第39話 極刑
「使いなのですから、一人で行くのが当然ですわ」
私が一人で勝手に震えていると、継母の強気な声が耳に届いた。
「そうは言いましても、貴女はマリアンヌに、サインをしてくるように念を押していたではないですか」
あれ? 私、そのことをレオポルド様に伝えたかしら?
「まあ先程もお伝えしたとおり、この契約書は公的な効力があります。仮にマリアンヌが勝手にサインしたのだとしても、それはシモンズ家の総意であり、男爵未亡人も同意したことになります」
「あたくしは同意などしていませんわ!」
「でしたら、裁判でそのことを仰ってください。まあ認められませんが」
「なっ……」
継母は、またもや裁判と言われて言葉を失う。
学習能力がないのだろうか? いや、それもあるが単に往生際が悪いのだろう。
「ところで男爵未亡人、シモンズ家へ融資したお金で、しっかりグロス伯爵へ返済されたのですか?」
「援助として頂いたお金を、あたくしがどう使おうと勝手ではないですか」
「ということは、伯爵に返済されていないのですね」
「さ、催促されていないのは、まだ返さなくて良いということですわ」
とんでもない理論だ。
「まあグロス伯爵に対しては、こちらで肩代わりいたしましたので、今後の返済はブラックウェル家の方へお願いしますね」
「な、何を勝手なことを?!」
「債権の買い取りなど、良くあることではないですか。良かったですね、借金の一本化ができて」
「あたくしの知らぬ間に勝手なことを……」
公爵を相手にしていることを忘れているのだろうか、継母の言葉遣いがおかしなことになってきている。
「それとは別に、男爵位を担保にし、民間の商会からも借金をしていますよね?」
「そ、そんなことありませんわ! 仮にそうだとしても、そちらには関係ないことですわ!」
「それが関係大ありなんですよ」
レオポルド様の口調が、徐々にお継母様を小馬鹿にするようになってきている気がするのだけれど、私の思い違いかしら?
「貴女がお金を借りたマリーレオ商会は、私の持つ商会なのですから。――といっても、表向きは私の執事が会長なんですけどね」
「なっ?!」
そういえば昨日レオポルドは、ブラックウェル公爵家の財政難など大した問題ではないと言っていた。
高位貴族の間でも、ブラックウェル家は斜陽公爵家などと言われているのだから、私からすると大問題に思えてしまう。だがレオポルドは、隣国で療養中に勉強の一環で始めた商売が次々に成功し、かなりの財産を築いていたのだと言う。
きっとその商会を使い、継母に金を貸していたに違いない。
「しかし男爵未亡人、爵位を担保にしたのは不味かったですね」
「爵位を担保にするなど、貴族には当たり前のことではありませんか」
どうでも良い情報だけは覚えている継母に呆れてしまう。
「正当な所有者の許可なく爵位を担保にするのは、違法行為なのですよ」
「主人が亡くなったのですら、正当な所有者はあたくしですわ」
「王宮にて相続の手続きを済まされましたか?」
「そ、それは、……してないですわ」
「ということは、正当な血筋であり嫡子でもあり成人もしている。それを満たすマリアンヌこそが、シモンズ男爵家の仮所有者です。そして、現状のシモンズ男爵家の正当所有者は王国、いいえ、国王陛下なのです」
爵位は相続できるものであるが、代替わりする際は国王の承認が必要だ。
もし当主が亡くなってから襲爵する場合、襲爵が認められるまで、その爵位及び領地は一時的に国王へ戻される。
とはいえ、通常はすぐに襲爵の申請を行ない、然程の日を置かずに承認されるため、実質的には次期当主が仮の当主を極短期間だけ務め、すぐに正当な当主になるとレオポルドが教えてくれた。
しかし継母は父の死後、何ら手続きをしていない。そのため現在のシモンズ男爵位は、国王の持つ爵位の一つとなっている。
その爵位を担保に金を借りるということは、国王の所有物を担保に金を借りたということになり、それは立派な犯罪……いや、重犯罪である。
「これは極刑もありえますね」
「ふ、ふざけたことを言わないで! だ、だったら、仮所有者だというマリアンヌの責任じゃないの! あたくしは悪くないわ!」
激昂する継母に対し、レオポルドが一枚の書類を広げてみせた。
「ここの借用人のサインは、ヴェロニカ・シモンズと書かれています。この借用書の契約は、あくまで貴女個人と交わしたものであり、シモンズ男爵家が交わしたわけでも、ましてやマリアンヌが交わしたものではありません」
「これも罠ね!」
「人聞きが悪い。マリーレオ商会は、平民である私の従者が会長です。貴族である男爵未亡人を信用し、契約を交わしてお金をお貸しした。その後、借用人であるヴェロニカ・シモンズ様の確認をした際、国王陛下が所有する爵位を担保にしていたことが判明した、ということです」
「……ふ、ふざけないでー!」
ここまで言われ、継母はついに暴れだした。
女性にしては高い身長にたっぷり脂肪を溜め込んだ肉団子が暴れると、私の体は恐怖で震えながら硬直してしまう。
そんな私をレオポルドが優しく抱きしめ、肉団子は彼の護衛兵に取り押さえられた。
ついでのように、義妹のドミニカも拘束されていた。
ドミニカは犯罪の幇助という名目らしい。
継母に対する恐怖心が勝っている私を、レオポルドは『もう大丈夫』と宥めてくれる。
詳しいことは分からないが、私は彼の言葉を信じて安心した。
少し前まで、このレオポルドという男性に恐怖を感じていたというのに……。
とにもかくにも、取り敢えず継母に怯えて過ごすことはなくなる、私はそう思って僅かに安堵する。
だが、まだ終わりでなかった。
「シモンズ男爵未亡人、仮にも貴方は、妻となるマリアンヌの継母だ。このまま極刑になられてしまうのは寝覚めが悪い。そこで、借金を返済してくれるのであれば、この事実を公にせず、内々で処理しようと思うのだけれど、どうかな?」
取り押さえられた肉団子、もとい継母に対し、レオポルドは慈悲深い提案を投げ掛けた。
やはり彼は優しい人物なのだろう。そう思うことで自分を納得させ、私は心の均衡を保つ。
「返すアテなどありませんわよ!」
衛兵達に抑えつけられ地に伏した継母は、レオポルドを睨みながら大声で答えた。
「ならば――」
レオポルドの口から出た言葉に、私は我が耳を疑った。




