表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

人生レンタル店(短編 20)

作者: keikato

 男は安アパートで一人暮らし。

 結婚をしなかったので子供はいない。

 天涯孤独の身であった。

 定年退職して十年。

 唯一の楽しみは、週に一度ほど飲み屋に通うことぐらいである。

 そんなある夜。

 男は飲み屋街の片隅に、奇妙な店のあることに気がついた。店先に『人生レンタル店』と、なにかしら怪しげな看板が置かれてあるのだ。

 男は酔いも手伝って、フラフラとその店に足を踏み入れた。

「人生のレンタルとはおもしろそうだな」

「はい。人生の変化をレンタルしております」

 店員はいんぎんに答え、説明を続けた。

「同じような毎日に退屈しておられる方は、世間には大勢いらっしゃいます。この店は、そんな方たちが利用されております。よろしければおためしになってはいかがでしょう」

「それで、レンタル料はいくらなんだね?」

「メニューが十通りありまして、レベルが上になるほど料金は高くなっております」

「で、一番安いのは?」

「一日五百円でございます」

「意外と安いな」

「特にそのメニューは、どなたでも気軽に利用できますよう設定しておりますので」

「では、一番高いのは?」

「レベルテンの一千万円です。極上ですので、もちろんそれだけの価値はございまして」

「だが、わしみたいな貧乏人には、とても手が出せる金額じゃないな」

「ですから、たいていの方はレベルスリーをお借りになります。ちなみにレベルスリーは、一日一万円と手ごろな料金となっております」

「それでも高いな」

「お客さまは初めてですので、まずレベルワンをおためしになってはいかがでしょう。お使いになって気に入れば、レベルを上げるというふうに」

「そうだな。五百円なら飲み代より安いし……」

 男はまず手始めに、レベルワンをレンタルすることに決めた。

「では、さっそくご説明を……」

 店員は小さな白いケースから、白いヒモのついた白い袋を取り出した。

「これには人生の変化が入っております。ですから身につけるだけで、これまでとはなにかしらちがった人生が味わえます。しかしながら、中身がどんなものかは当店もわからないのです。まあ、前もってわからないのが人生の醍醐味でもありますのでね」

「そいつは楽しみだな」

 男はお守りのような袋を首にかけ、ウキウキとした足取りで店をあとにした。


 次の日。

 いつもと同じ一日が過ぎた。変わったことは、これといってなにひとつ起きなかったのだ。

 昨晩と同じ時刻。

 男は人生レンタル店に出向いて、借りていた袋を店員につき返した。

 店員が首をかしげて言う。

「なにかしらの変化が、お客様にかならずあったはずなんですが」

「いや、なにも起きなかったぞ」

「ほんのちょっとした変化なんで、初めてのお使いの方は気づきにくいんです。よく思い出してくださいませんか?」

「ふむ」

 男は頭の中で、今日一日を朝から追ってみた。

――そういえば……。

 ひさしぶりにヒャッとした。

 道でつまずき、あやうく転びそうになったのだ。ただ、それだけのことでもあるのだが。

 男はそのことを話した。

「たぶん、それだったんですよ。レベルワンで起きるのは、ほんのささいなことですからね」

「そんなことが人生の変化だと?」

「はい。ちょっとした危険な目にあうなんて、そうそうあることではございませんでしょう」

 言われてみれば、ヒャッとすることなどめったにあることではない。

「レベルを上げると、もっと大きな変化があるのかね?」

「上のレベルほど変化は顕著になります」

「では、三番目のレベルを借りてみるか」

「レベルスリーでございますね」

 店員は水色のケースから、やはり水色のヒモのついた水色の袋を取り出し男に渡した。


 次の日。

 男は道で千円札を拾った。

――これだな。

 レベルスリーになると、変化は目にあらわれて気づくようである。しかしこの日は、それ以外の変化はなにも起きなかった。

 千円を拾ったことは喜ばしい。けれど、つまるところ九千円の損をしただけである。

 男はそれからも、人生レンタル店にちょくちょく足を運んだ。

 借りるのはたいがいレベルワンである。

 上のレベルをためしたい気持ちもあったが、年金暮らしではそうそう手が出るものではない。

 そのうち……。

 男の足はしだいに、人生レンタル店から遠のいていった。

 一日のうちの、ほんのわずかな時間を退屈させないだけであって、それ以上のものはとくだん味わえなかったからである。


 一年が過ぎるころ。

 胃に不快感が続き、男は病院で精密検査を受けた。

「余命三カ月です」

 無情にも、胃ガンであることを告知される。

 医師からは、すでに他の臓器にも転移しており、今となっては手術ができないとも言われた。

 このとき、ふと……。

 人生レンタル店のことが脳裏をかすめた。

――どうせ、あと三カ月の命だ。

 男はさっそく家屋敷を処分すると、くだんの人生レンタル店に出向き、一千万円のつまったバッグをカウンターの上に置いた。

「極上をレンタルしたいんだ」

「おひさしぶりだと思いましたら、いきなりレベルテンとは、いったいどうなされたんです?」

 店員が目を丸くする。

「じつはな……」

 男は病気のことを話し、余命がいくばくもないことを教えた。

「ですが、レベルテンには極上の変化、つまり極上の幸福と不幸がつまっております。当店でも初めてレンタルしますもので、お客様の将来がどうなるかは保証いたしかねます。それでよろしければレンタルいたしますが」

「残りの人生、めいっぱい楽しみたいんだよ」

「わかりました。では……」

 店員は虹色のケースから虹色の袋を取り出し、それをうやうやしく男に渡した。


 余命と告知された三カ月が過ぎた。

 男は生きていた。

 それから半年が過ぎ、一年が過ぎる。

――さすが極上だ。一千万円もの大金をつぎ込んだだけのことはあるな。

 男はなおも生きていたのだ。

 入院先の医者からは奇跡だとおどろかれた。

 ただ……。

 日々、身体の痛みがひどくなっている。

 ときとして猛烈な痛みにもおそわれる。

 痛み止めの薬はたいして効かず、激痛の間隔も徐々に短くなっていた。

――退屈しているヒマはないな。

 男は先の人生を思った。

 これからはもっと忙しくなる。

 生きながらえている限り、よりひどくなる痛みに耐え続けなければならないのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] もう一千万使ったらどうなるのか…… 痛みはするが死なない身体になってしまったのではないか…… レンタル店に支払った一千万はどこへ流れていったのだろう?…… 様々な感情と妄想が吹き上がる作品…
[一言] 千円札のくだりまでは、人生レンタル店はインチキ商売かと思って読み進めました。購入者の思い込みを利用した詐欺かな?って思ったのです。けれど最期まで読むと、本当に人生レンタルしてたのか?になる結…
[一言] 老後は、波乱万丈とおもいます。体の衰えや病気、それにかかるお金。頭もボケてきますしww 痛いけど、死ねない。薬もあまりきかない。まさに地獄ですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