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「すごく怒ってたお客さんいましたよね。あの太った男の人……」
「ああ。シーズンⅣの1がないって怒ってたな。それで2だけ借りたんだっけ」
「他のも見たいもんだから、近藤さんの家に押し入って……いや、あり得ないですね」
廉太郎は自分で言ってて荒唐無稽な推理だと分かった。しかし、昨日気になったことと言えばそのぐらいしかなかったのだ。
夜の11時を過ぎ、客はかなり減ってきた。中番の5人のスタッフはみな神妙な面持ちで、カウンターの中で事件について話し合っている。控え目な音量で館内に流れる、キース・ジャレットの心地良いはずのピアノの音色が、やけに空々しく聞こえる。
「私は昨日、休みだったから分からないわ。ねえ長瀬君は亡くなった近藤さんって人と友達だったんでしょう? どんな話したか覚えてない?」
もうだいぶ落ち着きを取り戻した長瀬は友紀にそう言われ、どうにか昨日のことを思い出そうと考え込む。
「うーん、新作2本で7兆2000億円ですって言ったのは覚えてるけど……」
「随分ふっかけたわね。それ以外で何か話さなかった?」
「あとは……今夜は徹夜して観るって言ってたなあ……すごく機嫌良さそうだった」
その言葉に友紀が反応した。細く整えられた眉がピクンと動く。
「徹夜……? 徹夜するって言ってたの? 2本しか借りてないのに?」
『デスパレートな~』は1本につき2話収録で、90分程度である。近藤は2本借りたので3時間程度で見終るはずだ。
「2本観るのに徹夜って……なんか変じゃない? そんなに時間かからないでしょう」
「それはそうだけど……海外のドラマってテンポよく進むから、途中で分かんなくなったら、ちょっと戻って見直したりする人もいるんじゃないかな? そうすれば時間かかるだろうし」
「うーん、そうかも知れないけど、それじゃあ……」
カタカタカタ……
友紀は近藤の貸出し履歴を照会した。
「ない……借りてないわ。近藤さん、シーズンⅣは昨日初めて借りたみたいよ」
「それが……?」
「機嫌良さそうにしてたんでしょう? 1も2もまだ見てないのに、3と5を借りて……ちょっと待って、他の海外テレビドラマはどうしてたのかしら」
カタカタカタカタ……
「やっぱり……他のシリーズは全部最初から見てる。という事は……ねえ、昨日1と2と4を借りた人いなかった?」
さすがにそこまでは誰も覚えていない。
「え、どうして……?」
「誰かと一緒に観る予定だったんじゃないかと思ったの。ふたりで時間をずらして借りに来て、うまいことシーズンⅣを全部借りることに成功した。だから機嫌が良かったんじゃない? だとしたら、その1、2、4を借りた人が事件のことを何か知ってるはずよ」
その時、廉太郎はひとりの客を思い出した。
「そう言えば……若いお客さんで、借りてる最中に電話してる人がいた。何を借りてたのかまでは覚えてないけど……」
「ああ……そう言えばいたなあ。若い男だった」
長瀬も微かに覚えていた。
友紀が水晶のように澄んだ瞳を大きく見開く。
「その人かも……ねえ、何時ごろだった!?」
「多分……夜の8時か9時ごろだったかと」
友紀はカウンターに備え付けてある電話で控室に連絡した。
「店長!! すぐ昨日の伝票持って来て!! 早く!!」
友紀の横に立つ廉太郎に、店長の「ハイッ!」という声が漏れ聞こえた。
タタタタタと通路を駆ける音。犬山店長が、巻紙のように綺麗に巻かれた伝票を持って来た。友紀が受け取り留めてあるテープを外し、伝票の端を手に床に放り投げる。コンサートで投げられる紙テープのように床の上に伸びた。
「昨日の……夜の8時から9時……! ええと……ええと……」
昨日は客も多かったので探すのは大変で、スタッフたちは長い伝票を持ち協力し合って探した。店長だけは何が起きてるのか把握していなかったが、一応手伝う素振りだけしている。
「あった!! あった!! これだ!! この人、1と2と4を借りてる!!」
「名前は……小野寺って人だ!!」
「この人が昨日、近藤さんと一緒にDVDを観ようとしたんだわ!! あ、ちょっと待って。ひょっとして……」
友紀は小野寺の貸出し履歴を調べた。
「ああっ……!! やっぱり……!! これで確定的だわっ!!」
小野寺は普段ブルーレイを借りているが、昨日に限ってDVDを借りていた。彼の自宅のプレーヤーはブルーレイなのだろう。
友紀は貰っていた名刺に記載されている番号に電話し、事情を説明した。
後日、店を訪れた刑事に、スタッフたちは事件のあらましを聞いた。
思った通り、近藤と小野寺は友人で、その日一緒にDVDを観ていた。その途中で女性関係をめぐって口論となり、ケンカになった末、小野寺が近藤の首を近くにあったドライヤーのコードで締め殺害した。逮捕された小野寺がそう自供したらしい。
「捜査ににご協力いただき有難うございます。おそらく近々、本部の方から賞を差し上げますので」
しかし『GETZ=ゲッツ』のスタッフにとって、後味の悪い出来事であることに変わりはなかった。
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