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4.天見の系譜 -宴・前-

 人類最初の砦の番人が、後任を定めた。

 その情報は、瞬く間に他の六つのコロニーを巡ったらしい。――で、結果として何が起こるかと言えば。

「祝宴?」

「そうだ」

 怪訝そうなニュアンスを隠しもせずに訊ね返した私に、教官はいつも通りの無感動具合で頷いた。

 私が〈天見塔〉に通い始めて、今日でおよそ半月。〈塔〉の十二階にある観測室は、昨日と変わらず休むことなく世界中の空を監視し続けている。教官はそれらの情報を一手に管理する一方で、何やら他の作業をしているらしく、こちらには目もくれない。

 私はひどく嫌な予感のするような、不安極まりない気分で教官の背中を見やった。私に与えられたデスクは、教官の定位置であるメインコンソールから、後方ほんの数メートルと離れていないところにある。そこで今日も教官の指示に従って、〈塔〉の運営に必要な事柄についての学習プログラムを実行していたところだった。昨日や一昨日とそれほど変わることのない、ごく普通な一日の工程。

 先刻の会話は、そんな日常風景の、ちょっとした雑談のはずだったのだけれど。何か、話の流れが妙に嫌な感じに、おかしな方向へ転がっていっている気がする。

「次代の全天の監視者の顔見せ――という名目の、他コロニーの重鎮の胡麻すり合戦だ。どいつもこいつも〈天見塔〉の管理者に、少しでも余所のコロニーより便宜を図ってもらいたいと虎視眈々狙っているからな」

「最悪だ!」

 淡々と告げられた言葉の、その衝撃たるや。

ガタリ、と思わず音を立てて席を立って叫んでしまったけれども。そんな私には、やっぱり一瞥すらくれることなく、教官は広大な観測室の壁一面を埋め尽くす巨大なディスプレイの前に設置されたキーボード型の入力装置をひたすらに叩き続けている。

 挙句の果てに投げ返された言葉と言えば、

「義務だと思って諦めろ」

 これだ。あんまりである。

 項垂れて椅子に座り直せば、学習プログラムの講義映像を再生していたノート型の端末が、律儀にも私が席を立った瞬間の続きから再生を開始させた。

 既に一定の完成を見ている〈天見塔〉であるからして、私が引き継ぐことを求められているのは、あくまでも整備と維持――ゆくゆくは改良、も含まれるのかどうか――が主となる。教官が手ずから作成してくれたという講義映像は、塔の各階層の持つ役割や、どこにどんな部屋があり、それぞれどんな役目を持っているか等、微に入り細に入り解説してくれていた。それは確かに助かる、助かるのだけれど……!

「教官、祝宴の詳細を教えて頂けませんか。不安がありすぎて、講義の内容が頭の中に入ってきません」

 端末を操作して、映像の再生を停止させる。音声がきちんとストップしたのを確認してから声を上げると、教官が首を傾げるような素振りを見せながら、背もたれの大きなワークチェアを回転させて振り向いた。

「開催は三日後、会場はこの塔の七階。午前十時からの開催で、衣装は手配してある。当日も、いつも通りの時間に到着していればいい。何も不安がることなどないだろう」

 さらりと告げられた内容に、私は一層呆気に取られた。

 会場はともかく、まさかの三日後開催ときた。何が不安がることなどないというのか。不安しかない。嘘でしょ、と言いたい気持ちでいっぱいだった。

「因みにドレスはヴェスパーの意見を加味しつつ、俺が決めた」

「いや、私の意見!!! ていうか、ドレスですって!?」

 図らずも再び叫んでしまったが、教官は相変わらずしらっとしている。

 残念なことに体感でおよそ八割ほど、私が抗議の声を挙げても教官は無言で受け流してくれてしまう。だとしても、私が訴えたいこととは、ほとんどが訴えずにはおれないことだ。従って、言葉を呑み込むという選択肢などありはしない。

 質問や要望が生まれる度に、大人しくお伺いを立てるような素振りを見せていられたのも、今となって早くも懐かしい〈塔〉に通い始めて三日目までのことだ。四日目を迎える辺りで、そのままでは二進も三進もいかないと悟った。何しろ、基本的に人の話を聞かない上に我が道――自分にしか見えていない道、とも言う――を爆走するのが、このベルギル・センタという御仁である。

 補足しておくと、「ヴェスパー」は私の〈塔〉までの行き帰りの護衛を度々務めてくれる少年型アンドロイドのことだ。この〈天見塔〉において教官の手を煩わせるまでもない雑事を片付けるべく製造され、管理助手のようなことをしている。下手をすれば製造主よりも感情表現豊かな節のある彼は、私が〈塔〉に滞在する間のもっぱらの話し相手であり、これまでにも様々な話題に花を咲かせたものだ。

