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レンタルビデオ「GETZ=ゲッツ」の事件簿  作者: 佐藤こうじ
廉太郎
3/12

3 

 人口百万人ほどの、とある地方都市。


 複数の大学や高校が隣接する、いわば学園都市のような地域にレンタルビデオ店『GETZ=ゲッツ』はある。そこそこ大型の店舗で、面積は標準的なコンビニの五倍程度はあり、DVD、ブルーレイ、CD、コミックのレンタルの他、ちょっとしたグッズの販売もあり、ネットカフェも完備している。

 比較的人口の密集した地域でしかも大通りに面しているおかげで売り上げは好調だ。若い学生風の客を中心に近所の主婦やサラリーマンたちにもよく利用されている。


 この物語の主人公、栄賀廉太郎は一日でも早く仕事を覚えるべく、連チャンでシフトに入っていた。

 その甲斐あって三日目ぐらいには基本的な貸し出し、返却処理ぐらいはこなせるようになった。ただ、突発的な出来事があるとまだ先輩に頼らざるを得ない。


「い、いらっしゃいませ。ええと……全部一週間レンタルに……あれ?」


 そのお客様のカードを通すと、モニターに『延長金未納』という赤い文字が表示されていた。しかしお客様が借りていた分は全部返却済みになっている。なのに延長金とは。廉太郎は頭の中が真っ白になる。すかさず、横でぴったりサポートしている川野友紀がフォローに入る。


「あのね廉ちゃん、これは以前、お客様が延長してたDVDを返却された時、手持ちがなくて次回ご来店の時に延長金を払って頂く約束をしたってことなのよ。こういう時は……」

 

 友紀はカウンターの後ろの棚から黒くぶ厚い冊子を持って来た。


「これに書いてあるから。モニターに日付があるでしょ。それを見てここから探すの。ええと……」


 パラパラと冊子のページをめくり、素早く目的の箇所を見つけ出す。


「あったわ。ほら、ここに日付とお客様の氏名、会員ナンバーと延長していたDVDのタイトルと延長金の金額も書いてあるでしょ?」


 いっぺんに言われて廉太郎はよく分からなかった。後でじっくり見てみないといけないと思った。


「お客様、大変お待たせしました。延長金未納の分、三百六十円もご一緒にお支払い頂けますか?」


 友紀が美人だからなのかも知れないが、その客はにっこり微笑んでうなずいた。


「廉ちゃん、その未納の文字を消して。後は普通通りに貸し出しするだけだから」


 廉太郎は文字を消し、DVDのバーコードを通して全部のお金を受け取った。DVDを袋に入れて手渡すのは友紀が受け持つ。これで終わったと思った廉太郎だが、事後処理がまだあった。


「これは通常と別途の入金になるから、F4で入金の画面を出して。そこにいま受け取った延長分の金額を入力しとかないと」


 そうして延長分のお金をコンピューターに入力しておかないと、清算の時に金額がずれてしまうらしい。


「ふうっ……」


 ようやく客足が途絶えたところで、廉太郎は背筋を伸ばして深呼吸する。初めて経験するアルバイトは意外に大変だ。大体仕事ができるようになったと思ったら、後から後から覚えなきゃいけないことが出てくる。レンタルビデオ屋なんて、単純でゆったりした仕事だろうと思ってたら大きな間違いだった。

 しかし、この職場を選んだことを後悔してはいない。それは思っていた通り、みな和気あいあいとした感じで楽しい雰囲気の職場だからだ。


「……友紀ちゃん」


 ぼそっと呟くような声が背後から聞こえた。友紀や他のスタッフたちが振り向くと、犬山店長が立っていた。身長百六十センチぐらいの友紀よりも明らかに背が低く、短髪にたまったフケがよく見える。廉太郎は、彼は相当なオタクだと聞いている。オタクと言っても具体的にどういう系統のオタクなのかまでは、まだ聞いてない。店長でありながら、ほとんど奥の部屋に引きこもり、スタッフたちへの指導などしないらしい。指導どころか本当はカウンターでの仕事が出来ないのではという噂まである。


「この映画……見ようと思うんだけど、知ってる? 面白いかな……?」


 蚊の鳴くような声でつぶやき、手にしていたDVDのパッケージを差し出す。そこには、あらぬ姿で微笑みポーズを決めている可愛い女性が載っていた。タイトルは『本番パコパコ120分』とある。


「もうっ……! 店長、それ映画ですか!?」


 友紀が声を荒げると、犬山店長はヘヘッ、ヘヘッと低い声で笑った。顔は一応笑っているが、黒縁眼鏡の奥の眼はどこを見る訳でもなく左右に揺れ動いている。


「店長、聞こえてます!? それ映画じゃありませんから!!」


 もう一度友紀が怒鳴ると、店長はゆっくりと踵を返しネットカフェの間の薄暗い通路へと消えて行った。その奥に事務所兼控室があるのだ。


「ちょっと……変わった人なんですね……」


 この店のスタッフたちはみな温厚で明るい感じなのだが、店長だけは少し変わり者だなと廉太郎は思った。ちなみに三十八歳で独身。彼女はいないらしい。


「うん……別に悪い人じゃないんだけどね」


 ただ、スタッフたちにしてみれば、あんまりガミガミうるさい店長よりも、あのぐらいの方がやりやすいという頭もある。毎日の仕事は、店長が頼り無くても自分たちがしっかりやればいいと考えていた。

 なので、敢えてうがった見方をすれば、犬山店長はああやってとぼけた素振りを見せて、スタッフたちが意欲的に働くように仕向けているという見方も出来なくはない。実に高度な運営手腕を発揮していると考えられなくもないのだ。


 その時、ネットカフェ側のレジにひとりの男がやってきた。


「おい、早くしろよ!! 常連さまだぞ!!」


 ラフな服装で薄いサングラスをした、一見チンピラ風のその男は、店の奥にまで響きそうな声で怒鳴った。慌てて男性スタッフが応対する。


「いらっしゃいませ」


「おせえんだよ!! ボサッとしやがって!!」


「し、失礼しました」


 ほんの数秒程度しか待たせていないのだが、その客はいきり立っている。


「え……と、何時間になさいますか?」


「いつも同じ事を聞くんじゃねえ!! ちょっとは学習しろやアホンダラ!!」


 考えられないぐらい態度の悪い客である。廉太郎は、たまにトラブルを起こしがちな客もいるとは聞いていたが、初めて目の当たりにして驚いた。


「あ、はい。八時間コースですね。ありがとうございます」


 その客はペッと唾を吐き、ぶつぶつ文句を言いながらネットカフェの個室の方に消えて行った。廉太郎はいつの間にかじっとり冷や汗をかいていた。


「な、なんだか怖い感じの人ですね……」


 友紀が神妙な顔でうなずく。


「そうね……ああいう感じだから、他のお客様ともめ事を起こすケースも多くて……店としては正直遠慮したい人なのよね……でも、断るかどうかは店長が決める事だし……」


 あの店長のことだから、はっきり決めきれないのだろうかと廉太郎は思った。


 そして翌日、思いもよらぬ事件が勃発する。

 


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