~シーラストラッド王国②~
前回からの続きです。
~異世界生活 65日目 ディザリアンサガ王国内~
僕は今しがた知り得たばかりの情報を伝えに、彼のもとへ急いでいた。上手く言葉に出来ない不安がまとわりついて離れなかった。
とある部屋の前に到着。声をかけると、引き戸が音も無く開くと、優しい声のおばあちゃんが出てきた。
「はいはいはい~どちら様…、あら!タスク様?」
「お久しぶりです、ニバーリさん。ジャルバ様にお会いしたいのですが、居られますか?」
「はいはい、少々お待ちを。とりあえずこちらへ。」
中に通され、椅子に座っていると、二階から聞き慣れた声が近付いてくる。
「ねぇあなた、タスク様ちょっと真面目な顔をされてましたよ、何か怒らせたりしたんじゃないですか?」
「そんな事せんわい!後はワシだけで良いから、お前はお茶でも入れて来ておくれ。」
「はいはい、分かりましたよ。」
見慣れたローブ姿ではない、ラフな格好のジャルバが照れ臭そうに顔を出した。
「おぉータスク様!こんな格好ですみませんな。」
「いえ、こちらこそ急にお邪魔してしまいすみません。至急お話ししたいことがありまして。」
僕の気配を察してか、顔つきがいつもの凛々しさを取り戻すジャルバ。早速核心から聞いてみた。
「城の中庭の真ん中に、大樹が一本立っていますよね?」
「ええ、ありますな。確か、シーラストラッド王国から寄贈されたマダマナリの大樹ですな。」
「その大樹に、何らかの魔法が仕掛けてあるようなんです。」
「…なんですと?それは一体どういうことですかな?」
少し前に起こったことを、要点をかいつまんで話した。
庭師の腕に現れた奇妙な模様のアザ。それは大樹が出しているものと同じ波動を対象者に固定するためのもの。
被害者は実を回収したことのある人間のみなので、おそらくその行為がアザの出るスイッチになっている事。
どんな効果なのかは不明な事。
「…ふむ。実害は今のところ不明なものの、気持ちの良い話ではありませんな。」
「はい。もう少し詳しく調べたいので、アザが出た他の人にも会ってこようと思います。庭師の親方に話をして、集まってもらっているので。」
「分かりました。ワシも少し調べてみることにします。明日にでも団長会議を開きましょう。」
「よろしくお願いします。では、僕はこれで。あ、奥様によろしくお伝えください!」
そう言い残し、僕は王宮内にあるジャルバ邸を飛び出した。
「はいはいはい、お茶をお持ちしましたよ。あら?」
「ああ、すまんな。ちと問題があったようで飛び出していかれたわい。」
「まぁまぁ、異世界の人も若い方はせっかちなのね。じゃあこのお茶とお菓子は私達でいただきましょう。」
人目につくけど、それより時間が惜しい。ジャルバ邸の玄関を出てすぐに走り出した僕は、そのまま五階のテラスから飛び出した。空を飛び、親方に聞いた住所に文字通り飛び込んだ。
「うわっ!…人が降ってきた。」
「おい、こ、この人じゃないか?」
「そうだよ、タスク様だ!」
「おぉータスク様!早かったですね!コイツらが出来物ができとる私の弟子達です。」
新種のかぶれかも知れないので調べたい、と適当な説明をして、皆のアザを『解析』した。中には片腕だけだったり、首や背中にアザが現れている人もいる。
五人中三人目を解析した時だった。
【通信魔法を感知しました。】
「…通信魔法だって?」
【パターンをさらに解析。残りの方も解析しましょう。】
そして五人全員が終わり、一つの答えが出た。
【対象者の魔力を使用し、半永久的に効果を発揮する通信魔法です。対象者を中心とした音声や映像が、リアルタイムで発信されています。】
「つまり、それは。」
【使用者の意図は不明ですが、内部情報が漏洩している可能性があります。受信者は不明。】
親方達にお礼を告げ、急いで城内中庭に戻る。
今度は問題の樹木を解析してみることにした。
【『解析』発動。…妨害により、情報を読み取れません。】
「妨害だって?」
【情報を探られないように、防壁が展開されています。現在の設定『レベル1』では解析できません。『レベル3』なら防壁を突破し、解析が可能になると思われます。】
「分かった。『レベル3』へ移行する。」
【了解。『レベル3』へ移行。『解析』再発動。…警告。防壁の突破を魔法設置者に感知されますが、『解析』を実行しますか?】
「ちょっと待った!…そんな事まで仕掛けられてるのか。」
