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レンタルビデオ「GETZ=ゲッツ」の事件簿  作者: 佐藤こうじ
幽霊騒動
6/12

※第二話の途中に、店の見取り図が載ってます。よろしければご覧になってください。この『幽霊騒動』のなぞ解きに関連する情報が得られるかも……!?

 栄華廉太郎えいがれんたろうがレンタルビデオ「GETZ=ゲッツ」でアルバイトを始めて10日が過ぎた。


 すでに大学の入学式は終え、履修届も提出し、講義が始まるのを待つばかりだ。しかしサークルの方はどうするべきか迷っている。高校の時の部活の先輩がいて、テニスサークルに誘われていたが、バイトとの両立が大変そうなので取りあえず保留にしておいた。


「……はい、助かります。はい、もうすぐですね、ありがとうございます!」


 電話は友紀からだった。普段は自転車でバイトに行っている廉太郎だが、最近天気が不安定で、行くときは晴れてても帰りは雨というパターンが続いた。なので、友紀がたまに迎えに来てくれるようになっていた。

 廉太郎はテーブルの上に置いてある手鏡を見た。一応客商売なので、身だしなみにも多少は気を遣わなくてはいけない。


 映っているのは、特別美形でもない平凡な顔。どことなく地味で、もうちょっとパッと人目を引くような魅力があればなあ、といつも思う。髪型をちょっと変えてみようか、眉毛をいじってみようかとも思うが、具体的にどんな風に変化をつければ自分に似合うのかよく分からない。結局何もせずに終わってしまうのがいつものパターンだ。


「ダメだなあ、こんなんじゃ……彼女もできないよ」


 廉太郎は彼女が出来たことがない。もちろん欲しいとは思うが、何となく自分には遠い世界のような気がして、でもそのうち出来ればいいなあなんて思っているが、そんな悠長な考えではなかなか出来るものではないようだ。


 五分としないうちにクラクションが鳴り、廉太郎は急いで家を出た。雨こそ降ってないが風が強い。忘れないようにドアのカギを締め、アパートの階段を下りると前の道路にワインレッドの軽が停まっていた。開けた窓に眩しいぐらいの笑顔が見える。廉太郎は少しはにかんだ笑みを見せ、急いで車に乗った。


「帰りは降ってるかも知れないから。あ、ほらシートベルト」


 友紀はロンTにデニムパンツというラフな服装だ。レンタルビデオ店の業務は返却の時など結構動くし、脚立に乗ってポスターの張替えなどの作業もあるので基本女性スタッフはスカートは履かない。今の服のままでエプロンをつけるだけだ。

 店は家から近く、すぐに到着した。車を店の裏側の駐車場に停め、表側に廻る。従業員も普段お客さんと同じように表側のドアから出入りしている。本当は控室から外に通じるドアがあるのだが、建てつけが悪いので閉め切っていた。表のドアはレンタル側とネットカフェ側の二か所ある。


「あれっ!?」


 廉太郎がレバー式のノブを引くと外れてしまった。


「あ、それまた外れちゃったわね。前から悪いのよ。ネジで止めてもまたすぐ外れるから、もうドアごと取り替えないとだめね」


 外れたレバーを友紀が受け取る。


「こっちはもう壊れたままでもいいわ。張り紙しといて、お客様にはレンタル側の方から出入りしてもらいましょう」


 この店は二十四時間営業なので、ドアのカギは締める必要がない。修理の業者が来るまでそのままにしておくことにした。


「廉ちゃん、だいぶDVDたまっちゃたから、返却の方お願いしていい?」


 バイトを始めた当初はカウンター内の仕事ばっかりしていたが、だいぶ慣れてきたので返却の方も手伝うようになっていた。

 「GETZ=ゲッツ」は比較的大型の店舗で、DVD、ブルーレイ、CD、コミックの在庫は十万を超える。まだ日が浅い廉太郎は、どのジャンルの作品がどのあたりにあるのかさえしっかり頭に入ってないので、当然ながら返却にかなり時間を喰ってしまう。

