5.天見の系譜 -宴・後-
巨大なシャンデリアが皓々と輝き、煌びやかに飾り付けられた七階の大ホールは、まるで全く知らない場所のようだった。ルティフィル評議会長の挨拶で幕を開けた祝宴は、それはもう盛大の一言に尽きる。
フロアは見たこともない豪華なドレスや礼装で着飾った淑女に紳士で埋め尽くされ、あちこちに配置されたテーブルでは夢かと思うほどに上等な食べ物や飲み物が惜しげもなく振る舞われている。別世界と言われても納得してしまえそうな、俄かには信じがたい光景が、そこにはあった。
ただ、私がそういったものに意識を向けていられたのも、ごく短い間だけのことだ。
「久方ぶりにお目にかかる。覚えておいでかな、」
「コロニー・ミゼテイン自衛軍ソブリッヒ中将。まだ性質の悪い火遊びを止めていないと見える。そろそろ手を引くが宜しかろう」
「これは手厳しい」
「失礼。人類最初の砦、全天の観測者殿におかれましては――」
「長広舌は不要だ。コロニー・エストゥリズ、ブエリルード議員。それほど時間の浪費を気にせぬと言うのなら、まず己の部下へ猶予として与えるべきではないかと思うが」
「ははは、返す言葉もありませんな」
祝宴の始まりと共に、招待客がこぞって教官に挨拶を述べるべく長蛇の列を作り上げたのだ。いや、実際には挨拶などという言葉では到底生温い。教官は一体何を知っているのか、相手方にとって都合の悪いらしい事情ばかりを婉曲に引合いにだし、まるで言葉をナイフ代わりに滅多刺しするような有り様だった。
そんな会話を、何度――もとい何十度聞かされたことか。教官は約二歩分斜め後ろに控えた私と話したがる招待客を巧みに阻み、追い返し続けてくれたけれど、元々アカデミーの行事くらいしか式典の類に縁のない私だ。早くもひたすらに立ち続けることが苦痛となりつつあり、聞こえるやり取りのうすら寒さに震え上がる思いでいた。
そんな時に、その人たちは現れた。初め、私は「あれ」と不思議に思った。
教官が初めて挨拶にやって来た相手の言葉を遮らなかったからだ。今まではずっと、聞く耳を持たないとばかりに皆まで言わせず追い返していた。
「久しいな、ベルギル」
「相変わらずの無慈悲さだな」
そして、教官の名前が呼ばれたことに、二度驚いた。
教官を名前で呼ぶことのできる人間は、そう多くはない。日夜〈塔〉に入ってくる各種通信でも、常に教官は「センタ管理官」と呼ばれていた。私の知り得る限り、教官を「ベルギル」と名前で呼ぶことが許されているのは、〈塔〉で暮らすアンドロイドたち――それから、呼んだことはないものの、私――だけだった。
立ちっぱなしの苦痛も忘れて呆気に取られる私を、教官が振り返る。
「サラ、覚える必要はないが、一応は紹介しておく。コロニー・ローアミアのヴァントーズ、リラルソスのスターロッツだ」
「ヴァントーズという、宜しく頼む」
「スターロッツだ。……随分若いな、いくつだ?」
教官の後を受けて、その人達は口々に言った。
おおよそ四十がらみと見える、二人の壮年の男性。それぞれが第一コロニーと第二コロニーの自衛軍の礼装を身に纏っている以外は、別段特筆することもない。けれど、私は絶句したまま、何一つ他の反応ができないでいた。
その姿ではない。名乗られた名前ゆえに、私は絶句していた。
何しろ、この瀕死の世界における英雄の代名詞。英雄とは彼らを示す言葉であり、彼らこそが英雄と謳われ称えられるものだった。
天から襲い来る怪物〈ガレヴァール〉を撃退する為、人類が総力を結集して作り上げた巨大人型兵器〈グルバフィル〉は、稼働に搭乗者の生体エネルギー――生命そのもの、とも言える――を必要とする代償に、空前絶後の戦闘能力を発揮する諸刃の剣だ。
彼ら二人は、その担い手として選ばれた、文字通りの人類の守護者たちの中でも一握りの精鋭として名高い。正真正銘のエースパイロットなのだ。