ここまで来たらすぐにでも詳しい情報を知りたいところではあったけど、すぐに何かが起こるわけでもない。明日開かれる会議で皆の判断を聞いてみようと、いったん解析を中止する。
その後、他にもこんな仕込みが無いか可能な限り調べて回ったが、発見には至らなかった。
そして翌日。会議室に三人の団長と僕、魔法に関する内容を考慮して、上級魔術師のトットロを加えた五人が集まった。
「なるほどォー、国内の情勢を探る何者かの仕業…と言うことですねェー。」
「おい、トットロ。分かりきった事を濁して言うんじゃねぇよ!状況から考えたらシーラストラッドが仕込んだに決まってるじゃねぇか!」
「落ち着きなさい、ラベル殿。まだそう決まった訳じゃないわ。」
「うむ、まずメリットが考えられんからのぉ。その上、見つかれば大問題に発展することも目に見えておるわけじゃし。」
「さっさとタスクに全部解析してもらって、さらに情報を手にいれた方が良いんじゃないねぇか?」
「でも、その事が相手にそれがバレてしまうんでしょう?リスクもあるわよね。」
「現状すでにリスクが発生してるだろうが!些細な事かもしれんが内部情報を抜かれてるんだろ?」
「とは言えですねェー、極々微量な魔力を利用した通信魔法ですしィー…ちょっとした音声や映像を送るくらいしか出来ませんしねェー。」
「量の問題じゃ無ぇだろう!50年もの間、どこぞの誰かが仕掛けた訳のわからん物が自国にずっと潜んでたんだぞ!?」
「そうじゃな…しかし、仕掛けられたのが50年も前ともなると、もしや仕掛けた本人ですら生きてないかもしれんしな。」
堂々巡りが続いたが、一度原因の大樹を皆で見に行くことに。
「あの実ですかァー?」
トットロが指した先に幾つか『マダマ』の実が確認できる。剪定の途中だったが大事を取って、途中で中止してもらっていたのだ。
「タスク様の解析によると、実を採取する事をきっかけに、対象者に術を施し、その対象者自身の魔力で効果を発しておる。そうでしたな?」
「はい。解析と結果を照らし合わせると、その考えで間違いないかと思います。」
「なるほどォー。つまりこれは、対魔術師用の罠って可能性が大きいですねェー。」
トットロの発言に皆が察する。
この世界の人間は、魔術師に限らず、大なり小なり必ず魔力を持っている。世界の理と言うか、DNAの様に切っても切れない事実なのだ。つまり。
「庭師の人達は…魔力が少ないから実害が出ていないの?」
「じゃあ、魔力の多い人間があの実を採取したら、どうなるんだ?」
どうなるんだろう。
「考えてても始まらないですねェー。では、私が採取してみましョー。」
トットロがどこからか持ってきた梯子を大樹にかけ、ギシギシと登り始めた。
「バカもん!勝手をするな、降りるんじゃ!」
「でもォー、これが一番早いですよォー。この中で魔力が高いのは私を含めて三人。タスク様のバカみたいにデカい魔力で試すのも怖いし、ジャルバ様にこんなことさせらんないですしねェー。消去法ですよォー、万が一私に何かあったら、有給でも下さいねェー。」
「トットロの野郎、変な喋り方だけど、色々考えてるな。」
確かにここだけ切り取ると良い話だけど、何が起こるか分からないのは危険だ。しかし、止める間もなくトットロが実を掴んだ。そしてミカンほどの大きさのそれを躊躇無く引きちぎる。
「…。特に何も起こらないですねェー。」
「ふぅ。ヒヤヒヤさせおるわぃ。早く降りてこい!」
「なんだ、何も起こらねぇのか。」
「まあ、とりあえず変なことにならなくて良かったじゃないの。ねえタスク?…タスク?」
…これは。これはどうなったんだ?
もともと見えていた景色に、見たことの無い別の景色が重なって見え、色んな音も重なって聞こえる。目眩が襲い、立っていられず、その場に座り込む。みんなに変化は無い様子だ。
【……ザッ…強制…的に通信魔法……ザザッ…接続されていま…ザッ…視覚、……ザザッ…ザッ……言動ザッ……流出中…。】
「!うぅ、も、元に、戻せるか?」
【…ザザッ……遮断中…ザッ。…魔力出力が…瞬間的にゼロに…なります。】
「…ゼロに?それって大丈夫な……」
そこで僕の意識は途切れた。
気付くと、クランに力一杯揺さぶられていた。
「タスク!タスク!しっかりして!!」
「…ちょ、ちょ、…止めて止めて。気付いてるから、もう大丈夫だから。」
「!…タスク!皆!タスクが起きたよ!!」
僕は自室のベッドの上にいた。…パグ、何があった?
