~ディザリアンサガ王国にて~
粗も目立つかもしれませんが、暇潰しにどうぞ。
~異世界生活 59日目 ディザリアンサガ王国近くの村~
日が陰り、間もなく夜を迎えようとしていた静かな街中に突如爆音が轟き、目の前の草木を業火が焼き払った。
熱と煙が這うように地面を流れる。僕はそれらを回避し上空へと避難した。紅く染まる街並みを下方に見据え、さらに上へと身を運ぶ。
周囲を見渡せる高度から、被害を受けた人が居ないことを確認しつつ、目標に向かって空を進む。
数百メートル先の目標はすでに視界に入っていた。五階建てに匹敵する大きさの翼竜だ。
前日、この付近で魔力の『歪み(ヒズミ)』が感知された。状況を確認するべく国の騎士団と共に街へ来たところ、到着直前に翼竜が出現し、突然暴れだしたと言う。
警鐘が鳴り響く中、翼竜は興奮状態。おそらくかなり接近しなければ、説得の声は届かないと思われた。
僕と一緒にこの街に来た鎧兜の大男、ディザリアンサガ王国の騎士団長ラベルが混乱する人々をかき分け叫ぶ。
「騎士団は退避行動!!魔術師団は対炎防壁を張りつつ市民の避難を最優先!!翼竜の相手はタスクに任せておけば大丈夫だ!!」
騎士団と一緒にやって来た同王国の魔術師団が炎を防ぐ結界を張っているが、燃え広がる炎は完全には押さえ込めていない。
すでにかなり焼けてしまったが、被害を増やすわけにもいかない。人気が無い方へと翼竜の誘導を試みる。
移動中、同王国きっての俊足、護衛団長クランが大半の市民の誘導を終え戻ってきた。
「タスク!子供が二人、所在不明になっているわ!」
この混乱の中だ、迷子が出るのも無理はない。
「パグ、周囲にクラン以外の人間がいないか探してくれ。」
【『策敵』最大。…右前方に生命反応を確認。】
「了解。視界に出してくれ。」
僕の網膜に、直接プラスアルファの映像が付与され、視界が一変する。デジタル処理されたかのように様々な情報が見てとれる。
翼竜の足元、建物の中に生命反応が三つ。これは…子供二人と動物が一匹だな。すかさず僕は叫ぶ。
「クラン!前方二階建ての一階、入り口入って直ぐに子供が二人いる!おそらくペットも一緒だ。翼竜を引き離すから保護を頼む!!」
「了解!」
短いマントを颯爽と翻し、クランが保護対象へ一直線に駆ける。
しかし、それに気づいた翼竜が顔を向け、口を大きく開けた。まずい、再度炎を吐く気だ。
「パグ!防壁を!!」
【了解。『氷結』発動。】
翼竜が、駆けるクランに向けて勢い良く口を開いた。その瞬間、お互いを遮断するように、中間位置にあたる地面から氷柱が吹き上がり壁を作る。吐き出された炎を受け止め霧散させた。
翼竜は大きな咆哮を上げ、氷壁を手足や尻尾で殴打する。しかし表面にキズがつくものの破壊にはいたらない。僕は宙に浮かんだままそっと翼竜に近づいた。
「その氷壁は特別に少し固くしてあるからあなたの力じゃ壊せないんだ。…さて、そろそろ僕の言葉が解る頃かな?」
翼竜はスッと脱力し、こちらに振り返る。
「…何故だ?…お前の言葉が解る。人間、お前は何者なのだ?」
「ただの人間だよ。…まぁ、この世界の人間じゃないからただではないかもだけど。そのおかげであなたとも会話ができるんだ。落ち着いたところで、少し僕と話さないか?」
急に暴れたりする場合は眠らせたり、最悪命を取らなきゃいけないこともあるらしいけど、今回はその心配はいらなかったみたいだ。
その後、大人しくなった翼竜に話を聞くと、気づいたら群れから離れ、この場所にいて人間たちに攻撃されたとのこと。動物用の罠があったのでおそらくそれに引っ掛かってしまったのだろう。
会話の中で分かったが、この翼竜は女性だった。彼女もまた、僕と同じく元々の世界に弾かれた存在だ。まぁ僕の方が少し先輩だからな、アドバイスがてら世間話をして今後の事を話していこう。
「私はルシルマー。人間、名は何と言う?」
「僕の名前は『サクラ・タスク』。諸事情から今はこの世界でお世話になってるんだけど、元々はあなたと同じで別の世界から来たんだ。」
ふう。今日の仕事は早めに片付きそうだ。
…。
さて。そうだな、分かりやすくこの物語を理解してもらうためにも、僕がなぜこんな仕事をしているのか、そしてその原因となった僕の母親についてを少しだけ昔話を交えて話したいと思う。
西暦20××年。太陽系第三惑星、地球の日本と言う国に生まれた僕は、何の不自由もなくスクスクと育った。
しかし、今更ながらふと思い返してみれば、僕の母親はかなり変わっていたのだ。
性格も、見た目も少々。それにかなりの過保護で、かなりの変人だった。
だがそれは息子の僕から見て、とても魅力的な事だった。
周囲の人から母親の何かを誉められると、それが自分の事のように誇らしくもあった。
僕が何をするにしても否定的な言葉は一切出さず、しかし甘えは許さない厳しいという一面もあったけれど、今となっては、それもすべて意味がある言葉だったんだと後から理解が出来た。
両親に、特に母親から良く言われた言葉がある。
『想像力を大切に』。
人を人足らしめる物は知識の中にある。視野を広げてあらゆる可能性に目を向けなさい、と。
僕が高校生になってからは少し数が減ったものの、幼い頃はやたらとゲームや漫画を買ってくれた。仲間と旅をする剣や魔法のファンタジー物が多かったのは、母親が強く進めていたからだった。
よく隣でゲームを一緒に見ていた母親は「この時あなたならどうする?」「ここで死にかけたらあなたの選択肢は?」と事細かに僕の一挙手一投足を見守ってくれていた。
そしてある日の事、僕は目が覚めると薄暗い森の中にいた。
佐倉佑16才。冒険は突如、始まったのだ。
~異世界生活初日 名も知らぬ森~
鳥の鳴き声が聞こえ、風がさわさわと木々を揺らしていた。
「…寒い。」
いつの間にか布団を蹴飛ばしたらしく、身体の上に毛布一枚無かった。
かなりの眠気を感じながら、手足をググッと上下に伸ばすと違和感を感じる。
「…あれ、布団が無い。」
そう。掛け布団だけではなく、下の布団もベッドも無かった。
というかそこは、寝ていたはずの僕の家の、僕の部屋ではなかった。
一発で目が覚める。どこだここは?
辺りを見回すも全く覚えの無い場所だ。
「…落ち着け。落ち着いて思い出してみよう。昨日は確か熱が出て学校を休んだんだよな。」
二日前、突然高熱が出た僕は学校を早退し、その翌日も家で寝ていた。そして今日。見知らぬ森でただ一人目を覚ます。
「いやー、…意味がわからん。」
とりあえずここにいても進展がないと判断し、「誰かいませんか」と声を出しつつ、開けている道や建物でもないかと歩みを進めた。
そこでふと気付く。僕の格好にだ。
寝ていたときの寝巻きではなく、今着ているのは上下共に学生服だ。しっかり靴も履いている。
いつ着替えたのか。そう思った時だった。
「きゃああああぁぁぁぁ!!」
前方から女性の悲鳴らしきものが響いた。
恐怖もあり少し足を止め、様子をうかがってみる。直後、長めの草を掻き分けて、人が飛び出して来た。
目が合って、失礼ながらギョッとしてしまう。飛び出して来た女性の髪の色が、薄いピンク色だったからだ。良く見ると髪だけではなく、眉毛やまつ毛等も同じ色をしていて違和感がスゴい。
そして何かを話しかけてくるのだが、何を言ってるのかさっぱり解らない。全く聞いたことのない言葉だ。
その時。
【未習得の言語を確認。『翻訳』します。】
…何だって?
