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レンタルビデオ「GETZ=ゲッツ」の事件簿  作者: 佐藤こうじ
深夜の張り込み
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※第2話に店内の見取り図がありますので、よろしければご覧ください。

 『GETZ=ゲッツ』のスタッフたちは一旦家に戻り、急いで夜食を済ませて店の裏の駐車場に集まることにした。

 廉太郎が到着すると、既に犬山店長と深田夏美、本多貴美子も来ていた。本当は長瀬も誘っのだが彼にとってはゲームの方が優先らしい。


「はーい、お待たせー!」


 華やかな笑顔を振り撒きながら小走りに駆けて来たのは川野友紀だった。上は白と黒のボーダー、下はホワイトレースのショーパンにヒールサンダルというスタイルだ。常夜灯に照らされ光彩を帯びた生脚に、廉太郎と犬山店長は否応なく視線を奪われる。


「うわあ、友紀ちゃん、これ可愛い!」


 夏美は友紀のショーパンをつまんで軽く引っ張る。


「よく似合ってるわね。でも、一度友紀のミニスカート履いてるとこ見てみたいな」


 友紀は「ない、ない」とかぶりを振った。


「えー、せっかくスタイルいいのに。足長いしきっと似合うよ」


「いやー、でも恥ずかしいよミニとか」


 どうやら友紀は日頃ミニスカートは履かないようだ。廉太郎にとっては少し残念な情報である。しかし仕事の時はいつもエプロンにデニムパンツなので、今の友紀の服装はとても新鮮で、廉太郎はついつい見入ってしまう。

 キュッと細くくびれたウエストから横にせり出す腰周りの妖しいまでの艶めかしさ。雪白の脂肪をたっぷりと湛えた太腿もこの上なく豊麗で、傷ひとつない綺麗な膝から削いだように細く引き締まった下肢が伸びている。普段は動きやすいようにスニーカーを履いているが踵の高い靴を履くと廉太郎とそう背丈が変わらないようだ。 


「ほらほら、廉ちゃん友紀に見とれてるわよ」


 廉太郎は身体をビクッと反応させ、「いや、別に……」と上擦った声を出す。


「ふむ……廉太郎君は友紀ちゃんが好きなようだね」


「いえ、ち、違いますよ店長!!」


「いいんだよ、隠さなくても。社内恋愛は自由だからね。さあ、行こうか」


 普段はほとんど開け閉めしない、控室から直接外に続くドアのカギを店長が外す。ゆっくりドアノブを引くとギギッと鈍い音が響いた。


「ここも随分オンボロだから……激しくやるとドアごと外れてしまう」


 五人は誰もいない控室を通り抜け、ネットカフェの方へと進んだ。ネットカフェのコーナーは天井の照明は点けず、各個室にある電気スタンドを利用する。なので、薄暗い中に灯る光りからどの部屋に客が入ってるのかは見当がついた。ただ、客が照明を消して寝ている場合もあるので絶対ではない。