ローアミアのヴァントーズ。その名前を知らない人間こそ、この世界にどれだけいるものやら分からない。最初期に選ばれた〈グルバフィル〉乗りの一人であり、以来十年以上も第一線――しかも、不動の撃墜数第一位の座に君臨し続けている偉人。
リラルソスのスターロッツ。ヴァントーズには及ばないまでも、つい数年前まで撃墜数第二位として膨大な数の〈ガレヴァール〉を葬り続けてきた歴戦の勇士。噂によれば、現在はパイロットを引退して〈グルバフィル〉乗りの教官をしているのだとか。
己の命を削って〈グルバフィル〉を駆る戦士たちは、どこのコロニーでも最上級の敬意をもって遇される。その中でも人類の守護者と言えば、〈グルバフィル〉のパイロットと言えば――真っ先に名前が挙がるのが、この二人だった。
「……〈天見塔〉管理見習い、サラフィナ・レビと申します。歳は、十六になりました」
緊張で上ずりそうな声を必死になって抑えつけながら、どうにかして言葉を押し出す。ただ歳を述べるだけでは良くないだろうかと、つい半月ほど前までアカデミー生であったことも付け加えてみる。
すると、ヴァントーズとスターロッツの両氏は驚いたように目を見開かせた。柔らかな緑色と、深い赤茶色。対照的だな、とまるで遠く離れた事物のことのように思う。
「ベルギル、まさかアカデミーの生徒を引き抜いたのか?」
「無茶にも程があるだろう。何を考えているんだ、お前は」
「問題ない。コロニー中から候補を探し、このサラが最も相応しいと判断した」
両氏の驚きの声にも、教官は平然としている。その自信のぶりには、いつもながら信じがたいと言わざるを得ない。未だに私は私がここにいることへの、「最も相応しい」と評されたことへの実感がないのだから。
そんな思いが顔に出てしまっていたのか、私を見下ろしていたヴァントーズ氏が苦笑を浮かべて口を開いた。
「お前のことだから、私たちには見えないものまで見えていて、その上で判断したのだろうが……。結論だけではなく、経緯や根拠もきちんと話しておくべきだと思うぞ」
「もちろん、伝えているが」
「えっ」
あっさりとした教官の答えに、意図せぬ声が飛び出してしまった。
その途端、ヴァントーズ氏の苦笑は困り顔に近しいものになり、スターロッツ氏に至っては頭痛を堪えているような表情になってしまった。教官が無言でミラーシェード越しの視線を振り返らせてきたのも、気まずい。
どうして堪えられなかったのかと悔やんだところで、全ては後の祭りだ。言い訳に過ぎないけれど、堪えきれないくらい驚いたのだ。
「どうやら、説明が不足していたようだ。忠告感謝する。後ほど対処しよう」
教官がいつも通りの、冷静な声で言う。そうしろ、とスターロッツ氏が苦々しげな声で答えるのがひどく居た堪れなくて、できるなら今すぐホールから飛び出したかった。
その後も、祝宴は粛々と進んでいった。
初めは仰々しい堅苦しさや、各々出方を窺っているような空気があったものの、アルコールの力も手伝ってか、小一時間もすると気安げな会話があちこちから聞こえるようになってきた。かく言う私も、何だかんだで会話を楽しんだクチである。
始まりはひどいものだったとは言え、ヴァントーズ氏とスターロッツ氏との対話は非常に有意義なものだった。実際に侵略者と戦っている人の話を聞けるなんて、そうあることではない。長年にわたって仇敵を見詰め続けてきた視点に基づく言葉には、私にとって新鮮な驚きと発見が詰まっているようにさえ感じられた。
だからこそ、やはり思うのだ。我々人類は〈ガレヴァール〉の侵攻に晒され、滅びの淵に立たされているというのに、どうしようもなく敵のことを知らなさ過ぎる。それは、とても危うく恐ろしいことではないのかと。
しかし、両氏から得られた情報の中には、これまで未知であったものを切り開く鍵――とまではいかずとも、その取っ掛かりくらいにはなるのではないかと期待できることが、少なからずあった。〈天見塔〉は世界のどこよりも早く〈ガレヴァール〉の存在を捉えることのできる機関だ。今後、そちらの方面で研究してみるのも良いかもしれない。
