7
「うん、私もその話聞いたことがあるわ。でも、それが盗撮と言えるかどうかは……その人を見たっていう情報すらないから……」
川野友紀はDVDのケースにシールを貼りながら言った。新作のDVDを準新作に落としている。
「店長にも一応報告したんだけど、気のせいじゃないかって言ってたわ。防犯カメラには、何も映ってないらしいし……」
「そうですか……でも、複数の人が言ってるんだから、何かあるのかも知れませんね」
廉太郎はカウンター内で、返却され溜まっていたDVDをチェックしている。
「ひょっとして……オバケとか! この店古いし、出そうな雰囲気あるじゃないですか」
友紀は作業しながらクスッと笑う。
「じゃあ、女好きのオバケってことになるわね。クレームは全部女性からきてるから」
「んっ!! いいこと思いついた!!」
商品を手渡した客が出て行ったのを見計らって長瀬が叫ぶ。
「廉ちゃんが女装して、おとりになって、その怪しい人を捕まえるってのはどう!?」
「なんで俺が女装するんですか!? ちゃんと女性スタッフがいるのに!!」
「いや、廉ちゃんが女装したとこ見てみたいと思って」
「なんですか、もう……」
時刻は夜の十時を過ぎていた。風が強く吹いているらしく、出入口のドアがガタゴトと断続的に振動している。店内には客がまばらにいる程度だ。
カウンターの後ろの棚には小型のテレビがあり、ホラー映画が再生されている。観賞しているわけではなく、お客様からノイズが入るとクレームがきたのでチェックしているのだ。
ピンポンと音が響き、スタッフたちは出入口を見たが誰もいなかった。壊れている方のドアが強風に煽られひとりでに開いたのだ。
「やだっ、怖い……」
と言って廉太郎にしがみついてきたのは、友紀……だったら良かったのだが、残念ながら長瀬だった。
「やめてくださいよ、長瀬さん」
「ギャグ、ギャグ」
しかし、そんなおふざけでもしなければもたないぐらい、店内に不気味な雰囲気が漂っている。
「あ、そう言えば店長は? まだ控室にいるのかな……」
「多分、いたと思うけど……」
犬山店長は、特に決まった勤務時間はない。不規則で、朝から夕方までいる時もあれば、昼頃来て深夜まで残っている時もある。挨拶もせず黙って帰る時も多いので、控室に居るか居ないか分からなくなることが多い。ちなみに雇われ店長だ。
「あ、あのっ……! すいません、いまそこで……!」
店の奥から小走りで駆けてきた若い女性が、カウンターに両肘を乗せて身を乗り出した。何かに怯えるような、切羽詰まった表情である。相当な美人で、オフショルダーの色っぽい服を着ている。白く滑らかな肩が微妙に震えて見える。
「う、後ろに、後ろに人が立ってるような感じがして、振り向いたら誰もいなくて……でも、タタタッて足音がして……それで、あの……!」
相当に動揺しているようだ。友紀が急いでカウンターから出て、その女性に寄り添うように立ち背中をさすった。
「落ち着いてください。大丈夫ですよ、私たちがいますから。あ、だれか飲み物持って来て」
男性スタッフがダッシュでドリンクバーに向かった。
「と、盗撮でもされたのかと思って、それで足音を追ったら、人は見えなかったけど、ドアが動いてて……」
「ドア? どこのドアですか?」
「奥の、あっちの奥の方の……」
女性は奥の倉庫のドアの方を指さした。ノブの壊れた倉庫のドアである。
「そこに逃げ込んで、潜んでいると思うんです……!」
スタッフたちに緊張が漲る。盗撮犯が店内に潜伏している可能性があるのだ。
「とにかく行ってみましょう! だれか店長呼んで!」
本当は友紀よりベテランの人もいるのだが、こういう時は友紀がイニシアチブを取り指示を出す。女性スタッフひとりをカウンターに残し、急いで奥の倉庫の方に向かった。
「少し開いてますね……」
