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第20話 有耶無耶

「おかえりなさいませ」


 今回のお出迎えではそれほど緊張もせず、侍女らしくご主人様をお迎えることができた。多少なりとも心にゆとりがあると、出迎え一つにしても気分良くできる。

 前回は使用人として使ってもらえるかが気になり、邸を出されてしまう不安が大きかった。だが今回は、その不安がなかった分だけ、純粋に使用人としての心持ちでいられたのだ。


「ただいま」


 笑顔のレオポルドを見て、少しだけ心が踊った。


 彼の言葉は私に向けてというより、待ち構えていた使用人全員に対して発したのだろう。だがそれでも、嬉しく思えたのは事実だ。

 これはきっと、使用人としての心構えが私にも備わった証拠だろう。

 今まで以上にもっと侍女として頑張ろう。そう決意すると、私の心はやる気で満ち溢れた。


「マリアンヌ」


 気合の入っている私に、レオポルドが声をかけてきた。

 何故だろうか、嫌な予感が……。


「明日は国王主催の夜会に出席するから、準備よろくね」

「あ、はい。私は何をお手伝いすれば良いのでしょうか?」

「ん? 君は僕のパートナーとして出席するのだから、そのための準備だよ」

「えっ?」


 他の侍女と共に一人の使用人としてレオポルドを待ち構えていた私に、彼は軽い調子で告げてくる。しかし内容は少しも軽くない。

 嫌な予感は的中だった。

 大体にして、貧乏男爵家からある意味売られてきたなんちゃって令嬢の私が、公爵家嫡男のパートナーとして夜会、それも国王主催の夜会に参加するなどありえない。

 そもそも私は、正式なデビュタントも済ませていないのだ、これは非常事態と言えよう。



「ケイトさん、どど、どうしましょう?!」

「問題ありません」

「いやいやいや、問題しか無いと思うのですが」

「大丈夫です」


 自室に戻った私がわたわたした調子でケイトに相談したのだが、彼女もまたレオポルドと同じく軽い調子だ。

 何を以て問題ないや大丈夫と言っているのか不明だが、ケイトは非常に落ち着いている。

 相変わらず私だけ蚊帳の外で、公爵家の中では何ら問題なく順調に動いているようだ。私にももう少し説明をしてほしい……。




「レオポルド様、私はデビュタントも済ませておりませんので、当然のことながら王宮の夜会に参加したことがありません。それにダンスは苦手なのですが……」


 王宮に向かう馬車の中で、私は不安な心境を包み隠さず吐露した。


「それなら僕も一緒だよ。僕だって初めて夜会に参加するのだから」


 公爵家でお世話になってから、レオポルドは生まれた頃から体が弱く、医療の先進国である隣国で暮らしていたと聞いている。

 学院生時代に、ブラックウェル公爵家の嫡男は公に姿を見せたことがない、という噂も聞いていた。

 であれば、今回の夜会が初参加というのは本当なのだろう。


「あれ?」


 それって拙いのではないかしら? ダンスが苦手な私でも、レオポルド様がリードしてくだされば、どうにか体裁は整えられたかもしれない。でも、レオポルド様までダンスが苦手だったら……。


「どうかしたかい?」

「あ、いえ、少し気になったのですが……レオポルド様は、ダンスがお得意なのでしょうか?」

「ダンスの練習はしていたよ。楽しいよね」

「私は苦手ですので、楽しいとは思えないのですが」


 レオポルドはいつになく良い笑顔で答えたが、楽しめても得意ではあるかは分からない。しかも『練習はしていた』と過去形で言ったのだから、今は練習などしていないのだろう。

 私の不安は、より一層大きくなってしまった。


「そういえば、髪をアップにしているマリアンヌを見るのは初めてだね」

「そうですね」


 普段の私は三つ編みで、ドレスを着ているときはケイトが編み込みなどしてくれるが、基本的に髪を纏め上げてのアップスタイルにはしていない。

 ブラックウェル公爵邸を初めて訪れた際も、私は少しだけ気合を入れてハーフアップにしていたが、今回のようにガッツリ全体を纏め上げていなかった。

 それこそ、私が最後にアップにしたのは卒業式典だ。それ以降は一度もない。


「…………」


 卒業式典で目が合ったこと、やはりレオポルド様は覚えていないのね。でもそれは分かっていたこと、今更落ち込むことではないわね。


 ドレスこそ違うが、今の私の出で立ちは卒業式典のときと似ている。

 もしかしたら思い出してくれるのでは、などと少しばかり期待していたのだが、そうは問屋が卸さなかったようだ。


「今のマリアンヌを、どこかで見たような気がするのだけれど……」

「――――!」


 少々気落ちしてしまった私の耳に、予期せぬ言葉が届いた。

 想定外の事態に、私は慌てて口を開く。


「貴族学院の卒業式典で――」


――ガタンッ


「どうやら到着したようだね」


 せっかくレオポルドが、本当の意味で私との初対面を思い出したかも知れないというのに、馬車が停車したことで会話が終わってしまった。

 話が有耶無耶になってしまったことで、私はガックリと肩を落としてしまうが、今日は初めての夜会だ。落ち込んだ気持ちで望むわけにはいかない。

 私は気持ちを切り替えた。


 レオポルドのエスコートで馬車を下り、そのまま会場に向かう。

 公に姿を見せたことのないレオポルドと、地味な私は特に注目されることもなく会場入りできた。……と思っていたのだが、なにやら視線を感じる。

 どうやらレオポルドが、御令嬢達の目に留まったようだ。


 私は変な記憶と中途半端な感情を持たされたせいで、美醜の感覚が少々ズレている自覚がある。

 それこそ今は女性だが、男性だった記憶も僅かながらあるのだから、可愛い、綺麗、格好良いなどの感覚が、普通の女性と違うのはある種当然だろう。

 だから忘れていた、レオポルドが”美青年”であることを。


 美醜の感覚がズレた私でさえ美青年だと感じたのだ、通常の感覚からしたら、レオポルドは絶世の美青年に見えるに違いない。

 だからだろう、彼を見つめる御令嬢達の目がうっとりしているように見える。

 しかし、そんな美青年にエスコートされている私など、まるで眼中にないようだ。


 私が言うのもなんだが、今日の私はいつもより地味さが薄れている。

 ケイトや侍女見習いにより、過去にないほど磨き抜かれた私は肌艶も良く、ヘアスタイルや化粧も『どこのお姫様』と言わんばかりに施されているのだ。

 それでも御令嬢達にスルーされるのだから、私の持って生まれた地味さは相当なものなのだろう。


 自分が注目されているわけではないが、同行者が視線を集めている状況というのはなんとも居心地が悪いもので、私は居た堪れない気持ちになる。

 元より、初めて王宮での夜会に参加して緊張しているのだ、なおさら気持ちが盛り下がってしまう。


「はぁー……」


 まだ開会宣言もされていないというのに、私は既に帰りたい気持ちで一杯になってしまった。


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