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~リリアルリウル王国にて~

続きです。暇潰しにどうぞ。

 ~異世界生活 64日目 リリアルリウル王国に向かう上空~


 ディザリアンサガ王国を出発した僕達五人は、気持ちの良い青さが広がる早朝の大空を、翼竜の背中に乗り、南へと進んでいた。

 眼下に広がる鮮やかな緑や風切る音。数ヵ月の生活で少し慣れてきたとはいえ、異世界を否応無しに感じさせてくれる。

 僕達を運んでくれているのは、翼を持つ竜ルシルマー。


 「タスク、まだ真っ直ぐ飛んでて良いのか?」

 「ああ、大丈夫だよ。もうすぐ大きな湖が見えてくるはずだから、そこで一度休憩がてら最終確認をしよう。」


 彼女の確認に答えつつ地図を再度確認する。ルシルマーの背中には、僕達が乗りやすいように鞍のような物を乗せてもらっているが、軽量化も考え風を遮るカバーなどはついて無い。話し合いをするには、音と風の中では不都合だ。


 さらに進むと、地図通りに大きな湖が見えてきた。

 ルシルマーに降りやすい地形を選んでもらい、そこに着陸。ディザリアンサガ王国を出て一時間弱が過ぎていたが、ルシルマーはまるで疲れてないと言う。本当に助かる。


 「お疲れ様。水とミルクがあるけどどっちにする?」

 「分かって言ってるだろう。早くミルクをくれ。」


 全長十五メートルほどの翼竜から、少女の姿に変身したルシルマーにミルクを渡すと、両手で力強く瓶を掴み、グビグビと喉をならしながら凄い勢いで飲みほした。


 「じゃあ、ここからの流れをおさらいしよう。」


 地図とメモ用紙を広げ、それを中心に円を描くように座った。

 騎士団長ラベルと護衛団長クランが早速言い合っている。


 「おさらいって言ったって、所詮はなるようにしかならんだろう。まぁこのご時世だ、いきなり攻撃されるでも訳でもなかろうし。」

 「ラベル殿はいつも楽観的すぎるわね。いざというときの対処は多く想定しておくほど安全性が増すでしょう?」

 「いざという時ね。…ま、そうだな。」


 今回の目的はこうだ。

 目指すはこの世界の五大陸で三番目に大きな国、リリアルリウル王国。そこにあるという『魔術書』を手にいれる事。

 僕の母親である初代『異世界渡り』が残したらしい、と言われる物で、もしかするとこれからの旅で役立つ何かが分かるかもしれないと期待をしている。

 まあ中身を確認するだけでも良いんだけど…いくつか問題はある。


 問題① その魔術書は世界的に重要な物とされており、すんなり見せてはくれないだろうと言うこと。


 問題② その国は小規模とはいえ内乱中で、まず交渉ができるかさえ疑わしい。


 そして。

 問題③ これが個人的には一番引っ掛かるんだけど、この王国は基本的に女性だけしか居ないとの事。国王も女性。医者や技術者など極少数を除いて、この国の門をくぐることは出来ないと言う。

 では国民は、生涯を独身で過ごすのかと思いきやそうではない。結婚や子供を産みたいなど、家族を作る場合は国の外で行い、それ以外の時間をこの国の中での生活に費やすのだ。

 個人的には何のメリットがあるのか良く分からないが、色んな考えの人がいるものだ。


 「やっぱり正直に名乗った方が話が早くないか?タスクが誰の息子か知ったらあの高飛車な女王様も腰を抜かすだろうぜ。」

 「ラベル殿、口が悪いですよ。どちらにせよラベル殿は国内に入れないでしょうけどね。」


 そう。リリアルリウルの女王は男嫌いで有名らしい。ラベルが苦虫を噛み締めたような顔でタメ息混じりに話す。


 「それに、俺は特に嫌われているからな。タスクについていけるのも、おそらく王国の入り口までだろうな。」

 「何故ラベル殿が特に嫌われているの?」

 「ああ、俺は女王と顔見知りなんだよ。いや、顔見知りってほどの顔見知りじゃないが…とにかく俺は嫌われてる男の中でもさらに嫌われてるようなもんだからな。話を拗らせたくないから国内には入らん。中での交渉はもちろんの事だが、タスクの護衛もしっかり頼むぜ。」

 「国内に入りもしないくせに何でついてきたのよ。」


 不意に感慨深げに、自身の左目の傷を触るラベル。


 「だから言っただろう。勘だよ、勘。なんかキナ臭い気がしてならないんだよなぁ」

 「ラベル殿のキナ臭いは毎度の事だからな。護衛に関しては心配無いわ。私とパルノで十分だし。て言うか、本来タスクに護衛なんて要らないけどね。」

 今回一緒に来てくれた一人、パルノは護衛団の中でも高身長のクランよりさらに一回り大きい。頼もしい限りだけど、女性から物理的に上から見られるのはまだ慣れないな。


挿絵(By みてみん)


 その後、対話担当の交渉人サエノと段取りを確認する。国王様からのお墨付きだし問題無いと思うけど、あまりにも優しげな表情に、交渉人としての不安が無いとは言えない。だが本人は、今回については任せておいてくださいと妙に自信満々だ。


挿絵(By みてみん)


 再度移動を開始し、約一時間ほど進んだところで、目的のリリアルリウル王国が視界に入る。混乱を避けるために少し離れた場所に降り立ち、そこからは徒歩で向かう事に。


 「これを持っていけ。」


 ルシルマーが何かをくれた。


 「それはワタシの羽を少し加工した笛だ。先端を強く吹くと、翼竜にしか聞こえない音が出る。吹く強さにもよるがかなり遠くまで音が届く。ワタシが必要な時は使え。」


 王国内に翼竜を呼ぶような事態にはなってほしくないが、これはルシルマーの優しさだと有り難く受け取った。


 「じゃあ俺とルシルマーはここで待機だな。ちょうどいい洞窟もあるしのんびり待たせてもらうぜ。」


 ラベル、ルシルマーとは一旦別行動だ。最低限必要な物を持ち、僕とクラン、パルノ、サエノの四人はリリアルリウル王国へ向かった。







 「ようこそお越しくださいました。ディザリアンサガ王国の方々ですね。お話は伺っております、どうぞこちらへ。」


 国全体を巨大な堀がぐるりと囲んでいる。外門から通じる唯一の橋を渡り、王国内へと案内された。


 「ここから先は王宮です。男性は入れないしきたりとなっております。」

 「失礼ながら申し上げます。」


 サエノがぐいっと前に出て、案内人に何やら話をしている。

 僕は彼女とは面識がほぼ無かったが、リリアルリウル王国での交渉役として、国王様が是非にと推薦してくれた。


 「そちらの事情も重々承知で来ております。リリル女王様お付きの相談役、ピピリ様とお話しの約束をしております。男性の同行も許されておりますのでご確認をお願いします。」