 確かに、ヴェスパーならば教官よりも私の好みについて詳しいだろう。けれど、根本的におかしいのである。私が引っ張り出される祝宴において着用させられる衣装を、何故当人不在の内に決定されているのか。そもそも大前提として、形だけだろうと私に祝宴参加の可否を問うべきではないのだろうか。

「ドレスだ。こちらが好むまいと、向こうが着飾ってくる。一度隙を見せると、連中は舐めてかかる。余計な面倒を増やしたくなければ、大人しく海千山千に合せた武装しておいた方が無難だ」

 しかしながら、教官は平然と言ってくるのである。さも当たり前のことのように。

 自分の頬が、ひくりと痙攣するのが分かる。いや、だって、武装って。武装って何。祝宴だって言ったのに……。

「どれだけハードルを上げる気ですか……」

 もう、訴える言葉も出てこなかった。



 祝宴までの三日間は、悲しくなるほどに早く過ぎ去った。

 矢のように過ぎ去ったその日々を、これまで通りに送れていたかどうかは全く自信がない。ふとした瞬間に祝宴までの残り日数を数え、残り時間を考え、言いようのない不安と緊張に苛まれていた。講義に集中するどころではなく、おそらく学習効率も未だかつてない低レベルさを叩き出していたに違いない。

 教官がそれに気付いていなかったはずはないと思うものの、終ぞ指摘されることがなかったのは、指摘するだけ無駄だという諦めか、それとも気遣いという名の目こぼしであったのか。どちらか、或いはどちらでもないのかはともかく、ただでさえプレッシャーを感じていたところに更なる精神負荷を与えずにいてもらえたことには、正直に感謝したい。

 ともかく、そうしてついに来てしまった開催当日。いつも通りに登校ならぬ登塔をしてみれば、ヴェスパーの案内で五階の更衣室に案内され、

「こレ! サラにっテ、おれとベルギルで作っ――じゃナい、選ンだ!」

 じゃん、と口で発された効果音と共に提示されたのは、コロニー自衛軍の軍服とも見紛う意匠のドレスだった。

アッシュグレイのワンピースジャケットには鮮やかな濃紺のラインがあしらわれ、襟元を飾るリボンタイや、ジャケットの裾下から覗くスカートもまた同じ濃紺。細部の装飾から縫製に至るまでが緻密に作り込まれた、目の肥えていない私でも質の良さを察さずにはいられない逸品だ。この〈塔〉に来ることがなければ、私など下手をすれば一生着るどころか触ることすらできなかったかもしれない。

 ……途中、何だか聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしないでもないけれど。まあ、なんだ、聞こえなかったことにしておこう。特に今回のことに関しては、これ以上言うだけ無駄のような気がする。

「サラ、気に入っタか?」

 にこにことヴェスパーが問い掛けてくるので、はたと我に返り頷く。

「とても可愛らしいし、素敵だと思う。……ただ、私に似合うかが問題だけど」

「大丈夫! 俺とベルギルが、サラに似合ウように作っタ!」

 胸を張って言うヴェスパーに、もう「選んだ」って言わなくていいのかとか、一体いつの間にこれほどのものを用意したのかとか、言いたいことが浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。不思議と消えていく言葉の数々をすくい上げて留めようという気にならなかったのは、目の前の少年型アンドロイドの表情が余りにも輝かしく、眩しかったからだ。下手なことを言って、その表情を曇らせてしまうのも躊躇われる。

 そう考えること自体、もしかすれば教官の策の内であったのかもしれないけれど。一人っ子の私は、何だかんだで彼を弟のように思い始めていたので。

「どこからその自信が湧いて出るのか、サッパリ分からないけど……。とりあえず、着るの手伝ってくれる? こんな上等なの着るの初めてだから、不安で」

「了解! 後ナ、ブレスレットと、ネックレスも用意シた!」

 ドレスが押し付けられたかと思うや、次から次に持って来られる装飾品の数々。

 角度によって微妙に色合いを変える、澄んだ紺青の結晶を連ねた銀の鎖があったかと思えば、零れ落ちた涙のような、透き通った輝石を埋め込んだペンダントもあった。ヴェスパーはああでもないこうでもないと、いかにも人間臭い仕草で装飾品を見比べていたものの、やがてお眼鏡にかなう組み合わせを見出したらしい。

「よし、こレで決まリ! サラ、右利きだよナ? 先にこっち着けテ、その後デこっち。どっちモ左手な。ネックレスはこレ!」

 安価なものでもないだろうに、ぽんぽんと放るように手渡されたそれらを見下ろし、私は最早言葉もなく頷くばかりだ。

 先に着けろ、と言われたのは、虹色に煌めく小さな結晶を配した細身のバングルだった。ブレスレットは、あの紺青の結晶を連ねた銀鎖がそのまま採用されたらしい。ネックレスには、舞い落ちる羽根のような意匠の台座に、丸くカットされたアイスブルーの輝石が嵌め込まれたものが選ばれたようだ。