薄く開いたドアの奥に暗がりが見える。友紀、廉太郎、長瀬、そして女性客がドアに近づく。隙間からそっと中を覗くが、暗すぎて何も見えない。
「どうする? 入ってみる……?」
「そうしよう。ちゃんと武器持って来たから」
長瀬は非常時のためにカウンター内に置いてあった木刀を手にしている。
「頼むぞ、廉ちゃん」
彼は廉太郎にそれを手渡した。
「なんで俺なんですか……」
しぶしぶ木刀を受け取った廉太郎が、ゆっくりとドアを開いていく。かび臭い匂いが鼻をつく。
「左に照明のスイッチがあるから……」
照明をつけると、背の高いメタルラックの列が見えた。手前の壁と奥の壁沿い、その間にもう一列。
「どっかに潜んでいるかも知れない。気をつけないと……」
ゆっくりと足音を忍ばせ、倉庫の奥へと進んでいく。にわかに緊張がこみ上げ、不安も感じて後ろを振り向く。すぐ後ろには友紀がいた。
「あ、いや……女の子は危ないですよ。俺と長瀬さんで……」
「私は平気よ」
「でも……あれ、長瀬さん?」
長瀬は入口付近に残り、廉太郎を見ながら両腕を交差させ、『X』印をつくった。
「なんだよもう、あの人……」
愚痴をこぼしながらも倉庫の奥へと進む。どんな相手が潜んでいるか分からないし、武器を持っている可能性だってある。慎重に、慎重に、注意しながら前進する。木刀を握る手にじわっと汗が滲む。
手前と奥の壁沿いのメタルラックは、壁いっぱいに続いている。しかし部屋の真ん中を通るラックは途中までで奥の壁に接してはいないようだ。廉太郎の位置からだとその向こうは死角になる。
「隠れるとしたら、あそこしかないはずだ……」
重心を低く保ち、そろりそろりと足音がしないように気をつけながら進んでいく。唾を飲み込む音がいやに大きく聞こえた。膝が微妙に震えて歩きづらい。
「出てきなさーい!!」
突如後ろから聞こえた声に、廉太郎は驚きひっくり返りそうになった。
「ななな、何するんですか友紀さん!!」
友紀は少し眉を下げ気味にして微笑む。
「どうせなら自分から出て来て欲しいなーって思って」
「だからっていきなり大声出さなくても……」
「でも、いないみたいね」
すたすたと部屋の奥まで進む友紀。廉太郎も後に続く。棚の奥には誰もおらず、古びた窓があった。
「こんなとこに窓があったんですね」
その窓は十センチ程開いていた。廉太郎は閉めようとしたが、固くて動かない。
「前はちゃんと閉まったのに……ここもダメになっちゃったのね。もう建物自体、古いもんだから」
「建てつけが悪くなってるんですね。それにしても、誰もいないなんて……」
ふたりは倉庫から出た。ちょうど犬山店長が駆けつけていた。
「不審者がいたって? ど、どこに?」
「いえ、それが誰もいなくて……」
友紀が事情を説明する。犬山店長は、しばらく考え込んでから、ゆっくりとした口調で喋り出す。
「……それは……ひょっとしたら、霊の仕業かも知れない……」
「霊……?」
恐れていた言葉にスタッフたちは色めき立つ。
「そうだ……実は、昔ここが紳士服店だったころ、経営不振に陥って、その時の店長が首つり自殺したって聞いた事がある」
「ええっ……!?」
「最近は聞かなくなったが、昔は誰もいない所から足音が響いてきたり、ドアや物が勝手に動いたりとか、頻繁にあったらしい」
「それが、また復活したってことですか……うわあ……」
スタッフたちに動揺が走る。犬山店長はどさくさに友紀のお尻に触ろうとしたが、すかさず手を払われてしまった。
「さわらぬ霊にたたりなしって言うから、この件はもう、みんなスルーしておこう」
「さわらぬ神でしょう。でも、怖いわね……それがもとで、お客さん来なくなっても困るし……」
霊媒師でも呼んで除霊してもらうしかないのか。
店の方針としては、とりあえず静観ということになった。
※下の『小説家になろう 勝手にランキング』をクリックして頂けると嬉しいです<(_ _)>