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第4話 僅かな希望

 私と視線を絡めていた彼の表情が、遠目に見ても和らいだように見えた。

 きっと、私の鬼気迫る熱視線に、金髪の美青年が応えてくれたに違いない。


 これで助けてもらえる!

 私は表情にこそ出さないものの、内心では諸手を挙げて喜んでいた。


 だが世の中そんなに甘くない。『やっと助かる』そう思ったのも束の間、美男子に視線を外されてしまう。

 彼の行動に呆然とする私など『知らぬ』と言わんばかりに、美青年は透き通るような美しい金髪を靡かせ、くるっと体の向きを変えて私に背を向けてしまった。


「――――っ?!」


 ど、どうして? 私を助けてくれるのではないの? どういうことなの?


 何事もなかったかのように、こちらとは真逆の方向へと行ってしまった美青年。

 スラッとした長身の背で揺れる、黒いリボンで結われた長い金髪を見送る私は、ただただ困惑してしまう。


 あの和らいだ表情は何だったの? しばし停止していた私の脳が疑問を呈する。

 そして思い返してみれば、あれは微笑んだのではなく”鼻で笑っていた”ような気がしてきた。

 そう考えるとあの表情は、縋る気持ちの私が美しい男性に僅かな希望を託し、勝手に見てしまった幻想に違いない。


 結局、勝手に期待した私の祈りが実を結ぶことはなく、逆に期待値が上がったからこその急降下で、絶望と言う名の沼に叩き落とされてしまった。


 私が一人で藻掻いている間もズリエルは何か言っていたようが、もはや私の耳には入ってこない。

 だからだろうか、何も耳に届かないのをいいことに、私は壁に突き立てられたズリエルの腕を掻い潜り、その場から逃亡を図った。


 もしズリエルの声が聞こえていれば、きっと体が強張って動かなかっただろう。

 幸か不幸か、美男子に勝手な期待を寄せるも叶わず、それゆえに絶望した私は、間近で怒鳴るズリエルの声すら耳に届かず、硬直していた体は既に動けるようになっていたのだ。

 だからこそ、ある意味で自暴自棄になった私は、『逃走』などという無謀な選択をしてしまった。

 この逃走は、いつも怯えて従うことしかしてこなかった私が、初めてズリエル見せた反発行動だろう。無意識であったからこそ起こせた行動だ。


 私は流行遅れと笑われたドレスのスカートを摘まみ、淑女らしからぬ勢いで式典会場から抜け出す。

 どれくらい走っただろうか、次第に呼吸が乱れて速度が落ちる。と同時に、頭が冷静さを取り戻してきた。

 そして気付いてしまう。


 自分のとった行動が拙いことだった、と。


 だからといって、今更のこのこと会場に戻る気もしない。

 それに、もしかしたら私との婚約を破棄したズリエルは、もう二度と私に関わらないのではないか、などと楽天的な考えが頭を(よぎ)る。


 今の私は思考がおかしくなっているだろう。

 だから今は、先のことなど考えない。

 現状をどうにか打破……ではなく逃げ延びる。

 その後のことは、その時になって考えればいい。

 そんな場当たり的な思考になっていた。が、そうでもしなければ心が押し潰されていたのだ、この行動は正解だろう。


 私は必死に自分の行動を正当化した。それが正しいかどうかなど関係なく。


 思考が停止していた私が無意識に向かった先は、シモンズ男爵家の王都邸。

 私はいつの間にか玄関前に立っていた。

 そしてなんの気なしに玄関を開け、いつものように継母へ帰宅の挨拶に向かう。

 これは考えるまでもなく、学院生活の三年という歳月で、勝手に体に染み付いた行動であった。


「ただいま戻りましたお義母様」


 ソファーでゆったりと寛ぐ肉団子の如く肥えた継母は、いつものように顎をしゃくって私に着席を促す。

 そして私はソファーではなく、背もたれのない丸い木製の椅子に腰を下ろした。


「マリアンヌ、お金は?」

「え、何のことでしょう?」