 「…ピピリ様に?」


 明らかに空気が変わったが大丈夫かな。

 少々お待ちを、と案内人が奥へ下がる。数分後、別の背の高い女性が出てきた。


 「お待たせしました。女王相談役ピピリと申します。少しバタバタしていて、私に直接連絡がつかなかったようで申し訳ありません。まずは皆様、中へとお入りください。」

 「なっ、ピピリ様!女王様の許可も無く勝手をされては…」


 その言葉を聞いてピピリが胸元から一枚のカードを取り出した。


 「女王不在時の判断は私に全権があります。お忘れではないでしょうね。」

 「…失礼いたしました。」


 なんだかピリッとした居心地の悪さををひしひしと感じながら、ピピリに城の内部へと案内された。

 ある程度進んだ先の部屋に通される。扉を閉めたとたん、ピピリがガチャリと鍵を閉め、ニヤリと笑みを浮かべた。


 「…これで誰も入ってこれないわ。」

 「何だと?」


 クランとパルノが僕の前に出る。

 すると、いきなりピピリが猛ダッシュでサエノに抱きついた。


 「きゃあぁー久し振り!!さっちゃん元気してたの!?もぅ何年ぶりよ!何かないと全ッ然顔を見せないんだからもう!」

 「うぐぅー…ぴっちゃん、く、苦しいよ。」


 ごめんごめんと謝りながら、身だしなみを整えつつピピリが話す。


 「失礼しました、久し振りに親友に会え興奮が抑えられず…。ようこそリリアルリウル王国へ。あいにく女王は現在不在でして、私がまずお話をうかがいますわ。」


 話を聞くと、サエノは元々リリアルリウル出身だが、訳あってディザリアンサガ王国へ移ったとの事。


 「訳なんて一つしかないわよね?ねぇねぇ、あの彼とはまだ上手くやってるの?」

 「ぴっちゃん!その話はもう良いよぅ。通信書は読んでくれたよね?」


 恥ずかしがるサエノの問いに、もちろんと答え、ピピリは視線を僕に移した。


 「ふうん、タスク殿…でしたか。見たところお若いし、そんな凄い魔術師には見えないわね。」


 近い距離で品定めをされるように見つめられる。サエノを見る目と違い、鋭い目付きで僕を見据える。ヒールのせいもあり僕よりも背が高いのがさらに威圧感を増す。パルノといい、異世界の女性は背の大きい人が多いな。


 「『あのお方』の残した魔術書が目当てなんてよっぽどの者かと思ってたけど、期待はずれだったかしら?」

 「「何だと?」」


 クランとパルノがハモった。

 僕が軽く見られるのは良いが、それによって魔術書を見せてもらえないのは困るな。それにクランとパルノの機嫌が明らかに悪くなっている。僕を思っての事だと思うと嬉しい限りだが、どうもこの世界の人間は感情を豊かに表現しすぎる気がする。


 「僕があなたのお眼鏡にかなえば、魔術書を見せてもらえると?」

 「そうね。数少ない親友に頼まれても、これは国の機密に等しい物だからね。」


 そう言って、ピピリは棚から小さな箱を下ろし、中から手のひらに収まる大きさの綺麗な石を出した。それを見たクランが反応する。


 「これは、結晶原石か。」

 「ご名答。大きいでしょ?ここまでの物は、今や数も少なく貴重になったわね。これであなたを試したい。やって見せて。」


 …やって見せて?何を?


 「…え?あなた魔術師なのにこの石の使い方が分からないの?」


 ピピリが呆れた表情で肩を落とす。すかさずサエノが教えてくれた。


 「これは、魔力の質や量に反応する魔石の一つなんです。結晶原石と言って、汚れの無いこの石に魔力を注ぐことで、その人間が持つある程度の力を知ることが出来ると言われています。」


 そしてピピリに聞こえないように僕の耳元で「この世界じゃ一般的な事なんです。スゴく高価なので原石自体はあまり出回らないんですけど。」と付け加えた。


 「そんなことも知らないとは、調べる価値もないわね。」

 「ま、待ってぴっちゃん!一回だけ試させて。」

 「時間の無駄でしょう。あ、…ちょっと、勝手に触るんじゃない。」


 とにもかくにもピピリに納得してもらわなきゃ話が進まない。僕は石に持ち上げ、『解析』を使った。僕の着ている学生服には、僕が使える能力を補佐してくれる優秀な知能が組み込まれている。


