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レンタルビデオ「GETZ=ゲッツ」の事件簿  作者: 佐藤こうじ
幽霊騒動
8/12

「霊道って言うんですかね、霊の通り道……それが店の奥からあの倉庫へと続いているとか」


 不審な足音がしたという情報はその後もしばしば寄せられた。しかし、その人を見たという話はなかった。

 廉太郎は先輩の男性スタッフと共にアダルト作品の返却をしながら、その幽霊騒ぎの件について話している。


「廉ちゃんオカルトに興味あんの?」


「いえ、そういう訳でも……でもオカルト系のサイトなんかよく見ますね」


 アダルトのコーナーは、紫色の暖簾をくぐってすぐに新作、準新作のコーナーがあり、その右側に旧作がたくさん陳列されている。ふたりは新作の方から返却している。回転の速い作品はなるべく早く戻しておきたいのだ。ふたりで棚を挟んでいる形だが、陳列棚のDVDの上の隙間から向こう側が見えるので会話しやすい。


「でも、ただ放っておくのもどうかと思うんですよね。それでお客さん減ったらマズいじゃないですか……あれっ?」


 廉太郎の近くを、DVDのパッケージを手にした客が通った。廉太郎は客を呼び止める。


「お客様、申し訳ございません。レンタルされる作品は、中身だけカウンターの方にお持ちいただけますか?」


「え? いや、これは……」


 先輩スタッフが慌ててふたりの間に立つ。


「いやいや、いいんだよ廉ちゃん、それはセルだから。あ、お客様失礼しました!」


 客はカウンターの方に去って行く。


「ああ、まだ知らなかったか。アダルトのDVDには、貸すんじゃなくて売ってるやつがあるんだよ」


「え!? そうだったんですか!?」


「滅多に売れないけどね。このアダルトコーナーの一番奥だよ。ちょっと来て」


 アダルトコーナーの一番奥の面には、販売用のDVDが陳列されていた。もうあまり借りられることのなくなった作品を、パッケージ込みで売っているのだ。よく見たら棚の上の方に『SELL DVD』と書いたプレートがある。