【おはようございます、タスク様。魔法による情報流出を止めるため、一時的に魔力を完全にゼロ状態にしたことにより、タスク様の肉体がこの世界に適応出来ず、意識を失われました。】
「…どれくらい寝てた?もう問題は無いのか?」
【意識の消失から目覚めまでは約十分です。現在は問題はありませんが、意識の消失直後、約八秒の完全無防備状態を確認。以後、同じ対処は推奨できません。】
「そうか。…寝てる間に新しく分かったこともあったら、全て教えてくれ。」
【了解。】
その時に教えられた内容と新しく分かったことを、会議をしていたメンバーを再度集めてもらい伝えた。
「つまりィー…私の魔力よりも、タスク様の魔力の方が強すぎて、マダマの効果が引っ張られてしまったとォー。」
「なるほど、実を採取した時に、一番強い魔力を探知して効果を取り付けるのか。今まで魔術師に引っ張られなかったのは、おそらくその射程が数メートルなんだろうな。」
うつむいていたトットロが、さらに深く頭を下げた。
「申し訳ありません!このような事態を予測出来ず、タスク様を危険な目に合わせてしまうなんて…私はジャルバ様の弟子失格です。」
「なんだお前、ちゃんと喋れるんじゃねぇか。」
「ラベル殿、茶化すタイミングでは無いわ。」
ジャルバが杖で軽くトットロの頭を叩く。
「バカもんが。前々から言っておるが、お前には思慮が足りん。精進せい。」
「…はい。」
「まあ、失敗出来るのも弟子の特権じゃ。次はもちっと頑張れい。」
「…はい!」
しかし、怪我の功名と言うか、結果的に状況は大きく進展することになった。パグいわく、僕の情報が流出しているあいだに、相手の情報も僕に流れ込んでいたと言うのだ。
僕が見た、幾えに重なっていた映像と音声を見やすいように再構築し、リリル女王が得意としていた魔法を応用させてもらい、水晶玉に映し出せるようにした。
ほとんどの映像が意味の分からないものだったが、今回の件に関して重要な意味を持つであろう映像を見つける。それを説明し、他の四人に見てもらった。
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閉じられた窓から僅かに陽の光が差し込み、なんとか視界が確保できる部屋の中を、コツコツと靴音を響かせながら誰かが歩いている。この人物の視界なので顔はわからないが、ローブをまとい杖を持っている事から魔術師と思われる。
しばらく進んだ先に、ぐったりと椅子にもたれかかる男を見つける。
「チェスバラ様、御決断を。」
「…。」
椅子に座り、憔悴した顔つきの男は、魔術師らしき人物の問いかけに神妙な面持ちでため息をついた。
「…本当にこれしか手は無いのか?」
「はい。チェスバラ様の目的のためには、これが最善策かと。」
「…。」
二人の間に沈黙が流れ、そして。
「…やってくれ。」
「かしこまりました。明後日の式典で寄贈される記念樹の内部に仕掛けを打ちましょう。後はただ、時を待てば良し…。チェスバラ様の希望は必ずや満たされるでしょう。」
ローブを翻し、魔術師が部屋を出るところで映像が切り替わる。
先程と一転、きらびやかに明るく賑やかな城内で、様々な人が歓談している。
視界は人々をかき分けながら進み、やがて二人の若者を中心に映した。ざわつきで音声が多少聞き取りづらいが、二人は親しい間柄のようで、お互いの肩を叩きグラスを交わしていた。
「こんな立派な記念樹を寄贈してもらえるなんて、感謝の言葉もない。」
「何を水くさい事を。俺達の仲じゃないか。」
「大切にさせてもらうよ。生まれた国は違えど、俺達は親友だ。共に『あのお方』から受け継いだ、この世界の平和を守り続けようじゃないか。」
「…ああ、そうだな。…なぁ、ラー。」
「ん?なんだ?チェス。」
「あの記念樹だが……ザッ……、ザザッ………。」
「…ちっ…」
音声にノイズが混じり始め、ここで映像は終わった。
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それと同時に、ラベルが机を叩きながら立ち上がる。
「俺が言った通りだったな。あの野郎、ふざけやがって!」
あの野郎?
