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1.いつか花咲く風の野に

本作は「おっさん×少女」掌編小説アンソロジー 第1弾「掌を繋いで」へ寄稿したものの再録となります。

 大人たちが言うに、世界はとっくに死に態なのだそうだ。

 死にかけの世界、一面の荒野には、たった七つのコロニーが残るだけ。空から降ってくる化け物が、それ以外の何もかもを滅ぼし尽くしてしまったらしい。だから、七つのコロニーは、力を合わせて化け物に対抗する兵器を作ったのだと。

 私の生まれたコロニー・ローアミアは、その兵器の製造において最も重要な部分を担っているらしい。基本的な部分をローアミアの技術者が作り上げて、その他の六つのコロニーに売り与えたと聞いた。なるほど、七つのコロニーの中で最も繁栄した地などと呼ばれる訳だ。

 もっといい兵器が作れれば、他のコロニーに対してもっと優位に立てる。本来の目的とは全く違ったところで、ローアミアで兵器開発は盛んに行われている。正直そういうのはどうかと思わなくもないけど、親も友達もいない正真正銘天涯孤独の孤児であった私が、今のような真っ当な生活を送れるようになったのは全てその兵器開発のお陰なので、偉そうなことは言えない。

 ローアミアで作られた兵器は、人間の生体エネルギーを動力にして動く。その為、操縦者(パイロット)は戦う度に消耗を余儀なくされ、その消耗率を下げるのはかねてからの重要案件だった――というのは、街の裏路地でストリートチルドレンをしていた私を見つけ出し、抜擢した主任からの受け売りだ。ともかく兵器のパイロットには助けになるものが必要で、私はそれにあたるらしい。

 そんな訳で、私はローアミアの誇るエースパイロット・ヴァントーズの管理下に置かれた。

 ヴァンはとても背が高くて、ごつごつした身体をしているのに、とても物静かで穏やかな人だ。私がこれまで見てきたような、すぐに怒鳴ったり殴ったりする大人とは違う。文字を書くことや読むこと、数字の計算、それから食べるものに着るもの住むところ、全部ヴァンが教え、与えてくれた。

 ヴァンの眼は緑色をしていて、私がちゃんと文章を書けた時や、計算ができた時に笑ってくれると、本当に綺麗な色になる。私はその色がとても好きだった。髪は薄い金色で、ところどころ白くなっている。前に何でかと訊いたら「私はもう四十も半ばだからな」と笑っていた。大人になると、そうなるらしい。私の髪はヴァンと違って赤いけど、それもいつか白くなるんだろうか。

 フロレアルという名前をくれたのも、ヴァンだ。それから、自分の生まれた日なんて知らなかったし、考えたこともなかった私に「誕生日」を作ってくれたのも。――ヴァンは、私に何もかもをくれた。

 この世界には神様って奴がいるらしい。すごい力を持った、何でもできるえらい奴。裏路地で野良猫のように生きてきた私も、死にかけの世界も何も救ってはくれないけれど、祈れば助けてくれるはずの。

 だったらきっと、ヴァンが私の神様だった。私は祈ることも知らなかったし、ヴァンのことも知らなかったけど、それでも私をすくって全てをくれた。

 だから、ヴァンの為になることなら、私は何だってしてやろうと思ったんだ。


   * * *


 汎用人型機動兵器グルバフィル、個体登録名をジェルミナル。コロニー・ローアミアの誇るエースパイロット・ヴァントーズの搭乗機体である。天空から飛来する敵性生物ガレヴァールの討伐記録は、実に七十。他パイロットととの協同で討伐したものも含めれば、その数はゆうに三倍近くに上る。これは現存するパイロットの中で最多であり、またパイロットとしての活動期間も十年近くと最長であった。

 ジェルミナルとヴァントーズは、今や全人類の希望に等しい。それが早晩斃れるなど、あってはならない。故に、私は提案した。非人道的と理解していながらも、提案した。

 ――ヴァントーズに代わる、ジェルミナルへの生体エネルギー供給ユニットの搭載を。

 おそらくまだ齢十二、三だろう彼女をコロニーの寂れた裏路地で見つけた時は、これこそが天啓かと思ったほどだ。年若い少女ながら、おそろしく豊富な生体エネルギーを持つ特異体。彼女より他にジェルミナルに搭載するに相応しいものなど、誰一人としていなかった。

