第2話 操り人形
華やかに飾り付けられた卒業式典会場。
王立貴族学院の卒業生の一人として、私もこの場に盛装でいる。
今日は皆が皆、豪著な衣装や宝飾品で自身を飾り付け、誰もが自分こそ主役だと言わんばかりに誇らしげにしている中、盛装でも私だけが場違い感満載だった。
別段、私の装いがひどく見窄らしいというわけでもない。
私は貴族として低位である男爵家の令嬢だが、今日のために新しく仕立てたドレスで着飾っている。ただそのドレスが、ゴテゴテと装飾されているだけのこと。
だが、それこそが流行遅れを表していた。
今はシンプルなドレスに、ワンポイントでリボンを付けるなどしてそこを強調するのが流行りだ。
それを踏まえてみると、私以外の淑女は全員シンプルな装い――流行りのドレスを着ていた。
これは、常日頃から私にキツく当たる継母の意地悪ではない。
継母は私に意地悪であっても、シモンズ男爵家に対する誇りはあるようで、男爵家が不当に蔑まれるのを良しとしない。――継母自身は、かなりシモンズ家の名を貶めるようなことをやらかしているが、それはまあ置いておこう。
とにかく、継母的には”シモンズ男爵家の者として恥ずかしくないように”と私如きにドレスを仕立ててくれたのだ。
だがせっかくのドレスも、仕立て屋の意見も聞かずに継母の趣味だけで作られた結果、意地悪されたようなことになっていた。
そんな私を見て、ひどく不機嫌な者がいる。
いずれ我がシモンズ男爵家に婿入する、グロス伯爵家三男のズリエル、私の婚約者だ。
常から眉根に皺を寄せた不機嫌顔のズリエルは、かつてないほどの不満を前面に押し出した怒りの表情を浮かべている。
それもそうだろう。自分の婚約者だけが、時代に逆行したような流行遅れのドレスを着て悪目立ちしているのだ。そんな者と踊るなど、見栄が重要視される貴族としては物凄い屈辱に違いない。
ただでさえズリエルは、大柄で立派な体躯に派手な山吹色の髪なのだ、本人単体でも目立つ容姿をしている。
そんな彼と私では、不要な視線を集めるのに十分な組み合わせと言えよう。
しかも私とズリエルの婚約は、悪い噂と込みで周知されていた。
今も御令嬢達が扇子で口元を覆いながら、楽しそうに噂話に花を咲かせている。
「元農婦であるシモンズ男爵夫人は、義娘の婚約者のご実家であるグロス伯爵家に、結婚持参金の前渡しを要求たらしいですわよ」
「更に借金もしているらしいですわね」
「シモンズ男爵夫人といえば、取り繕ったような作法で知識も乏しく、会話をしていてもすぐに底が見えるとか」
「シモンズ男爵令嬢のドレスをご覧になれば分かりますが、センスも壊滅的なご様子ですわね」
「そのようなお義母様のために、お茶会に誘ってくださるご友人を探されているシモンズ男爵令嬢は、とても健気ですわぁ」
「「「「「オーホッホッホー」」」」」
たかが男爵家の後妻に関する醜聞など、世間からすればどうでもよい話だ。だからこそ、ゴシップ好きな貴族が好む話題とも言えよう。
しかも最悪なことに、尾ひれ背びれの付いたでまかせ話ではなく、事実なのだから性質が悪い。――私も遠回しに蔑まれているが、そんなことには慣れている。
御令嬢たちが聞えよがしに楽しんでいる会話。私ならそれを素知らぬ顔で聞き逃すことができる。だがズリエルは、私と一緒にいることで、とばっちりの恥辱を受けているようなものだ。
その証拠に、変化の乏しいズリエルの表情から、怒り心頭な彼の心中が窺い知る事ができてしまった。
もし仮に、今すぐズリエルと二人きりにでもなったら、私は即座に殺されていたに違いない。――これは私の勝手な妄想だが、有り得ない話ではない。
「チッ! とっとと踊るぞ」
「か、かしこまりました……」
苦虫を噛み潰したような表情で手を差し出してきたズリエルが、如何にも『仕方ない』といった声音で私の腕を引いた。
その行為はエスコートとは程遠く、連行という言葉の方が似合う行動だ。
婚約者がそれほどピリピリしている状況下で、私はこれから彼とダンスを踊らなければならない。
ダンスが得意とは言えない私だが、これ以上ズリエルを刺激しないよう、少しでも完璧に近いダンスを踊ることに意識を向けた。
息の詰まるような空気感の中でダンスが始まり、私はどうにかミスなく踊れている。
後もう少し!
私が全神経を研ぎ澄ましながら踊っていると、眉間に深い皺を寄せ、こめかみに青筋を立てたズリエルがダンスの終盤で唐突に口を開く。
「このダンスがお前と踊る最後のダンスだ」
ダンスに集中する私の耳を、無意識に掠めた婚約者の言葉。それを私の脳は、『このダンスが終わったらお前を殺す』と変換した。
すると無性に恐ろしくなり、私の体は硬直しながら震えるという、器用なのか不器用なのか分からない状態になってしまう。
しかしズリエルは、これ以上恥をかきたくないのだろう。彼は自慢の筋肉を駆使し、動きの止まった私を人形のように操り、最後まで力任せにダンスを踊りきったのだ。
ようやく曲が終わり、ズリエルは私を引き摺るようにダンスフロアから下がる。
「――――」
どうしよう?! このままズリエル様と二人きりになったら、私……殺されてしまう!
もはや殺されることが確定だと思ってしまっている私は、悪足掻きをすべく口を開く。
「ズリエル様、先程のダンスが最後のダンスとは、ど、どういう意味でしょうか?」
私はなけなしの勇気を振り絞り、どうにかズリエルにだけ聞こえるような声で問うた。『この後にお前を殺すからだ!』と言われないことを祈りつつ。
「…………」
「…………」
しかしズリエルは答えることなく、私の問を無視してズカズカと足を進めていく。
気が気でない私だが、働かない脳を動かし考えを巡らす。そして導き出されたのは、『いくら彼でも公衆の面前で私を殺害しないだろう』という答えだ。
ならば二人きりになってはいけない。そう思った私はどうにか体を動かし、人混みに留まろうとする。
だが筋力で勝るズリエルは、私の抵抗などお構いなしとばかりに引き摺って行く。
少しして、彼の足がやっと止まってくれた。
俯いていた私が少しだけ視線を上げると、会場からは出ておらず、単に壁際にきただけだと理解する。
すると、私はドンッと壁に押し付けられてしまう。直接体を抑えつけられていないのは、不幸中の幸いと言って良いのだろうか?
とりあえずパッと見、周囲にはそれなりの人たちがおり、彼ら彼女らは思い思いに会話を楽しんでいるようだ。
これだけ人の目があれば、すぐにすぐ殺されないだろうと思い、私はホッとして胸を撫で下ろす。
だが予断を許さない状況は継続している。
私は恐る恐るズリエルの顔を覗き込んだ。
すると、そんな私を凝視した彼は、やはり面倒くさそうに口を開いた。