「映像に出てきた『チェスバラ』って呼ばれてた男は、シーラストラッドの前国王だ。」
「二年前ほど前に、息子へ王位を譲っておるな。国政からは退いたが、ご存命じゃ。」
「しかし…これは、事によると戦争になってもおかしくない内容よ。仮にも一国の王が指揮して、他国の情報を抜き取ろうとしてた決定的な証拠じゃない!」
「それも、タスクの母ちゃんが世界を平和にした年に、その記念に送りあった物の中にだぜ?平和の意志を汚す行為じゃねぇか!」
「…えっ?タスク様のお母さんが世界を平和にしたってェー、どういうことですかァー?」
「…。」
皆がラベルを見つめる。そう言えばトットロは僕の事について、新人の魔術師としか聞いていないハズだ。
「う、うるせぇな!お前の母ちゃんは世界の平和を望んでなかったのか!?タスクの母ちゃんだけじゃ無ぇ!俺達皆の母ちゃんが望んだ世界の平和を乱すなって事を言いたかったんだ!」
「は、はいィー。」
力業で黙らせた。そして。
「…と、言うわけなのです。国王様。」
ジャルバに説明を受け、映像を見せられたディザリアンサガ王国、ラーオン・ディザリ国王はショックを隠しきれずにいた。
隣国と言うこともあり、他よりも親交が深い王国の裏切りとも言える行為に、言葉が出ない様子だ。
「正直、ここ50年に渡る情報の漏洩はほとんど無いものと思われます。僕の可能な限り調べましたが、魔力の強い者がこの仕掛けにかかった形跡は、今のところ確認できません。」
目を閉じ、沈黙する国王にラベルとクランがしびれを切らす。
「国王様!被害のあるなしの話では無いでしょう。友好を語り、我々の懐へ罠を忍ばせてるんですよ!この映像を叩きつけるなりして真相を問いただすべきです!」
「国王様、今回ばかりは私もラベル殿に賛成です。」
団長二人に押されるも、回答を出せない国王。その気持ちを推し量ってか、ジャルバが静かに語りだした。
「チェスバラ様は、大変お優しい方でしたな。国王様やワシとも年が近いこともあり、若い頃は共に遊んだり、また衝突することもありました。しかし、チェスバラ様は虫も殺せぬ性格で、喧嘩になっても必ずあちらが先に折れて下さった。…何か、我々には思いも付かない訳があるのかもしれませんな。」
ジャルバの言葉を受け、国王が目を開いた。
「…そうじゃな。結果としてここに動かぬ証拠があり、年をとったとはいえ、私もチェスもまだ生きている。それが可能なうちに、わだかまりを消す意味でも話をする事が正解じゃろう。…気は重いがな。」
「…心中察しますぞ国王様。では早速シーラストラッド王国へ、チェスバラ様と対話を求める連絡を送りましょう。問題はどのような名目で対話を申し出るかですな。」
話をまとめかけたその時、王室の扉を叩き、思いもかけない報告が入った。
「ご報告申し上げます!」
「一体何だ、会議中に。終わるまで待てないのか?」
「はっ!至急のお話があると、シーラストラッド王国、チェスバラ・トラッド様より緊急通信が入っております!」
なんと言うタイミングだ。話したい相手から飛び込んできたぞ。…そうか、仕込みを暴かれたのは向こうにも伝わっているんだったな。さて、どんな話をしてくる事やら。
この世界では通信も基本的に魔力で行う。設備がある通信部屋に移動した僕たちを、画面の向こうのおじいさんが出迎えた。
「いきなりの緊急通信ですまん。久しいな、ラー。」
「いきなりのための緊急通信じゃろ。そうじゃな、二年前の王位継承時に顔を合わせたのが最後じゃった。久しいの、チェス。」
チェスバラの方は画面に一人しか映っていないが、こちらは一連の流れで、三人の団長と僕が一緒に話を聞いていた。ちなみにトットロは自ら遠慮し、室外で待機している。
「話があるんじゃろ、チェス。」
「ああ、…言いにくい話がな。」
「見えておると思うが、こちらは三人の団長と、タスク様が一緒に話を聞いておる。構わんか?」
「ああ、構わんよ。私の一方的な謝罪じゃからかな。これが見えるかな?」
チェスバラは小さな宝石を映した。黒く光る綺麗な石だが亀裂が入っている。
「これは受信機じゃ。そちらの情報を受け取るためのな。そして、仕掛けた魔法が解除されたり不都合があると、この石が割れる事で、それを知ることができると教わっていた。」
…教わっていた?
「裏切りの行為と分かりながら、若かった私は自身の思いを押さえられなかった。そして、それを素直に伝える勇気も無かったんじゃ。後悔の念はしばらく離れなかったが、数年もする内に、いつしか私はその事すら忘れてしまっていた。しかしつい先程、指輪にしていたこの石が割れた瞬間、全てを思い出したんじゃよ。そしてそれは、私の企みがバレてしまったことも意味するとな。」
「そうか。では話してもらおう。何故このような事をしてしまったのかを、何をしようとしていたのじゃ?明確な目的があったのか?」
「私の目的はただひとつ…写真じゃよ。」
写真だと。なんの写真だ。ディザリアンサガ王国には、国家を揺るがすような機密のある写真でもあるのか?
