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第41話 大混乱

 体を震わせ、血の気が引けて青い顔をしているであろう私に、右手に鞭を持ったレオポルドが近付いてくる。


 本能で感じた恐怖に遅れること少々、やっと頭でも危機的現状を認識した私は、『逃げなければ』そう思うも、震える体が言うことを聞いてくれない。

 そんな私に、薄ら笑いを浮かべたレオポルドが鞭を向けた。


「シモンズ男爵未亡人にこれで叩かれたせいで、マリアンヌは鞭を見ると取り乱してしまうのかな?」


 口調こそ優しいものの、レオポルドの感情が読めない。だからなのか、それとも単に鞭が怖いのか、私自身が自分の感情が分からず、何も答えられずにただただ震え続けていた。

 だがレオポルドは、お構いなしとばかりに口を開く。


「それとも、前世でテッド・ブラックウェルに叩かれたことを思い出すのかな?」


 そう言われた瞬間、私の体から震えが止まった。否、震えることすら儘ならないほど硬直してしまい、一切の身動きが取れなくなってしまたのだ。

 しかし動かない体とは反対に、脳は僅かだが活動している。


 今、この人は何と言っていた? 前世と言ったわよね?

 どうしてそれを……。


 焦点の合っていなかった私の瞳に、レオポルドの顔がゆっくりと映り込んできだ。

 床にへたりこんだ私と目線を合わせるため、彼は床に片膝を付いたのだろう。

 そんなレオポルドの顔には、優しさを多分に含んだ笑みが浮かべられており、なぜか私は懐かしさを感じた。

 そう感じさせるのは、目に見える表面的なものではなく、見えない何かに対して。だがその何かが分からない。だから心の中がもやもやする。

 しかし今は、それ以上に気になることがあるのだ、そちらに集中しなくては。


「不思議そうな顔をしているね」


 不思議に思うのも当然であろう。なにせ、前世の私が受けた仕打ちを、目の前の青年が知っているのだから。


「レオ、ポルド、様は、な、何者なのです、か?」


 どうにか動く口で声を発するも、言葉が上手く出てくれない。


「何者かと問われれば、時を越えてまで愛する君をずっと見守っていた者、とでも言うべきなのかな?」

「時を、越え……」

「そう、僕はいつの時代でも君を探し出し、君を見守っていたんだ」


 この人の言っていることが分からない。


「少し昔話をしよう」

「…………」

「僕がレオポルド・ブラックウェルとして生まれた頃、今世の僕(・・・・)の父であるテッド・ブラックウェルは高級娼婦をこの邸に囲っていた。所謂『愛妾』というやつだね」


 私が無反応だったにも拘わらず、レオポルドは話し始めた。

 しかもその内容は、前世の私を示唆するものだ。


「そしてその高級娼婦は、父テッドに鞭で叩かれ続け、肉体的にも精神的にも追い詰められた挙げ句、首吊り自殺をしてしまった」


 その話は、私も専属侍女のノーラから聞いている。

 真相は、自殺ではなく絞殺されたのだが、それを知っているのは等の本人である私と、テッド・ブラックウェルだけだろう。


「まあこの話は、当時その高級娼婦――マリリンの専属をしていたノーラから聞いたのだけれど、君も知っているだろ? ノーラから聞いた話ではなく、”当事者”として」

「――――!?」

「そんなに驚かないでよ」


 クワッと目を見開いた私に、レオポルドは軽い感じで驚くなと言う。


「君が前世を覚えているように、僕も前世を覚えているんだ。――ちなみに、マリリンを拾って高級娼婦に育て上げたのは、レオノーラだった僕だよ」

「な、何を……」


 動揺して言葉の出ない私だが、『ちょっと待て』と自分を落ち着かせた。

 侍女であるノーラは、見聞きした知識はあっても、私に前世の記憶があることを知らない。

 しかし、マリリン――前世の私――を育ててくれたのが、レオノーラ姐さんであることは知っている。ノーラ自身が、名前が似ているということで可愛がられていた、と証言しているのだから。

 だからレオポルドが口にしたことは、ノーラから聞いたことだけだ。彼が前世の記憶を持っている証拠にはならない。


「僕はね、スラム街でぐったりしている君を見付けた時、君がマリーであるとすぐに気付いたよ」

「…………?」


 マリー?


「でもね、残念ながら僕も君も、女性として生まれてしまっていたんだ。せっかく君を見つけられたというのに、同性だったことに凄くがっかりしてしまったよ。だから僕は、レオノーラとしての人生を捨てることにした。もう一度生まれ変わったら、その時こそ君と結婚すると決意して。――そして、君を高級娼婦に育て上げることにしたんだ」


 レオポルドが何を言っているのか、ちんぷんかんぷん過ぎて本当に分からない。


「レオノーラだった僕が高級娼婦だったというのもあるけれど、僕は君に愛を教えたかったんだ」

「愛……」

「そう。愛を忘れた君に、演技でもいいから人と寄り添う感覚を教えたかった。高級娼婦とは、謂わば疑似恋愛をする商売だからね。そこから本当の愛を思い出してほしかったんだ」


 愛を忘れた? 本当の愛を思い出す? ……どういうこと?


「そして君は、生きることに一生懸命で飲み込みも早く、早々に高級娼婦として名を上げた。後は経験を積み、疑似恋愛から本当の愛を学ぶだけの段階になり、僕は敢えて君と距離を置いたんだ」


 そういえば、マリリンだった私は、姐さんにとても懐いていたと記憶している。

 それこそ、前世の終盤で精神的に追い詰められていた時、唯一の救いは姐さんとの手紙だったくらい、姐さんに依存していた……と思う。


「君は覚えているかな? レオノーラだった僕と手紙を交わしていたことを」

「姐さんとの手紙……。私の心の支えだった……」

「覚えているようだね。ということは、レオノーラがヨアン・シモンズ男爵と結婚したことや、彼の子を授かったことも覚えているよね?」

「えっ?」


 姐さんがどこかの男爵と結婚して懐妊したことは、ノーラの話を聞いたときに思い出していた。だがしかし、その男爵が誰だったかは思い出していない。

 まさか、姐さんの結婚した男爵が今世の父(・・・・)だったとは、まったく知らない上に想定外すぎた。


「でも驚いたよ。僕がレオノーラとして結婚したヨアン・シモンズ男爵との間に生まれた子が、まさか君だったとはね」

「私、お母さんの名前を……、知らない……」


 私が物心ついた頃には、既に母は他界しており、母の名を聞く機会がなかった。

 別段、母の名を知らないことで困ることもなく、知ろうともしなかったのだ。


「そうなの? マリアンヌ・シモンズを生んだ母の名は、レオノーラ・シモンズだよ」

「レオノーラ……シモンズ……。レオノーラ……えっ? えええぇぇぇー!!」


 レオポルドが簡単に言った言葉は、私に大きな衝撃を与えた。


 姐さんの結婚相手が、今は亡き父なのはわかった。

 だが私の脳は、あくまで『父の奥さんが姐さんである』ということだけを認識している。

 そして、父と姐さんの間に子が生まれたのだから、その子は私なのだ。

 しかし私のポンコツな脳は、私の母が姐さんだという当然の事実を、なぜか認識していなかった。

 その結果、改めてレオポルドに説明されたことでようやく理解に至り、それと共に大いに驚いてしまったのだ。


「????」


 これっていったい、どういうことなの?


 私の脳は、かつて無いほどの大混乱を起こしてしまった。


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