誰かが何かを喋った。飛び出してきた女性ではない女性の声。僕のすぐ近くから聞こえた様な気がしたが。
「………!……ザッ………ザザッ…!……なんです!早く逃げないと!」
なんだ!?ピンク髪の女性の声が急に解るようになった。
さらに女性は叫ぶ。
「噛み付きウサギが襲ってきてるんです!」
噛み付きウサギ?可愛らしいネーミングにも聞こえるが、この女性がここまで怯えてるってのは嫌な予感しかしない。
するとガサガサと何かが動き回る音が周囲から聞こえた。
そして。
「グルルゥゥゥ。」
低い唸り声をあげながら、やたら牙の長い、まぁウサギと言われればウサギに見える獣が姿を表した。
「あぁ…見つかってしまった…もう終わりだわ…。」
悲観的な女性を横目に、僕は意外と冷静だった。それと言うのもこのウサギ、中型犬位の大きさだ。上手く立ち回れば怪我こそすれども、普通に逃げられるのでは、と。
しかしその思惑はあっさり覆される。
噛み付きウサギの身体がみるみる大きく膨れているのだ。
気づけば十数秒で、ウサギもどきはゴリラもどきになった。僕の身長170センチを軽く上回っている。
「ゴアアァァァァァーッ!!!」
これは確かに勝てそうもない。そして連続で畳み掛ける難解な事象と、目の前の恐怖でさっぱり頭が働かない。
働かないが…やるしかないな。
「お姉さん!僕が時間を稼ぎます、逃げてください!」
そう小さめの声で叫ぶ。そばに落ちていた大きな枝を拾い上げ、ゴリラと女性の間に立ちはだかる。言った直後から後悔するほど後先考えない行動だった。
「あぁ…すいません、すいません…すぐに戻りますから!」
女性は這いずりながらも何とか立ち上がり、その場を後にした。ありがたいことに、その間ゴリラもどきは微動だにせず、こちらをじっと見据えていた。
さあ、ここからは行き当たりばったりだ。勝ち目は恐らく無いけど、女性を逃がせただけでも良かったかな。とりあえずどうやって僕も逃げ出すかと考えていると。
【未習得の言語を確認。『翻訳』します。】
さっきの声がまた聞こえた。幻聴ではなく、はっきりと音として聞こえている。
「翻訳って、何を今さら。もう誰もいないのに…。」
「お前。今の人間、守ったのか?」
語りかけてきた。目の前のゴリラもどきが。
「お前、さっきの人間に逃げろと言った。俺に勝てる自信もないだろうにだ。何故だ?」
「…理由なんかないよ。二人とも死ぬことはないと思っただけだ。」
余裕が無さすぎて、なぜゴリラもどきが喋るんだとか、なぜ真面目に答えたのかなんて全く頭によぎらなかった。
するとゴリラもどきは「そうか、お前は良い奴だな」と言うと、スルスルっと小さくなり元のウサギもどきに縮んだ。
「今回だけだ。今回だけ、あの女が俺達の巣穴に潜り込んだのは不問にしてやろう。じゃあな。」
そう言って森の中に姿を消した。
身体の力がスッと抜け、その場にへたり込んだ。
…なんなんだこれは。いきなり色々起こりすぎだろ。ゲームならチュートリアルがあって然りの展開だと思いながらも、現実はこんなものかと妙な開き直りも出来ていた。
【異世界への移動を確認。『母からの手紙』のサイズを復元します。】
「またこの声…。誰だ!異世界が何だって?」
ポケットに軽い衝撃を感じた。手を入れてみると、そこには封筒が入っていて、開けると中身は手紙だった。
「…母さんの文字だ。」
そこにはこう書かれていた。
『佑へ。この手紙を読んでいるあなたが無事であることを切に願います。おそらくあなたは今一人で、困惑していることでしょう。最初に謝りたいのは、それが私のせいだと言うことです。』
「…母さんのせい?」
『私はかつて、異世界から地球にやって来ました。そこであなたのお父さんと出会い、あなたが生まれたのです。
私はある事情で、あなたを産むまで同じ世界に一年と居られない体質でした。
体質改善を目的にし、様々な世界を渡り歩く途中であなたが生まれたのですが、私も知らない誤算がありました。
それは、この体質が子供に遺伝するということです。
出来る限りの装備を持たせたので上手く活用して。あなたなら大丈夫と信じています。
願わくばこの世界へ戻ってきてほしい。
幸運を。後のことはパグに任せます。困り事は彼女に聞いてください。
佑、愛してます。』
手紙を読み終わると、なんとも言えない気分が沸き上がってきた。
怒りでも、困惑でも、ましてや悲しみや絶望とか、マイナスの気持ちではない。
喜びに似た、興奮とも思える、希望かと間違えるほどの心の躍動を感じていた。
「言われてみれば、母さんはなんだか地球人離れしてたんだよな。染めてたけど髪の色は緑がかってたし、カラコンで隠してたけど瞳の色は紫だったし。」
しかし、そうなるとここは異世界なのか。寝起きの時こそドッキリなんじゃないかと疑ったが、さっきのモンスターみたいなのを見たあとじゃな。
それと、後の事は…『パグ』に任せます?