 「パグ、どうだ?」

 【話の通り、魔力に反応して様々な事象を起こすようです。】

 「これを反応させたいんだけど出来るかな?」

 【了解。魔力を放出します。…出力1%。】


 手の中の石が光始めた。キーンと甲高い音が鳴り始め、光と共にだんだんとその大きさを増していく。


 【…2%…3%…。】


 ピピリが手で顔を覆い、驚いている。


 「これは、なんという光だ!」


 部屋の小物がカタカタと揺れ始め、室内に風と電気が巻き起こり始めた。


 【出力5%…これ以上の放出には魔石が耐えられません。】

 「あの、今で5%位の力なんだけど、これ以上は石が持たなそうなんですけど。」

 「わ、分かった!もうやめてくれタスク殿!」


 力を抜くと、室内は元の様相に戻り、石も光を失い、ただの結晶に戻った。

 少しの間放心状態だったピピリが、僕に頭を下げた。


 「大変失礼をしました。しかとそのお力、拝見させてもらいました。」

 「ふふん。分かってもらえれば良いわ。まぁタスクの力はまだまだこんなものじゃないけどね。」


 何故か誇らしげなクランとパルノ。


 「じゃあ、ぴっちゃん。見せてもらっても良いかな?」


 サエノに促されたピピリがその場に膝をついた。


 「申し訳無い、今すぐには魔術書を見せられないの。」

 「なっ、何だと!話が違うではないか!」

 「待ってクラン。ぴっちゃん、何か事情があるのね?話してもらえる…?」


 少しの沈黙の後、重い口を開き、ピピリが語り始めた。







 五日ほど前、王女に呼び出されたピピリは、護衛などの人払いをし、女王と二人で話をしていた。


 「あぁピピリ…もう、私、無理かもしれない。」

 「リリル様!気をしっかりとお持ちください!これはリリル様がお決めになられたことではないですか。」

 「そんな事分かっているわ!でも、女王とは言え私も人間…過ちを犯す事もあるわ。」

 「リリル様…。」


 リリアルリウル王国では、一年ほど前から現在に至るまで度々内乱が起きていた。規模こそ小さいものだったが、国民の負の感情は時間の経過と共に明らかに肥大していた。その理由は五年ほど前に遡る。

 百代目の女王として、リリル様が任を賜ったその年。節目の年と言うこともあり、近隣の国を女王自らが回るという一大行事が行われた。

 一番近いシーラストラッド王国で無事務めを果たされたリリル様は、その次の目的地であるディザリアンサガ王国へ向かった。

 クランがふと、思い出したかのように呟く。


 「覚えてるわ、五年前の女王訪問。でもたしかあれって…。」

 「そう。結果から言うと、全ての国は回れなかったわ。ディザリアンサガ王国で突如リリル様が、その先の計画を白紙に戻したのよ。」


 パルノが続ける。


 「その頃私はまだ学生で、護衛団に入っていなかったから詳しくは知らないが、親から聞いた話だと確か、リリル女王が急に体調を崩されたとの話だったが。」

 「ええ、表向きはそう発表したわ。国内でも大問題だった。そしてその直後、リリル様は国に一大改革を起こした。…男子禁制王国の始まりよ。」


 それが、男性の居ない国の始まりってことか。男子禁制はずっと昔からと思いきや、意外とその歴史は浅いんだな。


 「それが、女王様の起こした過ちってことなんですか?」

 「ええ、国内どころか城内でさえ不満は日に日に高まり、今やリリル王女の側近ですらも派閥ができて、仲違いのような状態になってるの。」


 この国で感じてたピリピリした空気はそのせいか。


 「そして今から三日前、リリル王女が突然姿を消したの。」

 「何だと!?」

 「国内でもこの事は、私と王女直属の護衛しか知らない極秘事項よ。」

 「ぴ、ぴっちゃん、それを何故今私たちに?」


 膝をついた姿勢のまま頭をあげ、僕達を見据えるピピリ。


 「あなた方に、リリル王女を探しだして欲しいの。知っての通り、我が国は主に機械や技術に特化している。占いや人探しに突出した魔術師は居ないの。女王は居なくなるときに幾つかの国宝を持ち出してる。お目当ての魔術書もその中にあるわ。」


 まさかの一大事に遭遇しちゃったな。さすがの事態なんだろう、みんな声が出なくなった。


 「女王は遺伝によって魔力を持ちお生まれになり、この国一番の魔術師でもあるの。でもそれは、所詮魔法が発展していないこの国の中での話よ。精々獣を追い払う炎を出すのが関の山ね。すでに三日も連絡が取れてないの…お願いします、どうかあなた方のお力をお貸しください!」


 地面に頭を擦り付けるピピリを、サエノが優しく抱き起こした。そして、皆の視線が僕に移る。

 人探しか。これはどうなんだろうか。


 【条件付きですが可能です。今回の場合ですと、データが全く無いので、必要な物が出てきます。『髪の毛や皮膚の一部等本人のDNA』もしくは『本人の使用した魔力の痕跡』です。】


