第21話 ダンス
王宮の絢爛豪華かつ広大な空間で、華奢なレオポルドの影に隠れるように佇む私は『ここにいて良いのだろうか? 場違いすぎるのではないだろうか?』と心細い気持ちでいると、国王の入場が告げられた。
すると、周囲の者たちの視線が上に向けられ、釣られるように私の視線も上がる。
ようやく姿を現した国王夫妻が足を止め、国王は威厳を感じさせる声で夜会の開会を宣言した。
初めて目にした国王は、”国王”という響きに対する印象と違ってとても若い。
確か二年ほど前、先代国王が若くして――国王としては――急逝したため王位に就いたはず。
現国王の詳しい年齢は知らないが、見た感じでは二十歳を過ぎたばかりくらいの青年だ。
金髪碧眼の人物で、やはりと言うべきか、とんでもないくらいに美形である。
何処かレオパルドに似た面持ちだと思ったが、王家の血を引く公爵家の者と国王なのだから、両者が似ているのは当然なのかもしれない。
そんなことを考えている間に、会場には音楽が響き渡り、いつの間にかダンスフロアに降りていた国王夫妻による、ファーストダンスが始まった。
誰もが見惚れている美男美女の舞に、私もすっかり魅入ってしまう。
ちょっとした感動を味わっていると、あっという間に一曲目が終わっていた。
会場中に鳴り響く拍手に送られて国王夫妻が下がっていくと、レオポルドがおもむろに私の手を取り、いつも以上にわざとらしい笑顔で口を開く。
「マリアンヌ嬢、僕と踊っていただけますか?」
断る選択肢のない私に、レオポルドはそんなことを言ってくる。わざとらしい笑顔は、きっと揶揄いも含んでいるのだろう。
これもまた作法の一つだと分かっている私は、わざとらしくならない程度の笑みを浮かべ、「喜んで」と答えた。――内心では喜ばしくないのだが……。
緊張している私は、胸元をギュッと摘み、少しでも心を落ち着かせる。
そんな私にレオポルドは、「気楽に」などと言うが、とてもではないが気楽になどなれない。
だが音楽が鳴り響き、ついにダンスが始まってしまう。
私はレオポルドに恥をかかせないためにも、とにかく失敗しないように心掛けた。
「マリアンヌ、そんなに下ばかり向いていては駄目だよ。ほら、顔を上げて」
「は、はい……」
「眉間に皺が寄っているよ。ダンスは楽しく踊らないと」
必死な私の気も知らないレオポルドは、随分と気の抜けることを言ってきた。
仕方なく顔を上げて彼の顔を見ると、レオポルドは本当に楽しそうな表情をしていたのだ。
そんな顔を見せられると、一人で必死になっているのがバカバカしく思えてしまう。するとどうだろう、少し気の抜けた私の肩からすっと力が抜ける。
その瞬間、私の体が自然に動き出した。
力が抜けたことで、前世の私が乗り移ったかのような錯覚に陥る。気分も段々と高揚してきた。そして『ダンスが楽しい』と思えてくる。
なんとも不思議な感覚だ。
気持ちに余裕のできてきた私は、周囲にも目がいくようになった。
だがそれにより、私にとって良くないものが目に入ってしまう。
それは、御令嬢達による嫉妬……そう思われる眼差しだ。
ダンス前は私など見ていなかった御令嬢達が、今はうっとりとレオポルドに見惚れるのではなく、鋭い視線で私を睨んでいる。
こんなことなら自分の世界に引き込んだままだ方が良かった、そう思ってしまうほど、私に向けられた視線は厳しかった。
ようやくダンスが終わると、当たり前のように俯いた私は、レオポルドに手を引かれてダンスフロアから外れる。
「楽しかったね」
「そ、そうですね」
本当に楽しそうに言うレオポルドだが、私が楽しめたのはほんの一瞬だけだった。
「さて、僕は陛下に呼ばれているのだけれど、勿論マリアンヌも一緒に行くよね?」