「…『パグ』って犬のことか?彼ってどういうことだ。」
【『パグ』は私の名前です。】
例の声だ。この声がパグさん?辺りを見回すも当然誰もいない。
「えっと、パグさんですか…?どこにいるんです?」
【私という存在はあなたの着用している衣服の中に組み込まれています。黙視はできません。】
改めて学生服をチェックしてみたけど、特にいつもと変わりはない。
「パグさんは、どうやって喋ってるんですか?」
【骨伝導等を応用し、あなたにしか聞こえない音声を聴覚に届けています。】
「…ああ、…そうですか。あの、まだ色々分かってないんだけど、パグさんは俺の味方で良いんだよね?知らない言語の人やゴリラもどきと会話が出来るようなったのも、パグさんのおかげってこと?」
【そうです。一定の知能を有する生命体ならば、その音声をある程度取り込めば、翻訳し、会話を成立させることが可能になります。】
なるほど、そう言えば女性の時もゴリラもどきの時も、声を聞いてしばらくしてから会話ができるようになったな。
【では、初期設定をお願いします】
「初期設定…ゲームっぽいな。えと、何をどうすれば良いんでしょうか。」
【『装備』及び『能力』の発動、現在自動。装備、及び能力は個別に切り替えが可能です。何かを切り替えますか?】
あぁもう、ワクワクが止まらなくなってきた。
「『装備』と『能力』ってのは、つまりその、魔法みたいな?」
【リスト一覧を開きます。確認してください。】
左手首の袖のボタンが赤く光ったと思うと、ホログラムのような画面が浮かび上がる。つい、にやける僕。
「こ、これはカッコいい!」
【暗転しているものはこの世界、もしくはあなたの能力、体調により使用不可です。使用可能な能力は現在オート使用になっています。】
スマホのようにスライドできる画面にワクワクしながら確認していくと『翻訳』を発見。
「一応選べるけど『翻訳』をオフにする必要なんてあるかな?」
【沈黙は金、と言う言葉もあります。】
なんだか難しいことを言われた。知能はパグさんの方が上っぽいな。
【タスク様に提案があります。】
「て、提案?な、何でしょうか。」
【敬語をやめた方が、時間の節約になり、心身にも良い影響があると思われます。】
なるほど。なんだか恥ずかしいけど、じゃあ。
「ありがとうパグ。これで良いかな?」
【はい。以降もよろしくお願いします。】
しばらく何ができるのかを試してみた。しかし、異世界と聞いて少しは期待してたけど、それ以上の結果だ。
『索敵』とか『毒味』とかって面白いな。敵なんて今のところいないし、毒を盛られることも無いだろうけど。
それより『火炎』や『氷結』ってのがあるんだけど…。
【『索敵』『毒味』は技術カテゴリー。そして『火炎』『氷結』は魔術カテゴリーです。今いる世界は魔法の使用に適した世界なので、魔術も使用可能ですが、技術と違い消費型になるので気を付けてください。】
いまいちピンと来ないからとりあえず何か使ってみるかと思っていると早速何かが発動した。
【『索敵』発動。タスク様と同タイプの生命体が接近しています。】
「えっ。」
【『索敵』発動中。さらに接近。】
どうしたものかおたおたしていると、ガサガサと足音が近づいてきた。そして人影が見えたと同時に大きな声が聞こえた。
「皆ぁいたぞー!!あんた、大丈夫か!噛み付きウサギはどうした?」
斧や弓で武装したおじさんが五人、それと。
「あっ!その人よ、さっき助けてくれた男性だわ。良かった無事で…!」
先程の女性が助けをつれて戻ってきてくれたのか。
「良かった、上手く逃げられたんだな!さぁ今のうちに早く村に戻ろう。あんたこの辺じゃ見ない人だが、旅人か?なんにせよ娘の命の恩人だ。」
女性の父親と思われる男性とその仲間に促され、言われるがままに僕は村とやらに向かった。
歩くこと十数分、森を抜け視界が開ける。
遠くに山々が見え、一面に緑が広がっている。しかし道路がキレイに整備されていて、馬車が通っているのが確認でき、田舎と言うには大きな建物が多い。
村と言っていたが見た目は街のように思えた。
村に到着すると、女性の父親が、定食屋を営んでいるので是非にと案内された。二十人は入れそうな、小さなコンビニ位のお店だ。
「あんたのおかげで娘は命があるってもんだ。いや、大袈裟じゃなくな。」
「本当に無事で良かった。私の名前はリディア。あなたは?」
「佑です。佐倉佑。」
変わった名前だなと言われたが、その後は食事をご馳走になり、宿が決まってなければ泊まるように誘われた。
日も暮れかけている。現状右も左も分からない僕にはありがたい提案だと受け入れ、お世話になりますと頭を下げた。
お風呂もいただいた僕は、個室に案内された。
「この部屋は誰も使ってないから、気兼ねなく休んでね。」
リディアにありがとうと伝え、一人でベッドに腰かけた僕は、少し緊張しながら声を出してみた。
「パグ、聞こえるかい?」
【はい。正常に聞こえております。】
「これから僕はどうしたら良いんだろう。」
【その質問に対する正確な回答は持ち合わせていません。】
そうか、ゲームじゃないもんな。最初から答えがある訳じゃないんだ。
その後、眠くなるまで、今の僕に何ができるのかを、可能な限り調べて眠りについた。
「タスクさん。朝ご飯出来てますので、良かったら召し上がってください。」
いつのまにか寝ていた僕を、リディアの明るい声が心地良く起こしてくれた。
直ぐに行きますと扉越しに答え、いそいそと起き上がる。試したいことがあったのだ。
今、僕は借りた寝巻きを着ているんだけど、この状態である言葉を発する。
「パグ、装着!」
すると壁にかけてあった僕の学生服がふわりと浮き上がり、スルスルとほつれたかと思うと瞬時に体にまとわりついた。一瞬で着替えられるのだ。
「凄いな…どうなってるんだ、靴まで履けてるよ。」
【おはようございますタスク様。本日も良い天候で何よりですね。今日はさらに人の多い地域に出向き、情報を集めた方が良いかと思います。】
情報。そうだな、なんにせよまずこの世界のことについて少しは知っておかなきゃだもんな。
「よし。朝食をいただいたらもっと大きな街を目指してみよう。」
その後、短いパスタのような物に肉や野菜が煮られた朝食を頂き、何人かの村人に軽く挨拶を済ませた。
世間話をしながら近隣の発展具合を聞いてみる。
「人が多い場所ってんなら、ディザリアンサガ王国まで行くと良いよ。この大陸で二番目に大きな国だし比較的ここから近いからな。」
道が続いているから迷うこともないが、馬車でも三日はかかる距離だと言う。
この世界にもお金があるらしく、馬車も運賃がかかるからどうするかと思案していると、一つ思い出したことがあった。
「ねえパグ、能力リストの中に空を飛ぶ能力みたいなのがあったよね。」
【はい。質問内容に合う能力で、現在使用できるものは『飛行』『跳躍』『浮遊』があります。】
「空を飛んで次の街まで行きたいんだけど、できる?」
【でしたら『飛行』が最適です。この能力は技術と魔術を同時に使用しますので、一日の平均利用可能時間は約90分。利用可能時間は使用方法により増減し、食事や睡眠、魔力の吸収等により回復します。】
なるほど。少し怖そうだけどやってみるか。
「…なあ、あの兄さんずっと独り言言ってるけど大丈夫かね?」
「変わり者の旅人さんだな。」
村に滅多に来ない旅人として、お見送りが二十人ほど来てくれた。もちろんリディアとその家族もいる。
「リディアさん、皆さん、お世話になりました。」
「助かったのはこっちの方だよタスク君。近くまで来たらまたウチに寄ってよね。じゃあ、馬車乗り場まで案内するよ。」
「ああ大丈夫です。馬車は使わないので。」
「ええっ?ま、まさか歩いていくの?」
「いや、空を飛んでいこうと思って。」
「………。」
…あれ?皆の反応が止まったぞ。
と思ったら、次の瞬間その場は爆笑に包まれた。
「わははは!何を言っとるだねこの少年は。魔術師にでもなったつもりかい。」
「いやー独り言ぶつぶつ言っとるから、もしかしたら変な奴かと思ったがここまでとは。」
口々に悪口ともとれる言葉が飛び交う中、リディアが気を使ってくれた。
「皆、笑うなんて悪いよ!ごめんねタスク君。気にしないで行っちゃって良いから。ちなみにディザリアンサガ王国まで舗装されてる一本道だから迷わないと思うし。」
…ねえパグ、大丈夫なんだろうね。なんだか皆にバカにされてる感じだけど。ここは魔法が当たり前の世界なんじゃないのか?
