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第47話 あれから……

 レオポルドからプロポーズを受けて約一年、私は晴れて公爵夫人に……とはなっていなかった。


 前当主テッドによって貶められた名声、代官などの不正も絡んだ財政難など、ブラックウェル公爵家は問題が山積みな状況だ。にも拘らず、のんきに結婚式を挙げるわけにはいかず、当面は問題を片付けることを優先した。

 そこでまず取り掛かったのは、ブラックウェル公爵領の代官に蔓延していた横領などの摘発だ。


 広大な公爵領には複数の町村があり、その数だけ代官が居る。

 そして悲しいことに、代官全員が悪事に手を染めていたのだ。

 誰か一人でも裏切れば事が公になると警戒したのだろう、『みんなでやれば怖くない』精神を発揮していたのだから恐ろしい。

 代官たちは皆が皆誰かしらの弱みを握り、互いに牽制し合う醜い共同関係だったのだから、一人の悪事が露見したところで芋づる式に全員の悪事が発覚し、ある意味手間いらずだったと言えよう。


 しかし、一気に代官がいなくなることは、ブラックウェル公爵家としても痛手だ。

 だがさすがはレオポルド、これを見越して代官の育成を行なっていた。


 ブラックウェル家の従者が少なかったのは、前公爵であるテッドが資産を食い潰してしまい、給料の未払いなどもあって辞めた者も多かったようだが、有能な使用人を代官教育に回していたことも原因の一つだったらしい。

 レオポルドがそんな手回しをしておいたお陰で、代官の挿げ替えは滞りなく行えた。


 そしてブラックウェル公爵領の健全化と同時に行われたのは、悪代官と結託した他領の不正を暴くことだ。

 いくらレオポルドが公爵といえど、おいそれと他領の政治に口出しできない。

 しかし今回、不正の証拠は幾つもある。

 その証拠を使うことは、ブラックウェル公爵家も不正の片棒を担いでいたと公言することになるが、レオポルドは事実は事実と認め、泥を被ってでも不正問題を解決する道を選んだ。


 ただでさえ評価を落としていたブラックウェル家の看板に、更に泥を塗ることになってしまったが、その泥はレオポルドの父テッド・ブラックウェルに被ってもらった。

 別段、テッドが不正をしたわけではない。しかし、彼が腑抜けていたことが、結果的に代官達の不正に繋がったのだ、責任が無いとは言えない。いや、むしろ彼が責任を負うべきだろう。

 実際、不正が行われていたのは、テッドが当主だった時代なのだから。


 さて、他領関連の不正で一番問題だったのは、私の元婚約者ズリエルの実家、グロス伯爵家だ。


 グロス伯爵領は縫製業が盛んで、絹や綿の生産地であるブラックウェル公爵領から殆どの仕入れをしていた。

 領の収益は縫製業だけで出している、と言われているほど産業が偏っているグロス領にも拘らず、グロス伯爵は原材料を卸してくれている公爵家代官の弱みを握り、不正取引をしていたのだ。

 不正などしなくても、グロス家は伯爵にしてはかなりの資産を持っているというのに。


 そもそも、グロス伯爵がシモンズ家――継母ヴェロニカを借金まみれにできるほど裕福なのは、『王都の高級服飾店にある生地はほぼすべてグロス伯爵領産』と言われるほど、服飾生地市場を独占しているからだ。


 グロス家がそこまで繁栄できたのは、レオポルドの曽祖父――私がマリウス・ブラックウェルだったときの兄――が当主となり、自領は絹や綿の生産に本腰を入れ、加工は他領に任せようとし、縫製技術を当時のグロス伯爵に持ちかけた結果である。


 優秀な兄を妬み、道を踏み外したマリウスの記憶が、完全ではないながらも蘇っている私としては、なんとも釈然としない気持ちになった……のは置いておこう。


 それはさておき、やはりグロス伯爵も多くの証拠を残していた。

 レオポルドはそれを利用して不正取引を法的に攻める一方、原材料を一切伯爵家に卸さないなどの経済制裁を加える。

 グロス伯爵領は、自領で絹や綿の生産ができず、素材は完全にブラックウェル公爵領に依存しているため、手持ちの素材が尽きると一切の作業ができなくなった。


 しかし、ブラックウェル公爵領との不正取引は、何もグロス伯爵だけが行なっていたわけではない。

 だがレオポルドは、グロス伯爵に対してはかなり徹底的に攻めている。

 私はその理由を聞いてみた。


「グロス伯爵があそこまで増長してしまったのは、僕の曽祖父が原因だからね。ブラックウェルの当主として、きっちり責任を果たそうとしているだけだよ」

「それだけですか?」

「それだけ……ではないね」


 レオポルドが苦笑いを浮かべた。


「曽祖父は、マリウスだった君が道を踏み外す原因を作っている」

「それは、優秀な兄を僻んだ私の不出来さが招いたことです」

「まあそうなのだけれど……。その優秀さが今になって問題を招いているのだから、現在の当主である僕が正す、それは当然のことだよ。それと――」


 ここでレオポルドは一旦区切る。そしてふっと息を吐き出だし、落ち着いた表情で口を開く。


「君の父、ヨアン・シモンズ男爵を死に追いやったグロス伯爵が許せなかった」

「……レオポルド様の前世、レオノーラ姐さんだった頃の夫ですものね」

「そう言われると不思議な感覚だけれど、彼はレオノーラだった頃の僕の夫であり、マリアンヌである今の君の父でもあるからね」


 実に複雑怪奇な話だが、レオポルドの前世は私の姐さんであり、姐さんが嫁いだ男爵家はシモンズ家だった。

 それ即ち、レオノーラ・シモンズは、私マリアンヌ・シモンズの母であるということで、私の母はレオポルドだったのだから、なんとも言えない気持ちになる。


「だから、グロス伯爵は徹底的に叩いた、と」

「そうだね。――でもそれだけではないよ」

「と言いますと?」

「ズリエル・グロス。彼は僕の逆鱗に触れてしまった」


 レオポルドはいつものようにニヤリと悪い笑みを浮かべるのではなく、今まで見せたことのない怒りの形相をしていた。

 そんな彼の表情に、私の体が無意識に震える。

 私は久々にレオポルドを恐ろしいと思ってしまった。


追加で一日一話、第50話まで投稿します。

よろしければ、そこまでお読みください。

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