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第17話 失格

「――マリアンヌ様。……マリアンヌ様?」

「……あ、はい」

「そろそろ作業を終わらせてくださいとのことです」

「分かりました」


 私が肖像画(・・・)に意識を奪われている間に、年若い見習い侍女の一人がやってきていたようだ。何度か声をかけてくれたのだろう、私が反応すると彼女は安堵の表情を浮かべ、ケイトからの伝言を伝えてくれた。

 私はおざなりにならないようしっかり額縁に布を被せ、清掃作業を終了する。心の奥に引っかかりを感じたまま……。


 どこかぼやけた感じで食堂へ向かうと、ケイトからレオポルドが明日戻ってくる旨を伝えられた。

 そんな重要なことを聞かされたからには、今考えるべきことではない事柄に気を割いている余裕はない。

 私は先ほど目にした絵画のことを、頭の隅へ追いやった。


 公爵邸での仕事は、とても気の抜けるものではない。だから私は、常に緊張感を持って仕事をしていた。

 しかし、レオポルドとの再会には、普段以上の緊張を感じてしまう。会うのは明日なのだが、私は既に緊張して体がカチコチだ。

 それも仕方のないことだろう、いよいよ審判が下るのだから。


 私が今後も公爵家で働けるかどうか、それはケイトからレオポルドに伝わるであろう、私のここひと月の評価次第で判明する。今からどうこうできることではないのだが、せめてレオポルドとの再会時に少しでも良い印象を持ってもらいたい。

 最後の悪足掻きというわけではないが、明日は公爵家の侍女として恥ずかしくない姿勢で出迎えよう。




「「「「「おかえりなさいませ」」」」」


 吹き抜けで天井が高い広々とした玄関ホールに、レオポルドを出迎えた使用人たちの声が響く。

 勿論、私も適切な音量で声を発し、教わったとおりの侍女らしいお辞儀をしている。


「マリアンヌ」

「は、はい!」


 突然レオポルドから名を呼ばれた私は、驚きのあまり必要以上に元気な声で返事をしてしまった。

 早速やらかしてしまったわけだが、まだ大丈夫。

 私の評価をケイトから聞いていない……と思われるレオポルドが、ご帰館早々に今後の沙汰を伝えてくることはないはず。

 それにしてもなぜ私を呼んだのだろうか、と不思議に思う。


「公爵家の生活はどうだい?」

「……あ、はい。ケイトさんにいろいろと教えていただき、皆さんにも良くしていただいてます。レオポルド様にも大変感謝をしております」


 どうしたことだろうか、レオポルドの笑顔と声に、私を気遣うような感情が込められているように感じる。だからといって、『どうしたのですか?』などと聞くわけにもいかず、私は感謝の言葉を述べて使用人らしく頭を下げた。無論、額が膝に付くような卑屈なお辞儀ではない。


「すっかりメイドらしくなったね」

「ありがとうございます」

「でも今日で終わりだよ」

「えっ?」


 何故? ……も、もしかして、既にケイトさんからレオポルド様に私のことが報告されていて、私は侍女失格の烙印を押されたということ?!

 何がいけなかったのかしら? 貴重品を壊したりしていないし、寝坊も初日以外はしていない。……はっ! もしかして、初日の時点で既に失格だったというの!?

 私、これからシモンズ家へ戻されるのかしら? またあの折檻の日々に戻るの?

 そんなの嫌よ! ど、どうすれば……。


 レオポルドの言葉に、私は冷静でいられなくなってしまった。

 脳裏には継母の意地の悪い笑みが浮かんでしまい、鞭が空を切る嫌な音が幻聴として聞こえてくる。そうなると私の体は自然と震え、俯いてしまう。

 無様な姿を見せるわけにはいかない、などと思う余裕のない私は、右手で胸を握りしめるのが精一杯だ。


「とりあえずドレスに着替えて」

「――――っ!」


 やはり、ここを出て行け、と言うこと、なのね……。


「失礼いたします」

「なんだい?」

「ご用意してあるドレスは、パーティーなどの屋内用しかございません。旅用の物は新たにご用意いたしませんと」


 俯いてしまった私の耳に、年嵩の侍女ケイトの声が届いた。

 私の聞き間違いでなければ、ケイトの声に『旅用』とあったように思う。それは、私を何処かへ売り飛ばすということだろうか?


 王国で人身売買は禁止されている。

 しかし、『労働の対価を事前に』という名目で先払いされてしまえば、その後は労働力を提供しなければならない。

 厳密に言えば人身売買ではないが、やっていることは人身売買と同じだ。だが違法行為ではない。単に給料を先払いしただけなのだから。


 私の場合も、継母に金が渡った以上は給料の先払いと同じようなものだ。

 支払いに対し、私には労働力を提供する義務がある。

 だから見ず知らずの誰かに売られる……というか引き渡されても、それは仕方のないことといえよう。

 だがしかし、それはとても怖いことである。


 前世で高級娼婦であった私は、売れっ子で顔の広い姐さんという後ろ盾があり、相手を選べる環境にあった。見知らぬ誰かに買われる、などという状況にはなっていなかったのだ。

 そう考えると、見ず知らずの者に売られてしまうのは初めての体験で、とてつもなく恐ろしくて不安になる。


「レオポルド様、何卒、何卒ご慈悲を! まだまだ至らない点が多々あるかと思いますが、これからもっと頑張ります。なので、どうか私をこの邸に置いてください。お願いします。お願いします――」


 私はケイトに教わったことも忘れ、何度も何度も深々と頭を下げた。

 今の私が希望を持てる状況は、このまま公爵家で使用人を続けることだけ。ならば、レオポルドにお願いするしかない。


「そんなにここが気に入ったのかい?」

「は、はい! 邸内の配置など、立入禁止区画以外はだいたい覚えました。これから完全に覚えるようにいたしますので、何卒ご慈悲を! お願いします!」

「そういうことを聞いている訳ではないのだけれど……それは困ったな」


 レオポルドの声は、些か呆れを含んでいるように感じる。だが、ここを追い出されるわけにはいかない。

 私とて必死なのだ。

 例え呆れられようがなんだろうが、私にできることはたった一つ。


 ”レオポルドに縋る”ことだけなのだから。


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