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第27話 一緒に

「おはようマリアンヌ」

「おはようございます、レオポルド様」


 寝不足で気怠い体と、何を言われるのかという緊張から、いつもより重い足取りで食堂に入ると、レオポルドは既に着席していた。

 もはや見慣れた笑みを浮かべるレオポルドを目にし、私の心は安堵してしまうのだが、気を抜いてはいけないと自分を叱咤する。


 今日の朝食は公爵家の家族が常時使用する場所で、晩餐会が開ける広大な場所ではない。

 座席こそ向かい合っているが、十分に会話のできる距離だ。


「ここ最近、少々忙しかったけれど、今日から四日ほど休暇を取ることにしたよ」

「……そ、そうでございますか」


 運ばれてきた食事を黙々と食べていると、レオポルドからおもむろに会話を振られ、私は慌てて飲み込んで返答した。


「それでね、今日はマリアンヌに王都の案内をお願いしたいんだ」

「私がレオポルド様をご案内するのですか?」

「そう。僕は王国で生活していなかったでしょ? それに王国に帰ってきてからは、どちらかと言えば領地に行くことが多くて、王都はあまり知らないんだ。だからマリアンヌに案内してもらおうと思ったのだけれど、駄目かい?」


 物心付く前から隣国で療養していたレオポルドが、この王国の王都に詳しくないのは分かる。しかし、私も人生の大半を田舎のシモンズ男爵領で過ごしていた。

 王都での生活は、貴族学院に通学するためで、私も四年弱しか住んでいない。

 それでも継母に友達を作らされ、それとなく知り合いになった友達――だと思っていた人達と街を歩いていたため、多少知っている程度だ。


 それにしても、『駄目かい?』などと言われて、私が『駄目』と断れるわけがない。だから当然了解するのだが、自信がないことは伝えておく。


「私もあまり詳しくないのですが、それでもよろしいでしょうか?」

「全然かまわないよ。それより、僕としてはマリアンヌと一緒に出かけることの方が大事だからね」


 レオポルドのような美青年に、とても良い笑顔でそんなことを言われてしまえば、普通の御令嬢なら大歓喜なのだろう。

 だが私は、寵愛されることこそが危険であるため、とても複雑な心境になってしまった。


 朝食が終わると、一旦自室に戻って着替えることに。

 田舎男爵令嬢の私は朝起きて着替えたら、たとえ外出する場合でも、その日は再度着替えるようなことはない。着替えるとしたら、よほど土汚れが酷い場合だけだ。

 だが公爵家では、邸から出もしないのに午前と午後では違うドレスに着替えさせられる。

 そして今日は外出するのだ、当然のことながら着替えは必須だった。



 いつもの三つ編みではなく、専属侍女母娘に可愛らしく編み込まれたハーフアップにしてもらった私。いつもどおり長い金髪を黒いリボンで結っているレオポルド。

 私たち二人を載せた馬車は、王都の高級商業街へ向かっていた。


「僕も多少は王都で生活しているけれど、商業街に行くのは初めてなんだよね。楽しみだ」

「私も通りかかったことがあるだけで、ほとんどお店には入ったことがありません」


 本当に楽しみなのだろう、レオポルドはワクワクした様子だ。


 公爵邸で出会った頃のレオポルドは、顔こそ笑顔であったが感情を感じさせることがなかった。

 しかし最近は、表情どおりの感情を感じさせてくる。

 それを鵜呑みにしてしまえば、レオポルドの感情が分かって助かるのだが、もしかすると私を油断させる作戦なのかもしれない。

 きっと私の考え過ぎなのだろうが、用心を怠ってはいけないのだ。


「マリアンヌは行ってみたい店や、欲しい物などないのかい?」

「必要最低限の物があればよい生活をしていましたので、物欲と言いますか、購買欲がないのです」

「女性であれば、宝飾品や可愛らしい小物など欲しいと思うのでは?」

「私に限ってはありません」

「欲しい物があったら遠慮なく言ってね」

「…………」


 畑を走り回る幼少期、それから記憶を思い出して引きこもり、父の再婚で望まぬ家族ができた。だから私に買い物をする習慣がない。

 そして買い物をするようになったのは、継母に使用人のように扱われ、食材の買い出しをするようになってからだ。私物を自分で購入したこともなければ、あれこれ欲しいと思える心の余裕さえなかったのだから。


