99話 熊の正体
巨熊――ガーディアン・ベアから逃げ切った俺たちは、命からがら村へと辿りついていた。
「白銀さん、今お戻りですか?」
「ああ、コクテンか」
「行方不明の子供を探しにいかれたと聞いたんですが……。その様子だと見つかりませんでしたか?」
「そうなんだよ。居場所の当たりは付いたんだけどな」
「どういうことです?」
「例の熊だよ」
俺は、子供の痕跡を追っていって洞窟を発見したことや、中に入ろうか悩んでいたらガーディアン・ベアが戻ってきて逃げるしかなかったことなどを話して聞かせる。
洞窟の位置なんかも全部正確に教えた。隠していても、俺一人じゃどうにもなりそうにないしね。協力を仰ぐ方がいいだろう。
「それは災難でしたね」
「まじで死ぬかと思ったよ。なあ?」
「ムー」
「キュ」
「クマー」
「――♪」
うちの子たちはそれぞれ大きく頷いて、俺の言葉に同意する。クママは両手をガバッと上げて、目を吊り上げてリックを追い回し始めた。リックはそのクママに大げさに驚いて、ピューッと逃げ始める。ガーディアン・ベアに追われた時の様子を再現しているんだろう。
「その洞窟は熊のねぐらなんですかねぇ?」
「うーん。どうだろう?」
「どちらにせよ、熊がいるんじゃ簡単には入れませんか……」
「そうなんだよ。で、相談しようと思って村に戻ってきたんだ。ガーディアン・ベアはどうにかできそうか?」
「まだ無理ですね」
熊を倒す算段が付いていれば、その後に洞窟に行けると思うんだが、どうやらまだまだ時間が掛かりそうだった。
「ちなみに、熊に襲われたのは何時頃かわかりますか?」
「え? 時間?」
「はい」
「えーと、ログを確認するからちょっと待ってくれ」
プレイログを見ると、洞窟を見つけたのが10時5分。その20分後に木に引っかかった麦わら帽子を見つけ、さらにその5分後に熊に襲われて逃げ出しているな。
そう教えたらコクテンが何かを考えだした。
「どうした?」
「いえ、その洞窟が熊の巣だとして、どうして最初からそこにいなかったのか考えまして」
「でも、熊だってエサを探したり、縄張りの巡回をしたりしてるんじゃないか? まあ、リアルの熊と行動が似てるなら、だが」
「まあ、その可能性もありますけど、他の可能性もありますよね?」
「例えば?」
「何かしらの理由で巣から釣り出されていた、とかですね。例えばプレイヤーと戦闘中だったとか」
「ああ、なるほど」
それはあり得るかも。奴の縄張りに侵入したプレイヤーに襲い掛かるために洞窟から離れており、ちょうどその隙に俺が洞窟に辿りついたってわけか。
「実際ですね、その時間にジークフリードさんが他の有志プレイヤーと一緒にガーディアン・ベアと戦闘をしているんですよ。そして、白銀さんがやつに襲われた時間も、ジークフリードさんたちが全滅したすぐ後ですね」
やはり、俺が洞窟に辿りつけたのは運が良かったからみたいだ。少し時間がズレてたら、その前に熊に襲われて全滅していただろう。
「でも、その洞窟はイベントに関係ありそうですね。ぜひ探索したいところです」
「リッケも見つけてやりたいしな」
「そうですね、他の方の意見も聞いてみたいところです。あと、熊についての情報も欲しいですね」
「確かに、ギルドの受付のお姉さんも何か知ってる素振りだったな」
「ふむ。では、そちらは私が話を聞いてみましょう。村人との交流は白銀さんの方ができていると思いますので、そちらで話を聞いてみてもらえませんか?」
「わかった」
あれだけ特殊な熊だったら、村でも有名な可能性もある。まずはカイエンお爺さんに話を聞こうかね?
