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第9話  ピンクの卵

すでに放射線の放出が止み、ほぼ無害化しているピンクの卵の前に僕は立っていた。


「何か感じるか?」と観測室に居る兄が聞いてきたが


「特に、何も感じない。あっちの世界で初めて、この卵と対面した時は、途端に失神していたけど、まあ、ピンクモードだから、安全なのかな?」と言いながら、僕はピンクの卵に触れた。それは、何だかグニャとした感じで、一寸柔らかいゼリーの様な感じで、(ふむ、誰かのおっぱいの様な・・・)などと思っていると、触れた手首にそのゼリーが絡みついてきて、途端にその中に引っ張り込まれてしまった。恐らく、体の全てが卵の中に入ってしまった時位の瞬間に、僕の意識の中に訳の分からない、光の糸の様な物が見えてから、僕の唇に誰かの唇が触れている感触があり、目を開けた。


「ふーん、ミドリ?」ミドリは僕にシッカリと抱きついて、僕の唇を奪っていた。そんな状況の僕の頭の中に多分この次元での、この場所(おそらく教会近くの丘の上)での少し前の出来事が蘇っていた。


「ミドリは…家族とかと一緒に居なくていいのか?」


「うん…もう色々な人たちと挨拶はしてきたから、最後に残ったのが、激ってところかな。激こそ教会とかに行かなくていいの?」


「俺も、ミドリと似たり寄ったりかな、この間、最後のミサも受けて来たし。」


月の二倍程に膨れ上がった「僕らの彗星」は、太陽風の関係で、北半球からは短めの尾を伸ばしながら、地球へ向かって来ていた。


「あとどの位…」


「うん、」僕はそう言ってから、モバイルPCの画面を覗き込んだ。


「明日の朝ぐらいか…」


「じゃーこのまま一緒に居よう!一晩語り尽くせば、心残りも無くなるかもしれないから。」


「うん、でもその前に何か食おうぜ。」


「相変わらずね、激は!」


「最後の晩餐にしては、お粗末だけどな。」


彗星の潮汐力で、眼下に広がっていた海岸線は遥か彼方に後退していたが、幾つか見える町の明かりから、街並みと海を分けていた境界線がぼんやり確認できた。眼下の町の人達は何を考えて、この時を迎えているのだろう。数週間前まで引切り無しにやって来ていた教会の新しい信者達が、パタリと来なく成った。その時期を境に、辛うじて通じていた公共放送や電気も沈黙し、ラジオもTVもインターネットも消えた。僅かに、アマチュア無線から声が聞こえてくる位であった。僕らは、カップメンと義理の母が作ってくれた教会特性のクッキーを食べながら、空を見ていた。


「あれから如何なったの?」


ミドリが言う(あれから)がどの時点なのかを少し考えながら、僕の我がままで強引に兄貴の研究室に引きずり込んだミドリと、暫く研究の手伝いをしているさなか、突然、兄と一緒にハワイの実験施設に行くことになり、ろくに説明も出来ないままミドリとは別れ別れになってしまった。ぼくの時系列的には、それが一番身近な(あれから)の時点らしかったが、


「あの時は、俺自身も訳分からないまま飛行機に乗せられて、着いた所がハワイの火山の上だったんだよ。其処での実験は、一応成功したと言えるのだけれどね。」


「実験してたの? 私は助手の岡山さん達と留守番してたけど、解散命令が出たので、家に戻ってから連絡の取れる人たちの顔を見に、あちこちぶらついていたのよ。」


僕はその実験で、自分の人生を二回も三回も経験するような破目になっていたのだが、どうせミドリに話しても理解されないだろうと思いながら話始めていた。


明け方、上空の雲が激しく一方向に流れ出していた。それは彗星がもう真近に接近している事を表している現象であった。雲の激しい流れに比べ地上の風はそれほど強くはなく、丘の上の二人の周りをなめる様に抜けていった。


「激は、もう思い残す事は無いの!」


「そりゃー一杯あるよ、まだ18だぞ!」


「そうだよね。」


「ミドリこそ、一杯あるだろう?」


「うん、でももう時間が無いわね…ねえ、とりあえず、最後のお願い聞いてよ。」


「うん、何だ」


「激とキスしたい。」


「ふーん、別に拒否する理由も無いし…いいよ。」


「本当は、とっても怖いの、これから死んじゃうと考えると。でもなんだか激と一緒だと平気な気分なの…激はどんな気持ち?」


「うん、やることはやったから、後は文字通り運は天に任せるしかないかな。」


「運て、運が良ければまだ激と一緒に居られるの?」


「解らないけど、一緒なら天国でも良いけどね。」


「ふーん、まあ良いわ。」


そう言いながら、ミドリはキスをして来た。


数日前まで水平線であった、地平線から真っ白な光が立ち上り始め、やがて僕とミドリも含めた全てを飲み込んでいった。

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