第45話 綺麗事
幸せになっては駄目だと言う私に対し、レオポルドは真剣に向き合ってきた。
「確かに過去の君は、多くの過ちを犯したかも知れない。だからといって、君は常に安穏と生きてきたかい?」
「…………」
「マリウス・ブラックウェルだった頃、君は出来の良過ぎる兄がいたため、努力が認められない辛さを味わった。それが引き金になり、君は道を踏み外してしまった」
それは言い訳だ。
「身寄りのない孤児だったマリリンは、生きることに精一杯だった。それが王国一の美女と呼ばれる高級娼婦になった。でもそれは、何もせず手に入れた称号ではない。君は生き抜くために、精一杯努力した」
でも最後は傲った。
悲惨な最期を迎えたが、それでも足りないくらいに多くの人へ、沢山の迷惑をかけたのも事実。
「シモンズ男爵家の嫡子として生まれたマリアンヌはどうだい? ヴェロニカとドミニカ母娘によって、散々な人生にされたのではないのか?」
なぜそれを……と驚くまでもない。レオポルドであれば、調べるのは簡単だったであろう。
そしてこの人生は、確かに辛いものだった。
しかしようやく気づいたのだ、マリアンヌとしての人生は、償うためにあるのだと。だから当然の仕打ちなのだ。
「君はこれまでもたくさん苦しんできたんだ」
もしそうだとしたら、それは自業自得、因果応報に他ならない。
「でもね、それらはたった一つのことが原因なんだ」
「それは、私が悪いことをしたから……」
「違うよ」
レオポルドは私の言葉を否定した。
「悪いのは君ではない。悪いのは戦争だ」
「戦争……」
既に百年以上も戦争は起こっていない。
であれば、彼の言う戦争は、前々々世のことだろうか。随分と昔の話だ。
「かつての僕と君を引き離し、切り離した戦争。あの戦争さえなければ、僕と君は幸せな人生を送れたんだ。――そして今、この王国の中で不穏な動きがある。また戦争が起こるかもしれないんだ。しかも外国が相手ではない、王国内での内戦だ」
「なっ?!」
随分と突飛な話だが、王国内で戦争が起こるというのであれば、暢気にしていられないではないか。
「もし戦争が起こったらどうなる? かつての僕と君のように、離れ離れになってしまう者が現れるだろう。幸せに暮らしていた街が壊滅するかもしれない」
「戦争は駄目です」
「そう。だから僕は、戦争のない平和な世界にしたい。従兄弟である国王陛下とも、いろいいろ考えている」
そういえば、ブラックウェル公爵家は元々国王の血を引く家系だが、レオポルドの母は前国王の妹であった王女。現国王とレオポルドは従兄弟関係だ。
「僕は表立って王国の職には就いていない。だからこそ、陛下を裏で支えている。でもね、そうなると僕は、ブラックウェル公爵領やシモンズ男爵領のことまで手が回らないんだ」
レオポルドは前宰相の息子で国王の従兄弟。血筋はしっかりしている。
それに加え、彼は過去の知識を活かしているのだろうか、とても有能だ。
「だからね、マリーが罪を償いたいと言うのであれば、まずは領地の民を、そして王国の民を幸せに導いてほしいんだ。――僕の預かる領を君が守ってくれるのであれば、僕は全力で陛下の力になれる。そうすれば、戦争が起こる前にその芽を摘み取れる」
「…………」
私が頑張れば、レオポルド様が戦争になるのを防いでくれる……かもしれない。
「戦争のない平和な世界を作る。それはとても大変なことだと思うよ。だからこそ、人生を賭けるほどの目標になる。――君が罪を償いたいのであれば、幸せを放棄するのではなく、君自身も含めて、皆が幸せになれる平和な世界を作るんだ」
私が幸せになってもいいの?
「まずはその第一歩として、僕と幸せになろう。そしてその幸せを皆に分け与えられる、そんな夫婦になりたいんだ」
レオポルドはそう言うと、横向きで見つめ合っていた私を抱きしめた。
彼の言う言葉は、もしかすると詭弁なのかもしれない。
それでも、抱きしめられた体が感じる熱は、とても心地良いもので、変に凝り固まった私の心を溶かしていく。
そしてふと思う。
私はブラックウェル公爵家でお世話になり、なんだかんだと理由を付けてはここに居座ろうとした。
きっとそれは、私の中に根差していた私自身も知らない彼への想い。
その想いこそが、私の根幹を成しているのだろう。
言い訳も綺麗事も抜きにして、私は彼から離れたくないのだ。
レオポルドに抱きしめられた私は、少しだけ顔をズラして視線を彼に向ける。
「…………」
この人は、農民だった頃から何も変わっていないのね。
いつもいつも私を一番に考え、私を大事にしてくれていたわ。
女性だった私が公爵子息になって、とんでもないクズ野郎になっても、私を見つけて正そうとしてくれたのよね。
その次は、孤児だった私を見つけて育ててくれて、同性で結婚はできなくても、私に愛を取り戻させようともしてくれていたわ。
そして今世も、継母の理不尽な扱いに辟易していた私を探し、こうして公爵家へ連れ出してくれた。
前世の私を殺したテッド・ブラックウェルがいる邸だけれども、私が接触しないよに注意をしてくれて、通路には必ず警護の兵を配備してくれていたのよね。
思い返せば、私はいつの世でも自分勝手に生きていた。
それに引き換え、彼は必ず私を見つけてを支えてくれていた。
それらをすべて繋ぎ合わせると、私がすべきことは、彼に恩返しすることではないかと思った。
罪がどうこうという綺麗事ではなく、私が本当に目を向けるべきなのは、彼だけで良いのかもしれない。
もしかすると、そう思うことこそが我儘なのだろう。
だがそれでも『私はこの人と幸せになりたい』そう思ってしまった。
自分の感情、気持ち、考え方。自分のことなのに、自分で分からない不明瞭なことが多い。
それであるなら、余計なことを考えるより、幸せになるこだけを考えるべきだと思った。……いや、思うようにしたのだ。
「あの、私――」
私は考えをまとめ、その結論をレオポルドに伝えようとした。が、ここでとある問題意気付いてしまったのだ。
できることなら気づきたくなかった事実。よりによって、決意を固めた後に思い出してしまった。よりによって、今この時に。
常にままならない人生を歩んできた私は、またしても苦難の道を選択することを余儀なくされた。