そうとなると、身近に〈グルバフィル〉や、その搭乗者が居ないことがつくづく悔やまれる。〈天見塔〉を擁する我らがコロニー・ルティフィルには自衛軍はあれど、専属の〈グルバフィル〉は配備されていないのだ。製造元と言えるコロニー・ローアミアが、頑なに許さなかった。
それはひとえに、観測結果を平等にコロニー間に分け与える為だと言われている。
世界で唯一の観測塔から得られる情報が、万が一にも独占――隠匿され、それによって自らのコロニーが蒙るであろう被害を、人々は恐れた。だからこそ、ローアミアは〈グルバフィル〉の供給を拒否し、代わりに自らの――最終的には他の六コロニーの――保有する戦力を派遣することによって、ルティフィルに首輪を付けたのだという。
どれほど先んじて〈ガレヴァール〉の存在を察知することができても、それを撃退する戦力を持たねば意味がない。そうして、ルティフィルは単独で〈ガレヴァール〉を撃退する手段を剥奪され、代わりに他のコロニーから〈グルバフィル〉の派遣を受けることで防衛を試みる、七つの中で最も異色な立ち位置のコロニーとなった。
とはいえ、何よりも早く敵の存在を察知することのできる〈天見塔〉が有用であることは、どのコロニーにとっても変わりはない。勝手なことをされるのは困るが、運営が立ち行かなくなっては、もっと困る。おそらくは、そういった思惑もあるのだろう。
ルティフィル自衛軍には、各コロニーから相当数の〈グルバフィル〉が派遣され、常駐している。情報収集が全く不可能、という訳ではなかった。ただ、派遣されている〈グルバフィル〉や、その乗り手との接触は、契約でかなり厳しく制限されているらしいと聞いたことがある。そこが最大にして、唯一の問題だった。
果たして、これは教官を介して嘆願することで許可がおりる程度の案件だろうか。
「サラ」
そんな風に悶々と考えていると、不意に教官に呼ばれた。思考の渦に沈んでいた意識を引き戻し、「はい」と返事をして傍らを見上げる。
そこには未だ疲れの片鱗も見せない、怜悧そのものの面差しがあった。凄いな、と素直に感嘆してしまう。
「まだ閉会には遠い。今のうちに休むなら休んでおけ。この様子であれば、多少なら席を外しても見咎められまい」
そう言われて、反射的にすぐ近くの出入り口に目を向けていた。確かに、周囲に人気がない。今なら、そっと外に出ることもできそうだ。
一度そう思ってしまうと、頷く以外の答えを返すことができなかった。
「では、お言葉に甘えて」
「ああ。十分以内に戻れ」
「了解しました」
気を付けて行って来い、という言葉を背で聞きながら足早に扉へと近付き、細く開けた隙間から廊下へ身体を押し出す。扉を閉めると、嘘のようにホールの喧騒が遠くなった。目の前に広がる絢爛豪華とは無縁極まりない無機質なグレーの床や壁を眺めていると、ようやっとここがいつも通っている〈塔〉なのだという実感が取り戻せた気がした。
大きく息を吐き出し、カツリコツリと音を立てて廊下を進む。
ヴェスパーがドレスに合わせて用意してくれたブーツは、いつも履いている通用靴の三倍は踵が高い。普段よりも高い視界にわずかな違和感を覚えつつも足を向けたのは、ちょうどホールの出入り口から影になる一隅だ。
壁に据え付けるようにして、布張りの長椅子と灰皿が置かれている。教官は煙草を吸わないので、二十年前の前体制時に休憩や喫煙の場として設置されたものが、そのまま置き去りになっていたのだろう。
念の為、長椅子の座面を軽く手で払ってみたものの、清掃アンドロイドが日夜仕事に励んでくれているお陰か、危惧した手触りはなかった。安心して腰を下ろすと、自然とため息が零れ出し、肩が落ちる。
「疲れた……」
ホールの中で飛び交っていたのは、笑顔で言葉を交わす裏で真意を探り、握手した手の下で蹴り合うような会話ばかりだった。どれもこれも、聞いていて気分のいいものではない。なのに、もしや、と考えずにはおれないのだ。