【おそらく魔法に慣れていない方たちなので、タスク様が使用できる事を信じられないのだと思われます。】
なるほど。皆が使えるのかと思ったけど、魔法自体がそんなにポピュラーな存在じゃないってことか。一つ勉強になったな。
「じゃあよろしく頼む。」
【了解しました。『飛翔』発動。】
「いやー兄さん笑わしてくれたね。もし馬車賃が無いなら、俺たちが少し出してやっても…」
見送りの人たちの笑い声も、僕の体が浮き上がるまでだった。
小さな風が巻き起こる音が聞こえているが、先程とうってかわって静寂が訪れた。
「ありがとうリディアさん!ご飯とても美味しかったよ。また近くまで来たらお世話になるね。今度はちゃんとお金をもって来ます。」
そう言って右手をあげると、僕の体は物凄いスピードでその場から消え去った。
「タ、タスク君…本物の魔術師だったの…。」
「わしゃこんな近くで始めてみた、魔法使いを…。」
「いや、あれはそんなもんじゃない。…もしかして『あのお方』じゃないのか…?」
「…そうじゃ!ついに現れてくださったんじゃ!た、確かディザリアンサガ王国に行くとおっしゃっておられたな…。大至急ディザリアンサガ王国に連絡するんじゃ!」
…………………………………………………………
景色がビュンビュンと通りすぎる。
「うわわわ!早すぎて怖い!」
手を伸ばすほどにぐんぐん上がるスピードに、少しビビって速度を下げた。
右手の角度と、手の広げ方で自在に空を飛べる。最初こそあまりの速度に戸惑っていたが、高度をあげると風景の流れが緩やかになる。鮮やかな緑と地平線に感動して、なぜか泣きそうになった。
「これはもう、何て言っていいか分からないけど、とにかく最高だな。」
左の手のひらにホログラムが浮かんで、そこに速度や高さ、残り使用可能時間等が示されていた。
「時速約百五十キロ。高さ約千二百メートル。使用可能時間は後七十二分!!…それにしても、こんなに速いのにあんまり風を感じないな。」
【飛行による空気抵抗や酸素濃度なども調整してあります。それらをオフにすることで魔力の消費を抑える事ができます。】
なるほど、そんなことまでできるのか。
はるか下に見える街道を見落とさないように、くるくる回ったり蛇行したり、とにかく好きに飛び回った。
残り使用時間が四十分を切ろうとした頃、街並みが視界に入った。物凄く大きな建物も見える。
「あれは、お城かな?」
王国とは良く言ったものだ。流石の大きさに感動しているとパグが言った。
【『索敵』発動。魔力の塊が接近しています。】
~ディザリアンサガ王国 騎士団長ラベルの部屋~
今日も馬鹿みたいに天気が良い。朝食のパンをかじり、一日の平和を祈りながら装備を確認していると、けたたましい声が響いた。
「…でっ!伝達!騎士団長ラベル様に伝達であります!」
「何だ朝から騒々しい。」
ため息をつきながら部屋のドアを開ける。
ここ数ヵ月、王国内で起こった事件と言えば、食い逃げや引ったくりといった類いのものだ。その程度の事なら俺が手を出す事もない。ただ毎日を鍛練に費やす日々が続いていた俺は、まだ事の重大さに気づいていなかった。
「今度はなんだ?モンスターでも現れたか。」
「はっ!ジョバン村から連絡が入りました。『あのお方』と思わしき人物が、我が国に向かっているとの情報です!」
『あのお方』だと?
この国のみならず、世界では知らぬものは居ない呼び名だ。一大事に突如現れ、その原因を消し去るとの逸話をもつ伝説の人物の事を指す言葉。しかし今やその姿を知るものは、国王を含めた極少数しかいない。なんせ最後に確認されたのが五十年も前だ。俺も生まれていない。今では王国が、民のために創作した幻の存在ではないかと言われるほどだが。
「誤報じゃないのか?」
「真偽を確認してもらうためにも、大広間へお集まりいただきたく!魔術師団長ジャルバ様、護衛隊長クラン様へも召集がかかっております!」
「わかった、すぐに向かう。」
王宮内にある自室を抜け、大広間までは数分もかからない。
取り立てて急ぐこともなく現場へ到着すると、すでに主要のメンバーは集まっていた。私を含め、この国の隊長が三人に上級兵士が二人。
「遅いぞぃラベル。」
魔法隊長ジャルバ。御歳80を越える大ベテランにして、この国一番の魔法使い。漆黒のローブをまとい、いつもは持たない強力な杖『ガルガ』を握っている。
「ラベル殿。こちらへ。」
護衛隊長クラン。女ながらにその繊細な戦闘術を買われ、若干二十歳にしてその地位を得た天才剣士。
「悪ぃな、これでも急いだんだ。」
クランに促され椅子に座る。兵士の一人が入り口の扉を閉め、説明を始めた。
「現在確認されている事項をお伝えします!前日の正午過ぎ、未確認の『歪み』を確認。騎士団を数名探索に出したばかりでした。」
それは俺も確認済みだ。魔力の溜まり場などでは稀に、予期せぬ事が起こる。大型のモンスターが生まれたり、災害が起きたりするんだが、その際に前兆として確認できるのが『歪み(ヒズミ)』だ。専門家じゃないので詳しくは分からんが、魔術の心得があるものや魔法道具を用いれば感知できる。
「そして先刻、感知場所から数キロの村から連絡。前日から保護した『サクラ・タスク』と名乗る見慣れぬ旅人が空を飛び、この国に向かっているとの事。『歪み』については一般に公開していない情報ですので、その発生と旅人とを関連付けると、何かしらの関係があるのではないかと。」
ふむ、まぁありえん話ではないだろうが。
「『サクラ・タスク』…聞き慣れん名前だな。だがそれだけでは何とも言えんのではないか?そこのジイサンだって空を飛べるじゃないか。」
「ラベル殿、言葉を選びなさい。ここは会議の場よ。」
「ホホ、構わんよクラン。」
ジャルバが立ち上がり、何やら呪文を唱え始める。そして手にした杖を丸テーブルの中心にかざす。淡い光が集まり、王国周辺の地図を浮かび上がらせた。
「知っての通り、この魔法は王国と周囲の映像を半径約百㎞に渡って調べることができる。しかしこの魔法は、このテーブルとこの杖、そしてワシが組み合わせた呪文の三つがあってようやく効果が出る。魔法とは簡単なもんじゃない。ある意味技術なんじゃよ。」
「んなことは知ってるよ。何が言いたいんだ?」
「ホホ、この国一番の魔法使いと言われるワシでも、何の準備も無しに空を自在に飛ぶことは出来ん。」
「ほーう。では連絡にあった旅人が『あのお方』ってのは間違いないと?」
「結果をあせるでない。それを今から確かめるんじゃ。映像を見てみぃ。ほれ、ここじゃ。」
ジャルバが示した空間に移動する光がみえる。
「これは?」
「これがおそらくその旅人じゃ。真っ直ぐとは言わんがジョバン村からこの国に向かってきとる。到着まで後五分もかからん速度じゃ。」
「何だと?おい、村を出たのが今朝だと言っていたな。馬車でも丸三日はかかる距離だぞ。」
「それだけ凄い力の持ち主と言うことじゃな。このままじゃと王国内に到着してしまうのでな、時間もないので今から接触を試みるぞい。」
そう言ってジャルバは移動する光を指でつついた。すると映像がその光に近寄っていく。大きくなり、人の形が分かるまでになった。
「さてと、おーいお前さん。タスク君と言ったか。ワシの声が聞こえるかのぅ?」
『うわっ!ビックリしたー…。なんだよコレ、これもパグの能力か?』
光が淡く、容姿がはっきり分からないが…男の声だ。しかし幼く聞こえる。少年か?