しかし回りを見渡すも、国王を含めたこちらの全員がピンと来ていない顔をしている。
「チェスよ。すまんがその、写真とはなんの写真じゃ?」
「ラーよ。私は見ていたんじゃよ。あの日のお前達を、何が起きたのかをな。…あれはもう50年も前になるのか…。」
チェスバラが、一つずつ思い出すように語り始めた。
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国内会議を早めに切り上げた私は、友の顔を見にディザリアンサガ王国に立ち寄った。
世界中で日に日に魔力の不安定さが目立っている。モンスターや災害を生む『歪み』の対応に忙しいはずのこの時期に、彼は快く出迎えてくれた。
「チェス!王位継承おめでとう。おっと、もう呼び捨てに出来なくなったか、チェスバラ・トラッド国王様。」
「ありがとう、ラー。しかし、二人の時にその呼び名はやめてくれ。だがお前の方も時間の問題じゃないか。少しの自由さえ今の内だぞ。今日だって色々仕事を片付けて、やっとこっちに寄る時間を作ったんだ。」
ディザリアンサガ王国の国王、ディオン・ディザリの息子にして次期国王、ラーオン・ディザリは私が心の置けない数少ない友だ。国王としての振るまいから、少しの間遠ざかれるこの時間は、私の生活の中で数少ない安らぎの時だった。
その日もいつものように、適当な雑談をしていた。
「そう言えば聞いたか?最近噂になっている魔術師の話。」
「ん?…ああ、まあな。」
「シーラストラッドはその話で持ちきりだ。目撃者によると一人でドラゴンの群れを追い返したり、『歪み』自体を消したりするそうだぞ。ふふ、荒唐無稽な話だがな。」
「ああ、ははは。全くだ。」
「しかもだな、最近聞いた話だと、それは女性だったと言うんだ。目撃者は『女神様』だと呼んでいたと。」
「…へえ。」
「実際に居るならお目にかかりたいものだがな。」
そんな話をしていた時だった。城の中に聞き慣れない声が響いた。
「あーっ疲れた!今日はしんどかったわ!あ、ラーオン。大浴場使わせてもらうわね。」
あまり見ない服装をした女性が現れた。しかし私は、服装よりも彼女の顔から目が離せなくなった。あまりの美しさに一瞬で心を奪われてしまったのだ。
「お、おい、ラー。彼女は誰だ?見た事がない女性だが。」
「あー…、た、旅人さ。友人の知人でね。しばらく城内で生活しているんだ。」
「旅人…そ、そうか。」
それ以上は聞けなかった。好意を口にするのが気恥ずかしい性格だったからだ。もしかするとラーオンの恋人なのでは?それでなくても、すでに良い人がいるのでは?と、様々な感情が沸き上がったが、生来の小心が災いし、何の行動も起こせずに国に帰った。
その日以降、毎日を悶々と過ごした。何をするにも彼女の顔がチラつき、手に付かない。
そんな日々がしばらく続いたある日、街中を移動しているときに、偶然『歪み』が発生し、私は巻き込まれた。
話には聞いていたが、めちゃくちゃな現象だった。ついさっきまで晴れ渡り、穏やかだった空間に突如渦巻きが出来たかと思うと、雷を帯びたようにバチバチと放電する、数メートルはあろうかと言うコウモリが大量に現れたのだ。
「モ、モンスター出現!チェスバラ国王様を守るんだ!!第一防御陣を組め!!」
しかし、五人いた護衛の兵士は次々と倒されていく。気づけば、その場に立つのは私だけになっていた。十匹以上の巨大コウモリが雷と共に上空を旋回し、今にも襲いかかってくる。最後を覚悟し目を閉じた。
しかし、いくら待っても最後が来ない。そっと目を開くと、私の前に一人の人間が立っていた。
「大丈夫!?あ、ゴメンちょっと伏せて!!」
その人物に頭を鷲掴みにされ、地面へ仰向けに押し倒された。
私を庇い、すぐさま地面を蹴りあげ飛翔したその女性は、見間違えるはずもないあの時の女性だった。
そこからは一瞬だ。細い針のような剣を振るい、炎や氷を駆使し、自在に空を舞う。コウモリが放つ雷撃が私に全く当たらないのを不思議に思っていたがそれは偶然ではなく、彼女が全てを受け流していたからだった。
「ふう。良かった、あなた以外も意識が無いだけでちゃんと生きてるみたいね。じゃあ私はこれで。」
「まっ、まま、待ってください!!!」
自分でも驚くほどの大きい声が出た。ここで勇気を出さないと、一生後悔すると思ったからだ。