「うわあ、知らなかったなあ……これ、売ってるんだ……」


 不慣れな廉太郎はいつも必死こいて返却しているので、それに気づくほどのゆとりがなかった。


「そうだったんだ……」


 踵を返し、戻ろうとした廉太郎に頭に、ふと違和感がよぎる。


「…………?」


 振り返り、その販売用のコーナーを改めて見る。


「あれ? どうしたんだろう……」


 陳列棚は、身長百七十センチほどの廉太郎より頭ひとつぶん高い。そして左右の隅にまで、ぎっしりDVDが並んでいる。

 しかし、何かが違う。

 ここは、他の場所と何かが違っている。


「何だろう……どこが……違うんだろう」


 頭の中にモヤモヤっしたものが漂っている。


「おーい、行くぞ、廉ちゃん」


 先輩に呼ばれて廉太郎はカウンターの方に戻った。





 その後も『幽霊騒動』は続いた。

 背後に人の気配。逃げるように駆けていく音。そして倉庫のドアがひとりでに動く所もしばしば目撃されている。

 人の気配を訴えてきたのは、全員若い女性だった。それも露出の大きな服を着た人が多い。


「気配といっても、要するに後ろで物音がしたって事でしょう」


 廉太郎は寄せられた情報をもとに図を書いて、スタッフたちに見せた。現場の見取り図を書き、事案が発生した場所に印をつけている。


「共通しているのは、店の奥の方、カウンターからは見えない場所で起きているということです。それも店内に客があまりいない時。夜の十時ごろから深夜にかけて」


「それも奇妙よね。十件以上起きているのに、全部がそうだってのも……」


 友紀は神妙な顔で考え込んでいる。


「でしょう。そして遠ざかっていく足音。情報では倉庫の入り口付近、アダルトコーナー近くでも聞こえて来るそうです」 


「それがもし、オバケなんかじゃないとしたら、その人はよく他のお客様に見られもせずに逃げてるわよね。それも何だかおかしな感じ……」


「いや、だからやっぱりオバケなんじゃない?」


 長瀬は本当に幽霊だと断定している。


「嫌よそんなの。じゃあ、私たちずっとオバケが出るところで働かなきゃいけないの?」


「ゆ、友紀さんは、そういうの嫌いですか?」


「オバケが好きな人なんているワケないじゃない」


 廉太郎は焦った。オバケが嫌で友紀がここのバイトを辞めてしまっては困る。


「あっ、あのっ! すいません!」


 客の女性がただならぬ様子で、カウンターに駆けて来る。


「ど、どうなさいました?」


「いま、後ろで物音がして私が振り向いたら逃げていく人が……! ミニスカートだから盗撮されたのかと思って追いかけたら、走ってアダルトのコーナーに入ったんです!!」


「ど、どんな感じの人でした!? 服装とかは!?」


「ほんの一瞬で……それも後ろ姿だけしか見てないけど……でも黒い服でした!」


「分かりました! じゃあ、私と廉ちゃんで行きましょう!! みんなは、黒い服の人が店の外に出ようとしたら止めて!!」


 友紀と廉太郎はダッシュでアダルトコーナーに入った。入ってすぐ、奥の方に立っている男が見えた。白いシャツを着ている。


「違う……もっと奥の方か!?」


 女性スタッフは滅多にアダルトの方にには入らないのだが、こういう時ばかりは特別と、友紀は棚の間を縫うように走った。


「どうですか!? 友紀さん!!」


「いない……! 白いシャツの人だけしかいない!」


「じゃあ、あの人に聞いてみよう」


 その男性に、人が入って来なかったか聞いてみた。


「ああ、見てはいないけど足音は聞こえたよ。走って奥の方に行ったと思ったんだけど……」


「そ、その後、出て行くような音はしませんでした!?」


「聞いてないなあ……あ、でも分からないよ。普通に歩く音だったらそんなに聞こえないし」


 廉太郎と友紀は、礼を言ってアダルトコーナーから出た。そして店内をくまなく探し回る。トイレの中やネットの個室まで探したが、黒い服の男はいなかった。それどころか、濃紺とか黒っぽい服を着た人すらいなかったのだ。カウンターに残った人も、それらしい人が通るのは見なかった。