「さて、どうしようか……」


 店長は友紀の顔を見た。


「そうですね……17番の部屋が見やすい所に隠れましょうか。でもあんまり大勢で動いて目立ってもまずいですね。お客さまに変に思われるかも……」


 ネットカフェの個室に壁の高さは160センチほどである。友紀は背伸びをして周囲を見廻す。


「通路沿いの1番から8番までは、遅番のスタッフが通った時に中が見えてしまうから……13と14あたりが良さそうね」


 あまりに遠いと部屋の中が見づらいし、近過ぎるとバレてしまう。友紀はちょうどいいぐらいの部屋を選んだのだ。


「遅番に万が一見つかっても言い訳できるように、さり気なくいきましょう」


「それなら飲み物ぐらい持って行った方が良くない?」


 それぞれ好きな飲み物を手に、微妙に距離を保ちつつネットカフェの通路を歩く。友紀と廉太郎、本多貴美子が13番に入り、店長と夏美が14番に入った。


「照明はつけたらダメよ。薄暗いけど我慢ね」


 部屋に入ると、友紀は奥行きの短いテーブルの向こうの壁に手を掛け、斜めに寄りかかりながら背伸びをした。丁度正面に17番の部屋が見える。


「うん、これならバッチリね」


「でも、もし……この部屋をお客さんが借りることになったら……」


「その時は何か言い訳して逃げるしかないわね……でも、もうこの時間だしこれから来る人も多分いないと思う。あ、ポンちゃん座っててよ」


 部屋の備品は黒いリクライニングチェアが一脚。後はPCの乗った狭いテーブルと電気スタンド、床の上には小さなごみ箱がある。


「いいの……? じゃあここは交代にしましょうか。30分交代ぐらいで」


 ポンちゃんこと本多貴美子は椅子にゆったりと腰掛けた。


「廉ちゃんも、その辺で座っててよ。私は立って見てるから」


「えっ、いいの?」


「交代で監視しましょう」


 長丁場になるかも知れないと思い、廉太郎は床の上に尻もちをついた。


「あ、でもその辺だと通路を歩く人に見えちゃうかも知れない。もうちょっとこっちに寄って」


 廉太郎が振り向くと薄暗い通路が見えた。部屋の中央付近にいると確かに危なそうだ。身体を横にずらすと友紀の生脚に当たりそうなほどに接近した。流麗なラインを描くしなやかな両脚が、自分の息がかかってしまいそうなほど間近にある。廉太郎は妙に気恥ずかしく感じ、体操座りしたまま顔をグッと横にそむけた。しかしそれではあまりに不自然なので向きを戻すと再び友紀の脚が視界に入り、更に羞恥と緊張がこみ上げ、首が痛くなるぐらいに顔を横に反らす。


「ぷっ……くくっ……」


 友紀とは逆サイドにいる本多貴美子が、口に手を当て笑いをこらえている。自分の不自然な素振りに貴美子が気づいているのを悟った廉太郎は、かあっと頭に血が上り、頬だけでなく耳たぶまで赤くする。


「友紀、後ろで廉ちゃんが恥ずかしそうにしてるわよ」


 廉太郎はもはやどうしていいか分からず「いえ、違うんですよ」と言ってかぶりを振った。友紀は後ろを振り向き、芋虫のように背を丸めて赤面している廉太郎を見下ろす。


「そう……でも廉ちゃん大学生なんだから。子供じゃないんだから免疫つけないとね」


 辺りはひっそりと静まり、どこかの部屋でキーボードを打つ音が微かに響いてくる。


「あっ……人が来たわっ……」


 カウンターの方から若い男女が歩いてきた。廉太郎と貴美子も立ち上がり様子を伺う。カップルらしきふたりは、自分たちがいる部屋の横を通り、奥の方へと向かっていく。


「1と……2に入った……」


 男は1番、女は2番にそれぞれ入った。しかしすぐに女は部屋から出て男の部屋に入る。


「あのふたり怪しいわね……でもここからじゃ見えにくいわ……」


 17番辺りに入ると予想していたが、逆側の1番に入ってしまったため、友紀たちの居る部屋からはほとんど中が見えない。


「しょうがないわね……静かにして、待ってましょう。始めたら、そのうち声ぐらい聞こえてくるでしょうから」


 友紀たちは個室の中で息をひそめている。やがて、それらしい声が1番の部屋の方から漏れ聞こえてきた。


「ああっ……」


「ぐうううっ……」


 唸るような声が、小さいながらも聞こえてくる。


「はっ、始めたっ……ど、どうする!?」


「もうちょっと、もうちょっと聞いてましょう。何か別の事をしてるのかも知れないし……」


 その声は時間が経つごとに大きくなっていく。


「ううっ……痛い! 痛いいっ……!」


 友紀たち3人は顔を寄せ合う。


「痛いって言ってる……!」


「かなり激しくヤッてるみたいね……! これはもう、注意しないと!」


 その時、部屋の前を犬山店長と深田夏美が通った。店長は友紀たちの方を向き頷いた。


「私たちも行きましょうか……」


 店内でそのような行為に及んでるのを見過ごす訳にはいかない。現場を押さえて注意せねばならないだろう。5人はゆっくり足音を忍ばせて1番の部屋へと向かう。


「ほらほら、ここはどうだい?」


「やだあっ……! そこは、そこはっ……!」


 狭い部屋の中で、若いカップルは激しく愛し合っているようだ。スタッフたちは冷や汗を拭くのも忘れて1番の部屋へと近づいていく。部屋の中を覗くと男の背中が見えた。服は着たままのようだ。1番の部屋の椅子は長椅子で、奥の方に女性がいるのだろうが男の陰に隠れて姿はほとんど見えない。

