第一幕 妬み深き女の悔恨
わたくしの過ちは人を悪しざまに罵ったことです。わたくしがその方から酷いことをされたわけではありません。
いいえ、それどころかあの方はわたくしを一顧だにされたこともありません。 わたくしは取るに足らないものですから。
わたくしはさる高貴な方に仕える者でした。宮中での出仕はとても気骨が折れるものでした。わたくしは常に人の噂に上らぬよう、賢しさを見せないよう息をひそめるように過ごしてまいりました。
そんなわたくしにとってかの方は、とても自分勝手で鼻持ちがならない人物に想えたのです。
わたくしのような弱き者の気持ちがわからない、心無い人だと。
かの方の文を読みその思いは一層強くなりました。
にくきものとして、哀しき物語の語り部を気取り人の事を羨んでばかりいて自分の境遇を嘆いてばかり、しまいには悪評を流し我優位を保とうとする、そういった非常に面倒な方だと。
弱い者の気持ちがわからない傲慢な人だと思っていたのです。
しかし、誤った想いでした。わたくしがかの方を妬んでいたからだと今になればわかります。
かの方の残した文を読めば彼女の性根がわかります。幼子や小さき生き物にむける慈愛に満ちた眼差し。移ろいゆく季節や自然の息吹を感じ取る繊細な感性。
本当に人を恨み泣きたい境遇だったのはかの方だったのに……
時勢が変わるや否や、今まで媚びてきた者たちが手のひらを返して離れていくのをどのような眼差しで見ていたのでしょう。
それでも咎もないのに突然不遇の身に陥った主人を見捨てるような真似もせず、ことさら明るく、すべてをかしと笑い飛ばして。
わたくしはすでに宮中を去ったかの方と何につけても比べられることに倦んでいました。
いえ、かの方の心持の強さを心の底より嫉んでいたのです。
わたくしの書き散らし、呪いのようにしたためた、かの方そしてほかの方への悪しき言葉は世間にずいぶん流布したようです。人の口に戸は立てられませんから。
ああ……わたくしもかの方のように、人を恨めしく思わないような強さがあれば。
本当に悔やんでも悔やみきれません。
わたくしの名前は後世には伝わらなかったようです。ただ、わたくしの書いた物語の人物になぞらえて、紫式部と呼ばれておりました。
えっ紫式部。源氏物語の作者だよね。そういえば古典の時間で先生が話してくれたかも。紫式部は日記で色んな人の悪口を書き散らかしていたって。特に枕草子を書いた清少納言に対して辛辣だったけど、実際は会ったこともないって。
「作品が素晴らしくても人間性が優れているとはかぎらないんだな」
っ先生、笑ってた気がする。
あんな有名な作品を書いた人でも、他人を僻むことがあるんだ。自分のやったことを後悔し自己嫌悪に陥ることが……
つぎに聞こえてきたのは少年の声。まだ声変わりも終わっていない年齢のようだ。緊張しているのか声は硬い。話にまとまりがなく、あっちこっちに話題が飛んでしまう。
本人はふざけている訳ではなく、真面目に話そうとしているみたいだけど。
でも子供が何を一生懸命訴えようとしているのだろう。




