第四幕 息子を捨てた父親の詫び
わたしほど酷い過ちを犯した者はいないでしょう。
わたしは我が子を捨てました。生まれたばかりの、何もしていない赤子を。わたしの人生の差し障りだと断じて。
子供が生まれたのはわたしが27歳の時です。その頃わたしは自分の人生に倦んでいました。何不自由ない生活に飽き飽きし、自分が何か特別なことが出来る、選ばれた人間だと勘違いしていたのです。
子供には障害と名づけました。
わたしが思うような人生を送ることへの障害になると。
子供自身の幸せのことなど何も考えていない、身勝手な父親でした。
わたしは自分を追ってきた子供を9歳で出家させました。本人は何もわかっておらず、父親の傍にいられると喜んでいましたが、今思えば本当に酷な事をしました。
9歳と言えばわたしは何不自由なく贅沢な暮らしをしていたころです。周囲の大人たちはわたしの身分に忖度し持ち上げて甘やかしてばかりおりました。
しかし、息子は幼いからと周囲の大人から侮られ嫌がらせを受けておりました。
それを理不尽なことだと父親のわたしに訴える事すら出来なかったのです。全て自分が未熟だからと。まだ幼い少年にどんな罪があったというのでしょう。
捨てた息子は9歳の時に言いました。
「初めましてお父さま。ぼくに財産をください」
生まれて初めて会った父親に恨み言ひとつ言わず。まっすぐで無邪気な瞳で。
わたしの死の間際、長い旅路を経て会いに来てくれた息子が言いました。
「お父さん、沢山の財産(教え)をありがとう」
泣いて詫びたかったです。しかし、死にゆくわたしが言えたのはひとつだけ。
「もう自由に生きなさい。身勝手な父親に付き合ってくれてありがとう」
その後の息子の行方は誰も知らないそうです。沢山いたわたしの弟子たちともかかわらず、ひとり放浪に出たとか。彼はわたしの死によって、ようやく父親の呪縛から逃れられたのです。
さまざまな人がわたしを称えます。現世の欲から解脱した人だと。心理に目覚めた人だと。まるで神のように崇める人まで。
とんでもないことです。わたしは我が子ひとりまともに愛せないような矮小な人間です。生きることは苦です。わたしはこれからも、沢山の後悔を胸にここに在り続けます。
まっまさか……自分が間違っていたって謝っているの仏さま!?そういえば先輩がツアーの内容を説明してくれた時に言ってた。ブッダは一国の王子として生まれ、人々の苦しみを救うために29歳の時に全てを捨てて、旅に出たって。全てって我が子もってこと!?えっそれを今も後悔しているの。だって凡人を苦しみから救うのが仏じゃないの?神のように崇める人って当たり前じゃん。宗教の創始者だもん。今日の企画ツアーだって世界中から参加者が集まったのに。
神みたいな存在の人が自分の行ったことを謝り続けて……
……あなたの犯した過ちはなんですか?あなたは生を終わりにすることを選んだ。それほどに重い罪とは……
咎の無い人を悪しざまにののしり、わが身の心根の貧しさを世に広く知られてしまったのですか?
家を焼いちゃったの?それとも学校を追い出されちゃったとか?
命をもって贖おうとした罪、あなたも人を死に至らしめたのですね?何人ぐらいですか?
愛する人の人生を狂わせ、後悔し続けながら生きながらえるのに絶望したのでしょうか?
えっえっと、私の罪……私の過ち……
わっ私の過ちは……私の最大の罪は……まだなにひとつ人生で失敗も挑戦もしていないことです!!