「わ、私は!シーラストラッド王国の国王、チェスバラ・トラッドと申します!」
「えっ、あなた国王なの!?」
「はい!失礼ですが、以前あなたをディザリアンサガ王国にてお見掛けをしておりまして、それからと言うもの、その、…お、お慕い申し上げておりました!!」
「えぇ!?あーいやー、そうですか。それはそれは…。あ、わたし、その、急がなきゃいけなくて。じゃあそう言う事で!」
「あっ?待ってください!せめて、せめてお名前を!」
しかし私の制止も虚しく、その姿は大空の彼方へ消えてしまった。
翌日、私は護衛にも行き先を伝えず、一人で城を抜け出した。向かったのはディザリアンサガ王国、訪問の連絡もしていない。私が行くと知れば、彼女を隠されてしまうかもしれないと思っていたからだ。
思い返せば初めて彼女に会った時、ラーオンの態度はどこかおかしかった。そして彼女のあの強さ…憶測だが、彼女こそが噂の『あのお方』であり『女神様』なのだ。
ラーオンは知っているはずだ。少なくとも私よりは彼女の事を。
ディザリアンサガに到着した私は、城の裏門近くに馬を繋ぎ、関係者しか知らない裏道を通って内部に入ろうとしていた。
「…しまった、誰かがいる。」
気配を感じた方を覗くと、そこにはラーオンとジャルバの姿が。そして。
彼女がいた。
「あれからもう一年か、あっという間だったな。…寂しくなるよ。…おいラーオン!いつまで拗ねてるんだ。」
「うるさい!こんな突然に次の世界に行くなんて、あんまりだろうが!」
「ゴメンね、ラーオン。湿っぽいのは嫌いなの、変な気を使わせたくないし。」
「…気くらい使わせろよ。お前はずっと一人で死ぬような思いして、世界まで救ったのによ!誰にも知られず感謝もされず…。」
「一人じゃなかったわ。あなたも、ジャルバも居てくれた。少ないけど友達も出来たしね。急に最後の時間が来そうだから、あなたたちにしかお別れが言えないけど。」
「時間は、後どれくらいだい?」
「五分くらいかな。一分を切ったら合図するから離れてね。巻き込まれちゃうかもしれないから。」
「そっか…。おいラーオン、良いのか?後五分だってよ。」
「何よ?何かあるの?」
「最後だから迷惑ついでに、俺達からお願いがあってね。じゃあ俺から言うよ。三人で写真を撮りたいんだ。ほらこれ、いつかこの日が来るかもって、一番良いカメラ買っちゃったんだよね。」
「ジャルバったら、私写真は嫌いだってあれだけ言ったのに…。ま、カメラ代は無駄にさせてくないわね。一枚だけよ?」
「やったぁ!おっと、時間がないんだよね、三脚を置くからここら辺に立って!…よし…ラーオン!撮るよ!」
「勝手にしろ!」
カシャッと乾いた音が鳴る。
「あ、これすぐに写真が出てくるのね。…あは!ちゃんと三人写ってる!一人そっぽ向いてるけど。」
「ありがとう、家宝にするよ。」
「大袈裟ね。で、ラーオンも何かあるの?」
「…。」
「ラーオン!意地張って一生後悔するつもりなのか?」
「何よ、まさかチューしてくれとかじゃないでしょうね。」
「馬鹿か。……教えてくれよ。」
「え?何を?」
「名前だよ。お前の本名。使ってたこの世界の偽名じゃない、本当の名前を知りたい。」
「そっか。ねえジャルバ、そのペン貸して。」
「え?あぁどうぞ。」
何かをずっと話しているけど、この距離じゃ聞き取れない。写真を撮ってたのは確認できたけど、何を話してるんだ?
「はい、これが私の名前。」
「おお、写真の裏にサインがついた!」
「…『リミューエル・リロウラッド』。」
「おっ、スゴい。噛まずに言えたね。私自分の名前言いづらくてさ。噛むのが嫌だからあんまり教えたくないんだよね。」
「そんな理由で本名隠してたのかよ!」
「私にとっては重要なの!恥ずかしいじゃない?自分の名前噛むなんて。」
「…ふふ、はははは!」
「ねえ?あはははは!」
笑ってるのは分かる。もう少し近付こうかと考えていたときだった。
小さな風船が割れるような音が聞こえた。
「おっと、…時間だね。」
「…そっか。」
「…。」
「ちゃんと離れててね。そんなに派手じゃないけど念のため。」
「本当にありがとう。君のお陰で、俺達の世界は救われた。」
「大袈裟よ。私がいなくても他の誰かがやっていたわ。」
何が起きてるんだ?破裂音がどんどん多く、大きくなっていく。彼女の体が…ボヤけて見える…?