「ワシはこのディザリアンサガ王国の魔術師団長ジャルバと申す。お主はこの国に向かってきておるようじゃが、間違いないかのう?」
『魔術師団長だって?これはあなたの魔法ってこと?凄いな、テレビ電話じゃないか。』
「テレビ…?ふむ、通信魔法は見たことがないのかな?ワシはお主がそんな速さで空を飛んでおる方が凄いと思うが。」
『あ、やっぱりそうなんですか…。さっきもお世話になった村の人たちが驚いてたみたいだし。』
「矢継ぎ早ですまんが、我が国の防衛の関係でちと質問がしたくてな。お主はどこから来たんじゃ?あまり見ない風貌じゃが、出身国はどちらかな?」
『えっ?出身国?…なぁパグ、こういうときって本当の事を言っても良いのかな?…ふんふん。ふん。』
急に話しかけられた者に悠長に答えるとは…この少年、少なくとも兵士ではないな。いや、演技かも知れんが。
しかもなんだ?急に独り言を言い出したぞ。大丈夫かコイツは。
『えっと、信じてもらえるか分からないんですけど、僕はこの世界の人間じゃないんです。』
「…はあ?わはははは!おいおいおい、なんだコイツは。宇宙人とでも言うつもりか。」
思わず笑いながら回りを見ると、皆、失笑までもいかずとも笑いをこらえているようだった。
ただ一人を除いて。
「お、おお、おぉ…。では、あなた様は…!」
ジャルバのじーさんが小刻みに震え出した。大丈夫かじーさん。
そんな心配を他所に、興奮冷めやらぬジャルバがとんでもないことを口にした。
「このままワシが誘導させてもらいます。どうか、我が国の王にあってくだされ!」
~異世界生活二日目 ディザリアンサガ王国~
「王様に会ってくれって、そんな簡単に合えるんですか?ご挨拶できるんなら、お断りする理由も無いんですが。」
『馬鹿野郎!!一国の王にこんな得体の知れん輩をほいほい合わせられるか!!』
…ビックリした。急に大きな声を出さないで欲しいな。
「あの、おじいさん…ジャルバさんでしたか。あなた以外にもそちらに居るんですか?」
『はい。私、魔術師団長ジャルバを筆頭に、我が国を支える騎士団長に護衛団長、そして部下の兵士二名がここに居ります。』
「そうですか。ではそちらの誘導にしたがってお邪魔させていただきますね。…あの…お土産とかっているんですか?僕、王様になんて会ったことがなくて。」
『ホホ、お体一つで結構ですじゃ。では、私の通信映像についてきてくだされ。』
言われるがまま光の後を追って飛んでいくと、一番大きな建物の一番高い塔の下に着いた。東京ドームよりは少し小さめだが、豪華な装飾や綺麗に舗装された道路が、いっそう王宮感を際立たせる。
光が消え、そこに降り立つと目の前の大きな扉がギィと重厚な音を立ててゆっくりと開いた。
「どうぞこちらへ。」
鎧兜に身を包んだ兵士五名に案内され、長い階段を上るとさらに豪華な扉の前に案内された。兵士の一人が大声で到着を伝えると、一際威圧感のある大男が顔を出した。左目の大きな傷が迫力三割増しだ。
「これから中に入ってもらうが、くれぐれも国王に失礼の無いようにな。」
…この声、さっき怒鳴ってた人じゃないか?
少し遠巻きに大男の横を通り部屋に入ると、中には一人の男を取り囲み、護衛するかのように十数名の男女がいた。そして一際目を引くのが、豪華な椅子に鎮座しているその男。立派な髭にきらめく王冠。漫画とかゲームで良く見る、めっちゃくちゃ王様みたいな人だった。
その横にいるおじいさんが王様に語りかける。
「いかがですかな、国王様。」
「…おぉ、うむ。間違いなかろう。」
すると、国王様(と、思われる)が立ち上がった。
「すまんがここからの会話は人を選びたい。団長三名を残し、他の者は王室の外で待機してくれんか。」
少し周囲がざわつく。しかし先程の大男がその場を仕切り、広い部屋には僕と国王、そして鎧兜の大男、少し軽めの装備を身に付けたきれいな女性、黒いローブに身を包むおじいさんの計五人が残った。
国王が話を切り出す。
「私はこの国で王位についております、ラーオン・ディザリと申します。こちらの逞しき男は騎士団長ラベル。紅一点が護衛団長クラン、そしてローブを身にまとうものが魔術師団長ジャルバです。本来ならまず、私とあなた様とでお話をするべきところを、国王と言う立場上の護衛を、最低人数残したことをお許しください。」
「なっ、国王様!このような少年に頭を下げるとは何事ですか!」
「黙っとれぃラベル!これから国王様が説明をしてくださる。その前に、確認が幾つかあるんじゃ。話を遮るなぃ。」
ただ立ち尽くす僕に、王様はそっと近寄り、僕を頭から足の爪先まで何度も見回した。初対面の人にじろじろと見られるのは緊張したが、なぜか嫌な感じではなかった。ニコニコと優しく、時に頷きながら、気のせいか少し瞳を潤ませて僕を見ていた。
そして、一つの名前を口にした。
「『リミューエル・リロウラッド』と言う名前に、心当たりがありませんかな?」
無い。誰だそれは。
【『リミューエル・リロウラッド』はタスク様のお母様の本名です。】
…何だって…?
いやいや、僕の母さんは佐倉瑠璃子だ。
…待てよ。そうか、それは日本人としての名前で、母さんが異世界人ってことは元々の名前があるってことだ。
それが、『リミューエル・リロウラッド』?
「あ、えっと、『リミューエル・リロウラッド』は僕の母の名前…だそうです。」
その瞬間、王様はひざから崩れ落ちた。目からは大粒の涙が溢れている。ラベルとクランに支えられながら椅子に座り直した。
「ジャルバよ、これを奇跡と言わず何と呼ぶ。『あのお方』は、女神はこの国を、世界を見放してはおらなんだ!」
状況が飲み込めず混乱している僕に、ジャルバと呼ばれたおじいさんが僕に一枚の写真を見せた。
古ぼけたその風景の中には、二人の男と、良く知る女性が一人写っていた。
「母さんだ!何でこの世界に母さんの写真が!?」
「あなた様のお母様の隣にいるのが私ジャルバで、少し離れてそっぽを向いているのが若かりし頃の国王様です。今から約五十年前に、嫌がるリミューエル様に無理を言って一枚だけ撮らせてもらった写真です。」
そこから、簡潔にではあったけど王様から昔話を聞いた。
今から約五十年前、この世界の魔力は安定しておらず、各地で事件事故が多発していた。
当時騎士団の一人として働いていたジャルバは、主に魔力の歪みを調査する仕事を任されていた。魔術、魔法に長けたものはまだ少なく、当時は知識のほとんど無い彼でさえ現場に回されるほど人手が足りなかった。
ジャルバと同じ学舎の出で同級生だった王様も、そんな現状は良しと思っていなかった。しかし、国王の血筋とはいえ、学舎を出たばかりの若造の意見は誰も聞いてくれなかった。
そんな折、自国のそばで巨大な歪みが感知されたと報告を受けたジャルバは、調査のための騎士団を編成していた。
「ジャルバ、頼む!俺も連れていってくれ!」
「…あのな、未来の国王たるお前を連れて行って、もしも万が一があったらどうするんだ。」
「この国に何が起きているかも分からんようじゃ、人の上に立つ資格など無い!血筋だけの王に何の威厳がある。…頼むジャルバ。俺に現場を経験させてくれ!今回だけでも良いんだ!」
王様のあまりの熱意に押し負け、つい了承してしまったジャルバは、他の者にばれにくいよう少数精鋭のチームを編成し、素性を隠して調査に同行させた。
しかし『歪み』の近くでモンスターの群れに襲われてしまい、チームは一人、また一人と脱落していった。
現地に到着できたのは、ジャルバと王様のみ。魔法に詳しい仲間も途中ではぐれてしまい、調査もままならないと途方に暮れた。そしてその時、すでに二人はモンスターの群れに取り囲まれていた。息も絶え絶え逃げ回ったが、ついに行く道はなくまり、声には出さずとも、二人とも最期を覚悟していた。