「ど、どうなってんだ畜生……!」


 廉太郎は息を乱しながら、カウンターを叩いた。


「でも、人を見たってことは、少なくとも幽霊の線は消えたわね」


 友紀は後ろの棚に置いてあったコーヒーを飲んだ。


「しかし、人が消えてしまうなんて余計にタチが悪いよ……ああ、僕も飲み物取ってこようかな」


 カウンターから出てドリンクバーに向かおうとした廉太郎の頬を冷たい夜風がくすぐった。


「ん? 風……ああ、あそこからか……」


 今夜も風が強く吹いている。ネットカフェ側の壊れたドアが薄く開き、隙間風が入ってきたのだ。


「隙間風か……隙間……ん? 隙間……風……」


 廉太郎は立ち止まり、店の奥を見た。コミックの高い棚が並び、その奥に壁が見える。


「あの壁の奥は……アダルト……という事は……」


 落ち着いてこの建物の間取りを想像してみる。

 コミックコーナーの奥はアダルト。

 アダルトの両側には何が。あの倉庫と、もう片方には───


「あっ…………!」


 突如閃く雷鳴のように、何かが頭の中で光った気がした。


 ダッシュでネットカフェの通路を駆ける。


 ドリンクバーを通り過ぎ、控え室のドアノブを持つ。


「店長っ!!」


 カギは掛かっていなかった。一気に開くと、黒いニットを着て立っている犬山店長の姿があった。


 部屋の中央付近に直立し、まっすぐに廉太郎の方を見ている。


「店長……」


 廉太郎は息を弾ませながら犬山店長を睨む。


 店長の、タラコのようなぶ厚い唇が動いた。


「チェックメイト」


 しばしの沈黙。


 廉太郎はわなわなと肩を震わせ、吐き出すように叫んだ。


「チェックメイトじゃないですよっ!! ああもう、やめてくださいよ!!」


 控室につかつかと入り、部屋の奥まで進む。


 黒い棚のようなものがあり、その向こう側の明かりが漏れて見えた。


「やっぱり……!!」


 それを引っ張ると、下に車輪がついているおかげで簡単に動かせた。


 派手なパッケージのDVDに埋め尽くされた部屋が眼に飛び込む。


 間違いなく、そこはアダルトコーナーだった。控室と繋がっていたのだ。


「そういう事だったんですね、店長!!」


 店長は相変らず直立し、廉太郎をキッと見据えている。彼の後ろの机にはノートパソコンがあり、そのすぐ横には店内の様子が映ったモニターがある。防犯カメラの映像だ。


「私は逃げも隠れもしない」


「めっちゃ逃げてたじゃないですか!! ここからこっそり店に入って、女の子を観察して、見つかりそうになったらダッシュで逃げてたじゃないですか!!」


 他のスタッフたちがぞろぞろと控室に入って来た。


「やっぱり店長でしたか。そうじゃないかなーと思ってたんですよ」


 長瀬が呆れた顔で言った。


「なんでこそこそ見てたんですか? 可愛い女の子が見たいんなら、店の中で普通に見たらいいじゃないですか」


「……スリルを楽しみたかったからだ」


 犬山店長は椅子に腰かけた。机に両肘をつき、両手で頭を抱えた。


「女の子の後ろに近づく時の、あのドキドキ感……彼女たちが気づいて追いかけて来る時の、あのスリル……あの緊張感……君たちには分かるまい……」


 震える声色で彼は語った。

 なんと人騒がせな店長であろうか。


「そうかあ、そうだったんだ……滅多にアダルトの方入らないから、つながってるって知らなかったわ。この部屋にいる時も、この辺あまり見ないから……」


 友紀は感心したようにアダルトコーナーを見た。この控室は、入ってすぐにアルバイトのスタッフが使う大きなテーブルやロッカーなどがあり、奥の方に店長のデスクがある。なのでアルバイトのスタッフはこの部屋の奥の方まで行く機会があまりないのだ。


「もともと紳士服店だったのをレンタル店にしちゃったから、こういう無理な間取りになっちゃったのね……でも廉ちゃん、よく気づいたわね」


「この前、アダルトコーナーの方から見て、何か違和感あるなって思ったんですよ。棚の上が壁じゃなくて暗がりみたいになってて……あと、DVDを置く所も、本当なら反対側がちょっとだけ見えるじゃないですか。隙間がありますよね? でも向こう側の壁が見えなかったからおかしいと思って」


「でも、あれは? あの、倉庫のドアが開く件」


「あれは風ですよ。表のドアから風が吹き込んだせいで動いたんです。倉庫のドアは留め金まで壊れてたから。女の子が足音を追って走った時、たまたま風でドアが動いたのを目にして、倉庫の中に人が入ったと勘違いしたってことです。実際は犬山さんが、そのすぐ先のアダルトの方に逃げ込んでいたのに」


 友紀は納得したようにうんうんと頷く。


「そうかあ……でも店長、騒ぎになった時にどうして自分だって教えてくれなかったんですか? 幽霊が出るとかウソついて……」


「だから、バラしてしまったら、もう遊べなくなると思ったんだ」


「何ですかそれ! もう本当にやめてくださいよ! 約束してください!! 迷惑ですから!!」


「約束なんかできない」


 スタッフたちは、ただただ呆れるのみだった。 



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