「じゃあね。」
「リミューエル!!」
「!何よ、ラーオン。ビックリしたじゃない。」
「…俺は、俺達は一生お前を忘れない!!お前のくれた平和を、永遠に繋げていく!!」
「…ラーオン。」
「だから!!もしまたこの世界に帰ってきたら、真っ先に会いに来いよ!!死ぬほど歓迎してやる!!分かったか!!!」
「!…。…うん…うん!ありがとう!!私、この世界に来れて本当に良かっ-…」
パァンと一際大きな音が鳴り響くと、彼女の姿は消えていた。
泣き崩れる二人の男の前に居たはずの女性。そこには最初から何も無かったかの様に、ただ風だけが吹いていた。
……………………………………………………………
「そうか、チェスもあの場におったのか。」
「ああ。会話はほとんど聞こえんかったが、なんとなく察して何も言わず、その場から消えたがな。それから彼女への想いは、自分の中に仕舞い込んでおいたんじゃが、どうしても忘れることが出来んくての。そこで、兵士に細かい事情は隠して相談したんじゃ。例えばじゃが、他国の王が持つ写真を、何とか手に入れる方法は無いかとな。」
「そうじゃったのか。…ん?」
え?とすると何か?気になる女の子の写真が欲しいという理由で、こんな大袈裟な魔法を仕込んだのか?
「そうじゃ。」
…そうですか。それ以外に言葉は無かった。
「ちゃんと言うてくれればコピーでもやったのに。」
「当時は若かったし恥ずかしかったんじゃ!彼女への好意に加え、写真の事をお願いするとなると、盗み見をしてたことも説明せないかんじゃろ?どうしても言い出せんでなぁ。」
ラベルとクランは呆れた様子で空笑いをしている。
「国の機密情報を盗んだり、戦争の種を蒔こうとしてたんじゃぁなくて…はは。」
「気になる異性の写真が目的…ははは。」
「ま、決して誉められることではないが…このような結果で良かったのかもしれんわい。とりあえずチェスバラ様には大いに反省をしてもらわんとな。」
ここまでなら僕も同じ気持ちだが、実は気になることがまだあった。
「失礼ながらチェスバラ様にお伺いしたいのですが、相談をされた兵士の名前を覚えておられますか?」
「名前?いや、50年も前の事でちと覚えが…。」
「では、『サタン』と言う名前の兵士は?」
「サタン…。おお、思い出したよ。そうじゃそうじゃ。確か旅の魔術師の名前じゃったな。そやつにこの仕込みを教えてもらったんじゃよ。」
なるほど、国外の人物か。疑惑が増してきたな。
「タスク、それがどうしたんだ?」
「映像を思い出してほしいんだけど、あれって誰かの目線で映ってたよね。チェスバラ様や国王様を、第三者の視線で見ていたように。」
「ああ、そうだな。」
「この通信魔法はチェスバラ様が情報を得る為のものなのに、実際に情報を手に入れてたのは別人って事になります。魔法に疎いチェスバラ様の代わりとも考えられますが…。チェスバラ様、もう一つ質問なんですが、この魔法を仕込んで以来、結局写真は手に入ってないんじゃないですか?」
「そうじゃな。写真どころか何の情報も手に入ったことは無いわい。確か、仕込んだ後に魔法が失敗したとかで、教えてくれた魔術師もすぐに居なくなってしまったしな。」
「何を仰りたいのですか、タスク様。」
僕は水晶玉を借り、二番目の映像をもう一度映し出した。
……………………………………………………
「こんな立派な記念樹を寄贈してもらえるなんて、感謝の言葉もない。」
「何を水くさい事を。俺達の仲じゃないか。」
「大切にさせてもらうよ。生まれた国は違えど、俺達は親友だ。共に『あのお方』から受け継いだ、この世界の平和を守り続けようじゃないか。」
「…ああ、そうだな。…なぁ、ラー。」
「ん?なんだ?チェス。」
「あの記念樹だが……ザッ……、ザザッ………。」
「…ちっ…」
…………………………………………………………………
映像を見終わり、ラベルが首をかしげる。
「さっきも見た、若い頃の国王様たちの映像だな。これがどうした。」
「記憶が昔のせいか、ノイズが入っていて若干聞き取りにくいですが、チェスバラ様が最後に喋った後に、二人以外の声が聞こえるんです。声と言うか、舌打ちだと思うんですが。」
つまり、と僕の考えを説明する。
チェスバラの悩みを知ったサタンはそれにつけ込み、記念樹を送るタイミングで話を持ちかけ、サタン自身の目的のためにこれを仕掛けた。
「何のためにだ?」
「それこそ王国の情報を収集するために、かな。もっと言えば、チェスバラ様が悩んでいた事を知って近付いたとなると、シーラストラッドにも似たような仕掛けがされているかもしれない。」