「はあ、はあ、…すまない、ジャルバ。俺が無理を言ったばかりにこんなことに…」
「はっ!バカ言うな。このチームの隊長は俺だ。この事態は俺の力不足だ。でも、最後の仕事はこの命に変えても終わらせる…お前だけは必ず無事返してやるからな!」
「…っ!バカ野郎!お前も一緒に帰るんだ!!諦めるんじゃない!」
不意に足音が聞こえた。
「熱い喧嘩してるところ悪いんだけど、この辺にご飯が食べられる所無い?」
振り返ると、背後に若い女性がいた。
近隣の国では見たこともない格好をしていて、大きな荷物を抱えている。
「女!?…こんなところで何をしている!森には入るなと警告があちこちにしてあっただろう!」
「そうなの?悪いけど外から森に入ってきた訳じゃなくて森の中に到着しちゃったんだよね。」
「何を訳のわからんことを…」
その時だった。
「ガゥルルルゥゥゥ!!」
噛み合わない会話を遮り、一斉にモンスターが襲いかかってきた。
もう駄目だ。
と、思う間もなく、視界に赤い光が走る。
次の瞬間には十匹近いモンスター全てが地面に転がり、微動だにしていなかった。
そして、今しがた抜いたであろう針のような剣をしまいながら笑顔で話しかけてきた。
「危ない森だねーここ。出口が分からないから案内してもらえると助かるんだけど…あなたたちはこの辺りに詳しい人かな?」
その後、国に戻りながら、その女性からの話を聞いて尚驚いた。
彼女はたった今、自身の体質によって異世界からやって来た。そして、さらに一年程でまた別の世界へと飛ばされてしまうとの事。
彼女にとってここが八つ目の世界。様々な世界を渡っているため、自身を説明したり名乗るときには『異世界渡り』と称している。色々な世界を渡る内に、技術や魔術といった特殊能力を手にしているため、この世界でも会話や魔法など、ある程度の事は出来ると自慢していた。
「そこで取り引きって言うか、お願いがあるのよね。」
「何だ?話を聞く限り、お主が出来ないのに我々が出来ることは限られそうだが。」
「一年程住める家が欲しいの。もちろんタダでよこせとは言わないわ。あなたたちが困ってるって言うその魔力の『歪み(ヒズミ)』、私なら何とかできるかもしれない。交換条件でどう?」
「…と、まぁそんな感じでそなたの母親である『異世界渡り』様から、大袈裟ではなく、この世界の危機を救ってもらったのじゃ。」
一緒に王様の話を聞いていた大男ラベルと綺麗な女性クランが、動揺を隠せない様子で話しかけてきた。
「…じゃあ俺たちが、いや世界中の人間が『あのお方』と噂話にしていたものは…真実だったってことか。」
「一人で世界の深刻なエラーを解決した『女神様』とも言われていたわね。」
ジャルバが感慨深そうに答える。
「うむ。異世界渡り様は、事情があってか性格なのか、極端に人前へ出るのを嫌ってな。国内でもその存在を知る者は極少数じゃった。ワシも国王様も、別れの時に教えてもらうまで本当の名前も知らなかったぐらいじゃしな。」
なるほど。母さんは過去、旅をする途中でこの世界に来たことがあるんだ。…もしかしたら異世界ってそんなに多くないのか?。いや、母さんの渡った世界に行きやすいみたいな特徴があるのかもしれない…。けれど、今はそれを考えても答えは出ない。
そして一番気になったのは別の事だ。
『一年と同じ世界に居られない。』
母さんの手紙にもそんなことが書いてあった。つまり、僕も一年前後はこの世界に滞在するってことになるのかな。
そしてまた別の世界へ…。
困り顔で悩んでいると、ジャルバが切り出した。
「話を聞く限りではこの世界に到着されたばかりのご様子。国王様とも話をしたんじゃが、良ければこの国に住んでもらえないかと思うのですが。」
「この国に?いや、それはなんと言うか、現状行く宛のない僕には願ったりかなったりなんですが…まだ自分が置かれている状況に戸惑っていまして。」
「焦ることは無いでしょう。しばらくはこの世界の事を学びつつ養生されると良いかと。そして、私たちからのお願いもあるのです。」
「お願い?はあ、なんでしょうか。」
「この国を、再度救ってほしいのです。」
うーん、ゲームっぽい展開来たな、これ。
「部屋に案内する、ついてこい。」
護衛団長クランに促され、長い廊下を歩いていると、通りすぎる兵士が皆クランに敬礼をする。さすが団長と言うだけあるな、信頼されているんだろう事が分かる。
…しかし、クラン以外の女性とも何人かすれ違ったが…皆綺麗だな。そんな人ばかりを集めてるんじゃなかろうかと勘ぐってしまう。
「…何だ?お前の世界では他人の顔をチラチラ覗き見るのが良い作法なのか?」
「あっ、いえ、すみません。…綺麗な人が多いなと思って。」
僕の答えに、先導していたクランの歩みが止まった。彼女の鋭い視線が僕を射抜く。
「貴様、護衛団をそんな目で見ているのか?」
静かな物言いだが、明らかに怒気を感じる。
「いや、なんと言うかその、騎士団と違って護衛団は女性ばかりなので不思議だなーと思っただけでして…。」
しどろもどろになる僕から目線を外し、再度歩き始めたクランが説明をしてくれた。
「騎士団は作戦上モンスターと対峙したり、探索を目的とした長距離の移動など、体力を必要とすることが多い。逆に護衛団は王国の守りが主で、国民の避難や、緊急時の俊敏な判断とスピードが求められる。性別に偏りが出るのは至極当然の事だと思うが、お前の世界では違うのか?」
言われてみればどうなんだろう。自衛隊でも女性隊員がいるのは知ってるけど、基本的に男性が多い気がするな。
「そうか。お前の世界の女性は不遇な扱いを受けてるな。」
「…まぁ、一概にそうとは言えませんが。」
そんな話をしていると。
「着いたぞ。ここがお前の部屋だ。」
引き戸を開けると、豪華な旅館のような部屋がそこにあった。長テーブルに本棚付きの机と椅子、バカみたいに大きなベッドがある。五人は楽に暮らせそうな広さだ。
「今日からここがお前の部屋だ。連絡用の通信機が壁にかかっているから、呼び出し音が鳴ったらこのボタンを押せば会話ができるようになる。食事は食堂があるが、しばらくは朝昼夜とここへ運ばせる。風呂やトイレ、その他の施設はこの地図に場所と利用時間が書いてあるから読んでおくように。他になにか質問があるか?」
いや、全く無い。あるわけ無い。あえて言うなら少し贅沢すぎる。明らかに一人で使うには広すぎる部屋だ。
「国王様が用意してくださった部屋だ、有り難く使っておけ。それから、私から一つ頼みがある。このあと、少し付き合ってくれ。」
部屋で少し寛いだ後、クランに指定された時間に、地図で示された場所に移動した。王宮の中庭にある、自然の中のような一角に石造りの建物が立っていた。地図上では訓練場と書かれている。
重々しい鉄の扉を前に立ち尽くしていると。
【『策敵』発動。クラン様が右後方より接近。】
後ろを振り向きながら、つい声を出した。
「クランさん?」
樹木の影から、少し動揺したようにクランが姿を表した。
「…良く分かったな、気配は絶ったつもりだったが甘かったか。そして、女神の子供と言うのも伊達では無さそうだな。」
僕もビックリしていた。『策敵』は知り合いだと名前まで分かるのか、便利だな。でも、一気に十人位に襲われたらいちいち名前を呼んでる地点でやられちゃいそうだな。
そんなことを考えていると、クランが扉を開けて中に誘導してくれた。
「ここは王国の兵士たちに利用されている稽古場だ。頑強な造りと魔力を封じる結界が壁に施されているから、少し荒っぽいことをしてもそうそう壊れることもない。」
なるほど。で、ここに僕が呼ばれた理由は何なんだろう。
「はっきり言うが、私達はお前をあまり信用していない。」
はっきり言われた。
…ん?私達?
