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第11話 嫌な予感

 私が考えなくてもよいことに思考を向けている間に、男性はソファーから腰を上げてしまった。


 拙い!


 自分の置かれている状況を思い出した私は、慌てて立ち上がって声を出そうとする。が――


「え?」


 自身の慌てた行動により、ここにきてよやく話し相手の顔を見た私は、思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

 それは目の前に、美しく輝く金色の長い髪に、大地を彩る新緑を思わせる深碧の瞳を持つ人物がいたからに他ならない。

 忘れもしない、この人物は卒業式典で目が合いながらも、私の救世主足り得なかったあの美青年だ。


「あ、貴方は……いえ、失礼いたしました」


 咄嗟に出てしまった声を押し留め、私はまた頭を下げた。


「頭を上げてくれないかな」

「……す、すみません」


 簡単に下がってしまう自分の頭の軽さに嫌気が差しつつも、私は再度謝辞を述べて頭を上げる。

 すると男性は、美しい顔を綻ばせて優しい笑顔を浮かべた。

 だがしかし、深碧の瞳は少しも笑っていない。むしろ声と同じで、一切の感情が見えない作られた笑顔だ。

 彼のその瞳は、路傍に転がる石ころでも見るような、何の感情も込められていない無関心な目であった。


「…………」


 卒業式の日に私と目が合ったこと、覚えていない、のね……。


 眼前の男性が今の私に無関心なことは、百歩譲って良しとしよう。しかし、私がハッキリ覚えている卒業式典のことを彼が覚えていないのは辛かった。

 だがそれも仕方のないことだろう。私は何処にでもいるような地味な女で、ほんの少し目が合ったくらいで覚えていてもらえるはずなどないのだから。


「そういえばまだ名乗っていなかったね。僕はレオポルド・ブラックウェル。レオポルドと呼んでくれていいよ」


 こちらの感情などお構いなしに、彼は軽い調子で自己紹介してきた。

 私は即座に気持ちを切り替え、思考を巡らす。


 彼はブラックウェルと家名を名乗ったのだ、この人物が公に姿を現したことのない、公爵家の嫡男なのであろう。

 であればこそ、公爵家の嫡男である彼を、私如きがをファーストネームで呼ぶのは憚られる。


「い、いえ、そのような恐れ多い――」

「君は何をしにここへきたんだい?」

「え? そ、それは……」

「嫁ぐつもりできたのであれば、僕と君は家族になる。ならば名で呼ぶのは当然だろ?」

「…………」


 私は思案する。

 はて、私が嫁ぐ相手はこの方だったか、と。

 だが違う。私は公爵の後妻となるべくこの場にきた。であればこの方の言うとおり、私と美青年は家族になるのであって、私が彼の妻になるのではない。


 場の雰囲気は甘い感じでもなんでもないというのに、何故か目の前の美青年が私のお相手かと錯覚してしまったが、そうでない事実を思い起こした。

 しかしそれはそれで、少々嫌な予感が……。


 公爵の後妻は謎の死を遂げると言われる、”呪われた公爵家”の噂。

 その噂の発生源は、あくまで当主である老公爵だと思われている。だがここにきて、笑顔であっても無関心な視線を向け、無感情な声で喋る息子がいた。

 ということは、警戒すべき相手が二人に増えたということではないだろうか。


 私の不安は増していく。

 しかし、ここで尻込みして実家に戻っても、私の閉ざされた未来は変わらない。

 意を決してやってきたのだ、未来を変えるためには今一度覚悟を決めねば、そう思った私は、しっかり前を向いて口を開く。


「……レオポルド様。わ、私は、公爵夫人に固執しておりません。むしろ使用人でもかまいません。私をこの邸においていただきたいのです」


 継母の元を離れたいという気持ちが勝ったせいか、自分でも驚くような言葉が口を吐いていた。

 またやってしまった、という不安がこみ上げた私は、右手で胸元をギュッと握り、俯いてしまう。


「面白いことを言うね。謙虚な姿勢を見せ、少しでも僕の心象を良くしようとでも思ったのかな?」

「い、いえ、そうではありません」


 そうではないのだ。

 私はただ、あの家を出て未来を変えたいだけだけ。でも公爵の嫁になるのは怖い。

 だからだろう、心の奥底にあった本心が口を吐いてしまったのだ。

 むしろ心象を良くしようと思うどころか、情けないことに私は、自分本位な願望を言葉にしたにすぎない。


「まあ、僕の方はどうでもいいことだけど、君の方がそれだと困ると思うけどね」

「え?」

「僕はね、ブラックウェル公爵家が世間からどう思われているか理解しているよ。それこそ家格の釣り合った上位貴族どころか、釣り合わない男爵家ですら嫁入を拒む公爵家だとね」

「…………」

「そんな公爵家にわざわざ嫁入りしようと思うくらいだ、君には余程の理由があると思うのだけれど、僕の考え過ぎだったかな?」

「――――っ!」


 そうだ、私がここで使用人として残れても、それでは継母が納得しない。

 さすがに公爵家へ押し入るまでして、私に危害を加えることはないだろう。

 だが私が公爵家の敷地から出ることがあれば、その際に継母に攫われ折檻を受ける可能性がある。その可能性が大きいか小さいかは問題ではない。可能性があることが既に問題なのだ。


 そしてもう一点。

 仮に私が受け入れられても、途中で放り出される可能性もある。その場合、私の帰る場所はシモンズ家しかない。そうなれば私は……。

 それに、シモンズ男爵領の領民も心配だ。

 継母なら無理な増税など平気でやる気がする。きっと領民が苦しむに違いない。

 私に良くしてくれた者たちが苦しむのも嫌だが、万が一私がシモンズ家へ戻った場合、領民に恨まれて殺される……そんな嫌な可能性が私には付き纏う。

 ただ継母から離れるだけでは意味がないのだ。


 私は我が身可愛さの考えが先走る。

 そのうえで、自分の申し出では事が解決しないことに気付いた。

 更に私が選べる選択肢は二つしかない。


 老公爵の後妻に、”なる”か”ならない”か。


 今の私には、それ以外の道はないのだ……。


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