 さすがパグだ。本当に何でも出来るな。


 【何でもは出来ません。出来ることだけです。】


 早速その内容をピピリに伝えると、女王の衣服から見つけた髪の毛を、そして女王が日頃使っていた水晶玉を持ってきてくれた。


 「こんなものしかないけど、どうかしら。」

 「大丈夫だと思います。じゃあ早速。」


 髪の毛と水晶玉に手をかざすと、僕の袖の一部分がほどけ、それぞれに触れる。


 【『解析』発動。…『探索』発動。…『追跡』発動。…対象を発見。視界に情報を展開します。】


 えぇっ!?早っ!もう見つかったの?一体どうやってるんだろう。

 手をかざしてわずか数秒で見付かった。


 「えっと、リリル女王を発見しました。生体反応と移動も確認できるので、とりあえずはご無事のようです。」


 「えぇっ!?」

 「早っ!」

 「もう見つかったんですか!?」


 皆が僕と全く同じ反応をした。いや、そう思うよねやっぱり。

 ピピリが僕の腕にすがり付き、その場にへたりこんだ。心から心配していたんだろうな。


 「ああ、良かった…それで、女王様はどちらに!?」

 「ここからだと…あっちの方向ですね。」

 「!…ディザリアンサガ王国方面…リリル女王、本気だったのね。」


 ピピリが少し言いにくそうに口を開く。


 「皆様にお伝えしておくことがあります。」


 それは、色んな意味を含めた、衝撃的な告白だった。










 ~リリアルリウル王国近くの洞窟~


 「暇だな。やっぱりタスク達についていけば良かったかな。」


 タスク達と別れて約一時間、俺は時間をもて余していた。

 待機場所に選んだ洞窟の中は、そこそこ広く快適だった。シートを引いて荷物を整理し、武器防具の手入れをしているとルシルマーが話しかけてきた。


 「ラベル。それは何をしている?」

 「あ?ああ、これはナイフを研いでるんだ。切れ味が落ちないようにな。」

 「そうか。」

 「…。」


 「ラベル。これは何だ?」

 「あ?ああ、それは信号弾だ。そっちの筒に入れて打ち上げると色のついた煙が出て、それで仲間同士連絡が取れるんだよ。」

 「そうか。」

 「…。」


 「ラベル。喉が乾いた。」

 「あ?ああ、そこの鞄にミルクが入ってるから勝手に飲みな。」

 「そうか。」

 「…。」


 「全部良いか?」

 「駄目だ!考えて飲め!最悪明日までここに缶詰めだぞ。節約しながらだ。とりあえず今は一本にしとけ。」

 「そうか。」


 ルシルマーはいそいそとミルク瓶を取り出し、器用に蓋を開け一気に飲み干した。


 「ぷはっ。うまい。」

 「そうか、そいつぁ良かったな。」

 「ラベルも飲め。」

 「俺はまだ良い。喉も乾いてないしな。」

 「そうか。」

 「…。」


 「ラベル。」

 「お前めちゃくちゃ喋るな!!」

 「いきなり興奮してどうした?」

 「…いや、お前の見た目とか話し方から、あんまり喋らない性格を想像してたんだけど、物凄ぇ喋るから驚いてるんだよ。」

 「そうか。ところでラベル。」

 「…今度はなんだよ。」

 「誰かがこちらに向かって来る。」

 「なんだと?」


 広げたシートを素早くたたみ身を隠す。確かに誰かが近づいてきている。決めていた合図が無いのでタスク達ではない。


 「足音から察するに一人だな、旅人か?まぁこっちも別に悪いことしてる訳じゃないが、見つかったら余計な心配の種になるかもしれないからな。見つかるなよルシルマー。…。ルシルマー?」


 呼び掛けたその場所に、すでにルシルマーの姿は無かった。


 「お前。こんな所で何をしている?」

 「きゃあっ!?」


 時すでに遅し。何なんだあいつは?頭が良いのか馬鹿なのかハッキリしてくれ!わざわざ自分から姿を見せやがった。

 くそぅ、こっからどう誤魔化すかな。こんなことも予想立ててルシルマーと話し合っとくべきだったな、ちくしょう。


 「お嬢ちゃん、こんな森の中で何しているの?まさか一人じゃないわよね?」


 …女の声だ。「何をしてるの」はこっちの台詞だな。ここは街道でもないし獣道すら無いのに獣だらけの森の中だぞ。女一人で何をしてるんだ。


 「ワタシはルシルマー。一人じゃない。もう一人いる。」


 誰かこの馬鹿を黙らせてくれ。ポロポロ情報を溢すんじゃねぇよ。


 「まぁしっかりしてるわね、ルシルマーちゃん。でもまさか、このあたりに住んでる訳じゃないわよね?」

 「リリアルリウル王国に行った仲間の帰りを待っている。私達は別行動の方が都合が良いらしくてな。」


 もう出ていくしかねぇ。子守りは金輪際ごめんだな。


 「おーい、ルシルマーどこ行った!おや?なんだこんなところにいたのか、さあ散歩は終わりだ。早く帰ろうじゃないか。」


 我ながら下手くそな演技だがしょうがない。なるべく愛想を良くしてさっさとこの場をずらかろうと二人に近寄よるも、ルシルマーといた女の顔を見て思考が止まった。女も俺の顔を見るなり後ずさる。


 「!あなた、…ディザリアンサガの騎士、ラベル!?」

 「!お前は、リリル…女王か?」


 似てるだけ?…いや、間違いない、この顔とその声。五年前に一度会ったっきりだが確かにリリルだ(向こうも俺を覚えているようだし)。大きな荷物を抱え、従者も護衛も連れずにこんな森の中で一人だと?一体何をやってるんだ。

 リリルは心情が読めない強張らせた視線を俺に向ける。俺も立ち尽くす女王も、共に言葉が出てこない。少しの沈黙を破ったのはやはりルシルマーだ。


 「女王?タスク達が会いに行ったのはこいつか?何故こんなところにいる?」

 「ああ、そいつぁ俺も聞きたいね。一国の女王様ともあろうお方が何故一人でこんなところにいるんだ?」

 「…相変わらず敬いの心が足りないようね、ラベル。私にそんな言葉の使い方をするのは、両親以外は貴方くらいよ。」


 俺と目も合わさず淡々と語るリリル。しかも答えになってねぇぞ。


 「まさか、城から抜け出してきたんじゃないだろうな?」

 「…。」


 リリルは無言でその場を去ろうとする。


 「おい、待てよ!さすがに一人で行かせるわけにはいかねぇぜ。」

 「…ッ!触れるな!!」


 リリルの肩を掴むも激しく振りほどかれた。そういや男嫌いだったな。しかも俺には、さらにリリルに嫌われる理由がある。


 「…急に触ったのは悪かった、謝るよ。だけどこんな森の中で女王であるお前を一人きりでほっとく訳にもいかねぇんだ。悪ぃが事情を話さないってんなら、厳罰覚悟でお前の首根っこ捕まえて、リリアルリウル王国に連れていくぜ。」


 リリルの足は震えていた。目は泳ぎ、チラチラと俺の顔を見てはすぐに目をそらす。だんだんと顔が紅潮していき、息づかいが荒くなっていた。そして何やらぶつぶつと呟いている。


 「…かも…。運命なのか…。…神よ…私に…。」

 「ああ?何だって?言いたい事があるならハッキリ聞こえるように言ってくれ。」


 その時だった。ルシルマーがいきなり空を見上げる。

 

 「タスクが呼んでる。」


 何だと?こんなときに何の冗談だ。…いや、まさか王国内で緊急事態が起きたのか?リリルがここにいるのも、もしかしたら関係しているのかもしれない。


 「ルシルマー、タスク達の位置は分かるか?」

 「この方向、おそらく王国内で間違いない。行かなきゃ。」


 制止する間も無く、少女の姿はたちまち膨れ上がり、回りの木々を薙ぎ倒しながら、巨大な翼竜の姿に戻った。


 「なっなっ、なっ、なんですのコレは!?」


 当然の反応をするリリルの隙をつき、彼女を抱き抱えた。


 「ちょっ、何をいきなり!?」

 「気に食わなきゃ後でいくらでも罰しろ。獣も多いこんな場所にお前を一人で置いていけないからな。今から俺らは仲間がいるリリアルリウル王国内に向かう。一緒に来てもらうぜ。」


