前編
2018.04.11 段落の一字下げ忘れを修正
学園祭も近づいたある秋の日のこと。ミステリー研究部で、二年の神代愛莉は部室の鍵を開けている顧問・吉川を見ながら、ふと言った。
「ミス研で依頼を受けることってあるのかなぁ?」
彼女の視線の先には、部室の前で埃を被っている依頼箱がある。
「…………さぁ?」
同じく二年の古山祈織にも心当たりはないようだ。そこで吉川が答えた。
「あるぞ。まぁ、ほとんどないし、来るのは妙なものばかりだかな」
吉川は苦笑する。
「そういえば、よっしー先生はミス研OBでたね。先生は依頼受けたこと、あります?」
神代の質問に吉川は遠い目をした。
「あるぞ、……一応」
神代は吉川の微妙な反応には気付かなかった。
「へぇ、どんな依頼だったんですか」
「……ペットの喋るツチノコが誘拐されたから、救いだしてほしいって依頼だ」
「「…………」」
なんなんだそれは、というのが二年生の二人の顔から読み取れる。
と、そこに部長の西國彬がやってきた。
「ボクが個人的に思うだけですけど、そういう妄想狂はミス研よりも精神科に行かれるべきですよね。まぁ、ボクみたいなとるに足りない一学生の意見ですけど」
西國は三年だが常に誰に対しても敬語で話す。
「というか、依頼来てるんじゃないですか?その依頼箱、昨日と位置変わってますから」
「えっ」「なっ」「……」
三者三様の反応である。
「あっ、ボクなんかで気付くぐらいだから、皆さん分かってましたよね」
笑顔でそう言う西國は、分かっていなかったのを分かってやっているに違いない。
「と、とりあえず、依頼を確認するか」
吉川が依頼箱を開け、封筒を取り出した。宛先はミステリー研究部、差出人は「X」となっている。封を切り手紙に目を通した瞬間、吉川の顔がひきつった。
「……理解できん」
「よっしー先生、日本語が読めなくなったんですか」
吉川は神代の辛辣な言葉には返事せず、三人に紙を差し出した。
「これを見ろ」
その文章はこのような一文で始まっていた。
『ツインテールを撲滅せよ。』
そしてこれは事件の始まりでもあった。
学園祭前々日。この璃翠学園の生徒会長をしている東屋麗佳は、HR終了後、すぐに荷物をまとめ、生徒会室へ向かっていた。彼女が廊下を歩いていると、後ろから「麗佳さぁぁぁん!!!」と叫び声がする。このうるさい声の主が副会長の巽紺碧だ。
麗佳は走ってきた紺碧の足を引っかけ、こかす。
「うわっ!」
「廊下は走るな。全校生徒の模範となるべき生徒会が何をしているの?」
顔面から床にダイブした紺碧に麗佳はどこまでも厳しい。ただ三年にもなって、人の足を引っかける麗佳も模範的な生徒とはいえないだろう。
「だって、あっちゃダメでしょう!!!」
紺碧がキリッとした顔で言う。この男は真面目な顔をすると意外と整った顔をしている。が……、
「麗佳さんが自ら荷物を持っているなんて!!!! そんなことはオレがします! ていうか、むしろ、させてください!!」
キラキラした目でこういうことを言うような変態のため、モテてはいないらしい。
「光栄に思うのね」
麗佳は鞄を渡した。鞄を受け取ってから、紺碧は切り出した。
「麗佳さん、最近回りで変なことありませんか?」
「お前の存在以外は特にはないわね。どうかしたの」
「いえ、学園でツインテール殺人事件というのが起きてるじゃないですか」
「あぁ、あれね」
その事件は麗佳も知っている。便宜的に殺人事件とよばれているだけで、手刀で意識を刈り取り、気絶したツインテールの持ち主をオモチャのナイフの柄と食品を使った血糊で刺殺された死体みたいにするというツインテールに対する歪んだ愛を感じさせる事件だ。現場には常に「殺」と書かれた紙と「X」と書かれた紙が残されているそうだ。すでに被害者は五人になる。
麗佳も一応、ツインテールに分類される髪形をしているので、先ほどの紺碧の発言なのだろう。
「犯人はまだ捕まっていないのよね……」
麗佳は改めてこの事件について考える。当初、こんな派手に事件を起こしていれば、すぐに捕まると思っていたのだ。しかし、まだ捕まらない以上、対策をとる必要があるだろう。「学園祭に向けて不安要素は取り除いておきたいわ。ちょっと調査してきなさい」
麗佳は紺碧に命じた。
「え、でも今日の仕事はいいんですか?」
