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2.銀の剣の花に継ぐ

本作は「おっさん×少女」掌編小説アンソロジー 第2弾「歩みを寄せて」へ寄稿したものの再録となります。

 あの馬鹿、と広い管制室の自席からモニターを見上げ、溜息が漏れた。

 管制室前方の壁を一面覆い尽くすモニターの中では、見慣れた白銀の巨大兵器が縦横無尽に夜空を飛び回り、群がる異形の怪物を一刀のもとに斬り捨てていく。長大な剣を携えた白銀の巨人は現操縦者の嗜好に合わせて攻撃性能と移動速度に秀でる分、継戦能力と装甲強度がお粗末だ。輝く装甲にかすり傷一つ付けさせず、片端から撫で斬りにしていく戦いぶりは爽快でもあるが、見守る身にしてみれば常に不安が伴う。

 何せ、操縦者の性格傾向も機体性能よろしく大いに偏っている。今もまた、モニターの端に突っ込んで消えていきそうな――つまり、想定外の挙動を、あの馬鹿は。

 借りるぞ、とだけ告げて、隣の席の管制官のマイクを奪い取る。

「フラディオル、自重しろ。背後の隊列はお前の援護だ。お前が不用意に飛び出しては、意味がなくなる」

『そんなの必要ないね!』

 折角の忠告にも、案の定の答えだ。こめかみが震えるのを感じた。

「このじゃじゃ馬が! 教官の指示には従えと、いつも言っているだろうが!」

 思わず怒鳴れば、管制官が派手に肩を震わせた。だが、その反応が欲しいのは隣ではなく、マイクの向こうの跳ねっ返りだ。

「フラディオル、もう一度言う。自重しろ。――返事は」

 一層声を低く震わせて言うと、短い間の後に『はいはい』と拗ねた声が答えた。

『分かったよ、分かってる。ロッツ、あんたの指示には従う。絶対に逆らわない』

 おれはいつでもそうしてきただろ、とは不貞腐れた口ぶりだが、ようやく少しは頭が冷えてきたらしい。

「それでいい。己の本分を忘れるな。慎重に、且つ効率的に動け。戦闘に興じるな」

『でも、これがおれの生き甲斐って奴なんだ』

「お前は子供か、戦士か。どっちだ」

『……戦士』

「なら、相応の振る舞いをしろ」

 それだけ言って、マイクを管制官に返す。ちらりと見たモニターでは、嘘のように大人しくなった白銀が残敵の掃討に勤しんでいた。あの分では、十分足らずで殲滅を終えるだろう。

 ガタリと音高く席を立つと、狼狽えた風の管制官がこちらを見上げる。

「スターロッツ教官、どちらへ」

「出迎えだ」

 思いの外、ぶっきらぼうな声が出た。


 二十年前のある日、突然世界は一変した。空の向こうから異形の怪物が現れたのだ。

 ガレヴァールと名付けられた敵性生物は瞬く間に世界の粗方を滅ぼし、人類はたった七つのコロニーを残すまでに追い詰められた。とは言え、何も無抵抗に敗走を続けた訳ではない。人類は残された技術と物資を結集し、天敵を屠る兵器を作り上げた。

 それこそがグルバフィル――搭乗者(パイロット)の生体エネルギーを糧として戦う、汎用人型機動兵器だ。

 俺がコロニー・リラルソスでグルバフィルに乗ることになったのは、ひとえに互いの利益が合致したからだ。戦闘経験豊富で、滅ぼされた祖国の復讐に燃える敗残兵。祖国の仇を討つ為の全てを提供するスポンサー。

 それから七年、俺はジルヴァラと名付けた白銀の機体を駆って、怪物相手にひたすら戦った。戦い続けた。ジルヴァラを降りたのは、怪我が原因だ。戦闘中に片目と片腕が潰された。満足に機体が操縦できないのでは、引退するしかない。己の生体エネルギーを機体に食わせて戦うグルバフィルの搭乗者は総じて短命で、多くは五年ともたない。それを踏まえれば、俺の七年は長かった方だろう。

 ただ、引退後はグルバフィルの操縦者を育てる教官職に就けと命じられた時は、耳を疑った。生憎と俺は生来の無骨漢で、およそ愛想に欠ける性分であることも自覚している。教官が務まるとは思えない、と伝えたが、上司は首を縦に振らなかった。

「ヴァントーズを超える、戦いを終わらせられるエースを作ってくれ」

 代わりに言われたのが、それだった。

 コロニー・ローアミアのヴァントーズと言えば、この狭い世界でも知らぬ者の方が少ない。黒銀の機体を駆る英雄、ガレヴァール撃墜数第一位のエースパイロット。

 俺は常に彼の記録を追っていた。ライバル視していなかった、と言えば嘘になる。差は常にほんの数体だったが、最後までそのわずかな数を超えることができなかった。その手の届かぬ不動のエースとて、未だ敵を滅ぼし切れず、戦いは続いている。

 考えてみれば、俺も七年の間に歳をとった。いつの間にやら四十路、怪我がなくとも長くはなかったのかもしれない。ならば、後に続く者を鍛え、超えられなかったものを超え、終わらせられなかったものを終わらせる夢を託すのも一興か。