 真っ赤な顔で怒ってはいるが、どうやら逃げられないと観念してくれたようだ。俺の腕の中で硬直したように動かなくなったリリルと共に、ルシルマーの背中に飛び乗る。


 「二人とも落ちるなよ。」

 「落とさないように飛べ!」


 その場に一瞬の風を巻き起こし、笛の音が聞こえたという王国内へ向け、俺達は一直線に空を切った。









 ~リリアルリウル王国 城の屋上~


 ピピリから衝撃の事実を告げられた僕達は、城の屋上に移動していた。

 いざ女王を発見したときに、知り合いがいた方が話しやすいこともあるだろうと考えた僕達は、ピピリを含めた皆で女王の元へ行こうと提案。ピピリからは、むしろ無理にでもついていくとの承諾を受け、人気の無い場所を教えてもらったのだが。


 「城のてっぺんだけあって、結構目立つな。」

 「大丈夫。ルシルマーさんも気を使ってこっそり来てくれますよ。…多分。」


 僕とサエノの心配をよそに、他の三人はテンションが高い。


 「ドラゴンを手懐けてるって…そんな話、聞いたこと無いわ。」

 「まぁそうだな、タスク位の力がないと無理だろう。」

 「スゴいのよ!こーんなに大きいんだから!」


 僕だけ飛んでいくならともかくこの人数だからな。まさかこんなに早くルシルマーの笛を使うことになるとは。

 皆のはしゃぐ声を聞きながら、言われた通りに思い切り笛を吹いた。スーと空気が抜ける音がしたものの、それらしき音は聞こえない。


 「…何の音も聞こえないな。」

 【魔力を含んだ高周波の発生を確認。環境にも左右されますが、半径三十キロメートル以上に渡り、聞き取れる音が鳴りました。】


 後は待ってれば良いのか。周囲の森もある程度見渡せるので、どの辺りで待機してもらってたかなと見回していると、パルノが大声で叫んだ。


 「あっ!ねぇあそこ見て!!」


 促された方を見ると、大小の木々を巻き上げ、森の中から何かが勢い良く飛び出してきた。


 「ルシルマーだ!スゴい、ちゃんと聞こえたんだね!」

 「うむ。さすがだな、ルシルマー。」

 「…ねぇ、でもちょっと…高度が低くない?」


 僕もそれは感じていた。明らかに低空飛行で真っ直ぐこちらに向かって来る。これはなんと言うか…物凄く目立つ。

 案の定ここから見える街の人達の動きが騒がしいが、とりあえず見ないふりをしておこう。


 【タスク様。探索目標が急接近しています。】

 「…何だって?」

 【目標、さらに接近中。視界に情報を展開します。】


 目標との距離の数値がみるみる減っている。この近づき方は、まさかと思っていると、ここに向かって来るルシルマーの背中に照準がピタリとあった。


 「…何故かルシルマーの背中に、リリル女王が乗っている。」

 「「「「ええっ!?」」」」


 そんな全員の驚きを風圧でかき消し、ルシルマーが屋上へ降り立った。


 「タスク、呼んだ?」

 「どうしたタスク!一大事か!?」


 ルシルマーと背中に乗っていたラベルが声をかける。そしてラベルの背後から見知らぬ女性が顔を出した。


 「…し、死ぬかと思いましたわ…。」

 「リリル様!!」


 僕の合図でルシルマーが少女の姿に戻る。

 泣きながらリリル女王に抱きつくピピリを横目にし、王国内チームと森の中チームで、お互いに何があったのか情報を照らし合わせた。




 「はぁ?するってぇとコイツ…あ、いや、リリル女王様は、丸三日もあの森の中をうろついてたってのか?」


 ラベルの発言に、リリル女王以外の全員が、温かな目でラベルを見る。


 「…あ?なんだよお前ら、変な顔しやがって。」


 しゃがみこみ、うつ向いたままのリリル女王に寄り添うピピリが優しく語りかけた。


 「リリル様。とにもかくにもご無事で何よりでした。あなたの気持ちを、本気の想いを、あなたの一番の理解者であるべき私達が誰一人感じ取って差し上げられなかったのは、弁解のしようもございません。」

 「やめてピピリ!…全ては私が悪いのです。国を背負う立場でありながら、自身の感情一つまともに制御できないなんて…女王失格ですわ。」


 そこにサエノとパルノが割って入る。


 「そんなこと無い!!…です、リリル女王様!」

 「そうです。あなたの気持ちは誰もが抱く当たり前の気持ち。女王様とはいえ例外ではありません。まぁ回りに心配をかけたり、取ってしまった行動はどうあれ、恥ずべきものでは決して無いはずです!」


 そして、クランがリリル女王の前に膝をついた。


 「恐れながらリリル女王様へお伝えします。事情は全て、ピピリ殿から聞いています。今こそ、真実を明かすべきかと。」


 リリル女王の体がピクッと震えた。さらにクランが続ける。


 「リリル女王様の求めた過程では無かったものの、奇跡のような確率で、今の結果がここに存在します。必ずしも全てが良い方向に進むとは限りません。ですが…」

 「みなまで言わずとも良い。」


 言葉を遮り、リリル女王が立ち上がった。

 泣いていたせいか、瞳は潤み、顔は赤みがかっている。しかし視線は真っ直ぐとしていた。その視線が射ぬいているものは。


 「…え、俺?な、何だよ。俺は別に何も悪いことしてないだろ?」


 一歩、一歩と、力強くラベルに歩み寄るリリル女王。


 「お、おい、偶然とはいえ、抜け出した城にちゃんと送り届けてやったんだぜ?感謝こそされど罰を受けたりなんかは…」

 「少し黙りなさい、騎士ラベル。」


 手を伸ばせば触れるほどの距離まで近付いたリリル女王の迫力に、少し押され気味のラベル。


 「…今は騎士団長だ。」

 「そう。出世したのね、ラベル。」

 「お前こそだろ。五年前に会ったときはまだ王位継承前で、女王様じゃ無かったからな。」

 「ええ、そうね。…五年前、まるで昨日の事の様に思い出すわ。」


 そう、五年前。昨日の事の様に、とまでは言わないが、他の記憶に比べれば鮮明に思い出す。あの日の事を。










 ~ディザリアンサガ王国 国内(五年前)~


 「ラベル。ちょっといいか?」


 ディザリアンサガ王国の騎士団長サルーゴに、突然会議室に呼びだされる。

 その日は早朝からバタバタしていた。国中がお祭り騒ぎの中、俺達騎士団は護衛団と共に、混乱を未然に防ぐための現場作業に追われていたのだ。


 「リリアルリウルの新しい女王が間も無く到着する。お前の第二小隊で迎えに行ってくれ。」

 「はあ、俺達ですか?確か第一小隊の仕事だったはずじゃ。」

 「移動中に一台馬車が遅れたらしく、第一小隊は先に到着した現女王の護衛に回って間に合わないようなんだ。」

 「こっちも元々の仕事があるんですがね。」

 「そういうな。護衛とは言えこの平和な時代、名ばかりの仕事だ。道案内だけならお前一人でも構わんだろ、頼んだぞ。」


 サルーゴ団長の言い回しにカチンとはきたものの、言われてみればここ数年、重大な事件なんて起こってない。『あのお方』のおかげでモンスターの出現や災害がほとんど無くなったこの世界じゃ、騎士団の仕事と言えば、国民のお世話ぐらいなもんだ。

