五郎太地蔵(創作民話8)
その昔。
ある村に五郎太という若い男がおりました。
この五郎太、根っからの怠け者であったゆえ、村人たちのだれからも鼻つまみにされていました。
さて。
この村には裏山の小高い場所にひとつ、人の手で造られた大きな溜池がありました。
それは川のない村にとって、田や畑に水を引くとても大事なものだったのですが、大雨が降るたびに堤がくずれ、そこから大切な水がもれ出していました。
この年も梅雨の季節がやってきました。
「今晩あたり、大雨が降るやしれん。みなの者、雨が降り出す前に普請にまいるぞ」
庄屋を先頭に……。
大雨の前に修理をと、この日、村人たちは連れだって裏山の溜池へと向かったのでした。
その日の夜。
庄屋は村人たちを屋敷に集めました。
普請のねぎらいにと、みんなにごちそうをすることにしたのです。
「みなん衆、腹いっばい食べておくれ。ところで五郎太は、このたびも普請に来てなかったようだが」
庄屋がみなを前にして口を開きました。
「五郎太は怠けてばかりだ。アイツの田には、こんりんざい水はやらねえでいい」
一人が腹だたしげに声を荒げます。
「おらの畑は、いつもアイツに荒らされるんじゃ」「ワシは倉から米を盗まれてな」
「ヤツを代官所につき出そうじゃねえか」
「そうだ、それがいい」
次から次に村人たちから、五郎太に対する不満の声があがりました。
「それもしかたあるまいのう。五郎太のヤツ、いっこうに心をあらためようとせんからな」
どうしょうもないといったぐあいに、ついに庄屋もあきらめ顔で首を振ったのでした。
かたや五郎太。
こうしたことは知るよしもありません。
今夜も米を盗もうと、庄屋の米蔵へと向かっていました。
すると屋敷の前で、
――うん?
座敷の中からもれ聞こえる、五郎太という自分の名前を耳にしました。
五郎太はじっと耳をそばだてました。
――なんだって!
自分を代官所につき出す。
みながそのような話をしているではありませんか。
――えれえことになっちまったぞ。
五郎太は裏山にあるお堂――神様を祀ってある洞窟へと向かって逃げました。とりあえず今夜一晩、そのお堂に忍び隠れようとしたのです。
お堂は溜池の近くにあります。
五郎太は裏山を一目散にかけのぼりました。
そして洞窟に着くと安心したのか、横になるなりそのままぐっすり寝入ったのでした。
庄屋の心配した大雨が降り始めました。
明け方。
五郎太は地ひびきの音で目をさましました。
――逃げなきゃあ!
追ってきた村人らの足音かと思い、五郎太はあわててはね起きました。
しかし、人の気配はまったくしません。さらに、あたりは真っ暗な闇です。
――はええとこ、どこか遠くに逃げなきゃ。
明るくなって追っ手に見つかる前にと、五郎太は今いる洞窟をすぐさま出ようとしました。
ところがなんとしたことか、洞窟の入口が土砂でふさがれているではありませんか。さきほどの地ひびきは、山の土砂が雨でくずれ落ちた音だったのです。
――どうすりゃ……。
真っ暗な中、五郎太はただオロオロするばかりでした。
と、そのとき。
穴の奥がほのかに明るくなり、そこに見知らぬ老人が現れ出ました。
「だれじゃ?」
「山の池を守る者だ。して、オマエをここから出してやろうと思うてな」
老人が五郎太の前に立ちます。
「ありがたいことで」
「ただし地蔵としてだ」
「地蔵? それでは動けねえのでは」
「石の地蔵ではない。手も足も動く、生身の地蔵としてだ」
「ですが、どうして地蔵なんで?」
「今のままのオマエでは、いずれ捕らえられてしまうではないか」
この老人は、五郎太が逃げている事情すべてをお見通しのようです。
「村のために働けば、みなもオマエを許してくれようぞ。さらば、今の姿にもどしてやる」
「心を入れかえて働きます」
五郎太は地面にひれ伏しました。
「だが、ひとつ言っておく。動けるのは暗い夜のうちだけだ。朝日にあたれば動けぬ石の地蔵となる。そのことを決して忘れるでないぞ」
老人はそう言い残して消えました。
洞窟の中がふたたび真っ暗になります。
――お堂の神様だったんだ。
五郎太はそう思いました。
そして、このとき生身の地蔵となっていました。
夏祭りの前。
お堂のある洞窟は村人らによって元どおりに修復され、地蔵となった五郎太は村はずれにある小さなホコラに移されました。
それ以来。
夜になると人知れず、村の中を歩きまわる地蔵の姿がありました。
ところが……。
――村のために働くといったって、いってえどのようなことを?
地蔵の五郎太はなにひとつできずにいました。
夜のうちにうろうろと歩きまわっては、夜明け前にホコラへもどるといった、そんな日々が続いていました。
季節が秋になりました。
田んぼは稲穂で黄金色にそまり、村ではじきに稲刈りが始まろうとしていました。
その日。
朝から強い雨が降っていました。
雨は夜半になってどしゃぶりとなり、集まった雨水が川を滝のように流れ下ります。
――くずれなきゃいいが。
五郎太の頭に、裏山の溜池のことが浮かびました。
堤がこわれでもすれば、田畑はおろか家までもが流されてしまいます。
五郎太は裏山に向かって走りました。
――こいつはえれえことだ。
溜池に着いておどろきます。
堤は大きくひび割れており、そこから今しも水があふれんばかりです。このままでは堤ごと、たまった水で流されてしまうのではと思われました。
――なんとかしなきゃ!
すぐさま五郎太は堤に走り寄り、自分の体でもって流れ出る水をせき止めました。
水が体の脇を抜けてあふれ出してゆきます。
――このままじゃ、村はじきに流されちまうぞ。
そう思ういなや、五郎太の体は徐々に大きくなり始め、溜池の淵から流れ出る水をせき止めたのでした。
東の空がしらみ始めました。
――ホコラにもどらなきゃあ。
五郎太は老人の言葉を思い出していました。
朝日にあたることになれば、動けぬ石の地蔵になってしまうのです。
――でも村が……。
五郎太は溜池から離れようとはしませんでした。
その朝。
裏山の小高い場所に大きな石がひとつそびえ立っていました。
「雨で裏山がくずれたんだ」
「溜池があぶねえぞ」
村じゅうが大さわぎとなり、さっそくみなで裏山へと向かいました。そして溜池のそばまでやってきたところで、
「お地蔵様じゃ!」
一人が大きな石を見上げて叫びました。
大きな石、それはお地蔵様の姿をしており、溜池を守るようにして立っていました。
「お地蔵様が村を守ってくれたんじゃ」
庄屋が村人を前にして言いました。
以来。
裏山の溜池がこわれることはなくなりました。
それは石の地蔵になった五郎太が守ってくれているからだと、村では今も語り継がれています。