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レンタルビデオ「GETZ=ゲッツ」の事件簿  作者: 佐藤こうじ
深夜の張り込み
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 レンタルビデオ店『GETZ=ゲッツ』の近くには廉太郎や長瀬の通う南西大学、友紀の通う桜渓大学がある。

 いわば学生街のような雰囲気で、四月も下旬に入ると店の周辺の飲み屋では盛んに新歓コンパが行われる。


「去年のこの時期は大変だったわ。泥酔した学生が入って来て、その辺で吐いちゃったのよ」


 店のカウンターに立つ川野友紀は、微笑みながら入口付近の床を指さす。


「うわあ、そりゃ嫌ですねえ」


 廉太郎の意識は床というよりも、友紀の白魚のように美しい指の方に向いている。


「廉ちゃんはサークルの方は、まだ決めてないの?」


「うーん、まだ迷ってるんですけど、バイトとの両立を考えると……」


 週四回のペースでシフトに入ってるし、週末などはほとんど出なければならない。廉太郎としては、サークルの方はもういいかな、ぐらいに思っている。


「友紀さんは、どこかサークル入ってるんですか?」


「一応入ったけど、すぐやめちゃった。なんだかただ遊んでるだけって感じだったから、これならアルバイトでもしてた方がいいかなって」


 どこからか、男の叫び声が響いてきた。おそらく酔っぱらった学生だろう。


「やたら飲み会ばっかりやりたがるでしょ? 私お酒飲めないから面白くないのよ」


 サークルには入ってない。お酒は飲めない。このふたつだけでも廉太郎にとっては貴重な情報である。なにしろ先輩スタッフに聞いてもほとんど友紀の私生活については知らないと言うのだ。こうして自分には色々教えてくれるのを見ると、少しは脈ありなんだろうかとも思えてくる。

 引継ぎの時間が近づき、廉太郎はレジのお金を数え始める。コンピューターの売り上げと現金とがちゃんと合っているかを確認するのだ。もう随分慣れてきたので手際よく数えることができた。


「お疲れーっ!」


 男性スタッフがふたり、カウンターの中に入って来た。遅番のスタッフたちである。


「今日はどうだった? お客さん多い?」


 声を掛けてきたのは前川という男性スタッフだ。やや明るめの茶髪でいつも笑っている感じの明るい青年だ。


「うーん、普通ぐらいかしら」


「そう。あ、もういいよ、上がっちゃいなよ」


 入れ替わりの午前零時まで、まだ2分ほどあるが前川はどうぞ、どうぞと中番のスタッフたちを促す。


「いつも悪いね、前川君」


「いいってことよ!」


 前川はウインクして親指を立てた。彼の後ろには後藤という男性スタッフがいる。長身で、170センチほどの前川よりも頭ひとつ背が高い。大学ではバレーボール部に所属している。


「でも、遅番の人って大変ね。ふたりしかいないから」


「いやあ、深夜はお客さん少ないし楽勝さ!! さあ、遅くならないうちに帰っちゃいなよ!!」


 確かに深夜は客が少ない。特に午前3時を過ぎた頃になると、客がひとりもいない時さえある。午前4時に日次更新という少し手間のかかる作業があるが、それが終わってしまえばいよいよ暇になる。

 しかし徹夜して働くこと自体、身体への負担も大きかろうということで、彼らの仕事を増やそうという声は上がってこない。

 中番のスタッフたちはネットカフェの薄暗い通路を通り、途中ドリンクバーで飲み物を手にして控室に入っていく。タイムカードは控室の中だ。


「じゃあ俺、帰るわ。お先ー」


 長瀬はタイムカードを押しコーヒーを一気に飲み干すと、すぐに帰ってしまった。部屋の中に残ったのは廉太郎と友紀、それに女性スタッフ2名だ。みな紺色のエプロンを外しロッカーに入れた。


「長瀬君、やけに早く帰っちゃったわね。ひょっとして彼女とか……」


 パイプ椅子に浅く腰掛け、アイスコーヒーを飲みながら深田夏美という女性スタッフが言った。深田は桜渓大学の2年生でテニスサークルに所属している。艶やかな黒髪のショートヘア―がお似合いの、仔犬のように可愛らしい女性だ。天真爛漫でいつも周りを明るくするムードメーカー的な存在である。


「違うわよ。何かやりたいゲームがあるとか言ってた……あ、煙草吸っていい?」


 部屋の隅の壁に寄りかかり煙草に火をつけたのは本多貴美子。廉太郎と同じ南西大学の3年生だ。アッシュベージュの長い髪と、涼し気な切れ長の眼が特徴的な、一見クールな印象の女性である。だがお酒が入ると凄く喋り、もの凄く暴れるらしい。


「ねえポンちゃん、先週の合コンどうだったの?」


 ポンちゃんというのは、本多貴美子のあだ名である。貴美子はふっと煙を吐き出し首を横に振る。


「全然ダメ。必死で酒をすすめて、適当なこと言って機嫌とって……もう、身体だけが目的ってのが見え見えで嫌になっちゃった。やっぱうちの大学の男ダメだわ。桜渓の人がうらやましい」