 指定の時間に指定の場所で待機していると、豪華な装飾の馬車が到着した。扉を開け、身分を名乗る。


 「お疲れのところ失礼します。ここからの案内をさせていただきます、ディザリアンサガ王国、騎士団第二小隊、小隊長のラベルと申します。」


 声に気付き、純白のドレスに身を包む女性が顔を出した。


 「お気遣いありがとう。リリアルリウル王国のリウル・アル・リリルです。ご案内よろしくお願いいたしますわ。」

 「はぁ。…えと、リリル、リラル、リルリル…?」


 呼びづらい名前だ。覚えられん。


 「ふふっ。リリルで結構ですわ、騎士ラベルさん。」

 「いやぁすいませんね。どうも聞き慣れない名前は覚えが悪くて。じゃあ早速ご案内します。」


 リリル新女王と一緒に来た護衛の兵士二名も連れ、国民の混乱を避けるためにディザリアンサガ城の裏口を目指し、この時のために作られた道がある森を抜けていた。


 その時だ。


 何の前触れもなく、俺は地面に倒れた。身体に力が入らず、思うように動けない。


 「…ぐっ…何が起きた…?」


 ガサガサとやけに遠くに聞こえる音に、必死に耳をすます。


 「いやぁ!!ひっ、やめて!うっ、うぅ…!」

 「何やってる!早く口を塞げ!」

 「ちっ!暴れるなこの小娘が!」


 多分頭を思い切り殴られたんだろう。後頭部から温かいものが流れるのを感じながら、とにかく体を動かす。ふらふらながらも中腰で立ち上がり、声のする方へ向かうと、ボヤけた視界に三人の姿を捉えた。足に仕込んだナイフを取り出し、飛び込みながら一人の足首を切りつける。


 「がぁっ!?こ、こいつ、まだ生きて…」


 良し、男の方だったな。リリルは純白のドレスに純白のタイツを身に付けていた。視界が定まらなくても足の違いぐらいは分かるぜ。

 そのまま切りつけた足首を引き寄せ、力任せに振り回す。自慢じゃ無いが、俺はこの馬鹿力が唯一の自慢でね。男の体を宙に浮かせ、力一杯地面に叩きつけると、そいつは動かなくなった。


 「ざまぁみろこの野郎!でもこの程度で死ぬんじゃねぇぞてめぇ、夢見が悪ぃからな…ぐぅっ!?」


 一瞬早く気付いたが避けそこねた。もう一人の男が俺の落としたナイフで切りつけてきたのだ。左目付近を切られ、流血でさらに視界が悪くなる。


 「痛ぇなクソ!…誰か居ないかー!?暴漢に教われている!!新女王が襲われているぞー!!」


 なりふり構わず叫んだものの、助けは期待できないだろう事は分かっていた。林を一つ挟んだ街中は、音楽が鳴り響くお祭り騒ぎに加え、ここは城と外を繋ぐ長い道のりのど真ん中。警備の目も届きにくく、関係者以外に人の通りはない。


 「くっ、命までは取りたくなかったが仕方ない、新女王にはここで死んでもらおう!」


 何だと?そうはさせるか。もう一つの仕込みナイフを握りしめ、男に近寄る。距離があると油断していた男にナイフの刃先を向け、引き金を引いた。勢い良く飛び出した刃先が、男の腹部に命中した。

 その場に倒れ込んだ男を牽制しつつ、リリルを抱えあげる。


 「おい、大丈夫かお嬢さんよ。」


 リリルは目を開けているものの、俺の呼び掛けに反応しない。それどころか顔色がどんどん青白くなり、身体がガクガクと痙攣し始めた。


 「おいおいおいおい、どうした。しっかりしろよお嬢さん。」


 そう言いながらも、明らかに異常な状態だと分かる。ふと足元を見ると…小さな注射器のような形をした銃が落ちている。

 嫌な予感を振り払い、「悪ぃなお嬢さん」と断りを入れて、リリルのドレスを引きちぎるように脱がせる。首の後ろに短い針が刺さっているのを発見した。


 「毒か?クソ!!」


 俺は医者でも魔術師でも無い。獣を仕留める時に使う麻酔針でさえ支給品だぞ。解毒の知識なんて皆無だ。それが正解かも分からなかったが針を引き抜き、無我夢中で傷口を思い切り吸い上げた。何度か吸い出し、それを吐き出しを繰り返した所でリリルを抱き上げ、城へと走った。聞こえてはいないだろうが、声をかけずにはいられない。


 「リリル!安心しろ!城には腕の良い医者も魔術師もいる!大丈夫だからな、頑張れよ!頑張ってくれよ!」


 その後、城内に駆け込んだ俺は護衛に事情を説明、リリルは医者によって一命を取りとめた。

 両国を揺るがす大事件だったが、団長クラスの少数に情報が行くに留まり、当事者である俺でさえ、その後の情報が届くことは無く、数ヵ月が過ぎた。




 「ラベル、ちょっといいか。」


 いつものように騎士団長サルーゴに呼ばれた俺は、いつものように会議室に向かった。しかし、そこにいたのはいつもの顔ぶれではなかった。国王様に、三人の団長、そして。


 「初めまして。私はリリアルリウル王国、女王補佐のピピリと申します。」


 見たことの無い女性だった。今さらリリアルリウルの使者が何の用だ?


