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第5話 家族

 卒業式後の数日間、幸にもズリエルがシモンズ家に乗り込んでくることもなく、私は継母と義妹の召使いのようなような生活をしていた。


「――そもそも、どうして私が召使いのような生活をしなければいけないのよ……」


 厨房で昼食の準備をする私は、思わず愚痴を零してしまう。

 今までであれば、この時間は貴族学院で授業を受けていた。

 しかし今は学院を卒業したことで、昼間から邸のことにかかり切りになっている。

 だからだろう、一度は考えることもなく受け入れた現状に、再び不満を感じるようになってしまった。


 本来であれば、婚約者であったズリエルとシモンズ領に戻っていたはず。それなのに、そのズリエルから婚約破棄を言い渡され、今後の私は自分の身をどこに置くべきか把握していない状態なのだ。抑えていた不満が込み上げてくるのも当然だろう。


「私の人生、何処からおかしくなったのかしら?」


 考えるまでもなく、あの悪夢のような記憶を思い出させられたことが原因だと理解している。

 それを踏まえた上で考えた。

 やはり最大の転機は、父が継母を後妻として迎え入れたことだろう。父の再婚こそが、私の運命を大きく捻じ曲げたと言っても過言ではない。


 あの悪夢を見させられてから二年、私が十歳だったあの当時、数年後にこんなことになるとは露程も思っていなかった――



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 引きこもりになっていた私が半引きこもりになった頃、父が珍しく「会わせたい人がいるんだ」と言い、私は半ば強引に応接室に呼び出された。


「この二人は、マリアンヌのお義母さんと義妹になるよ。新しい家族だ。今まで母や姉妹がおらず、マリアンヌには寂しい思いをさせてしまっていたからね」


 ほんわかとした柔らかい印象の女性と、その後ろからおっかなびっくりにこちらの様子を窺う少女。私の眼前に、見ず知らずの女性が二人いた。

 父は照れくさそうに、二人を新しい家族だと私に紹介してきたのだ。


 なんとも珍しい父の表情から、この婚姻が貴族特有の政略結婚でないことは即座に理解できた。

 継母となるであろう女性を見る父の目はとても優しく、父自身が彼女を好いているであろうことが良く分かったからだ。

 それならば、私が文句を言う話ではない。


 私があれやこれや考えていると、継母となる女性は夫を亡くした農婦で、一緒に畑作業をしていて気に入ったのだと父は告げてきた。

 他にもなんやかんや説明してくれるが、ただの惚気話なので話半分に聞いておく。


「わたしはヴェロニカと申します。マリアンヌ様、これから宜しくお願いしますね」


 父の惚気話が終わると、継母となる女性――ヴェロニカが、やや緊張気味に自己紹介をしてきた。


 二十代前半くらいに見えるヴェロニカは、小娘であっても貴族令嬢である私をマリアンヌ()と呼び、しっかり腰を折って頭を下げる平民のお辞儀をする。

 貴族ではないヴェロニカから気品は感じなかったが、気位の高い貴族女性が突然やってきて、『私が貴女の義母(はは)よ。跪きなさい』などと言われるよりマシに思えた。


 そんなヴェロニカを改めて観察してみる。

 彼女は農婦だったため、少し焼けた肌をしていた。

 身長は女性にしては高く、体型は少々ぽっちゃりで胸がとても大きい。……なんというか、包容力がありそうで健康的な肢体だ。

 そして、赤茶色の髪を一房の三つ編みにし、目尻の下がった優しそうな目に若草色の瞳を収め、柔和な印象がとても強い。


「…………?」


 目尻の下がった優しそうな目、それに大きな胸……どこか見覚えがあるような?