 他のスタッフが大量に抱えたDVDを次々戻していくのに対して、廉太郎はほんの数本を手に店内をウロウロしている。脚の疲れと共にストレスも溜まっていく。


「焦らなくていいからね。最初はみんな時間かかっちゃうんだ」


 そう言って肩を軽く叩いてきたのは、先輩スタッフの長瀬である。廉太郎と同じ大学の三年生で、大学では『茶の湯研究会』というよく分からないサークルに所属しているらしい。


「先輩たちはみんな返却早いですね……」


「俺はもう二年近くここでバイトしてるけど、いまだに場所が分からないのがたくさんあるよ。なんたってこの数だからね。まあぼちぼち覚えていくしかないよ」


 すべてのDVDには、貼ってあるバーコードのシールに、それがどのジャンルの作品なのか記載してある。アクション、サスペンス、ホラー、青春ラブなどに区別されている。それを見てそのジャンルの所に行くのだが、ひとつのジャンルで数千本の作品が陳列されている。一応五十音順に並んではいるが、それでも見つけるのに時間がかかってしまう。


「たまにね、場所が変わってるパターンがあるんだ。お客様が借りようと思った作品のパッケージを取るだろ。中身を抜いて、パッケージを元とは違う場所に戻してしまうって事もよくあるんだよ」


「うわあ、そうなったら本当に見つけにくいですね……」


 その時、廉太郎は見慣れないドアの存在に気づいた。もう店の構造は大体把握しているつもりだったが、知らないドアを見つけたのだ。銀色のアルミドアには『立ち入り禁止』の貼り紙があるが、だいぶ前に書かれたようで、白い紙がやや茶色っぽくくすんでいた。


「これは……中はどうなってるんですか?」


「ああ、ここは倉庫だよ。使わなくなったポスターフレームとかいろいろな小道具、古いパソコンとか……とにかくいらなくなったけど捨てるにはもったいないような物をたくさん保管してあるんだ」


 長瀬はドアノブを持って手前に引いた。


「もう、このドアもオンボロでさ、カギが閉まらなくなってるんだ」


 そう言ってドアノブをガチャガチャと回す。


「こうやっても、ほら、ラッチボルトさえ動かないだろ」


 ラッチボルトとは、ドアノブに連動して動く三角形のボルトの部分である。そこまでが壊れてしまっているのだ。


「そう言えば、表のドアも壊れてましたよね」


「うん、この建物自体が古いから、あちこちガタが来てるみたいだよ」


「どのぐらい古いんですか?」


「聞いた話だと、もう四十年ぐらいになるらしい」


「ええっ!? この店、もう四十年もやってるんですか!?」


「違う違う。できた当初は紳士服店だったらしい。それから本屋とかドラッグストアとか色々変わって、いまの店になったのは五年ぐらい前って聞いてる。店が変わるごとに修繕したり改築したりして、いまの状態になったんだって」


 あちこち壊れているのも当然といえば当然だ。店の奥の方で、廉太郎と長瀬がそんな話をしていると、若い女性が声をかけてきた。


「あの……ちょっといいですか?」


「あ、はい。何でしょう?」


 長瀬がにこやかに対応する。相手が美人だったからという訳ではない。スタッフはお客さまに笑顔で接するのが基本中の基本だ。


「私、よくこの店来るんですけど、最近気になる事があって……」


「気になる事……はい」


 長瀬は相手に合わせてやや神妙な表情を浮かべる。


「たまにですけど、後ろに人の気配がするんです。でも振り返ったらいつもいなくて……」


「人の気配……まあ、あの、お客様も大勢いらっしゃいますし……」


「そうですけど、何となく変な感じがして……そっと近づいて来るような……普通の客とは感じが違うんですよ」


 その客は上がニットシャツで下はミニスカートだった。廉太郎と長瀬は同じ事を考えた。


「それって……盗撮……って可能性もありそうですね。とりあえず店長に伝えておきます。あと、またおかしな事があったら、すぐにスタッフに教えてください」


 不安げな表情を浮かべているその女性は、無理に口角を上げてお辞儀をして立ち去った。

   

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