〈塔〉を継ぐということは、あれらにも慣れなければいけないのだろうか、と。
それは、余りにも嬉しくない想像だった。そもそも私は教官と違って、一人で〈塔〉に篭っていられる自信がない。一人で背負いきれる気がしない。
考えれば考えるだけ、口からため息が出ていく。お先真っ暗な気分、とでも言えば良いだろうか。髪型や衣装を気にしないで良いのなら、壁に身体を寄り掛からせて天を仰いでいたところだ。お手上げ。
そんな風にしばらくぼんやりしていたものの、ヴェスパーに持たされていた懐中時計で五分が過ぎたあたりで、逆に落ち着かなくなってきた。十分間の猶予の残りをカウントダウンするのも、それはそれで逆に緊張してしまうし、周囲への心証を考えるのなら、不在の時間は短いに越したことはない。
ため息を止めることまではできなかったけれど、戻らなければ、という義務感に突き動かされて腰を上げる。長椅子から離れ、一歩二歩と踏み出せば、ホールの出入り口である大扉を嫌でも目に入れざるを得ない。
自然と口元が引き締まり、呼吸をひそめてしまう。
「――お、これは二代目殿」
その時、突然横合いから声を掛けられた。ハッとして声のした方を見やれば、私が隠れていた場所とは別の喫煙スペースに、一人の男性が立っている。
短く刈り込まれた髪はブラウン混じりの黒、眼は暗いオレンジだろうか。歳は教官と同じか、少し上くらいに見える。上背があり、背筋の伸びた佇まいに自衛軍の礼服がよく似合っていた。モスグリーンにイエローのラインは、確か第四コロニー――ニレエルのものと記憶している。浮かべられた笑顔だけ見れば、社交的で華やかな印象の人だ。
どう対応したものか一瞬悩んだ末、黙したまま会釈だけを返すことにする。お世辞にも愛想のある反応ではないだろう。だというのに、相手は手に持っていた煙草を灰皿に押し付けると、いかにも友好的な様子で歩み寄ってきた。
ぐんと縮まってしまった距離は、残りわずか三メートルばかり。
「失礼、ご挨拶がまだでしたな。コロニー・ニレエル自衛軍情報部所属、シェイクス・ベウンツ。宜しくお願い申し上げる」
「……サラフィナ・レビと申します。こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します」
普通に名乗られてしまったので名乗り返してしまったけれど、これはどうしたらいいのだろう。教官に言われているので、とか理由をつけて、先に戻っていいものか。
「二代目殿は」
頭の中で悶々と考えているうちに、相手がまた口を開いてしまった。ああもう、悩んでないで今の間に逃げれば良かった。
「随分とお若くいらっしゃるように見えますな。おいくつで?」
「……十六です」
「十六! いやはや、それならまだ遊びたい盛りでしょうになあ」
大仰な身振りで驚いて見せる相手の、真意はまだ読めない。
ただの世間話……で、済むはずはない。扉一枚隔てたホールの中では、あんなにも厄介なやり取りばかりが行われているのに。
「現時点で荷が勝っていることは、私も教官も承知しています。今後可能な限り短い時間でもって、荷を負うに足る人材となるよう、尽力するだけです」
「それは殊勝なお心がけですな。――しかし、不安は尽きますまい? 初代殿は独りであることが苦にならぬとて、万人がそう振る舞えるものでもない」
その言葉は、まさにさっきまでの不安を的確に突いていた。いつか教官の支えがなくなった時、私はここに独りで立ち続けられるものだろうか。
咄嗟には返事ができなかった私に向かって、更に一歩、相手は踏み出す。
「〈天見塔〉は本来、たった一人で担うには過ぎたもの。供を望んだとしても、何ら咎められることはありますまい」
「……何を、おっしゃりたいんです」
「我々はあなたを十全に支援する用意がある、ということですな」
「支援?」