「なんじゃと!?」
あくまでも想像ですが、と言う僕にチェスバラが話しかける。
「タスク殿は、『あのお方』の関係者じゃな?」
その問いかけに国王が僕の顔を見る。僕は軽く頷いた。
「そうじゃ、タスク様はあのお方の…リミューエル・リロウラッドのご子息じゃ。…内緒じゃぞ。あのお方と同じで、この世界の事をお考えになり、後の影響を踏まえ、あえて表舞台には出たくないとお考えじゃ。」
「やはりな。顔を見たときにハッとしたよ。お母様に良く似ておられる。」
自分じゃ良くわからないけどな。
「これ以上の恥も中々無いが、老い先短い人生に悔いは残したくないしの。更なる恥を承知で、タスク様にお願いしたいことがあります。」
「なんでしょうか。」
「一度シーラストラッドへお越しくださらんか。タスク様のお考えだと、この国にも何かしらの不穏があるやもしれんと。お調べになられたいのではありませんか?」
願ってもない申し出だ。正直、こちらからお願いしようとしていた事だった。しかし、国の立場もあるし僕の一存でどうこう出来ないだろうと考えていたが、まさかの展開だな。
「では手筈はしておきます。私の名を使ってもらえれば、シーラストラッドを自由に動けるはずです。さすがに王室には入れませんが。」
お礼を言い、再度チェスバラの謝罪にて通信を終えた。
そこから再度話し合いをし、翌々日にシーラストラッドへ訪問する計画を立てた。
中々に濃い一日が終わり、自室に戻るとお腹を空かせた少女が待っていた。
「タスク、帰ったか。」
「遅くなってごめんね。食堂に行こうか。」
夜もすっかり更け、人もほとんどいない食堂に、僕とルシルマーの食事の音が聞こえている。
「明後日なんだけど、シーラストラッド王国に行くことにしたんだ。今回は僕一人で行こうと思うんだけど、ルシルマーはどうす…「行く。」
被せ気味に答えられた。まあずっと城に引きこもるよりは気晴らしにもなるだろうし、あちらにしても厳つい連中がぞろぞろ来るよりは、子供のほうが警戒もされにくいだろうし。
「タスク、明日は?」
「え、明日?」
「明日は何も予定が無いのか?」
「そうだね。」
「衣服屋に行こう。」
「衣服屋?」
今は少女の姿をしているルシルマーだが、本来の姿は全長15メートルほどの翼竜だ。僕と行動するために人間の姿に変身しているのだが、彼女の衣服は変身時に、自身の体の羽を変化させて作っている。なので衣服を買ったりする必要はないはずなのだが。
「種類を増やしたい。どんな衣服があるのか見たいんだ。」
へえ。これってなんと言うか、オシャレって事なのかな。翼竜とはいえルシルマーも年頃の女の子だ。着飾りたい意識があるのかと思うとなんだか可愛らしく見えてきた。
翌日、朝から街の服屋を回った。少し回れば満足するかと考えていたが甘かった。一件毎に小一時間をかけ、街の服屋をほぼ網羅した。食事以外は服を見ていた感じで、帰宅したのは陽が沈んでからだった。
「…疲れた。」
そう呟きベッドに倒れ込む。そんな僕に構わず、部屋の鏡の前で次々と服を変えるルシルマー。心なしか少しテンションが上がって見える。
そんな様子を眺めながら寝返りをうつと、うつ伏せになった腹部に違和感を感じて思い出した。
「ルシルマー、はいこれ。」
「…これは、耳飾り?」
「うん、ピアスだよ。最初の店で長い時間見てただろ?穴を開けないタイプだし、ルシルマーに似合うと思って。」
ルシルマーが作れる服には、鉄や宝石は含まれない。羽を変化させているためか全てふわふわした布になる。
「…。」
「あれ?気に入らなかったか?」
「…盗んだのか?」
「盗むか!僕だって少し位はお金持ってるよ。」
衣食住を甘えてる僕だが、国王が渡そうとしてくれた金貨までは罪悪感で受け取れなかった。修行で外回りをする際に、取れた魚や山菜(パグが毒の有り無しを判定)、鉱物等(パグが希少品を鑑定)が売れる事を知り、少しの蓄えを持っていたのだ。
「何故これを私に?」
「これと言った理由はないからそう聞かれると答えに困るな…そうだ。この前貰った笛のお礼だよ。」
「そう。」
早速小箱から小さなピアスを取り出し、鏡に向かう。つけ終わると無言で僕の顔を覗き込んだ。
「…。」
「に、似合ってるよ。」
「そうか。」
そういってピアスを外し、小箱にそっとしまう。
「タスク、ありがとう。大切にする。」
気にするなと言って部屋の明かりを落とした。明日も朝から忙しくなりそうだ。おやすみと言った僕は、すぐさま深い眠りに落ちた。
次回に続く。
続きます。