「明日のテント設営のプリントの印刷は時間が掛かるだけだし、点検作業も倉庫を覗いてくるだけよ。そんなに人手は要らないわ」
麗佳は今日の仕事内容の説明を紺碧への答えにした。
「そっちの方が絶対面倒くさいから、喜ぶのね」
「麗佳さん、ありがとうございます!」
こうして紺碧は調査へ向かうことになった。
いくら学園にいろいろな人間がいても、こういう怪事件を起こしそうな人間というのは少ない。意外な人物が実は……、
というようなパターンもないわけではないだろうが、まずは怪しい人間に聞くべきだろう。そう考えた紺碧は西國の教室を訪れた。彼は学年でもまったく敬意を感じさせない敬語を話すことで有名であった。運良く西國はまだ教室にいた。
「西國、最近起きているツインテール殺人事」「ボクを疑ってるんですか?」
とりあえず、事件について何か知っているかと尋ねようとした紺碧の言葉は、西國がにこやかな顔で言った台詞に遮られた。
「証拠もないのに疑うなんて、低能な検察や警察のようですね。どうせどこぞの生徒会長さまに頼まれて調査しているんでしょうけど、国家権力の犬や、キミみたいな生徒会長の下僕とか、自分で考える頭のないヤツが冤罪をうみだすんですね、きっと」
この台詞の間、西國は笑顔のままであった。不気味である。
「まあ、ボクがやったんですけどね」
西國はにんまり笑う。
「……どういうつもりだ」
紺碧はあっさりと自白した西國に警戒心を持ち、思った。西國は食えない男だ。特別な親交はないが、同じ学年にいればそれぐらいは分かる。
「べつにボク達、ミス研は主犯じゃないですから。自称『X』さんに脅されて、少し協力しただけ」
「少し?」
「はい。あくまで指示された通りに、現場に紙を置き、気絶させられた人にナイフの柄を取り付け、ケチャップとかタバスコとかを振りかけただけですよ」
「……それってこの事件の8割以上だと思うんだが」
全く少しに思えない。しかし西國の言い分は違うようだ。
「実際に暴力はふるってないし、指定された日時に、指定された場所に行って、指示に従っただけですって」
その後も西國はもったいぶった回りくどく、性格の悪い、のらりくらりとした話しかしない。その態度はミス研を守ろうとしているようにも見える。意外と部長の自覚があるのかもしれない。
「あくまでミス研は脅されてただけだと主張するんだな」
「主張してるんじゃなくて、事実なんですけどね」
いつも通りの底知れない笑顔で発されるため、紺碧は西國の言葉にどうも説得力を感じられなかった。
「ちなみにその脅しっていうのはどんなものだったんだ?」
「え?」
一瞬、西國の笑顔にピシリとヒビが入った。
「えー、えぇ、そう。人質をとられたんです。指示に従わなければ、吉川先生の飼っているペットのしゃべるツチノコがどうなっても知らないぞ、と脅されまして……」
「は?」
「その反応が普通ですよね。ボクたちもそうでした。そもそも吉川先生が飼っているのはモモンガで、それも誘拐されてなんかいないですしね」
「それは、脅しとして成立しているのか……?」
あまりのわけのわからなさに紺碧の声は震えた。そんな彼に対して、一分の隙もない完璧な笑顔をとり戻した西國は言う。
「だってキチガイが一番怖いじゃないですか」
西國は相変わらずのもはや恐怖を覚える笑顔である。紺碧はこれ以上責任を追及することはできないだろうと判断した。麗佳の指示を仰ぐため、ここは引いた方が良いだろう。
「……まぁそれはいい。次の指示はどうなってるんだ?」
犯人が事件を起こす場所と日時が分かれば、待ち伏せできる。
「今日の五時、生徒会室ですよ」
紺碧が時計を見ると、もう五時である。
「生徒会長さまが危ないんじゃないですか」
西國が愉しげに囁いた。
「これが狙いかっ」
紺碧は西國を甘く見ていたことに対する後悔を抱えつつ、走り出す。
「ほら、あの会長さまが膝を屈するところ、見てみたいじゃないですか、あ、あと、倉庫前の間違いでした。……もう聞こえないでしょうが」
西國はやはり笑っていた。紺碧と入れ違いになるように、教室に神代がやってくる。
「時間ぴったりですね。ボクは待ち合わせに遅れるのは論外ですけど、早くに来すぎるのも迷惑だと思ってるんです。優秀な後輩に恵まれて、嬉しいですよ」