 それより何より、前世の私が経験したことの方が大事だ。

 細かいことは分からないが、私は高貴な者から多くのプレゼントを頂いていた。

 中には、私に貢ぎ過ぎて借金をしてしまい、お家が取り潰しになった者もいたっぽい。だから私は、多くの人に恨まれていたのではないかと思う。

 そして元孤児だった私が大金に囲まれ、心が貧しくなった結果が絞殺死だ。ならば、慎ましやかに生活するのが長生きの秘訣に思える。


「もし欲しいと思える物がありましたら、そのときはお声がけいたします」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」


 何かを強請るつもりはこれっぽっちもないが、これで何も欲しがらなくとも、『欲しいと思える物がなかった』と思ってもらえるだろう。


 高級商業街へ着くと、レオポルドが左肘を出してくる。

 私は意図を察し、控えめに右手を添えた。


 商業街といっても、私が普段買い出しに出ていた場所とは違う。貴族や裕福な平民が闊歩する場所だ、私は自分の場違い感に気付く。

 だがレオポルドは凄く楽しそうだ。

 彼の言葉どおり、私と一緒に出かけているからなのか、はたまた、商業街に初めてこれたことが嬉しいのか分からない。分かっているのは、レオポルドが楽しそうな雰囲気を纏っている、ということだけだ。


 そんなレオポルドと街を歩いていると、少しずつ私の気分も高揚してくる。

 隣を歩く彼が楽しそうにしていることも理由の一つなのだろう。

 しかし、歩いていて思った。私自身、こうして外出するのは久しぶりで、それが嬉しいことなのだと。


 考えてみれば、私が公爵家に入ってから王都の街に出たのは今回が初めてだ。

 王宮の夜会は馬車で移動しただけ。ブラックウェル公爵領に行ったのは外出の一つなのだろうが、あれは王都の街ではない。

 だから忘れていたのだ、日々を過ごす公爵邸の外にも世界があったことを。


「マリアンヌ、何か気になる物はあったかい?」

「特には……」

「ただ歩いているだけでは退屈でしょ?」

「いいえ。こうして王都の街を歩いているだけで、私はとても楽しいです」


 レオポルドを見上げながら言うと、私を見下ろす僅かに不安そうな表情が、安堵を含んだ歓喜の表情に変わった。


「そうか、マリアンヌも僕と一緒に歩くことが嬉しいんだね」

「……あ、はい、そうです」


 私は単に王都を歩けていることが楽しいのだが、彼は『私がレオポルドと一緒に歩いていることが嬉しい』と脳内変換したようだ。

 だからといって否定しては拙い。ここはレオポルドのご機嫌取りをすべきだろう、そう思った私は、わざとらしくならない程度の笑みを浮かべ、しっかり彼の言葉を肯定しておいた。



 その後も私からは一切のおねだりをしなかったのだが、レオポルドが気を遣ったのだろう、ちょいちょい店に入っては「これはマリアンヌに似合いそうだ」などと言っては、少しずつ買い物をしていた。

 最初は強固に断っていた私。だがそれはそれで、レオポルドの気分を害していまいそうな気がしたため、途中からは素直に買ってもらうことにした。


 そうして一日を二人で過ごしていると、私は心地よさも感じ始める。

 駄目だと分かっているのだが、頭ではなく心がそう思ってしまうのだ。

 そんな自分の心が厄介だと思いつつ、『今日だけ』と自分に言い訳をし、最後はすっかり楽しんでいた。




「はぁー、楽しかったわ。お友達もどきの方々と歩いていても、こんな気持ちになったことなどなかったものね。――でもレオポルド様のお休みは四日間のはず。このまま流されないよう、明日はしっかりした自分でいられるよう心掛けないと」


 就寝時にベッドで一人になると、今日の佳き日を振り返った。

 しかし、私は親しい者に殺害される可能性が高い身。腑抜けた感情を翌日まで持ち越してはいけない。

 そのことに一抹の寂しさを感じるも、一時の気の迷いで人生を棒に振るのは馬鹿げている。

 だからこそ、翌日の課題を自身に課した。


 だが翌日は――


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