呆気に取られ、鸚鵡返しに言った私に向かって、相手はにこやかに笑んでみせる。
「ええ。例えば――」
軽やかな調子で、次々に信じがたい内容が挙げられていく。
例えば、人生を三度重ねても使い切れないほどに莫大な額の資金援助。例えば、どこのコロニーでも奪い合いになるような有能な人材の派遣。例えば、私を労い称え癒す諸々の献上……と、それだけ聞けば夢のような申し出ばかり。
「いかがですかな」
けれど、止めのように訊かれて、私は怯んだ。怯まざるを得なかった。
――だって、有り得るはずがない。
挙げられた例の全てが、無償の善意で提供されるには大きすぎた。そもそも、以前に教官は言っていた。「どいつもこいつも〈天見塔〉の管理者に、少しでも余所のコロニーより便宜を図ってもらいたいと虎視眈々狙っている」のだと。
「いかがも、何も。それほどまでの条件を出すあなたの、望みは? 見返りに何を求めるつもりなんです」
震えそうな声で問い返すと、相手は一層にんまりとした。
「〈天見塔〉の収集する観測情報を、他のコロニーよりも先に提供して頂きたい」
その言葉を聞いた瞬間、やっぱりか、と思った。やはり、それか。
そうして胸を過った感情が何であるのかは、上手く表現できない。呆れのような、諦めのような、落胆のような――とにかく、そういった類の嬉しくないものではあることだけは確かだった。そして、そんな心境であったからか、不思議とそれほど動揺はなかった。逆に、すっと頭の芯から冷えて、冴えていくような感覚さえあったように思う。
じっと、目前に立つ人を見上げる。すると、相手はどこか驚いたような、面白がるような表情を浮かべた。
「いかがされた?」
「いえ、別に。――ただ、一つだけお聞きしておきたいのですが」
「ほう? 何事でしょうな」
「私はそんなにも、馬鹿に見えますか」
そう訊ねると、今度こそ相手は目を丸くさせた。
「これはまた藪から棒に。何故そのような?」
「そんな天秤に乗せるまでもない問い掛けで揺さぶれると判断されてしまうほど、短慮に見えるのかと思いまして。余りにも馬鹿に見えるのでは、〈天見塔〉に関わる人間として問題でしょう」
「天秤に乗せるまでもないとは、無欲なことですな」
「無欲ではありません。――ただ、あなたの提示された条件では、余りに安く、そして無意味だ」
「安い?」
「だって、それは世界の八割を裏切れということでしょう? 世界の粗方を裏切って、そうして得られるものが――金銭だの、人材だの。そんなものだなんて、とてもじゃないけれど、つり合いが取れない」
どこか一つのコロニーを優遇する。
それは、他の全てに対する裏切りに他ならない。真っ先に情報を得るコロニーは、確かに襲撃に際しても他のコロニーより有利に守ることができるだろう。だが、それで何となる。そんなものはすぐに露見する。そもそも、そんなことをする意味がない。
この世界に残った七つのコロニーは、それぞれに役目を持ち、どのコロニーも他のどことも代わることができない。コロニー・ニレエルは武器の開発製造を主な役目としているけれど、それも第六コロニー・アーセテストからの資源供給がなければ立ち行かないものだ。そして、開発した武器はコロニー・ローアミアの製造する〈グルバフィル〉がなければ、最大限生かすことができない。
互いに互いを補う七つのコロニーは、現実に力関係の優劣こそあれ、根本的にはどこが欠けてもいけないものなのだ。どこか一つとて欠けた時点で、これまで踏み止まってきたものが一気に崩壊してしまいかねない危険性を孕んでいる。
多少の――そう、敢えて多少と言おう――報酬に目を眩ませて判断を違えるのは、こと〈天見塔〉に関わるものにとって、世界の滅亡の引き金を引くに等しい愚挙でしかない。
……そりゃあ、私は天才でも英雄でもない、ただの見習いだ。甘い言葉を囁かれれば、無反応ではいられない。けれど、どんな報酬を約束されたとして、世界そのものが滅びてしまったのでは、何の意味もないではないか。
