、自分でも驚くほどスムーズな身のこなしで、簡単にリア・ネイキッド・チョーク(※裸絞め)の体勢に入る。
「な、何するですかっ!?」
「シッ! 大人しくして!」
白くて袖丈の長い異国の着物に、膝上丈の緋袴。足元は、まな板に紐を通したような見慣れない履物を履いている。
確か、東国の巫女がこんな格好をしていた記憶が……。
緩くウェーブの掛かった狐色のミディアムロング。
歳は、人間で言えば、恐らく十歳を少し越えたくらいだろうか。
……そう、人間で言えば、だ。
「お、おまえ……この耳……」
少女は、頭から狐色の……というよりも、まんま狐の耳を二つ飛び出させてピクピクと動かしている。
さらに、俺の剥き出しの股間をふさふさと撫で回してるのは、これまたどう見ても狐のものとしか思えない六本の尻尾。
「きっ……汚い物を、コンの尻尾に……押し付け、ないでください……」
「き、汚いって……だって、気づいたら裸だったから!」
「ぐっ、ぐるじいでずぅ……」
「あ、ご、ごめん!」
腕の力を緩めた次の瞬間――。
少女の姿が狐に変わったかと思うと、俺の腕からするりと抜け出し、二ポイル(※約三・二メートル)ほど離れた場所で再び人型に戻る。
「ぜぇ……ぜぇ……と、突然、何するですか、変態人間!」
「わ、悪い、て、てっきりシャントゥールの魔女かと――」
「何わけのわからないこと言ってるですか! こ、この、恩知らず!」
両手で首を摩りながら、コンコンと小さな咳払いをする狐少女。
「もしかして君は……獣人?」
「そうですよ! 神様が助けた相手じゃなければ、とっくに電撃でドロドロにしてやったですよ!」
「神様が……俺を?」
「気を失って川に浮いているのを運んできたのは、コンですけどね!」
コンと言うのは、どうやらこの少女の名前らしい。
「君が、俺を食べるとかなんとかって言っていたから、俺はてっきり……」
「誰が人間なんか食べるですか! 食事の用意ができたから神様を起こそうとしただけですよ!」
「神様って……もしかして俺のことなんじゃ……」
「…………」
心底残念そうな表情に変わって、俺の顔を覗き込む狐少女――もとい、コン。
「……水を飲みすぎて、脳みそが湿気ったですか?」
「そ、そんな、人をワラ人形みたいに……」
「神様は、そこに寝てるです」
「え?」
コンに注意を払いつつ横目で寝床を振り返ると、今まで俺が横になっていたベッドにもう一人、長いプラチナゴールドの髪を寝乱した裸の少女が寝息を立てていた。
――コンに気を取られていて、全然気づかなかった!
「なっ……だ、誰、この子!?」
「だから、神様だって言ってるです」
「か、神様って……は、裸だけど?」
「変態人間が毛布を剥ぎ取ったからです」
「毛布は服じゃないだろ……」
その時。
「う~ん……なんじゃぁ、うるさいのぉ~」
ベッドの上で、銀髪の少女――一応、今は神様と呼んでおこう――が身体を起こし、ふぁ、と眠たげに欠伸をしながら俺を振り仰ぐ。
「おお、人間……ようやく起きたのか」
「い、いったい、ここはどこ? 君は、誰なんだ? どうして俺は、ここに?」
「一気に訊くな。傷だらけのおぬしが川溜まりに浮いておったのを、とりあえず助けただけじゃ」
「か、川溜まりって……どうして……」
「ぷかぁ~ぷかぁ~っと」
「い、いや、状態とかじゃなく、そこに俺がいた理由と言うか……」
「そんなことは分からぬ。ワシとて神ではないのじゃ」
――違うのかよ。
「おぬし、川に落ちる前の記憶はないのか?」
「落ちる前……俺は確か、魔物を狩るためにアントニー・ド・グレゴリオ隊に入っていて……それで……」
アントニー……、アントニー……、アントニー!?
「あっ……あっ……アントニィィィィ――ッ!」
「お、おい、人間!? どうしたのじゃ!?」
アントニー……その名前を口に出したとたん、腹を掻き毟られるような憎悪が胃からせり上がり、吐瀉物を床にぶちまけながら俺はその場にへたり込んでしまった。
――思い……出した!
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