 犬山店長はゴホンとひとつ咳払いをして、おもむろに男の背中に触れた。


「失礼。お客様、私この店の店長の犬山という者ですが……」


 若い男は、興奮した表情で振り向いた。


「えっ……?」


「えー、当店では、店内における……その、いわゆる、性交渉を禁じておりまして……アレッ?」


 振り向いた男の向こうにいる女も服を着たままだった。頬をほんのり紅く染め、男に手を握られている。予想外の状態にうろたえる店長を押しのけ、友紀が尋ねる。


「済みません、声が聞こえたものですから……失礼ですが、いま何をされてました?」


「ツボ押しゲーム」


「えっ? ツボ……?」


「知らない? お互いの手のツボを押し合って、痛いと言ったら負けになるゲームだよ」


 若いカップルは微笑みながら友紀たちを見上げている。ふたりの服ははだけた形跡もなく、どうやら本当にツボ押しゲームとやらをやっていたようだ。


「ああ、声が大き過ぎたのかな。そうだね、ネットカフェだし、静かにしてなきゃいけないよね。ゴメンゴメン」


「あ、いいえ、こちらこそ……」


 友紀たちは気まずさを感じながら、そそくさと立ち去った。


「まさかツボ押しゲームとはね……さあ、気を取り直して張り込み続けましょう」   


 なんでわざわざネットカフェまで来てツボ押しゲームなんだよとツッコミたい気持ちを引きずりながらも、スタッフたちは監視し続けた。しかしその後、なんの音沙汰もなく時間が過ぎていく。


「もう……4時過ぎですね……」


 見張っている廉太郎の腕時計は4時5分を指している。カウンターの方から、ガチャガチャとプリンターが紙を吐き出す音が聞こえてきた。遅番のスタッフが日次更新をしているのだろう。


「誰も来ないね……店長、もう寝ちゃったし……」


 隣の部屋から夏美が眠そうな顔を出して言った。犬山店長は背もたれを倒したリクライニングチェアの上でいびきをかいている。


「ねえ、今日の遅番誰?」


「昨日と同じよ。前川君と後藤君」


「あの人たちに、注意して見ておくように言った方がいいんじゃないかしら。その……遊んでる人たちだって毎日来るとは限らないし……」


 どうやら今夜は何もなさそうだ、そんな意見が出始める。カウンターの方は静かになった。日次更新の作業は終了したようだ。


「遅番の人たちは、更新が終わったら交代で休憩に入るらしいけど……あっ!」


 前川がキョロキョロと辺りの様子を伺いながら歩いてきた。


「前川君から休憩に入るのかしら……」


 しかし彼は通路の奥へは進まず、17番の個室に入った。


「あれ? ネットカフェで休憩するのかな……」


 張り込みのスタッフたちは、緊張した面持ちで様子を見ている。前川は部屋の中に立ち煙草を吸っているようだ。


「あっ……後藤君……」


 続いて後藤も、周囲の様子を気にする素振りを見せつつ、同じ17番の部屋に入った。狭い個室になぜかふたりとも入ったのだ。


「え……どういう事? あのふたり、何する気なの……」


 後藤も同じく中で煙草を吸っているようだ。カウンターの中はもちろん禁煙なので、ネットカフェの中で吸うのは分かるが、なぜふたりして同じ部屋に入ったのか。

 扉はないので、中の様子は大体見える。友紀をはじめスタッフたちは何事かと観察し続ける。後藤の前で前川が背を向けて立っている。

 そして遂に、友紀たちはその現場を目撃してしまう。


「えっ……!? なになに!?」


「キャッ! やだっ……!」


 思いもしなかった行為にふたりは及んでいる。女性スタッフは悲鳴をあげて両手で顔をふさぐ。ふさぎながらも指の隙間からちゃっかり見ている。一方廉太郎は、あまりのショックに呆然としている。


「嘘だろ……信じられない……」


 そういう人が世の中にいると聞いた事はあるが、まさかこんなにも身近にいるとは。


「ああっ、もうダメ! 見てられない! 行こう!」


 店長以外、全員通路を駆け抜け控室になだれ込んだ。そんなに距離を走ったわけでもないが、妙に息が上がっている。


「ハアッ……ハアッ……やだあっ……! もう、あのふたり!」


「あんな所で……ねえっ!」


「そうよね! やるのはいいけど場所をもうちょっと考えてくれないと!」


 言葉とは裏腹に、廉太郎以外の3人は嬉しそうな顔をしている。


「でも……本当は私、薄々そうなんじゃないかなって期待してたのっ!」


 期待? 期待とはどういう事だろうと廉太郎は思った。


「私も! 前、常連のお客さんから聞いた事あるのよ! あのふたり、夜中カウンターの中で手をつないでたって!!」


「アッハハハハハッ!! も、もう、最高! お、お腹がよじれちゃう!!」


 彼女たちはパンパンと手を叩いて大いに笑い喜んでいる。廉太郎にはそれが何故だかさっぱり分からない。


「ど、どうする!? これからどうする!? ププッ……!」


「もうデキちゃったもんは仕方がないから、温かく見守るしかないわよ!! きゃははははっ!!」


 なんだかよく分からないが、とにかく自分も温かく見守ろうと廉太郎は決めたのだった。


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