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第三幕 医療ミスをした看護師の懺悔

  私は人殺しです。

 しかも1人や2人ではありません。その数は数百人以上にものぼります。巷を騒がせ恐れられた連続殺人犯の切り裂きジャックとは比較にもならない人数です。

 しかし、そんな私は世間では全く逆の評価をされています。聖女だと……自己犠牲の天使だと……


 取り乱して申し訳ないです。まずは時系列にそってデータに基づき説明します。

 私は1854年に従軍看護師として戦闘地域だったクリミアの軍のキャンプに派遣されました。キャンプでは腸チフス、コレラ、赤痢が蔓延していました。

 私はそれらの病気を兵士たちの栄養不足、負傷により過労しているからと判断しました。しかし、原因は衛生状態の悪さだったのです。実際、他のキャンプや野戦病院ではこのような病気はこれほど猛威をふるっていませんでした。

 私が責任者として過密状態や換気不足、下水道の状態の悪さの改善に取り組めば防げた問題でした。

 事実として私が責任者を務めた病院では、他の病院の2倍以上の死者を出しました。戦闘による負傷が原因の死亡者の10倍以上にもなります。


 私はそれらを戦争が終わり母国に戻ってから知りました。

 そして私自身も戦地で感染症にかかり、ベッドから起き上がれない身体になりました。


 私は残りの人生のほとんどを病床で過ごしました。起き上がることも困難な不自由な身体で死の間際まで働いておりました。何通も何通も嘆願書を書き、依頼の手紙を綴り、送られてくる書類のデータを分類し、人々に指示を出し続けました。

 病院の衛生状態の改善、優れた看護師の育成と教育、病院の建築や統計学や社会学、思いつく限りの仕事をしました。

 毎日16時間以上、起きている時間のほとんどを仕事に費やしました。

 優しい人たちが言います。なぜそんなに働くのだと。どうしてあなたが自分を犠牲にしなければならないのだと。なにがあなたをそんなに追いつめるのだと。

 理由を端的に述べます。償いです。私は人を殺した罪を贖わなければいけないのです。



 私の耳には死んでいった彼らの慟哭がこびりついています。叫びが、罵りが、嘆きが離れないのです。

 子供のところへ、愛する人がいる家へ帰りたいと、まだ自分にはやりたいことがある、かなえたい夢があると、神をどうかお慈悲を、と泣いて叫けぶ声が聞こえるのです。


 私が後世でどのように評価されるかは、関知することろではありません。今までも政治や国の思惑でプロパガンダに使われていました。

 しかし、私が成した事実は変えられません。私は150冊以上の著作を書き、12000通以上の手紙を書き、そして無知から数百人以上の人を死に導きました。

 私は過ちを犯しました。しかし、そこから学び、改善し、変革を起こしました。

 あとは今までの業績をもって地獄で申し開きをするだけです。私が死んでいった彼らに弁解できることはただひとつ。


「フローレンス・ナイチンゲールは、この命ある限りやれるだけのことはやった」


懺悔を最後まで聞いてくださりありがとうございます。



 フローレンス・ナイチンゲール……確かクリミア戦争の白衣の天使……負傷した兵士たちを毎夜見回り、ひとりひとりに優しい声をかけたという。

 身体を壊してからは、後進の指導に務めていたというのは聞いたような気がするけど……

 自分のミスで数百人も亡くなった話なんて聞いたことない!

 それに思っていたイメージと違う!彼女は天使じゃない!戦士だ!

 自分の失敗から逃げなかった人だ。誰かのせいにするのは簡単だったはずなのに。病気を理由に引退することもできたはずなのに。彼女は贖罪を続けた人なんだ。





 そして聞こえてきたのは男性の声だった。しかし年齢がわからない。どんな人かも。いや時折性別すらも超越した何かを感じさせる声だ……

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