「いやー、うちだってそんなもんよ。男ってみんなそうよね」


 南西大学の男子学生である廉太郎としては、耳の痛い会話である。


「ねえ、廉ちゃんは彼女いるの?」


「えっ、あの、いな……」


 いきなり聞かれて廉太郎は焦った。


「いないのよね。長瀬君が言ってた。まあ、まだ大学に入ったばかりだものね」


 すぐ横に座っている夏美が嬉しそうな顔で廉太郎の肩をつかみ、軽く揺すった。


「でも大丈夫! 彼女ぐらいすぐ出来るからね!」


「だといいんですけど……」


「で、どんな娘がタイプなの?」


 女性に免疫のない廉太郎は肩を触られただけで緊張してしまう。


「あーっ、可愛い! 顔が紅くなってる!」


 貴美子は笑いながら廉太郎のそばに歩み寄り、顎をさわさわと撫でさする。


「いいわねー、私、廉ちゃんがいいわ。どう? 彼女いないんだったら私と……」


 不慣れなボディータッチ。煩悩を揺さぶられるような甘酸っぱい香水の匂い。頭に血が上った廉太郎は今にもぶっ倒れそうだ。少し離れた位置に腰掛けている友紀は、含み笑いを浮かべながらそんな彼を見ている。


「そろそろ失神するかも知れないから、やめときなよ」


 ガチャ……


 その時、控室のドアが薄く開いた。

 わずかに開いた隙間から、犬山店長が覗いている。顔の一部しか見えていないが、太い黒縁の眼鏡と背の低さですぐに彼だと分かった。


「あら……店長。残ってたんですか?」


 トイレに行っていたか、あるいはネットカフェにでもいたのだろう。彼は数秒、じとっとした目つきで室内を見たあと「お疲れ……」と低い声で言って、静かにドアを閉じた。

 賑やかだった控室に、急によどんだ空気が流れる。スタッフたちは、そそくさと帰路についた。





 翌日。

 いつものように廉太郎は中番で入っている。


「お客さん減ってきたんで、ちょっとネカフェの掃除してきます!」


 廉太郎はひとりネットカフェの方に向かった。掃除は特に誰が、いつと決まってる訳ではなく、暇になった時に手の空いたスタッフがやっている。

 客が使っていた個室には、使用済みのドリンクバーのコップなどがあるのでそれを流しで洗い、テーブルをふきんで手早く拭く。


「よしっ……あとはゴミだな!」


 黒いポリ袋に個室のごみ箱に溜まったゴミを入れていく。お菓子の袋や何かの書類をクシャクシャに丸めたもの、煙草の箱などもある。


「ん? これは……?」


 ゴミ箱の中に、何やら見慣れない、ピンク色の薄い物が入っていた。廉太郎は何だろうと思い顔を寄せる。


「あっ! こ、これはひょっとして……」


 未だ女性経験のない廉太郎にとっては馴染みのない物だった。しかし、それが何であるのか、察しはついた。


「おや、これは……」


 その時、横からぬっと顔を寄せてきたのは犬山店長だ。いきなりだったので廉太郎はヒッと声を上げた。明るい所で見ても気味悪い店長は、薄暗い中では一層不気味だ。


「これは……避妊具ではないか……」


 じっとそれを見つめ、廉太郎の方に顔を向ける。


「避妊具だ。間違いなく」


「そ、そうですね……」


 ギョッロッとした目で廉太郎を見据える。


「これは……大問題だ」


 店長は、それの入ったゴミ箱をカウンターの中にいるスタッフたちに見せた。


「わあ……ネットカフェでした人がいるのかしら……」


「でも、全然気がつかなかったわ。それ、何番の部屋ですか?」


 調べてみたが、それがあった17番の部屋は昨日も今日も未使用だった。客は概ね奥の方の部屋を希望する人が多く、入口に近い17番は滅多に使わない部屋なのだ。


「じゃあ、部屋を借りてる人とは限らないってこと?」


「でも、大胆なことするわよね……外からまる見えなのに……」


 ネットカフェの個室には扉がなく、外からほとんど中は見えてしまう。


「人がすぐ近くを通るのにねえ……」


「人があんまり行き来しない時間帯にやってるんじゃないかしら。深夜とか。遅番のスタッフに伝えておきましょうか。注意して見ておくようにって」


「いや、それはちょっと。遅番の人たちには言わないでおこう」


 珍しく犬山店長が意見した。


「ひょっとしたら遅番のスタッフが、友達の誰かに部屋を貸してあげてるのかも知れない。そうだとしたら次からは形跡を残さないように気をつけながら、同じ行為を繰り返す可能性がある」


 彼にしては意外にもまともな意見である。スタッフたちは真剣に聞き入っている。


「だから、この件は現場を押さえるのが一番だと思う。遅番のスタッフには何も言わずに」


「し、してるところを見つけるんですかっ!? うわっ、大胆……!」


「致し方ないだろう」


 ひょっとして、そういうところを見てみたいだけなのでは、と廉太郎は思ったが口には出さなかった。



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