 私は天にも昇る気持ちで上申した。コロニーの支配者たちは何ら異論を唱えなかった。それはそうだ、孤児の子供と人類を守る英雄。その二つを天秤に乗せて、どちらの方が重いかなど問うまでもない。

 しかし、ヴァントーズは私を恨んでいるだろう。彼は誇り高く、そして優しい男だ。私は彼が孤児の子供――ジェルミナルへ搭載されるのでなければ殺処分される身の上とは、当人だけが知らない事実だ――を見捨てておけないと知って、孤児の子供が初めて得る温かさに絆されない訳がないと察していて、尚且つ二人を引き合わせたのだから。


 そうして今宵もガレヴァール出現の警報が鳴り、親子ほどにも歳の離れた二人組は鋼の巨人を駆って人類の敵を駆逐する。

 世界は死に態だ、人類は崖っぷちだ。それでも我々は、まだ生きている。生きようとしている。例え同胞の何人かを犠牲にするとしても、生き続けたいと願っている。

 それは、いつか責められ得る願いだろう。ならばいつか、責められる時が来てほしいと祈る。人類が生き延びた末に。敵性生物を全て退けた果てに。

 居るのかも分からない神にではなく、居るのだとしても傍観するだけの神などにではなく。足掻き、もがき、持てる手段を尽くして生き延びた人間にこそ、いつか私達の行いは裁かれて欲しい。


   * * *


 私は罪深い男だ。愚かな男だ。臆病な男だ。こんな男が人類を守る英雄などと、笑わせる。

 暗い夜に警報が鳴り、打ち払うべき敵の来襲を知らせる。そうして、私と彼女の仕事は始まる。ジェルミナルと呼称された兵器に乗り、戦いに赴くのだ。

 ジェルミナルに搭乗しての戦いは、常にひどい疲労を伴った。生体エネルギーをそのまま動力に費やしているのだから当然のことではあるが、それすなわちグルバフィルのパイロットが短命となる現実の原因でもある。

 多くのパイロットが五年と持たずに斃れていく中、私は――私だけが十年近くジェルミナルに乗り続けている。だが、それは別段何か特別な対策などを講じてのことではない。単に元が軍人上がりだけあって体力に恵まれていたとか、そんな偶然のような要因によるものだろう。……或いは、そんなあやふやな答えしか返せなかったからこそ、彼女は私の許へ連れてこられたのかもしれない。

 名もなき孤児の少女。私がフロレアルと名付けた少女。

 彼女は私の命を延ばす為の、分かりやすい贄だった。私の代わりにジェルミナルへ生体エネルギーを注ぐ。なるほど、確かに戦闘の効率は増した。付き物だったひどい疲労も減った。……だが、その代償は。

 年端もゆかぬ少女を命の保障もない戦場に駆り出し、あまつさえ私の負うべき負担を肩代わりさせる――何とおぞましいことか。

 私は力無き人々を守る為にこそ、かつて軍に入り、今グルバフィルの搭乗者となった。だが、それがどうだ。守るべき子供を身代わりにして、私は戦っている。挙句の果てに、その事実を嫌悪しながらも拒絶しきれずにいる。何という欺瞞か。

 しかし、いくら感情が受け入れるべきでないと叫んだとて、理性は理解してしまっているのだ。フロウの存在は、戦い続ける上で余りにも有用過ぎた。彼女がいることで、私は十全に戦える。より無駄なく、より素早く、敵を葬り去れる。共にジェルミナルに乗せることで彼女が疲弊しても、その事実から目を逸らしてしまえるくらいに。

 私は彼女にどう償えば良いのだろう。何を報いれば良いのだろう。

 文字の読み書き、計算に始まる知識。身を彩る衣服や装飾品。与えられる心当たりのものを全て与えたとして、果たしてそれが自己満足以外の何物になるか。彼女がこのままジェルミナルに乗り続けるのなら、どんな宝の山とて無駄になる。

 それでも彼女は、曇りのない眼で私を見上げて言うのだ。


「ヴァン、私は幸せだ。生まれて初めて、幸せだよ」


 ああ、神よ。あなたがもし本当におわすのなら。

 どうか彼女に祝福を。死に瀕した荒野の世界に生まれ、幸薄い彼女に幸いを。それが叶わぬのなら、どうか私を最期まで戦い抜かせてほしい。

 ――いつか彼女が、花咲く風の野に立てるその日まで。

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