 「まずは後れ馳せながら、お礼を申し上げに参りました。あなたのおかげで、謀反を起こそうとした輩の計画を未然に防ぎ、その根源を絶つことに繋がりました。」


 事件があった頃は知らなかったが、女性優位を掲げるリリアルリウル王国は内部で揉めに揉めていたらしい。

 そして、人の口に戸は立てられない。情報とは、どんなに隠そうとしてもある程度はバレてしまう。都市伝説程度だったが、真しやかにその話は、各国民の間で噂されていた。

 後々詳しく聞いたものの、今やうろ覚えだが…血筋の弱い王族に『男』が生まれたが、最終的に王位を継いだのが血筋の強い方の『女』になったのが原因だって話だったな。まぁいつの時代もくだらん話があるものだと鼻で笑った。


 「それで、何故俺がこの場に呼ばれたんですか?」


 俺の問いかけに、女王補佐は布袋を机に置いた。紐を解き広げると、中には多量の金貨が入っていた。ああ、そう言うことか。察しの悪い俺でも察する、ベタベタな話だな。これで内密にってことだろ?


 「お察しの通りです。幸か不幸か、リリル女王は襲撃時の前後の記憶が混濁しており、あなたのことも覚えてもおられません。男性不振にもなり、女性優位ではおさまらない、初の女性限定国家を目指しているほどです。」

 「ほう、それで?」

 「大国を成す大事な時期、不必要な心労を増やしたくないのです。あなたには一生、この事を他言しないでもらえれば結構です。」


 そうだな。男を否定して行くつもりの女王が、その男に助けられたと恩を感じてちゃ、不都合のある人間もいるって事か。女王にとっちゃ俺も悪者にされそうだなこりゃ。


 「元よりそのつもりだ。わざわざこんな所までこんな物を持ってきてもらってご苦労な事だが、こんな事をされたら逆に反感を買うって考えなかったのか?」

 「これ、ラベル!」


 魔術師団長ジャルバが嗜めるように言った。全くうるさいジーさんだ、早く隠居すれば良いのに。


 「そのお言葉を聞ければ満足です。ディザリアンサガの騎士団は誇り高き騎士の集まりとお聞きしていました。せめてものお礼を直接申し上げることができて良かった。…リリル様を救っていただき、本当にありがとうございました。」


 最後の方の言葉は、深く下げた頭と涙声で良く聞き取れなかったな。コイツも悪い奴じゃなさそうだ。俺もあんたの本心が聞けて満足だよ。








 ~リリアルリウル王国 屋上(現在)~


 「まぁ、その後は今回の件まで、リリアルリウル王国とは全く関わってこなかった。特にそう計算した訳じゃないが、そこそこ離れている国だしな。てか、あのときの女王補佐、あんただったのかよ!なんか垢抜けたな。」


 照れ隠しなのか良く喋るラベルに、ディザリアンサガの女性陣がニヤニヤとした視線を送る。


 「だからさっきから何だお前ら、気持ち悪いな。ピピリさんよ、すでに嫌われ役も時効だろ?俺のせいで魔術書が貰えないってのも困るからな。リリル女王は確か、俺についてはむしろ悪者っぽく説明されてたんだろ?なぁリリル女王、急には信じられないかもしれんが、まぁそう言うわけなんだよ。」


 「知っていました。ラベルが…命がけで私を助けてくれた事。」

 「…あ?」


 ラベルから目を反らし、大きく深呼吸をするリリル女王。


 「一年ほど前、趣味の水晶占いをしていた時だった。突然襲われたときの情景が水晶玉に映し出されたの。」




 元々魔法の素質を持って生まれたリリルは、遠くの場所や、人の運命を見通す力を持っていた。しかしそれは極々微弱で、偶発的に何かを感じとるようにしか使えていなかった。

 ところが一年ほど前、自身の記憶に関してのみだが、ほぼ百パーセントの情報を映像として再現することが出来ることを知った。


 「子供の頃の楽しかった思い出や、一度見た素敵な景色を映し出しては楽しんでいたの。そしてある日、五年前の事件の事をふと思い出した。」






 好奇心よりも恐怖の方が強かったため、その事はあまり考えないように暮らしていた。しかし、偶然か運命か、ディザリアンサガ王国から戻った従者達の会話が、たまたま耳に入った。


 「お疲れ様。どうだった?ディザリアンサガ王国は。」

 「うーん、男が居る以外は特に見映え無かったわね。」

 「ねぇねぇカッコ良い人はいた?」

 「あんまり。厳ついのばっかり。騎士団長なんて左目にこんな大きな傷が入ってるのよ!カッコ良いってより怖かったわ。」


 …左目に…傷…?


 私は何かのスイッチが入ったかのようにフラフラと水晶玉に向かい、五年前の記憶を探した。そしてそこに映っていたのは。



 『『…毒か?…しっかりしろ!…大丈夫だ!…頑張れ!!』』


 「!!…この人は…ラベル!!…思い出した。…毒針のせいで力が入らず、全く動けない私を抱き抱えて…自分の方が死ぬかもしれない大怪我をしているのに…私を懸命に励まし、助けてくれた恩人。なぜ、なぜ今まで忘れていたの…!!」









 「ラベル…自らの危険も省みず、果敢に悪に立ち向かう騎士。ほんの十数分前に出会った、名前しか知らない他国の女のために、文字通り命をかけて。」


 リリル女王がそっと手を伸ばし、ラベルの手を取る。


 「お、おい。何だよ。」

 「こんな時でも察しも悪いのね。」


 リリル女王は反らしていた視線をラベルの瞳に戻し、凛とした声で高らかに宣言した。


 「ディザリアンサガ王国、騎士団長ラベル様!私は…あなたを愛しています!」



 っ…!


 ……!


 時が止まるとはまさにこの事か。関係無い僕もうまく呼吸が出来ない。

 いつの間にか皆が僕の横に一列に並んでいた。僕の袖をクランが、クランの袖をパルノが、パルノの袖をサエノが握りしめていた。


 リリル女王が問う。


 「ラベル…勇気を出した私に、どうか答えて下さい。あなたの瞳に、私はどう映っていますか?」


 オシャレな言い回し、さすが女王様だ。何かめっちゃドキドキする。なんだなんだこの展開は!ラベル、どう返すんだ!


 「…え?何?…ドッキリか?」


 この期に及んでなんだその発言は。て言うか「ドッキリ」ってここは異世界だよね?翻訳前の言葉はどんな意味なんだ!