「そ、そんな畏れ多い。私などが陛下の御前に立つなどありえません!」
レオポルドがとても恐ろしいことを言ってきたので、私は精一杯の拒否をした。
然も当たり前のように『勿論』などと言っていたが、何が勿論なのか私には理解できない。
「それは残念。では、僕一人で行ってくるよ。――マリアンヌはここで待っていてね」
「わかりました」
これは命令だ、などと言って連行されるものだと思っていたが、レオポルドは存外にあっさり聞き入れてくれた。
行ってくるよ、そう言って反転したレオポルド。彼の背で揺れる金色の長い髪を眺めながら見送ると、私は少しだけ移動して壁に寄り添うように佇む。
目立ちたくないのにレオポルドという美形と一緒にいることで、図らずしも目立ってしまった。少しでも存在を消すには、壁の花になるのが一番だ。
だがいくら気を遣ったところで、既に目立ってしまった事実は消せなかったらしい。貴族学院時代の顔見知りが数人、こちらに近付いてきているのだ。
多分、私の自意識過剰とかではないと思う。
彼女らは派手な扇子で口元を隠し、なにやら会話をしている。それもチラチラと私の方を見ているのだから、まず間違いないだろう
面倒なことにならないよう、私は敢えて俯いた。
それが功を奏したのか、一団は私の近くまできたのだが話しかけてはこない。
が、誹謗中傷するような声が聞こえてきた。
「田舎者のくせに……」
「あんな恥ずかしい家柄のくせに……」
「婚約者に捨てられたくせに……」
俯いている私には、声の主達の視線は見えていない。しかし、声の聞こえ方からして、こちらを向いて喋っているであろうことは分かる。それも聞えよがしに。
だがそれも想定の内。彼女らがこちらに向かってきた時点で、ある程度は覚悟していた。それも強い気持ちで。
なんといっても、私には高級娼婦だった記憶がある。たとえそれが記憶の欠片だとしても、このような状況……いや、もっと苛烈な成熟した貴婦人から散々嫌味を言われた経験をしているのだ、成人して間もない小娘の戯言などに私は屈しない。
ただし、これ以上は目立ちたくない。
前世の私は、高級娼婦として目立つことはむしろ必要だった。
だが今は違う。
悪目立ちをして変な輩に目をつけられるのは、非常に困ってしまうのだ。
いくら小娘の戯言に耐えられるとしても、私が目立ってしまうような言動をしてほしくない、というのが本音であった。
どれほど時間が経過しただろうか、私を嘲る言葉は止まらない。それどころか、さらに聞こえてくる声の人数が増えている。
直接話しかけられることがないとはいえ、注目を集めてしまっていることは確かだ。
レオポルド様、早く戻ってきてほしいわ、などと思いつつ辟易しながら俯いていると、私の視界に男性の靴先が映り込んだ。
やっとレオポルドが戻ってきてくれたと思うと、自然と顔の筋肉が笑みの形を作ってしまう。
だがそれでも、慌てて顔を上げるようなことはしない。こんな時だからこそ、優雅に振る舞うのが淑女だ。
私はゆっくりと顔を上げ、自然にできた笑顔ではなく、しっかりと作った”淑女らしい”笑みを浮かべた。……が、その笑顔は一瞬で崩れてしまう。
「どど、ど、どうして……」
今の私に、淑女がどうのと考えていたような余裕はない。
それどころか、私の意思など関係なく体が震え始めている。
どうしよう……。
不安に苛まれた私は、僅かに動く右手を胸に持っていき、ギュッと胸元を掴みつつ、再び顔を俯かせた。
逃げたい。でも何処に? そもそも体が動かない。諦める? それは駄目。それならどうするの? 分からない。
地頭の悪い私の脳が、これでもかと目まぐるしく動く。だが答えが出ない。
「マリアンヌ――」
聞きたくない声が、私の鼓膜を揺らした。