【『策敵』発動。ラベル様が左後方より接近。複数の気配を感知、音声報告に視界表示をプラスします。】
視界表示?…うわっと、なんだこりゃスゴいぞ。
おそらく壁や天井に隠れている兵士と思わしき人たちの、輪郭部分が光って、透過しているかのように見てとれる。完全にゲームの映像だ。
しかしなるほど、なんとなく分かってきたぞ。これはつまり。
「僕の力を試そうと言うんですね。」
「その通りだ、話が早くて助かる。国王様はなぜかお前を強く信頼しているようだが、前線で命を張るのは私達兵士だ。私には部下を守る立場もある。お前の力、推し量らせてもらう。」
…と言うことなんだけど、どうしたらいいのかなと小声でパグに確認すると、心強い返答をしてくれた。
【模擬戦闘による相手の殲滅が目的でしたら勝率は約99%です。】
「怪我をさせないようにしたいんだけど大丈夫かな?」
【若干勝率が下がります。勝率は約98%です。】
ほとんど変わらないのか。じゃあそれでやってみるかな。
クランに向かい、自分なりの戦闘体制をとる。
「よろしくお願いします。」
「ああ。では、参る!」
クランが距離を詰めてきたのと同時に、視界の光が一気に動き出した。
【『自動攻撃』『自動防御』『感覚超過』『身体強化』を発動。】
周囲がゆっくりと動いて見える。しかし、自分の動きもゆっくりだ。水飴の中にいるように体が重い。
だがそれでも、明らかに回りよりは早く動けている。目の前に迫っていたクランの蹴りを難なく避ける。
すると、急に自分の意思とは関係なく動いた僕の回し蹴りが、クランの背中に命中する。
苦悶の表情を浮かべながら地面に叩きつけられたクランだが、直ぐ様体制を立て直し、僕との距離を取った。
すぐに続々と新手が現れる。軽装の女性ばかりってことは護衛団の人達だろうな。基本素手だが手裏剣みたいな物を投げてくる兵士もいる。ラベルさんは見ているだけみたいだ。
その後もかかってくる兵士の攻撃を紙一重で避けた後、カウンターで強めの一撃を入れるという達人のような芸当を繰り返しつつ立ち回った。
「はぁっ、はぁっ、な、何てヤツだ。」
「うぅ、上級兵士である我々が手も足もでないとは…!」
地面にはクランを含めた八人が膝をついている。悔しさを滲ませていたクランがふっと笑い、手を数回叩いた。
「よし、止めだ!皆ご苦労。この事は他言無用、持ち場に戻ってくれ。」
ほとんど音も立てずに、七人の兵士はその場から消えた。
ズルをして勝ったようで後味はあまり良くないが、パグがいたらもう無敵なんじゃないか?
【いえ、私はタスク様の補佐をしているようなものです。今の動きは体術のみですので、タスク様が鍛練を積むことにより、補佐無しでも今と同じことが出来るようになりますよ。】
いやぁ容易に信じられない。
「さすがの強さだ。せめて魔法を使わせてみたかったものだな…まさか素手で制圧されるとは思わなかった。そして、その強さは信頼に値する。」
そう言うとクランは手のひらを僕に差し出した。
「お前を、…いや、タスクを信じよう。これからよろしく頼むわ。」
「あ、どうも。こちらこそよろしくお願いします、クランさん。」
クランの手を強く握り返した。
「ひゃっ!」
「うわっ!」
いきなりクランに手を払われる。
「なっなっ、なっ、いきなり何をする!てっ、ててっ手を握るなんて…そんな…!」
顔を真っ赤にしたクランが慌てふためきながら後退る。
なんだ、握手しちゃいけなかったのか?
「わはは!異世界の男は手が早いな!」
隅で様子を伺っていたラベルが笑いながら姿を現した。
「握手しちゃいけなかったんですか?手を出されたのでつい。」
「俺達の世界じゃ、異性が差し出した手を握り返すのは求婚の合図だよ。」
求婚!?
「そうさ。まあ最近は意味が砕けてきて、若者の間じゃ『付き合ってくれ』とか『お前が好きだ』なんて意味にもなるらしいな。互いの健闘を称え合うときは、差し出された手に触れないように、同じ形にして前に出すんだ。」
「そうなんですね。すいません、良く知らずに変なことしちゃって。」
「きっ、ききっ、気にしてないわ!そっ、そうね、この世界に来たばかりでは知らないこともあるでしょう。そう言ったところも勉強していけば良いんじゃないかしら!」
顔から湯気が出そうなほど狼狽えるクランを横目に、ラベルが勢い良く剣を抜いた。
「さて、それじゃあ次は俺の番だな。俺もお前の強さを試したい。納得しなきゃ、いざ背中を預けるって場合に信用できないからな。」
「えっ、ラベル殿、…その剣はまさか!」
クランの焦る声を聞いて、ラベルの顔が急にシリアスになる。抜いた剣からは、パチパチと静電気が弾けるような音が聞こえ、微かに光を放っていた。
「そう、こいつは俺が持つ剣の中でも最高クラスの魔剣だ。こいつでの俺の渾身の一撃を耐え抜けば、お前を信じよう。受けきっても、避けても良いぜ。まぁ避けきれるならな。」
【刀身部分に非常に大きな魔力を感知。】
「非常に大きなって…受けても大丈夫?」
【避けることも可能ですが、魔剣の能力を解析するために一度受けてみるのも良いでしょう。ダメージは私の方で受け流します。】
「そうか…よし、受けてみよう。」
【了解しました。『自動防御』『解析』発動。】
大きく前後に足を開き、ラベルが剣を振りかぶる。
「手加減は出来ないぜ…いざ。…うりゃあ!!!」
一瞬だった。
ズドンと雷が落ちたかのような重低音と閃光が弾け、建物の一部が砕け落ちた。もうもうと煙る室内、咳き込むクランが慌てて叫んだ。
「ごほっごほっ、ラベル殿!ここまでやらなくても良かったのではないか?その魔剣は、その気になれば竜すら撃ち落とす雷撃を放つと言うではないか。こ、これではタスクが…。」
「いやぁ、心配は要らなかったみたいだぜ。」
立ち尽くすラベルの手に、魔剣が無い。攻防の流れの中で僕が奪い取ったのだ。
ラベルが魔剣を振り下ろすと同時に、雷が縦横無尽に広がり、僕に向かって来た。さすがに避けきるのが難しいスピードだったが、僕の体に触れそうになるや急にあさっての方へ向きを変えたのだ。パグが体の周囲にバリアのような効果をつけてくれていたおかげらしい。そして、全ての雷を弾きながら手を伸ばすと、学生服の袖がほつれシュルシュルとラベルの手元まで伸び、瞬時に魔剣を僕の手の中へ運んだのだ。
【視界を確保します。】
風が巻き起こる。辺りの煙を晴らしながらラベルに近寄る。
「お返ししますね。」
ラベルは僕の差し出した魔剣を無言で受けとり、ガシャンと力強く鞘に納める。怒らせたかな?それともいつもこんな感じなんだろうか…表情が読めない。
僕の心配をよそにラベルは大きく息を吸った。
「凄ぇじゃねぇかオイ!!」
圧倒される僕の肩をバシバシと叩き、本日最高の笑顔を見せるラベルとクラン。
「護衛団の上級兵士による畳み掛けを全く受け付けない体術に加え、俺の渾身の雷撃は避けるどころか、喰らっても無傷の上に魔剣まで奪っちまうとは!」
「それも、全ての行動を息一つ切らさず、赤子の手を捻るようにね。全力を出したらどんな事が出来るのか…恐ろしいヤツだよ。」