そう思って家に戻ったんだが、今は留守のようだった。そういえば、昼は外食するとか言ってたか。
「そうだ」
じゃあ、他の村人に話を聞こう。まずは一番近い酪農家のアバルの所に行ってみよう。チーズを手に入れたところだ。
「すいませーん」
「はいはい。あれ、君はユート君だったかな?」
「はい。ちょっと聞きたいことがありまして。今お時間大丈夫ですか?」
「うん。いいよー。じゃあ、上がって上がって。そっちの子たちもどうぞ」
「じゃあ、おじゃまします」
「ムムー」
「キュ」
「――♪」
「クーマー」
あっさりと招き入れてもらったな。好感度的なものが上がったのだろうか? そのままアバルさんの家に上がると、そこには見知った顔があった。
「あれ、カイエンお爺さん」
「おお、ユートかい?」
カイエンお爺さんだけではない。それ以外にも、複数の老人がテーブルを囲んで何やら話し合っていた。老人たちは体力の問題でリッケの探索には出れなかったらしいが、居てもたってもいられず、こうやって集まっているらしい。
「どうしたんじゃ。こんな場所に」
「なんだか、聞きたいことがあるらしいよ?」
「そうなんですよ。川の上流に出る巨大な熊についてなんですが……。ご存じないですか?」
「守護獣に出会ったのか?」
守護獣? なるほど、それでガーディアン・ベアと言うのか? 俺はリッケたちを探していて、その熊に出会い、襲われたことをカイエンたちに話した。
すると、老人たちがどよめく。
「馬鹿な! 守護獣が人を襲ったのか?」
「え? はい、結構な数のプレイヤーが死に戻ってます」
「……ありえん」
カイエンがボソリと呟く。
「どういうことですか?」
俺の問いかけに老人たちが視線を交わす。そして、全員が何やら頷いた。
「ふむ……。旅人たちは村に貢献してくれておるしな……。特にお主はよく働いてくれておる。教えても構わんじゃろう」
カイエンお爺さんが語ってくれたのは、中々興味深い話だった。多分、イベントに深く関わる情報だろう。こんなところで聞けるとは!
大昔、この村はある大悪魔に滅ぼされかけたのだという。だが、その悪魔は旅の冒険者に倒され、ある場所に封印された。その悪魔の封印を支えているのが、神聖樹という2本の聖なる木らしい。そして、その神聖樹を守っているのが、2匹の神獣だった。
「ガーディアン・ベアとガーディアン・ボアという神獣たちなのだが、決して人を襲うような狂暴なモンスターではないんじゃ。むしろ、森で迷った村人を助けてくれたりする、文字通り村の守り神なんじゃよ」
となると、どういうことなんだ? 村人じゃなければ襲う? いや、あの黒い靄が神獣をおかしくしているのか?
「……神聖樹に異変が起きているかもしれないねぇ」
「どういうことじゃアバル」
「カカルに聞いたんだけど、狂暴化しているモンスターが罠にかかることがあるらしい。守護獣ももしかしたら」
「悪魔の封印が解けかかっているとでも言うのか?」
「ああ」
「うむむ」
伝承によれば、封印されている悪魔の能力が、モンスターを狂暴化させて操る能力らしい。これはビンゴかもな。イベントの最終的なボスはその悪魔か。
「リッケを迎えに行くには守護獣が邪魔なんですが、倒したらやばいんですか?」
「村にとっては長年共に歩んできた友とも言える存在じゃ。それは勘弁してくれんか? それに、守護獣を倒してしまっては、神聖樹にどんな影響があるかもわからんのじゃ」
危ねー! むしろガーディアン・ベアが強くて良かった! やつが弱かったらプレイヤーたちがもう討伐してしまっているかもしれないからな。
ということは、熊は倒さずリッケたちを助けに行かないといけないわけか。他のプレイヤーさんたちにガーディアン・ベアを引き付けておいてもらい、その間に洞窟に向かうしかないかね? それもコクテンに相談してみよう。
「今の話、他の人にも話していいですよね? 守護獣との余計な争いも回避できますし」
「構わんよ」
「ありがとうございます」
俺は礼を言って、アバルさんの家を出た。
「広場に戻る前にやれそうなことは……。果物の入手か」
熊の気を逸らせる果物は、色々と役に立つかもしれない。だが、果物屋さんではすでに売り切れだった。どうも、俺以外のプレイヤーたちにも、珍しい果物は人気があるらしい。
「うーむ。他には……。そうだ、おばあさんの雑貨屋」
行くたびに品揃えが微妙に変わっているし、もしかしたら果物があるかもしれない。無くても、何か代用品があるかもしれないのだ。おばあさんにも相談できる。どうせ他には心当たりもないしね。
だが、結果は芳しくなかった。おばあさんも、守護獣の好物については知らなかったのだ。果物も無かったし。唯一の成果は、高級肥料が買えたことだろう。仕入れたばかりの商品らしい。これは貴重品だ。やったね! イベント中には役に立たないだろうけど。
「さて、果物が手に入らなかったのは残念だけど、そろそろ広場に戻ろう」
早くこのことを教えないと、無駄にガーディアン・ベアに挑むプレイヤーが増えてしまうからな。




