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第1話 婚約者

 苦々しい記憶を思い出してから約五年後に、王都にある王立貴族学院に通いはじめた私。

 田舎のシモンズ男爵領を出て以来、王都暮らしは既に三年目で、年齢も十五歳になっている。


 貴族学院には、地味な私を嫌う婚約者のズリエルも通学していた。

 彼は私より格上の伯爵子息なのだから、当然と言えば当然だ。

 そんな婚約者は、顔を合わせれば常からの不機嫌そうな表情を更に険しくし、何かと私に苦言を呈してくる。きっと、地味な私の見た目のせいだろう。


 私はありふれた土色の波打つ長い髪を三つ編みにし、髪と同色の瞳はやはり地味な土色。

 高からず低からずな鼻に厚からず薄からずな唇、可もなく不可もなくという中途半端さで、全体的にとても地味な見た目をしている。


 ズリエルと初めて会話した際に、「マリアンヌは本当に地味な女だな」とハッキリ言われたくらい地味だ。

 男爵家の跡取りであることを除けば、私には何の魅力もない。そんなことは誰に言われるでもなく、私自身が自覚している。

 私の地味さは元来持って生まれたもので、それでも敢えて地味でいることを選んでいるのだから、いずれ婿入りしてくるズリエルに嫌われているのは当然のこと。


 普通に考えれば、婚約者に嫌われていることは問題だ。

 だがしかし、私には他にも様々な問題がある。……いや、むしろ、婚約者に嫌われていることなど些事だと思えるほど、私は大きな問題を抱えていた。


 そんな私だが、間もなく貴族学院を卒業する。卒業すれば王都を離れ、生まれ育ったシモンズ男爵領に戻れるのだ。

 卒業さえしてしまえば問題は激減し、その後は将来の夫のご機嫌取りに集中できる。

 それが良い状況なのかどうか分からない。だがそれでも、今と環境が変わるのは、私にとってとても望ましいことだった。


 だからあと少し、もう少し我慢すれば領地に戻れる。

 そう思っていた矢先に、私は婚約者のズリエルから呼び出されてしまう。



 放課後、誰もいない学院の中庭で、いつもどおりの不機嫌顔をしたズリエルが、ピリピリした空気を漂わせてベンチに座っている。

 待たせてしまったことで咎められるかも、そんな心配を掻き消すように、私は胸元をギュッと握り、ふぅーっと小さく息を吐く。そして意を決して声をかけた。


「……お待たせしました」


 おずおずと声をかけた私を一瞥したズリエルは、何も言わずに顎をしゃくり、自身の左に座れと無言の圧力をかけてくる。

 のろのろしていると彼の機嫌が更に悪くなるため、私は慌ててベンチに腰掛けた。

 おっかなびっくり顔を右に向けた私は、婚約者の短く刈り上げられた派手な山吹色の髪に視線を向ける。常に眉根を寄せるズリエルの鈍い鉛色の瞳を、私は恐ろしくて直視できないからだ。


 僅かな沈黙の後、ズリエルは正面を向いたまま虚空に向かって口を開く。それもひどく面倒くさそうに。


「俺は学院を卒業したら士官学校に進学する」

「えっ?!」


 私は初めて聞かされた内容に驚いてしまう。

 元々卒業後の詳しい予定を知らなかったが、おおよその予定は頭の中で描いていた。


 婿入してくるズリエルは、すぐにシモンズ男爵領にきて領地経営について学ぶ。

 私は花嫁修業をしながら婚約者の世話をし、機嫌を損ねないように生活をする。

 望ましい生活ではないが、そうなるものだと決めつけていた。

 しかし、ズリエルが士官学校に進学するとなると、状況が大きく変わるだろう。

 予想していた未来が変わろうとしている私は、どうすればいいのか分からなくなってしまった。


「お前との結婚は、士官学校を卒業してからになる」

「……そ、それですと、私も王都に残るのでしょうか?」


 混乱した私は、頭に浮かんだ疑問を考えなしにそのまま口から出していた。


「俺は知らん。そんなのはお前の家のことだろうが」

「そ、そうですよね……」


 これは拙い。

 結婚が先延ばしになったのだから、花嫁修業がすぐに必要な状況ではなくなる。

 急ぐ必要がないのであれば、私はシモンズ男爵領に戻れない。

 そうなると、今までのように王都で継母と義妹の世話をする、という可能性が限りなく高くなる。それは私の望む生活ではないのだ。


「ズリエル様、なぜ急にそのようなことに?」

「俺は父にそうしろと言われただけだ。まあ一度は諦めた騎士になる夢、それが叶うかどうかは別にして、士官学校に行けるのはありがたいがな」


 いつも不機嫌なズリエルが、今初めて少しだけ笑顔を見せた。しかしその表情は、悪党が小狡いことでも思いついた際に浮かべる笑みのようで、私からすると恐怖心を煽るものでしかない。


「――――」


 この笑みにも、慣れないといけないのね。憂鬱だわ……。


 それはそうと、貴族家というのは当主の言葉が絶対だ。

 ズリエルの父であるグロス伯爵が決めたことに、私が異議を申し立てるなどできないし、できたところで結果は変わらない。

 こうなっては、どうにかして自分が領地に戻れるよう、私自身が頑張るより他なかった。


 幸いにして、婚約者であるズリエルが士官学校に進学する件は、グロス伯爵が領地にいる私の父へ直接連絡したらしい。

 それは即ち、王都で私と一緒に暮らしている継母は、私の結婚が延期されたことを知らない、ということになる。

 ならばと、私はすぐに父へ手紙を送り、私だけが領地に戻れるように頼み込むことにした。


 継母に知られたら、何か余計なことをされてしまうに決まっている。そう思うと、悠長に事態の推移を見守っていられなかったのだ。


 しかし父からの返事が届かないまま、あれよあれよという間に時間は過ぎていく。

 そして気が付けば、貴族学院の卒業式典当日を迎えてしまっていた。


「はぁー、どうしよう。明日にでも領地に向けて出発したかったのに、このままでは身動きが取れないわ……」


 まだかまだかと待ち望んでいた卒業式典だったが、今後の見通しが立たない私は、他の卒業生が和気藹々としているのを尻目に、豪華に整えられた式典会場で一人壁に凭れてごちっていた。


本日は、第2話も投稿します。

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