西國に褒められても、何かの罠にしか思えなかったので、神代はスルーすることにした。
「……えっと、そういえば、祈織ちゃんは呼ばなくてよかったんですか」
「まだ気付いてないんですか……。神代さんは助手にはなれても、探偵にはなれないタイプの隠れバカなんですね」
西國はあきれた、というジェスチャーをする。
「えー?あの『ツインテールを撲滅せよ。さもなくば春の生徒会選挙のときの事件で、現生徒会副会長に濡れ衣を着せたのはミス研であることを新聞部にリークする。』っていう文章から先輩はナニを察しろっていうんですか?」
神代の言葉に返事は返さず、輝かんばかりの笑顔で彼は言った。
「さて、ボクらも見物に行きましょうか」
こうして、この二人も倉庫へと向かう。
時間は少し溯る。
それは去年の春、生徒会の役員選挙の時期のこと。
先代の生徒会長からの推薦で、異例の一年生会長であった麗佳は再選確実と言われていた。けれど、ある一枚の手紙が状況を大きく揺るがした。
『拝啓
学校長様
突然のお手紙お許しください。でも私はどうしても伝えたいことがあるのです。
今、学校では生徒会の役員選挙が行われていますね。今の生徒会長は才能も志もあって、とても素晴らしい人であることはわかっています。なのに、だから、私は息苦しさを感じるのです。
志はあってもまだ技術も経験もなくて、この学園の生徒会に入って、そういうものを身につけたいと言っていた友人は、彼女を見て、その夢をあきらめてしまいました。練習して、努力して、それでも超えることのできない才能の壁というのは、厳然としてあるのです。でも、たとえそれでも、私たちは好きなことをしたいのです。夢を、見ていたいのです。せめてこの学園にいる間は……。
今の生徒会長が悪いというわけではないのです。ただそんな風に感じてしまう、そんな人もいることを知ってほしい。それだけです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
それでは失礼いたします。
敬具
一年B組 桜扇陽虎』
この手紙は新聞部からも号外として発行され、学園中に物議を醸した。
「桜扇ってあの、不登校の?」「いや、なんか病気だったんじゃね?」「ていうか、アイツの友達って言ったら……金子か?」「そんな、まさか。どうせフェイクニュースだろ?新聞部の」
それを読んだ生徒たちの間では様々な推測が生まれる。ただでさえ騒がしい朝の時間にこんな号外が出されたのだ。学校中が蜂の巣をつついたかのような騒ぎだ。その混乱を切り開くように校内放送が始まった。
『あーあー、マイク入ってますか? 新聞部からの続報をお届けします!
今朝の号外に載った学校長宛の手紙の件ですが桜扇くんが声明を出しました。
彼はその手紙に心当たりはない、誰かが彼の名前を騙ってしたことだ、という旨を主張しています。
繰り返します。桜扇くんは今朝の手紙を書いておらず、誰かが彼の名前を騙っていたのです!
事件の真相は如何に!?
新聞部のさらなる続報が楽しみですね! 以上、文責は新聞部、読み上げは放送部でした。』
放送の後、一瞬の沈黙が落ちた。しかし誰かが口火を切った途端、爆発的な勢いで皆がしゃべりだす。もはや今度の騒乱はさっきの比ではない。この騒ぎは一時間目が始まるまで続き、学園でこの事件知らない者はいないという状況がわずか一日で作り出された。
そんな中、ある一つの噂がささやかれるようになった。会長と庶務、実は不仲!? 説である。当時から麗佳は会長であったが、紺碧はそのころ、まだ庶務。しかし二人の主従関係は既に学園の名物と化していた。「そんな二人が実は……。 今度の事件は庶務の積年の恨みが爆発したものでは?」という証拠もないただの推測。だがそれが、その意外性もあってか、学園中でひそかに支持されるようになっていったのだ。
事件は結局、解明されないままであったが、麗佳が全校集会にて行った緊急演説と電話越しながらも言葉添えした桜扇の力もあって騒ぎ自体は収まり、麗佳も紺碧もそれぞれ会長、副会長に就任したのであった。
そしてこのとき暗躍し、『会長と庶務、実は不仲!? 説』を学園に流したのが、西國を中心としたミステリー研究部のメンバーたちだったのだ。
話を今に戻そう。