正直僕は何もしてないんだけど、ここは説明する場じゃ無いことは薄々感づき、笑顔で沈黙した。
「俺も名前で呼ばせてもらおう。タスクは一年はこの世界にいると言っていたな。…短すぎるがそれが運命ならば仕方がない。しかし、時間の許す限りタスクから多くを学ばせてもらおう。よろしく頼むぞ!」
「私からもお願いするわ。タスクなら、私達の世界に希望を増やしてくれそうだもの。」
二人の信頼を得られたようで良かった。
それからは日々この国の常識やしきたりを学びつつ、団長含む兵士の稽古に参加したり、国の周辺を探索したりと中々に忙しい毎日を過ごした。
そして約二ヶ月が過ぎ、国の仕事を少しずつ手伝い始めた頃、大きな動きがあった。
近くの街に異常な大きさの『歪み(ヒズミ)』を感知し、冒頭の翼竜騒ぎとなったのだ。
~異世界生活 60日目 ディザリアンサガ王国内~
「ここがお前の王国か?」
白を基調にしたふわふわの衣服を揺らし、僕の後をついて回るあどけない少女。見た目とはかなりギャップのある落ち着いた口調だ。
「僕の国じゃないけど、僕がお世話になってる国だよ。」
少女が微かに眉をひそめる。
「…世話になってる?お前ほどの力でも一国の王になれないのか?この国の王はさらに強いと?」
「強ければ王様になれるって訳じゃないしね。この世界だと血筋で王位を継承しているみたいだよ。」
「血筋?王家に産まれれば愚者でも王か。くだらんな。」
二日前から一緒に行動しているこの少女の名前はルシルマー。僕と三人の団長以外には極少数しかその正体は知られていないが、数日前に異世界からやって来た翼竜が、人間に化けている姿だ。
異世界移動者の先輩(若干だが)として会話をしているうちに、どうせ行く宛もないし、僕の近くで様子を見たいとルシルマーから同居生活を希望してきた。
さすがに翼竜の姿では困る事が多いと、自らの変身能力を駆使して人の姿になっている。
翼竜は平均千年ほどの寿命らしくルシルマーは現在108才。人間に換算して12才前後の姿に化けているそうだ。
「あっ、タスク様!次の稽古はいつですか?」
「タスク様。あの、お菓子を作ったので召し上がってください。」
「タスク様!部屋食も良いですが、また食堂へいらしてくださいね!」
ふう、とルシルマーがため息をつく。
「…ずいぶん人気者だな。通りすぎる人間が皆お前に頭を垂れる。」
「異世界人が珍しいんだよ。それに少し前にモンスターが暴れたり火事があった時に、少し派手な魔法を使ったのを見られちゃってさ。この世界に来たとき、最初に身の振り方について国王様とも相談したんだけど、僕としてはなるべく目立たないようにした方が良いと考えてたんだ。あまり表だった行動はしないようにはしてたんだけど。」
自分でいうのも恥ずかしいが、回りの反応を見る限り僕の能力は、この世界ではかなり上位の方だと思う。もちろん他国に行けば、さらに物凄い魔術師もいるらしいのだが、僕はこの世界では一年という限られた時間しか行動できない。それは、この世界の全てを見て回るにはあまりに少なすぎる時間だと思う。ならばなるべく面倒事は起こさずに、出来ることをしっかりやっていきたいと思っての事だった。
「そうか。考えがあっての行動ならワタシが口を挟むことでもない。好きにするが良い。」
「ああ。しかし今回は少し遠くに足を伸ばしてみようと思ってさ。その、できるならルシルマーの力も借りたいんだけど良いかな?」
「飯に水浴び場所、雨風をしのげる寝所、その他全てをお前に頼る今のワタシに拒否権は無かろう。」
「悪いね、助かるよ。」
「して、どこに行く?ワタシに力を借りたいと言うことは、空を自在に飛べるお前以外にも、人数を連れて移動したいと言うことだろう?」
察しが良いのはありがたい。
一ヶ月ほど前に別の国からやって来た従者が、少し気になることを言っていた。「我が国には『あのお方』が残した魔法書がある」と。
出来ればその魔法書を見せてもらいに行きたいんだけど、この世界にまだ慣れてない僕だけじゃ、何かボロが出たり(なるべく『あのお方』の息子とは言わない方が良いだろうし)失礼があるかもしれないから、交渉に慣れた団長達とその他数名を連れていきたいんだ。
僕が運ぶこともできるけど距離もかなりあるし、万が一にでも他国でトラブルがあった際は困るから、魔力の温存も考えたい。
「そうか、好きにするが良い。しかし、ワタシの背中は乗りやすくないぞ。鞍でも作らせよ。」
「ありがとう。」
僕の言葉にルシルマーの歩みが止まる。
「…どうかした?ルシルマー。」
「ふん。感謝の言葉はこちらが言わねばならんのだろうな。」
「え?」
「とぼけるな。元々お前はその国に行く気は無かったんだろう?情報を得ておきながら一ヶ月も過ぎて今さら向かうのは、おそらくワタシの事を考えてだ。自分は一年後には別の世界に渡る、だがこの翼竜はどうなる、僕が消えたあと見知らぬ土地で困らないのか、とな。」
「…。」
「それならばこの世界にいる内に、出来る限りの事を調べてやろうと、そう思ったんだろう?」
ドラゴンは他の種族に比べると頭が切れる方だとは教えてもらったことがあるが。心が読めるんじゃないだろうな。
「…まあ、無きにしもあらずだよ。」
決して照れ隠しや優しさで説明しなかったわけではない。まだ二日しか一緒にいないが、それでも彼女の、プライドと言うか誇り高さは、人間からの助けを良く思わないかもと勘ぐってしまっていたのだ。
しかしそうではなかった。ルシルマーは、自身も他人も、人間もドラゴンも関係なく、忌憚無く思ったことが言えるのだけだったのだ。
「ふん。…ありがとう、タスク。」
「!…ああ、こちらこそ、ルシルマー。」
次の日、国王様に事情を説明し、国を空けても大丈夫な人材をお願いした。隣国に行くメンバーは以下の通りだ。
騎士団長 ラベル
護衛団長 クラン
護衛団上級兵士 パルノ
交渉人 サエノ
これに僕を加えた計五人。僕とラベル以外が女性なのは、ちょっとしたわけがあるのだが。
サエノは国同士の話し合いの場にも参加できるほどの話術と信頼を持ち得ていて、交渉は主に彼女に頼ることになる。他の三名は本人達の希望もあり、僕の護衛としてついてきてくれることになった。
「クラン様。今回は別に護衛団長が自ら出なくても良いんじゃないですか?タスク様に会えなくなるとは言え、二日もあればお戻りなられるとお聞きしましたが。」
「なっ、何を言ってるのパルノ!べっ、別にタスクと離れたくないからではないわ!…それを言うなら、ラベル殿こそ今回の任務には合わないんじゃないの?」
「ん?ああ、まあな。俺としても出来ればあの国には行きたくなかったが…どうにもキナ臭い感じがしてな。こんなときの俺の勘は当たるんだ。」
そこから三日後に、相手国に訪問する約束を取り付けてもらった。そろそろ出発の時間。目立つのを避け王宮の裏庭に集まった僕たちの前で、風を巻き起こしながらルシルマーが翼竜に戻る。
変身時の強風と、その大きさに皆圧倒される。
「乗って。案内は頼むぞ。」
さあ、目指すはリリアルリウル国。
トラブルの無い旅になりますようにと願い、僕らは大空へと飛び立った。
次回へ続く。
続きます(*^^*)