 ――ハッ! 前世の姐さん。姐さんに雰囲気が似ているのだわ。


 私は伏し目がちに継母となるヴェロニカの観察をしていたのだが、彼女から見知ったような雰囲気を察し、ある種の戸惑いを感じていた。が、その原因が判明し、内心でにやけてしまう。


 今まで何度か感じた過去に起因する感情は、常に負のものであった。しかし今回、ヴェロニカから感じた雰囲気は嫌なものではなく、私の心を暖かくしてくるれものであったのだ。

 なぜ暖かくなったのかと言えば、前世で孤児であった私を拾い、育ててくれた姐さんに似ているのだと気付いた……というか思い出したからだろう。


 前世の私は、物心がついた頃には既に孤児で、残飯を漁ったりスリをしてどうにか生きていたが、ついに生命の危機に瀕していた……と思う。

 そんな私を助けてくれた姐さんも、目尻の下がった柔和な目をしていたのだ。

 姐さんはヴェロニカと違って身長こそ低かったが、豊かな胸に健康的な肢体の人だった。


 ヴェロニカと姐さんは、顔そのもので言えばそれほど似ていない。あくまで、纏っている優しそうな雰囲気が似ている、というだけのこと。しかしその雰囲気こそが、懐かしさのようなものを感じさせる重要な要素なのだ。

 そのため、私のヴェロニカに対する印象は一気に良くなっていた。


「ドミニカ……です」


 姐さんのことを思い出し、なんだか胸が暖かくなってきたわ、などと私が表情には出さずに心の中だけでほんわかしていると、不意にぶっきらぼうな声が耳を掠めた。

 ヴェロニカの背に隠れ、顔だけひょこっと出していた少女が名を告げてきたのだ。

 ドミニカと名乗った少女は人見知りなのだろうか、少し怯えた感じでおどおどしている。


 そんなドミニカは、母であるヴェロニカに似た赤茶色の髪をしており、貴族令嬢では殆ど見られないショートボブだ。元々農民の娘なのだから、別段おかしくはない。

 そして少しキツそうな目には、ヴェロニカと同じ若草色の瞳を収めている。

 髪や目の色は母似だが、顔の作りは母に似ていないため、きっと亡くなったという実父に似ているのだろう。


「マリアンヌですわ」


 義理の母と妹を観察していて、自分が自己紹介していないことに気付いた私は、淑女らしくカーテシーをしてみせた。

 半引きこもりとはいえ、私も貴族の端くれだ。相手が平民とはいえ、しっかり挨拶しないといけない。


「マリアンヌ様はさすが貴族令嬢ですね。挨拶一つにしても、とても美しいです」


 ほんわかしたしたヴェロニカに言われた言葉が、本心なのかお世辞なのか分からない。それでも悪意のようなものを感じなかったのにはホッとした。


 継母のヴェロニカとはなんとかなりそうな気もするが、私は社交性があるとはいえない人間のため、三歳下だという義妹と仲良くなるのは大変な気がした。

 義妹となるドミニカは、ある意味で警戒しなければいけない親しい者に当てはまるのだ、無下にする訳にもいかない。

 適度な距離感を保って無難に接していこう、そう私は思った。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



――初めて継母と会ったあの日、不覚にも私は彼女に対し、完全とは言わないまでも心を許してしまった。

 それは前世で私を育ててくれた姐さんと、今ではまったく雰囲気の違う当時の継母の醸し出す雰囲気が似ていたからだ。


「はぁー、どうして私は、姐さんの纏っていた雰囲気を心地よく思うのかしら? 前世の記憶なんて中途半端だし、当時の感情なんて今の私には殆ど分からないのに、未だに姐さんのことを思うと、ほんわかした気持ちになるのよね。厄介だわ……」


 義妹のドミニカを多少警戒する気はあっても、継母のヴェロニカを許容してしまったのは、自分自身でも理解できていない感情のせいだ。

 とはいえ、今の継母に姐さんと重なる雰囲気はこれっぽっちもない。だから今の私が継母に心を許すなどありえないのだが、許していた時期があったこと自体が問題だった。


 あの頃しっかり継母を警戒していれば、今のようなことになっていなかったかもしれないのだから。


「変な感情だけあって、記憶は何の役にも立たない。何のために碌でもない記憶を思い出させられたのよ……」


 改めて愚痴った私は止まっていた手をいそいそと動かし、慌てて野菜の皮を剥きはじめる。食事が遅れると、また鞭で叩かれてしまうからだ。

 今日は既に叩かれている、更に叩かれるのは御免被りたい。


 重たい気持ちと痛む体を無理やり動かし、私は継母の機嫌を損ねないよう、急いで調理をする。

 この後、あのようなことになるとは思いもせず……。


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