テントの点検を終えた麗佳は倉庫の鍵を閉めていた。その時、後ろから影が現れ彼女に向かって手刀を振り下ろす。
――――バシッ
肉と肉のぶつかる音がする。だがそれは、影の手刀が麗佳の首筋に当たった音ではない。
「遅いわ」
そう、麗佳はその振り下ろされた手を、振り向き様に掴んだのだ。
「つ、強い……!」
そう呟く影は、ミス研の二年、小山祈織だった。祈織は掴まれた手首を振り払い、麗佳と距離を取る。
「……でも、このワザならっ」
祈織は一気に距離を詰め、肘を突きだした。麗佳は一歩下がるだけでその攻撃を避けた。祈織はバランスを崩しかけたが、咄嗟に足払いをかけようとした。麗佳はそんな祈織の体をひっくり返す。そして地面に膝をついた祈織の背後にまわり、そのまま手を捻りあげた。
「あなたの負けよ」
冷たく麗佳が言った。
「ツインテール殺人事件はあなたの仕業だったのね。動機はなにかしら?」
麗佳といえど、そこは分からないらしい。祈織は暗く、怨念の篭った声で語りだした。
「……ある時思ったんです。スレンダーとか、慎ましいとか、別の表現もあるのに、人はどうして私の事を……ま、貧しいというのか」
そういえば、二年に貧乳という言葉を聞くとぶちぎれる娘がいると紺碧が前に言っていたわ、と麗佳は思った。そしてそんな麗佳にかまわず祈織は言う。
「そうそれはラノベが、アニメが、マンガが悪いのだと、私は、気付いた」
まぁ、少し当たっているかもしれない。
「ああいうメディアが女性を髪形とか体のごく一部分とかを強調したキャラを作るから、ダメなのだと」
そして祈織は続ける。
「私がツインテールを撲滅しようとしたのは、そういう風潮に抗議するため……」
なぜ祈織が事件を起こしたのか、麗佳には理解できなかった。しかし、深い怒りが原因なのだ、とは分かった。だから、
「あなたも辛かったのね。でもツインテールに罪はないわ。だから、あなたに良いストレス解消方法を教えてあげる。そういう時は私が紺碧を貸してあげる。好きにしていいから」
慈母なような笑みで、人権をまるっと無視した発言を麗佳はした。
そこへ紺碧が走ってきた。
「麗佳さん! 無事ですか!?」
「なにが? そういえば、調査はもういいわ。解決したから」
「えぇ!! どういうことです」
「お前には関係のないことよ。……じゃあね」
最後に祈織に一声だけかけて、麗佳は紺碧とともに去っていった。祈織は一人、呆然と立ち尽くす。そんな彼女に近付く人影が二人。
「祈織ちゃん、ケガしてない? 大丈夫?」
「まったく、ボクは君が生徒会長さまを倒すところを期待してたのに、弱すぎませんか」
神代と西國だ。おそらく何処かから見ていたのだろう。
「……。会長、いい人かも」
二人には返事せず、祈織はぼそりと呟いた。
学園祭当日。大変な人混みの中に、ぽっかりと空いたスペースがあった。そこには紺碧が倒れている。スーツ似たデザインの学生服の背中からはナイフの柄のようなものが飛び出ており、豆板醤の赤い染みが尋常ではない範囲に広がっている。
だが特筆すべきはその髪型であろう。男子にしては少し長めのその髪に、ツインテールの如く、モップが二つ装着されているその様はシュールで哀れで滑稽だ。
「会長、こちらですッ!!」
警護部という腕章を着けた男子生徒が声を挙げる。
「ご苦労様。後は私が処理するから、巡回に戻って頂戴」
優雅にその現場まで歩いてきた麗佳が言った。
「有り難うございます」
深々と礼をして男子生徒は戻っていった。
「さてと」
麗佳が紺碧を見下ろす。
「おまえは何をしているのかしら?」
その言葉は疑問形でありながら、声には叱責の調子がよく表れていた。そして、その可愛らしい外見には不似合いなほど高いヒールが紺碧の背中に刺さった。
「ッ!!!」
さらに麗佳は足をその背中にぐりぐりと食い込ませ、言葉を続ける。
「この忙しい日に」
ぐりぐり。
「……痛ッ」
「のんきにぐーすかと」
ぐりっぐりっ。
「痛い痛い痛いですッ」
「お前、寝ている暇が」
ガシガシ。蹴りになった。
「あると思っているの?」
麗佳はおそらく祈織の仕業だろうと察していたが、彼女にとってそれはそれ、これはこれ、である。
「行くわよ」
麗佳は歩き出した。
こうしてツインテール殺人事件は解決した。
しかしこの二人の学園祭は、まだ始まったばかりである。