 ソファーに背を預け、薄く開いた目で私を見据えた継母は、唐突に質問を投げかけてきた。

 その質問は、こちらがまったく予期していない内容だったため、私は素っ頓狂な返事を返してしまう。


「白々しい。ズリエルから慰謝料を預かったでしょ? 結婚延期の慰謝料として」


 白々しいも何も、私は慰謝料を預かるどころか、婚約破棄を言いつけられたのだ。当然そんなお金は貰っていない。

 だから私は、ズリエルに会場で言われたことを、極力継母を刺激しないように歪曲して伝えた。


「な、なんですって?! それでマリアンヌは、お金も受け取らずにのこのこ逃げ出してきたというの?!」

「ズリエル様はお金の用意などしていなかったと思います」


 ズリエルが口にしていた継母の悪口は言わず、私はそれ以外のやり取りを継母に伝えたのだが、やはり継母は納得しない。

 結局私が何を言ったところで、お金を持ち帰らなかった事実だけが真実となるのだから。


――ヒュン


 何を言っても無駄なのかしら。そう思って私の心が折れかかったところで、正面から聞きたくない音が聞こえ、私の体は無意識に震えてしまう。

 音の正体は、継母の持つ枝鞭の先端が解き放たれた際に発した、空気を切り裂く音だ。


「言い訳は必要ないの! マリアンヌにはまだ躾が必要なようね」

「……申し訳ございませんお義母様。お許しください」


 私は震える体を叱咤し、どうにか詫びの言葉を述べ頭を下げた。右手はいつものように胸元をギュッと握っている。


 そんな私の謝罪など意に介さず、継母は重たそうな体を起こしてソファーから離れると、右手に持った枝鞭を左手でしならせ、威嚇するように私の背後へ回った。

 今までに何十回何百回と行われ、既にお馴染みとなった行動だが、一向に慣れることのない嫌な気配を背中でひしひしと感じつつ、私は来たるべく痛みに備えて歯を食いしばる。


「マリアンヌは本当に使えない子ねっ!」


――ピシッ


「あぐっ……」


 そして私は、当然のように鞭で叩かれた。



 程なくして、怒りが一段落したのであろう継母に退出を促された私は、ほうほうの体で自室に戻った。

 精も根も尽き果てた私は、取り敢えずベッドに向かって横たわる。するとすぐに眠ってしまった。心身ともに限界だったのだろう。


 少しだけ休んだ私は、まずは動きにくいドレスをから着替えることに。

 流行遅れとはいえ、仕立てたばかりのドレスは容赦なく継母に叩かれた結果、新品とは思えないほどボロボロになっていた。しかも私の血が滲んだ状態で。


 私はボロボロのドレスを見て、自分自身を見ているようで悲しくなってしまう。

 だからだろう、二度と着れるような状態ではないドレスだったが、私は大事に抱えてクローゼットへしまった。

 このドレスを見限ってしまうと、私が誰かに見限られるような目に遭うと思ったからだ。


「はぁー、これから私、どうなるの……」


 先の見えぬ不安に苛まれた私は、再度ベッドへ戻り、うつ伏せになってぼやいた。

 仰向けでないのは、叩かれた背中が痛いからだ。


「取り敢えず夕食の支度をしないと」


 暫し放心状態だった私は、自然と流れていた涙で濡れた枕をパンっとひと叩きして起き上がると、痛む体を引き摺るように厨房へ向かった。

 何せ今のシモンズ男爵家の王都邸には二人しか使用人がおらず、それぞれが継母と義妹の世話をしている。

 そして男爵家の正当な血を引く私が、継母と義妹のために食事の用意などをしているのだ。


 どうして私がこんな目に……などと考える時期はとうに過ぎ去った。

 望んでもいないのに思い出させれた記憶。心に刻まれた、鞭で叩かれる痛みや恐怖が過剰に反応するため、私は叩かられないないように振る舞うのが最優先事項になっている。


 だから私は従う。


 とはいえ、一生この生活に甘んじるなど耐えられない。

 どうにかしなければ……。


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