「私に世界を裏切れというのなら、せめて確実に世界を救う代替案を用意してきてから言って頂きたい」
きっぱりと言い放つ。言葉にするのは、意外に簡単だった。
求められていることを担いきれるかどうかは、正直今でも自信はない。それでも、少なくとも〈天見塔〉に関わるものとしてどうあるべきか、どんな風に振る舞えるようになるべきか――それだけは、教官に招かれて〈塔〉に出入りするようになってから、ずっと考えてきたのだ。
人類最初の砦と呼ばれる機関に属すること。その称号を負うこと。その意味、責任。
考え続けてきたその答えを、口に出すだけで良かったのだから。
「……」
「……」
沈黙が落ちる。その間、私は何も言わなかった。これ以上、言葉を重ねる意味はないと思った。
けれど、相手は――
「ふ、はは――いや、これは失礼した!」
まさに呵呵大笑。口を大きく開けて、相好を崩すという語そのままのように、笑った。
呆気に取られるというよりも意味が分からないでいる私に向かって、相手は深々と頭を下げてみせる。
「次代の〈塔〉の主がどのような人物か気になり、敢えて試す物言いをさせて頂いた。改めて、無礼を謝罪申し上げる。ベルギルは良い目をしているようだ。あなたならば、憂いなく人類最初の砦を任せられる」
「はあ……」
間抜けだとは思いつつも、そんな返事しかできなかった。
つまり……ええと、なんだ、俗に言う「鎌をかけられた」という奴なのだろうか。〈天見塔〉を任せるに値するかどうか値踏みをされた、というか。
もっとも、考えてみれば当然のことなのかもしれない。他のコロニーにすれば天の見張り番が無能では困るし、どこか一つのコロニーに買収されるのは、もっと厄介だ。
「さて、引き止めてしまいましたな。どうぞお戻りなさい。主役がそう長々と中座している訳にもゆきますまい」
「ええ……はい、失礼します」
朗らかに促され、わずかに迷ったものの再び会釈だけを返し、努めて平静に見えるよう意識して歩き出す。先刻までの会話も、その相手自身も。何ら意に介していないのだという顔を作り、演じて。それは、せめてもの虚勢だった。
背中に視線を感じながら、扉を細く開ける。その隙間を潜り抜けてホールに足を踏み入れると、途端に外の静けさとは真逆の喧騒に包まれた。私が不在にしていたことなど、まるで関係がなかったようだ。
辺りの様子を窺いながら教官の姿を探すと、すぐに先ほど私が離れた時と変わらない場所に立っているのが目に入った。軽く深呼吸をして壁の時計で時刻を確認すれば、帰還期限のギリギリ一分前。
どうにか間に合ったらしいことに安堵の息を吐きつつ、教官の傍へと足を向ける。
「教官、戻りました。ありがとうございます」
「少しは気分転換になったか」
「ええ……はい。いくらか楽になりました」
想定外の出来事に遭遇してしまった分、つい素直な肯定ができなかったけれど。それを抜きにしても、閉会にならない限り気が休まること自体がないのだし、嘘ではない。
教官はちらりと私にミラーシェード越しの視線を向けたものの、「そうか」と答えるだけで、それ以上の追及はなかった。
「閉会までは残り一時間少々といったところだ。あと少し耐えろ」
「まだ一時間以上も、ですか」
「まだ一時間以上も、だ」
信じがたい気分で問い返してみたものの、返ってきたのは無情な肯定ばかり。
ため息を堪えるのにも苦労するような、暗澹たる気分にしかなれなかったけれど、それでも終わりが見えれば気分も上向きになる。
「……了解しました」
それだけの言葉を、やっとのことで押し出すと、
「ああ――そう言えば、シェイクスから称賛の文言が届いている。奴を上手くあしらえたようで、何よりだ」
「は!?」
思わず、素っ頓狂な声が口を突いて出た。唖然として教官を振り仰ぐものの、やはり反応はない。……ちょっと、本気で、待ってほしい。結局のところ、それは――