「先に着替えちゃッテな? そしたラ、おれ、髪整えて、ネックレス着けルから」

「髪? そこまでしてくれるの?」

 驚いて訊き返すと、ヴェスパーは一層自慢げにする。

「ベルギルの髪、いつも切ってるノ、おれ! 今回はサラの為ニ、女の子ノ髪型も覚えタ! 髪飾りもいっぱい作ッタ!」

「……すごいね……」

 どこまで力を入れたのか、というか、ヴェスパーの果てしない多芸ぶりに軽く目眩がしそうだ。教官の助手どころか、執事とかそう呼んだ方がいいのでは……?

「ア、もう時間そんなニないナ! サラ、急ゴう!」

「あ、うん、ごめん」

 急かされるがまま、慣れない衣装への着替えに取り掛かる。おおよその造りはアカデミーの制服と似通っているものの、やはりドレスはドレスだ。勝手が違う。度々ヴェスパーに手と口を出され、四苦八苦しながら着替えを終えると、今度は手を引かれて鏡台の前に座らされた。

 鏡台の引き出しから櫛や装飾を取り出すヴェスパーを横目にバングルを手首に通し、不慣れな金具に手を焼きつつもブレスレットを着ける。その間にもヴェスパーは短くはないけれど、束ねることもできない半端な長さの髪に櫛を通し、繊細な意匠のピンで上手くまとめ上げてくれた。それからネックレスを首に掛けてくれ、

「仕上げはこレな。古いデータアーカイブにあっタ、『星の欠片を束ねた六花(フロアレステア)』って飾りに似セて作っタ。おれの一番ノ傑作!」

 にっこりとした満面の笑みで、ヴェスパーが耳の後ろに大きな花飾りを差し込んだ。きらきらと光る柔らかな白色の結晶と艶やかな布地で形作られた花は、夜空を流れる星屑を思い起こさせる、控えめながらも上品な輝きを放っている。

 自分の人生の中で、こんなにも見事に着飾る着飾ることがあるなんて、本当に今まで考えてみたこともなかった。この後に待ち受けるものを思えば不安は尽きないけれど、それでも私だって十六歳の女だ。素敵なドレスを着て、綺麗なアクセサリーを身に着けるということに、浮かれない訳ではない。

「何から何まで……ありがとう」

 まるで夢見心地だった。どこかまだ現実味が感じられないまま言うと、ヴェスパーは絵に描いたような恭しさで私の手を取って、

「どういたシまして! さア、お姫様、出陣のお時間でス!」

「お姫様が出陣って」

 あんまりな物言いに笑ってしまいながらも、手を引く力に促されて立ち上がる。ヴェスパーと手を繋いで更衣室を出ると、廊下には既に教官が立っていた。

 目元を覆い尽くすミラーシェードは常と変わらないものの、身に纏っているのはいつもの作業服ではなく、きちんとしたコロニー自衛軍の礼装だ。〈天見塔〉はコロニーはおろか全世界の防衛に関わる役目を帯びているものだから、組織上は軍の管轄になるのかもしれない。肩や胸にはいくつもの徽章があり、細かい身分までは分からないものの、その数と煌びやかさでおおよそが推して知れる。

 出会ってからこの方、ミラーシェードを外した素顔を見たことがないので確かなことは言えないけれど、そうであって尚十二分に整った面差しをしていると見える人だ。華やかな礼装を着込んでいると、妙な威圧感がある。なるほど、武装という表現もアリかもしれない。そんな風に思ってしまえるくらいに。

「準備はできたか」

「バッチリ!」

 淡々とした問い掛けには、自信満々といった様子のヴェスパーが元気よく答えた。軽く頷いてみせた教官は、ミラーシェード越しの視線を私に向けると、

「よく似合っている。祝宴の最中は、俺の後ろにいればいい。引き離そうとする輩に従う必要はない」

「それはつまり、引き離そうとする人がいる、という……」

「少なからずな。用心は怠るな」

 大真面目な風で告げられた言葉に、頬が引きつる。人生最初で最後かもしれない盛装に浮き立っていた気分が、急速に落下していった。警戒が欠かせない祝宴など、それはもう祝宴と呼んではならないのではないだろうか。ただの詐欺では?

 そんな私の暗澹たる心情を知る由もなく、教官は懐中時計で時間を確認するや踵を返して歩き出す。

「時間だ。戦場に向かうとしよう」

「教官、笑えません」

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