「とびきり出来のいい候補生を寄越してくれるんだろうな」

 腹を括ってそう言うと、もちろん、と上司は頷いた。最も優秀な候補生と引き合わせよう、と約束した。――だが、後に俺が引き合わせられたのは、やっと齢十を超えたかどうかの、幼い少女だった。

 どういうことだ、と思わず怒鳴った俺に、上司は平然と言い放った。

「フラディオル――これはグルバフィルに乗り、戦う為だけに設計培養された人造種だ。通常の子供と同列に扱う必要はない」

 聞けば、人造培養のパイロット量産計画は、三年ほど前から存在していたらしい。二年の開発期間の末、満を持して調整に調整を重ねた個体の培養に着手したとか。

 その成果が、目の前の子供だという。艶やかな黒髪。淡い青色の眼。どこからどう見ても、何の変哲もない子供でしかないものが。……目眩がしそうだった。

 戦いを終わらせる為なら、何をしてもいいのか。こんな所業が許されるのか。人間を作ることの是非以前に、これは守るべき――守られるべき子供ではないか。その子供を戦場に出すのか。

 正直を言えば吐き気すらしたが、俺に拒否権はなく、それはあちらも同じだった。幸運だったのは、最も優秀な候補生という肩書に間違いがなかったことだ。俺が乗っていたジルヴァラをそのまま与えたが、三度乗った時点で俺より上手く操った。さすがに精神面では不安定さが目立ったが、それを制御させるべく教え込んだし、向こうも意外に大人しく従った。……初めの一ヶ月だけの話だが。

 人見知りだったのか、それとも単に慣れたのか。出会ってから二月目にもなると、あいつは「調整に調整を重ねた」という言葉が信じがたいほど小生意気になり、度々俺を閉口させた。そもそも四十路の独り者に子供の世話をしろというのが、土台間違っている。

 それでも今のところ師弟関係を投げ出さずにいるのは、何だかんだ情が沸いてしまったからだろう。きちんと言い聞かせれば文句を零しながらも素直に聞き入れたし、強くなる為にとひたすらに訓練に打ち込む幼い背中に「今日はもう終わりだ」と声を掛けたことも数えきれない。戦う為の知識ばかりを詰め込まれ、子供らしい楽しみや遊びを何も知らない(いびつ)さを、どうにかしてやりたいとも思った。

 ――それに。管制室から遠く離れた、グルバフィル専用の発着場。そこで帰りを待っている俺を見つけると、本当に、心から嬉しそうに駆け寄ってくるのだ。あの子供は。……全く、敵わない。


 そうして今日も、あの跳ねっ返りの馬鹿弟子は俺を見つけて笑う。

 長い廊下を抜けて足を踏み入れた発着場。既にそこには片膝を折った白銀の巨人の姿があり、開け放たれた胸部装甲の中から、豆粒じみた子供が飛び出してくる。

「ロッツ!」

 満面の笑みを浮かべて走ってくる、俺の腹までしか背丈のない小柄な子供。内心はともかく、俺はそれを渋面で迎えなければならなかった。

「フラディオル、まず整備班に挨拶と報告をしろ。彼らが居なければ出撃できないのだと、何度言わせる」

 開口一番に小言を吐くと、子供は露骨に顔をしかめてみせた。唇を尖らせ、踵を返す。その背中はあからさまに拗ねていて、仕方がなしにもう一度呼び掛けた。

「フラド」

「何だよ」

 背中を向けたまま、不機嫌そうな声だけの返事。ささやかな反抗に、苦笑が浮かぶ。

「任務達成、御苦労。無事で良かった」

「――おう」

「それから、これも何度も言っているが、俺の喋り方を真似するな」

「知らないね!」

 肩越しに振り返った顔が、べえっと舌を出す。またこいつは、と溜息を吐く間にも、子供はジルヴァラを取り囲む整備班の人員の元へ駆けていった。

 あれだけの殲滅戦を演じた後で、よくも走り回れるものだ。三年前の俺でも、同じ規模の戦闘の後では歩くのがやっとだろう。どんな「調整」が施されたのやら、考えるも空恐ろしい。しかし、そのお陰であの子供の命数が伸びているのも確かだ。

 戦い、敵を滅ぼす為だけに作られた子供。戦い、敵を滅ぼすことしか知らない――求められない子供。誕生から死までの全てが決められている子供を、哀れに思わない訳ではない。できることなら、変わってやりたい。だが、俺は戦いを終わらせられなかった。俺が超えることのできなかったエースですら、未だ果たせずにいる。

「フラド! 戻ったら戦闘記録を見直すぞ!」

「えー!?」

「ちゃんとできたら、ご褒美だ」

「……やる!」

 己の果たせぬ夢を理不尽に背負わせる大人を、許せとは言わない。それでも俺は、お前に夢見て止まないのだ。いつか超えがたき壁を超え、誰もが求める願いを果たしてくれると。

 その為にこそ、俺の全てを、お前に継いでいく。

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