 「ラベル殿!はっきり答えなさい!」

 「そうですよラベル殿!ここで男を見せずにいつ見せるんですか!!」

 「ラベルさん!どうなんですか!!はいかイエスで答えて下さい!!」


 断らせる気が無い。異世界でも女性は、恋の話に盛り上がるんだな。


 「だあぁ!うるさい!待て待て、落ち着けリリル女王様よ。仮にその告白が本物としてだな、お前は一国の女王!俺は他国の一兵士だぞ!?」

 「愛に身分は関係ありません。」


 女性陣から歓喜と賛同の声が上がる。


 「そっ、それに確か、お前五年前から計算したら今年…24だろ?俺は今年41だぞ!?」

 「年の差など何の問題がありましょうか。私もあなたも一人の人間。それだけで十分です。」


 女性陣から口笛と歓喜と賛同の悲鳴が上がる。


 「そっ、そもそもこの国は男子禁制なんだろ?しかもお前がそう変えたんだ。それはどうするつもりなんだ。」


 この言葉には少しだけ時間をかけたリリル女王。それでもその心は真っ直ぐに、止まらなかった。


 「女王にも過ちはある。過去の失敗も、失策も、それに伴う罪や罰も、全てを受け止める覚悟があります。」




 その言葉を最後に、その場の全員が沈黙した。

 均衡を破ったのは。




 「ふふ。ははは、わはははははは!!」


 ラベルだった。


 「リリル女王、…いや、女王はもういいか。」

 「ラベル…。」


 「リリル。俺はディザリアンサガ王国の騎士団長だ。王国を守る義務と、それに対しての確固たる誇りがある。」

 「はい。」


 「俺はそんな俺の立場が、生涯を共にする相手の一生を左右してしまうのは嫌なんだ。」

 「…はい…。」


 「だから、俺に何があっても、お前がお前の生き方を貫くと約束してくれるなら、俺もお前の気持ちに答えたい。どうだ?誓えるか?」

 「…!…はい…。」


 「ならば、俺も男として言うべき言葉がある。」

 「…………………………。」



 「俺と、…結婚してくれ!!」

 「!!…っ……っ………っはい!!」



 わっと歓声が上がり、二人を皆が囲う。僕も涙目だ。よく見たらルシルマー以外皆泣いていた。


 「タスク、何故皆騒いでるんだ?」

 「ラベルとリリル女王様が結婚するってさ。」

 「結婚。ああ、つがいになるのか。子作りの時期なんだな。」


 冷めた少女にどう説明をすれば伝わるかと考えながら、王室へと移動した。

 少女と違って冷めやらぬ興奮の中だが、やるべき事はやっておかないとな。




………………………………………………………





 「はい、これね。私達が持っていても全く使えないし、持っていきなさい。」


 やけにすんなり渡してくれたその魔術書は分厚く、かなりの重みがあった。しかし、古い書物を想像していたがかなり新しい。文具店で売っているノートのようにピカピカだ。

 ラベルの腕に自分の手を回しているリリル女性が説明してくれた。


 「今は亡きリリアルリウルの先々代の国王が、『あのお方』から受け取ったと言う書物よ。正直本物かどうかは分からないけど。」


 本はハードカバーに大きめの錠前がついていて開かない。開けるための鍵が無いため、中を見たことのある者がいないと言う。

 パグ、とりあえず『解析』だ。


 【『異世界渡り』様に関連するものではなく、この世界特有の魔術書のようです。封印となるこの鍵を開かねば中を調べることは出来ないでしょう。そして、この鍵を開けるには、一定以上の魔力を持つ魔石が必要です。現状タスク様には開ける能力がありません。】


 なるほど。母さんゆかりの物じゃないけど、一応意味のありそうなアイテムではあるな。まあ使えるかは分からないけど貰って良いと言うなら貰わない手はない。


 「これからどうするんですか?」との僕の問いに「出来ることから全力でやっていく」と答えたリリル女王。ラベルもとりあえず一度ディザリアンサガに戻ることにしたようだ。


 「次回は直接城の屋上に来てね。ルシルマーの事は、ちょっとした騒ぎになっちゃったみたいだけど、上手く説明しとくわ。」

 「皆さん、本当にありがとうございました。女王共々、また近いうちの来国を楽しみにしています。」





 ディザリアンサガ王国に向けて、再び大空を移動する。雲一つ無い晴天、気持ちの良い帰り道だ。そんな中、風の音をものともせず、皆が話す内容はもちろんこの話だ。


 「しかし寂しくはないかラベル殿。愛しの女性としばらく会えなくなるのは。」

 「ああ?まあ、近いとは言わないが、会おうと思えばすぐに会える距離だろ。それに、リリルも強い女だ。次に会うまでにお互いさらに成長しようと約束したしな。」

 「ええ!?私達が知らない間にそんな会話をしてたんですか?」

 「何でいちいちお前たちに知らせなきゃいけないんだよ。」

 「それはともかく日帰りなんて…帰るのを一日遅らせて、デートくらいすれば良かったのに。」

 「俺の勝手で計画を遅らせる訳にもいかんだろう。…お前らも逆の立場になって男を優先したりするなよ。」

 「まずこんな事がそうそう起こらないと思うけど…。」

 「リリル女王様も可愛そうだよね。せめてキスくらいしてあげれば良かったのに。」


 「……。」


 「…………え?したの?」

 「え!?ええ!?したんですかラベルさん!!」

 「どうなんだラベル殿!!」


 「うるせぇ!!立場が逆だったらセクハラだろうが!ああ?」


 セクハラって言葉も翻訳出来るんだ、と妙なことに納得しながら帰り道は賑やかに進む。


 リリル女王は明るく振る舞っていたが、大変なのはここからだ。なにせ自身が作った国の法を、再度立て直さなきゃいけない。それも、すでに内乱が起こるほど荒れている状態の中で。

 一抹の不安はあるが、全てをすぐに解決できるほど世界は甘くないもんな。今は二人を祝福しつつ、僕達も出来ることからやっていこう。


 そんな気持ちで次の情報を集めようとし始めたその翌日、事件は向こうから飛び込んできた。



 今回はここまで、次回へ続く。

暇潰しになりましたでしょうか。続きます。

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