第0話 始まりの悪夢
初めてシリアスな物語を書いてみました。
今作は既に最後まで書き上がっています。
完結までお付き合いいただければ幸いです。
――ガバッ
「――――な、何? 今のは……夢…………なの?」
ひどく恐ろしい夢で目覚めた私は、不安のあまり胸元をギュッと握る。そこは寝汗でビッシリ湿っているが、不快感など気にならない。今はそんなことより夢のことで頭がいっぱいだった。
だが直後、唐突に頭が締め付けられたような痛みが走る。――が、程なくして何事もなかったかのように、痛みから解放された。
「…………そう、また……なのね。今世も、また……」
悪夢としか言えないその夢は、前世の私が体験した忌々しい記憶そものだと理解した。
しかも前世の私は、更にその前である前々世の記憶を持っており、二人の私が体験した出来事を夢として頭に流し込まれのだ。
むしろ悪夢でもいいから夢であって欲しい。そう思うほど凄惨な記憶自体は、幸いと言って良いのだろうか、克明とは程遠く、色味もなければ穴だらけの断片的なもので、当時の心境などはひどく曖昧であった。
だがしかし、よりによって自分の死亡状況だけは、綺麗に色付いて思い出させられたのだから性質が悪い。
公爵家次男の立場だった前々世は嗜虐趣味があり、鞭で叩かれた女性が苦悶の表情を浮かべる様を眺めるのが好きという、とんでもないクズ野郎だった。
そんな男の最期は、鞭で叩いた女性と情事の最中、過去に鞭を打ち付けた別の女性に、何度も何度も剣で突き刺されての刺殺死。
孤児から高級娼婦になった前世は、自身が生きることも厳しかった孤児時代を忘れ、貴族に貢がせて破産に追い込むほどの悪女。
その女は前の人生と逆で、高貴な者に鞭で叩かれる立場になり、最期はその鞭を首に巻きつけられての絞殺死だった。
そんな破綻した人格の碌でもない記憶を思い出させられたのだ、私はこれからの人生――今世を、悲観して生きていくことになるだろう。
昨日までも、大いなる野望や希望を抱いていたわけではない。普通に結婚して家庭を作り、家族と楽しい日々を過ごす、そんな平凡だが穏やかな生活を夢見ていただけであった。
それは、八歳という幼い少女が抱く夢としては、夢とも言えない極々普通のありふれた願望だろう。
しかし過去二度の人生、それも死に際を思い出してたことで、ほんの些細な幸せを望むことさえも、私には贅沢過ぎると気付いてしまった……否、気付かされたのだ。
「はぁ……」
だってそうでしょ? 前世では絞殺死、前々世は刺殺されているのよ。
そんな記憶を思い出させられたということは、きっと今世の私も、何らかの手段で誰かに殺されるに決まっている。それも見知らぬ者からの突発的な行為ではなく、見知った親しい者が明確な殺意を持って襲ってくる、そうに違いないわ!
そんな絶望的な未来が見えている人生に、なんの意味があると言うのよ。
もし同じ人生を、記憶を思い出した状態でやり直すのなら、誤った道を正せたかもしれないわね。
でも実際は違う。今の私は別の人間として、別の時代にいる。
こんな記憶と嫌な感情を持たされた私は、これから先、何を目指してどうやって生きていけばいいというのよ。
「意味が分からない……」
予期せぬ過去の記憶を思い出させられた私は、不安な気持ちを押し殺すように布団へ潜り込み、現実逃避をする。
より一層湿った夜着の不快感が相変わらず気にならないくらい深く絶望した私は、胸元を強く強く握りしめて……。
記憶を思い出すまでの私は、毎日元気に走り回り、畑の土にまみれるようなちょっとお転婆な子だった。
農民とも気軽に接する典型的な田舎男爵の娘で、男爵令嬢と呼ぶのも烏滸がましい田舎娘。
そんな私だったが、望まぬ悪夢のような記憶と引き換えに、活発さやあどけなさ、子どもらしさというものを失い、すっかり邸に引きこもってしまった。
――きっと今世も殺される。
そう思うと、人と会うのが恐ろしくて堪らない。
私は死にたくなかった。
絶望的な未来しかなく、最期は殺されると分かっているなら、いっそのこと自死してしまえばいい、そう思って当然の状況でありながら、私はその選択肢を選ぼうと思えない。
それどころか、贅沢三昧な生活でなくてもかまわない。日々仕事に明け暮れるのも厭わない。とにかく生きていたい。私は頑なにそう思ってしまう。
なぜそう思う、私自身が理由を分かっていない。
だが私は、とにかく生きることに執着していた。
だからだろう、存在すら怪しい殺人者に怯えるあまり、自分でも意味不明な決意をする。
細く長く生きて、殺されずに寿命で死にたい。そのためには地味で目立たぬ人生を送ろう、と……。
こうして、意味のない人生に無駄な目標を立てた私の、ただ生き長らえるためだけの無味乾燥な日々が始まった。
本日中に、第1話と第2話を投稿する予定です。
よろしくお願いします。